届いた手紙
「結構本格的だったな。先輩も優しそうだったし」
部活見学を終えた康太と青山は下駄箱にやってくるとそれぞれ自分の上履きを脱いで帰り支度をしていた。
部活を見学していたところ、行える競技数も多く、なおかつ指導もかなり丁寧なようだった。
それに自分のペースで努力できるというのがなかなか好感が持てる。
あまりに押し付けるような指導をされるのはいろいろとつらいものがある。
特に自分の師匠がそう言うタイプであるために康太はその考えが強かった。
「あぁ、やっぱ陸上かな。とりあえず入部届の準備はしておくつもりだ。お前は?」
「俺も同じく。あ、帰りに本屋よろうぜ」
「今日ってなんか発売日だったっけ?・・・ん・・・?」
康太が自分の下駄箱に手を突っ込むと妙な手ごたえがある。
靴を取ろうとしたのに手に触れているのは紙のような感触だった。一体なんだろうかと下駄箱をのぞき込むと、その中には手紙のようなものが入っていた。
普通の高校生ならもしやこれはラブレターでは?と意気揚々とするところかもしれない。実際康太が普通の高校生だったら多少動揺するだろう。
だが今の康太は嫌な予感しかしなかった。
学校が始まってから二日目、まだ右も左も分からないような状態でこの手紙らしき物体が送られてくるその意味が何なのか、康太は理解していた。
「ん?どうかしたか?」
「いやなんでもない。今日何の発売日だっけか?」
康太は何でもないふりをしながら手紙を青山の死角に隠しながらカバンの中に放り込む。
今この場で読めば青山まで巻き込んでしまうかもしれない。これは後で小百合の所に向かったときにでも読まなくてはならないだろう。
康太の考えが正しければ、これは恐らく魔術師からの手紙だ。
魔力を延々と放出するという行動はどうやらちゃんと効果があったようだ。このタイミングであからさまに怪しい手紙が届いたのがいい証拠である。
いつの間にか捕捉されていたのだなと感心してしまう。やはり魔術師になってから時間が経つと感覚が魔術師のものに変化していくのだろうか。
今のところそんな気は全くしないのだが、実際に魔力を放出し続けて謎の手紙が来たのだ。間違いなく相手に自分の存在を確認されたという事である。
逆に言えばもう魔力の放出の意味はないということになる。康太はゆっくり息を吐きながら魔力の放出を止め、とりあえず魔力が満タンになるまで補給することにした。
「おーい、早く行こうぜ」
「今行く、ちょっと待ってろって」
康太は一瞬校舎の方を見ながら青山の後を追いかける。本屋に寄るにしても早めに切り上げたほうがいいだろう。
手紙の中身を早く確認したいというのもあるが、青山を巻き込まないためにも早いうちに別行動をした方がよさそうだ。
とりあえず小百合にこのことを知らせるべくメールをし始める。同じように兄弟子である真理にも連絡をしておいた方がよさそうだ。
「お?なんだメールなんて、女か?」
「・・・まぁ女には違いないな」
「なんだと!?・・・まぁその言い方だと母親とかそんな感じか?」
はっはっはと笑いながらその話を流すが、実際小百合たちは女性には違いないのだが恋愛対象としてみるには少々、というかいろいろ面倒すぎる。
真理は非常に自分のことを気にかけてくれる良いお姉さんなのだが、それに対して師匠である小百合は傍若無人すぎてさすがに直視すら厳しい程である。
もっと自分に優しくなってくれればいうことなしなのだが、あの人にそれを求めるのは無駄というものだろう。
あの人は結婚できるのだろうかと思いながらメールを打ち終る頃には二人は駅の近くにある本屋にたどり着いていた。
自分が読んでいる漫画を買って帰りの電車で読む。何とも高校生らしい普通の放課後の一時だ。
これでカバンの中に妙な手紙が入っていなければ自分が魔術師であるということを忘れそうな勢いである。
「んじゃな、また明日」
「あぁ、またな」
降りる駅が別々であるために駅で別れると、康太はすぐに駅から出て小百合の下に向かっていた。
ようやく来た相手からの反応。これから自分が魔術師として行動するにあたって何をしなければいけないのか、それらを確認しなければならない。
そもそも魔術師の戦いで第三者を巻き込むわけにはいかないのだ。自分のような存在を出さないためにも徹底して誰にも見られないような場所を選ぶ必要がある。
そんな場所が街中にあるかといわれると微妙なところだが、それでも何とかしなければいけない。
第三者に見られていきなり殺すぞなんてことは絶対に言いたくない。さらに言えばまだ一人前にもなっていないのに弟弟子ができるなんてことも考えたくない。
康太はどうするべきかを必死に考えながら小百合のいる一際怪しい店へとたどり着いていた。
ここまで急ぐ必要があったかどうかはさておいて、早く話を進めたいという気持ちがあったのだ。
相変わらず奇妙な存在感を放つ『まさる』を一瞥しながらカバンの中から手紙を取り出して店内へと駆けこむ。
「師匠!これ!」
康太が店の中に入っていくと、その奥にはすでにちゃぶ台の近くで待機している小百合と真理の姿があった。
「あぁ・・・とりあえずその中身を確認しろ」
「ラブレターとかじゃなきゃいいですけど・・・」
「このタイミングでこいつにそんなものを送る奴がいるとも思えんがな・・・」
入学からまだ二日と経っていない中送られてきた手紙。どこの誰ともわからない人間が書いている以上あらゆる可能性を考慮するべきではあるが、少なくともこの手紙が何かのきっかけであることには変わりない。
特に魔力を振りまいていた康太に対して送られてきているのだ。何かしらの意図があったと考えるのが自然である。
「もしラブレターだったらそれはそれで嬉しいんですけどね」
「そんなことはどうでもいい、とっとと中身を見てみろ」
康太はとりあえず小百合に言われるがまま封筒の中身を確認してみる。
その中には一枚の紙が入っていた。恐らくここに重要な内容が書かれているのだろうと一瞬硬直した後勢いよくそれを開く。
だが康太の目には何も書いていないように見えた。
「・・・あれ・・・?白紙・・・?」
表を見ても裏を見ても、そこには何も書かれていないように見えた。折りたたまれた何も書かれていない紙が入っているというだけの不可思議な状況に康太は疑問符を浮かべてしまっていた。
「あの・・・何にも書かれてないんですけど・・・」
「貸してみろ・・・あぁ、安心しろ。ラブレターではないようだ。これを『書いた』のは間違いなく魔術師だな」
これを書いたという言葉に康太は強い違和感を覚える。
そもそも何も書いていなかった白紙の紙だったのだ。何も書いていないのに描いたというのはおかしいような気がしてならない。
「あの・・・師匠はなんか見えてるんですか?」
「・・・あぁそうか、お前はまだ見えないんだったな・・・ちょっと待っていろ」
そう言うと小百合は立ち上がって地下へと降りていった。その間に紙をのぞき込んでみるのだが、やはり何かが書いてあるようには見えない。
本当にただの白紙、折り目しか特徴的なものがないただの紙だ。
「あの・・・姉さん・・・これどういう事なんです?」
「えと・・・魔術師として成長していくと五感が魔術師のそれに変化するっていうのは知ってますよね?これはそれを利用した魔術師同士の手紙のようなものです」
「・・・魔術師にしか読めない手紙・・・ってことですか?」
まぁそう言う事ですねと真理は笑って見せる。そしてメモ帳を取り出すと以前小百合が書いた三つの術式について説明し始めた。
「私達が使う魔術以外にも術式は存在します。それが精霊術と方陣術。これはその中の方陣術を使った応用技です。物体などに方陣を刻み付ける時に、その強さ・・・いえ濃さを調整することで魔術師にしか知覚できないようにするんです」
要するに方陣術を術としてではなくただのコミュニケーションツールとして使っているという事ですねと結論付けると、真理は自慢げにメモに手を触れさせる。
そこには徐々に五芒星が描かれつつあった。
一体どうやっているのか。黒いインクのようなもので描かれていく。これが方陣術の作り方なのだろうか。康太はその光景に目を奪われていた。
「術式が込められていなければ、文字を書くこと自体は難しくありません。この陣の濃さを調整することで一般人には見えない文字を書くことができるんですよ」
真理の説明に康太はへぇぇ・・・と感心してしまっていた。
方陣術という存在は小百合から聞かされていたが、まさか道具も何も使わずに文字を書くことができるとは思っていなかったのだ。
これを覚えたらカンニングし放題かもしれないなと思いながらメモに描かれた五芒星を眺めていると、小百合が地下から戻ってくる。
その手には何やら小瓶のようなものが握られていた。
「ん・・・なんだ、方陣術について教わっていたか?」
「えぇ・・・これ凄いですね、カンニングし放題ですよ!」
「・・・こいつにはこういう事は教えない方がいいかもしれんな」
「あはは・・・そうかもですね・・・」
せめてそういうことは口に出さずに思うだけにしておけと忠告しながら、小百合は手紙の上に瓶の中に入っていた黒い粉をまんべんなく振りまいていく。
「これは何です?」
「魔力に反応する粉だ。方陣術も一応魔力で作られる。陣に残っている魔力に反応して吸着する。要するにこの手紙で言えば文字だけが黒くなるという事だ」
あぶり出しと似たようなものだなと付け足しながら紙の上の粉を軽く均していった後で入っていた瓶の中に戻していくと、先程まで何も書かれていなかったはずの紙に確かに黒い文字のようなものができている。
「方陣術って案外簡単なんですか?こういうの見てると楽にできそうな気がしますけど」
「そこに術式が書かれていないなら描くこと自体は楽だろうな。だがそこに術式を込め、なおかつ発動するのは別次元だ。お前にはまだ早い」
パソコンのフレームだけ組み立てるのとパソコンを一から完璧に組み立てるのでは勝手が違うだろうと説明されその難易度の違いが分かる。
確かにその二つでは難易度が桁違いだ。電子部品などを正確に組まなければいけない分素人では手が出せない。今の康太ではできない技術だろう。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです