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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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原型

康太のその言葉を受けて、白骨から噴き出る靄が緩やかに形を変えていく。最初は炎のような形だったのに、今は歪ではあるが人の形のように見える。


その変化を見た康太以外の全員が身構えていつでも戦闘を行えるようにするが、康太はその姿を見てただ座っているだけだった。


そして人の形を成した黒い瘴気も、それ以上何をするわけでもなくただ康太の前に立っているだけのように見える。


奇妙な空気を前に、小百合と真理は構える必要がないと察したのかこの場で誰よりも早く戦闘態勢を解く。


そして二人が構えを解いたことで支部長が、そして支部長が警戒を止めたことで本部の魔術師もその場を見届けることにした。


「あんだけのことをしても、まだ憎いか?まだ足りないか?」


康太の言葉に呼応するかのように黒い瘴気は震える。まるで内に秘めた怒りを体現するかのように。


地下で風がないはずなのに、この空間からうなりが聞こえてくるような気がした。まるで数百年前の神父の慟哭を再現しているようだ。


「たくさん死んだぞ。たくさんの人が助けてって、死にたくないって言いながら死んでいった」


康太の言葉に応えるように瘴気の人影はその体を一回り大きくし康太の眼前に迫る。その顔の部分を康太に近づけ、何かを言おうとしているのは理解できた。


この場の中で、康太だけがそれを理解していた。






あの時もそうだった。皆死にたくないと呪文のように唱えながら死んでいった。誰も救えなかった。あんな不条理があっていいものか。あんなことが許されてたまるものか。





憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。



この世界が、あの時人々を救わなかった神が、神の名のもと安穏と生きている人々が、何もできず誰も救えなかった自分自身が。


だから殺すのだ。だから与えるのだ。不条理を。自分たちが味わった地獄をこの世界全ての人間に。


意志そのものを直接伝えられるかのような不思議な感覚の中、康太はデビットの残滓ともいえる黒い人影の想いを一心に受け止めていた。


その意味が分かる。あの苦しみを理解しているものだからこそその憎しみが理解できる。


誰も助けてくれなかった。誰も助けられなかった。神に祈るほかなく、その神でさえ助けてくれなかった。だから憎い。


「違うだろ、お前は憎いんじゃない。許せないだけだ」


理解できるからこそ、康太はそれを否定した。


その本質を理解していたからこそ否定した。今目の前にいるのは間違いなくあの時のデビットだ。神を呪い、自らのふがいなさを悔いたあの時のデビットだ。


だからこそ、康太はその言葉を言わずにはいられなかった。


「あの時お前は、何もできなかった自分を呪った。自分だけじゃ何もできなかったから、誰かが助けてくれることを願った。でもそれもかなわなかった。だから神も呪った・・・自分が神父だってことも忘れて」


神に祈る者、神を敬うもの、神に仕える者、それが神父だ。だがこのデビットは自らの恨みと憎しみに飲まれ、その本質を見失った。


今まで積み上げた神父という自らの徳と、人生の全てを自ら否定したことで怨嗟の道に落ちた。


その結果、この魔術が生まれた。


「あんたが誰よりも許せなかったのは神でもなければ今生きてる人達でもない。あんた自身だろ?」


康太の言葉に黒い瘴気がざわめき始める。


だからどうした。私は憎い、あの時あの子たちを助けなかった連中が。助けられなかった連中が。私も、神も、他の全ても!だから壊すのだ!全てを!


康太は自分の中に響く思念が強く、そして僅かに弱弱しく震えているのをしっかりと感じ取っていた。


このデビットという人間はまだ人間性をわずかにではあるが残している。怨霊のように悪意の塊になりきっていない。恐らく本質はまだ変わっていない。


今こうして害を振りまいているのはただ単純にその怒りと憎しみの方向を定められていないだけだ。


どこにぶつけていいかわからないから、こうして発散するしかないのだ。だがそう易々と発散できるようなものではない。きっかけがないとこの神父の怒りは晴らせない。


康太は思い出していた。この体の中に宿る魔術。その根源を。


康太が体感したのは人々の死だけではない。神父が恨みを生み出しこの魔術を生み出しただけではない。そのもっと奥。本当にかすむほどしか見えなくなった、思いの残滓とでもいうのか、ノイズ交じりのその一言を康太は今でも思い出せる。


小さな少女が目の前にいた。歳の程はわからない。長く美しい金色の髪を持ち、こちらを見ているのがわかる。


顔も分からない、声も聞き取れない。だが神父が言っていた言葉だけは聞こえた。


『私はこの魔術で、誰かを助けたい。誰かを助けたいから、今こうしています』


それは恐らく、神父が魔術を覚えた時の話だったのだろう。あるいは魔術を生み出した時だったのかもしれない。


康太が今内包している魔術はある魔術を改造したものなのだ。


今の魔術は『魔力あるいは生命力を他者から吸い上げる』もの。だがその原型は『自らの魔力を他人に生命力として与える』ものだった。


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