Dの慟哭
「じゃあ彼が例の魔術を制御下に置いたってことで伝えるよ?いいね?」
「あぁ、問題ない。一足先に私たちは車に戻らせてもらう。説得はお前に任せた」
「・・・はぁ・・・また面倒なことを・・・他の支部から文句言われるの僕なんだよ?」
「それが仕事だろうが。少しはまともに働け」
普段から普通に働いてるんだけどと支部長はため息を吐いた後で同行していた本部の魔術師に事情を説明し始める。
徐々にではあるが本部の魔術師の顔色が変わり、康太の方にしきりに視線を向けている。警戒と驚愕と畏怖、全てが混ざったような視線だったのを康太は感じ取っていた。
地下から抜け出し外に出ると康太はようやくその空気を感じ取ることができる。
日本とは違う空気。今まで気が張っていたために意識することができなかった異国の空気。
思えば自分は今不法入国をしているのだなとしみじみと思いながら空を仰ぐ。
すでに時間は夜。この辺りが都市部から離れているせいか星がきれいに見える。
そしてその星々をかつて見た神父であるデビットが僅かにざわめいているのを康太は感じ取っていた。
たぶんもうこの場所に来ることはない。だからというわけではないが見おさめるために康太は少しの間星を眺めていた。
「・・・師匠、ビーは大丈夫でしょうか?あんな得体の知れないものを内包して・・・」
「・・・どうだろうな・・・だがあいつの中で何かしらの変化があるのは間違いないだろう・・・聞く限りあの三日間で見たものはあいつを変えるには十分な内容だった」
小百合は話でしか聞いていないが実際康太が体感したのは二万近い人間の死だ。
人の死を体感するなどと普通の人間にはできない。そしてそれを実体験に限りなく近い形で体感した康太。今までの人生観を覆すには十分すぎるきっかけと言える。
そのきっかけを機に康太がどのような形でどのような事を成すのかは小百合にもわからない。
だが少なくとも康太の本質自体は変わっていない。そう思っていた。
「・・・もしビーが何かあったら・・・その時は?」
「その時は私が動く。恐らく大丈夫だとは思うが」
「・・・勘ですか?」
「あぁ、言うまでもなくな」
小百合の勘は当たる。今回も康太は見事この封印指定百七十二号という魔術を解決に限りなく近い形に運んでみせた。
そう言う意味では今回はお手柄だ。はっきり言ってこれ以上の成果はこれから望めないのではないかと思えるほどに康太は功績をあげたのだ。
だが同時にそれは康太がとてつもなく大きな面倒事を抱え込んだという事でもある。
それがどういう意味を持っているのか康太自身まだ理解していないだろう。
「師匠、一ついいですか?」
「なんだ?」
「ここの地下・・・埋めたいんですけど」
「・・・埋めたい?何故?」
この地下を埋める。一体何の意味があるのかと小百合は一瞬疑問に思ったが康太の体にあるそれを察してなるほどと小さくため息を吐く。
「・・・この中にいる死者の安息・・・か?」
「はい・・・さすがに大々的に墓を建てるのは難しいですから、せめてこのまま眠らせてやりたくて」
それはお前の意志か?それとも例の神父の意志か?
そう聞こうとして小百合は口をつぐむ。
恐らくどちらもだ。康太はデビットの根本を理解した。先の魔術の根本を理解し追体験することで限りなく神父と同じ考えができるようになっている。
同期している。とはまた意味合いが違うかもしれないが康太が言いたいことはデビットの残滓が言いたいことと大体合っているのだ。
そしてその気持ちがわからないわけではないために小百合は納得した。
「わかった。ジョア、あいつらが出てきたらここを潰すぞ・・・埋葬というには少々荒っぽいかもしれんが」
「わかりました・・・ビー、お別れは済ませたんですか?」
「・・・はい。もう大丈夫みたいです」
大丈夫みたい。それは恐らく自分の体の中にいるデビットに確認をとった結果なのだろう。
もうそう言った意識が残っているかどうかも怪しい。すでにデビットの残滓は目的を達成するためだけのプログラムに近い形になってしまっている。
すでに死んだ人間への弔いの心があるかも怪しい。
だがこの場所で死んだ者たちはすべての始まりとでもいうべきものたちなのだ。最低限弔ってやりたいという気持ちが康太の中にはあった。
「お待たせ、それじゃあ行こうか、いろいろ話があるんだ」
「遅いぞ・・・さっさと出ろ、この場所を潰す」
「え・・・?え!?なんで!?ちょっと待ってよ!この場所はこの後本部の人間が調査しに来るんだよ!?」
「知るか、私がそうしたいと言っているんだ。お前にどうこう言われる義理はない」
なんと勝手なと思うかもしれないがこれが小百合なのだ。他人がどうこう言おうと、どういう事情があろうと自分がそうしたいからそうする。
傍若無人、唯我独尊。
自分勝手な我儘にもほどがある。だがこの場ではそれがありがたかった。
抗議する支部長たちを遠くに避難させると小百合と真理は魔術を発動しこの場所にあった地下を完全に崩落させていく。地面が陥没する分は他の場所から地面を持ってくる形でこの場所は完全に平地になっていた。
もうこれでこの場所を荒らすものはいないだろう。この地に眠る村の人々はようやく安息を得ることができたのだ。
そう自分に言い聞かせることにして康太は祈りを捧げていた。似あわないことをするものだとわかっていてもそうせざるを得なかった。
支部長や本部の魔術師からの抗議を受けながら康太たちが車に戻り、協会本部に戻ったあと、康太たちは数時間にわたり拘束されることになる。
拘束というと聞こえが悪いかもしれないが、康太の内にある魔術の確認とその操作性について、そしてその効果と今まで被害にあったものからの意見による調査が主な名目だった。
康太がこの魔術を宿した瞬間、今まで研究目的で魔術の術式を保管していた魔術師の中からデビットの術式全てが消えたことにより、全世界に潜在的に点在していた魔術の影は一切取り除かれたと仮定されていたようだ。
少なくとも康太はそう確信しているが、どうやら本部の魔術師たちはまだこれから被害が広がるのではないかと疑っている節もあるようだった。
だがそこは支部長の後押しと康太が小百合の弟子という事もあって観察期間を置くことになったのである。
これで二度と封印指定百七十二号の被害が確認されなければ、それは喜ばしいことなのだろう。
だが今まで何百年にもわたって未解決のままだったこの魔術を、まだ高校生の康太が解決したという事は周囲の魔術師は到底信じられるものではなかったようだ。
無理もないかもしれない。事実康太はこの魔術を解決したとは思っていない。
どちらかというとその矛先を変えさせただけだ。完全に消滅させたわけではないしその根本を排除したわけでもないため解決とは程遠い。
恐らく小百合なら康太の体の中に宿る術式を破壊できるのだろうが、康太はそれをさせるつもりはなかった。
「ビー、その魔術を使うにあたって、その魔術の名前を決めておいた方がいいだろう。何かいい案はあるか?」
これからこの魔術を康太が使うかどうかはさておき、あらゆるものには名前が必要だ。
少なくとも康太が発動できるかどうかではなく、名前があるかないかでそれを使いやすくなるかもわからない。
「・・・あぁ・・・どうしましょうか・・・デビット・・・神父・・・ん・・・いいの思いつきませんね」
「ふむ・・・なら・・・そうだな・・・『Dの慟哭』でどうだ?」
「D?デビットだからですか?」
「それもあるが・・・死を暗示する文字だ。些か物騒だがその魔術には適切だろう」
Dの慟哭。
死を暗示する四番目の文字。疫病を原点とした康太の魔術。
デビットの使った災厄の魔術。それをこれから自分が使うのだ。あの時絶叫を上げていた光景を見ている康太にとってはなかなかいい名前であると感じられた。
「・・・じゃあそれで・・・まぁ・・・俺自身の意志じゃ使えないですけど」
「そうなのか?」
「えぇ・・・少なくともある程度の操作権限はありますけど、本質的な操作はデビットに任せるしかないですね」
康太が得たこの『Dの慟哭』はまだどのような魔術であるかを康太自身把握しきれていない。これから幾つかテストをしなければいけないだろうが康太自身理解できていた。
これは自分の魔術であり自分の魔術ではないことを。
矛盾を孕んだ言い回しになってしまうが、康太はこの魔術が自分の制御下にはないという事をなんとなくわかっていたのだ。
本当の意味で操ることができるのはあくまでデビットのみ。デビットの残滓のみ。康太の体の中に宿るデビットだったものだけなのだ。
そう言う意味では新しい魔術を得たとも、新しい力を得たとも言い難い。だがそれでも康太にとっては大きな転機となった。
「少なくとも便利とは言い難いな・・・厄介なものを抱え込んだか」
「でもそれなりに助けてくれそうですよ。こいつ自身やりたいことあるっぽいですし」
デビットのやりたいこと。それは理不尽や不条理を振りまくものへの制裁。そしてその被害を受けるものの救済だ。
康太にとってそれが都合がいいかはわからないが、少なくともこれから面倒事に立ち会ったとき役に立ってくれる可能性は高い。
「そいつは信頼できるのか?」
「さぁ?でも少なくとも敵意はないですよ。今のところは、ですけどね」
敵意はない。少なくとも康太にも小百合にもそう言った感情は向けられていないように思える。
「クラリス、もう戻っていいそうだ。あとはこっちでやっておくから日本に戻ってくれて構わないよ」
「そうか・・・では帰るぞ。何の感動もないイギリス旅行だったな」
「あぁ・・・そう言えばここイギリスでしたっけ・・・なんかすっかり忘れてました」
空気を実感できたのも数分の事だけだ。たったそれだけの時間しかいなかったのだと康太は初めての海外に何の感動も覚えることなく日本に戻ることになる。
途中で別れた文たちと合流しなんとか家に帰るころには、康太はかなりの疲労を蓄積させていた。
ベッドに向かってすぐに寝てしまうほどに。
その日康太は夢を見た。在りし日のデビットの視線で、あの村の人々の暮らしを。そしてあの慟哭を上げるまでの絶望を。まるでデビットがこの光景を何度も何度も見せることで康太に自分の存在を知らしめようとしているかのように。
後日、康太の功績は日本支部だけではなく協会本部にも大きく取り上げられることになる。
何百年もの間猛威を振るい続けた封印指定百七十二号がその牙を収めた瞬間でもあり、康太がまた一歩魔術師の深淵に近づいた瞬間でもあり、また一歩、普通というカテゴリーから外れた瞬間でもあった。
土曜日なので二回分投稿
誤字報告などの追加投稿もあるのでもう一話投稿します、章の切り替わりだから仕方ないですがご了承ください
これからもお楽しみいただければ幸いです




