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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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百七十二号の発端

「ふぅ・・・ようやくひと段落か・・・さて・・・」


深夜二時、先程まで被害者でひしめていた公民館の一室にはすでにほとんどの人間がいなくなっていた。


少なくとも、この町に存在した百七十二号の感染者はもういない。この場にいる康太ただ一人を除いて。


そしてこの部屋にいるのは小百合、真理、康太、エアリス、文の五人だけだ。それ以外の魔術師はほとんどが事後処理に追われている。トゥトゥは周囲に雨を降らせることに集中しているためにこの場にはいない。


「ようやく起きたことに関していろいろと聞きたいことがあるが・・・まずは一つ。ビー、お前はこの三日間、何を見た?」


これはこの場にいる全員が知りたいことでもあった。百七十二号に感染した瞬間意識を失った康太が、一体何を見ていたのか。何を体感していたのか。それはこの百七十二号という魔術を知る上で、もっとも重要なことでもあった。


「・・・見たっていうのは正確じゃないです・・・意識を失ってる間、俺はずっと死につづけてました・・・この魔術で死んだ人たちの最期の瞬間を・・・追体験してたような・・・そんな感じでした・・・」


「・・・最期の瞬間・・・なるほど・・・それで・・・」


おおよそ十数秒間隔で康太の口調やセリフ、そして話し方や声音が若干変化していたのはそう言う事だったのかと小百合は半ば納得していた。


そして康太がなぜあそこまで苦悶の表情を浮かべ、苦痛にもがき苦しんでいたのかも得心がいく。


だが小百合は納得していても他の人間はまだ納得していない表情をしている者もいる。


死を体験するなどということができるとは思えなかったのだ。例え康太が特異な起源を有していたとしても。


「どのくらいの人数の死を経験した?」


「・・・わかりません・・・数えることもできませんでしたから・・・」


「それならどれくらいの時間で死んで次の人間の死を見た?それくらいはわかるだろう?」


「・・・たぶん・・・十秒・・・いやもうちょっと長いかな・・・?」


「お前が眠っていた時間が・・・大体七十八時間・・・十五秒未満に一回程度とすると・・・大体二万人か・・・」


二万人の死を体験した。そのほとんどが同じ死因だったが、それでも康太の精神を削り取るには十分すぎた。


だがその死を見たところで根本的な解決にはつながらない。小百合は慰めの言葉や愚痴が聞きたいのではない。もっと実益に繋がる話がしたいのだ。


「それで?それ以外にお前は何を見た?その魔術の一欠けらでもいい、何かわかることはあるか?」


小百合の言葉に康太は若干目を伏せてため息を吐く。


その態度に小百合は当てが外れたかと残念そうな表情をして見せた。


康太が何かしらの解決策を見出し、あるいは見つけ出すと感じていたのだが、どうやら自分の勘は外れてしまったようだと。


だが康太はその小百合の考えを覆す。


「デビット・・・」


「・・・なに?」


「神父・・・どこかの神父・・・名前はデビット、年代は・・・だいぶ前、小さな村の神父で村人たちからも慕われてました」


「・・・何を言っている?何のことだ?」


それは康太しか知り得ない情報。康太しか知ることができなかった情報。


これは康太が最後に見た光景と、そして康太自身が感じ取った、あの魔術に込められた一つのメッセージのようなものだ。


康太はそれを正確に受け取っていた。それが良いことなのかどうかはまだ結論が出ていないが。


「・・・この魔術を発動した張本人の名前です。俺が見た・・・この魔術の・・・使用者、発動者・・・」


「・・・どういうことだ?お前が見たものをすべて話せ」


自分の勘が当たっていたことに関しては喜ぶべきだったのだろう。実際小百合は解決の糸口をつかむことができたことに喜んでいる。


だが同時にあの時にすぐ康太の中にある術式を破壊していればよかったという後悔もほんの少しだが生まれていた。


今の康太は何かがおかしい。前後不覚、挙動不審、そう言った露骨な異常ではない。どこかおかしいのだ。


この場にいて自分たちの目の前にいて自分達と対話しているはずなのにどこかずれてしまっている。


まるでこの場にいない第三者に向けて話しているかのようだ。


この場にはいないはずの、誰かが見えているかのようだ。


康太は目を閉じて今まで自分が見たものをもう一度整理し始めていた。


康太が体験した二万人近い人の死の全て、そして自分が見て、感じたこの魔術の全て。


体の中に未だ残る術式を前に康太はため息をついてからこの場にいる全員に話し始めた。


この魔術がいかにして生まれ、今までどのような経路をたどってきたか。そしてこの魔術がどのようなものでありこの魔術がなぜ今もなお行動しているのか。


康太自身確証を持って言える事項はあまりにも少ない。だが感じたままを話すことにした。


そうしたほうがいいと康太の中の何かが告げていたのだ。



封印指定百七十二号。数多の被害を出したその魔術の効果は魔力を吸い上げること。もし魔力が存在しないのであれば生命力を奪い取る。


そして一定数魔力、ないし生命力を吸い上げると近くにいる人間に同じように術式をばら撒き、また同じように魔力や生命力を吸い上げる。


この効果は魔術師よりもむしろ一般人への被害を増大させた。魔術協会が記録した中でも百年規模でこれほどの被害が観測されている魔術はこれ以外にないと言われるほどの危険な魔術である。


そしてこの魔術の発端はかつて人類の多くを死に至らしめたある一つの病が原因となっていた。


黒死病。


十四世紀にヨーロッパ全土で広がり、多くの死者を出し多くの惨劇を引き起こした。


死者は数千万人を超え、当時のヨーロッパの三分の一、あるいは三分の二程の人口がこの病によって死亡したとされている。


そしてその死者の中に、今回の魔術の発動者がいた。


名はデビット。小さな村の小さな教会で神父として人々を導き、時に助け合う敬虔な信者であり、同時に魔術師でもあった。


彼は神父として過ごすうちに、ある魔術師と出会い、その魔術を学ぶことで村人の生活に貢献していた。


時に傷を癒し、時に不作から村を救い、時に外敵から村人たちを守っていた。


自らが神にも等しいと思ったことはない。彼は自分自身の力で村人たちを守ることはあっても、村人たちの心の安寧のためには神の導きと救いこそ必要であると信じていた。


細々と、だが確実に彼らは生きていた。神父の魔術という力に助けられながら。

だが事件は起きた。いや事件というにはあまりにも大きく、あまりにも必然的な、そして凄惨なものだった。


たとえ魔術があろうと、たとえ神父であろうと、たとえ神を信じていようと、大きな力の前には飲みこまれるしかなかったのだ。


もう一人、いや二人の魔術師がいたらもしかしたらその事件も防ぐことができたかもしれない。


だが時代の波というにはあまりにも荒々しいその病の到達が、その小さな村を完全に崩壊させた。


一人、二人、四人、八人、十六人。体調を崩し、病に倒れ死んでいく。


デビットは自らがもつ魔術によって彼らを助けようとした。ただの病であるのなら、その免疫力や体力を増強することによってある程度症状を緩和することもできると考えたのである。


その考えはある程度間違っていない。もし彼が生まれる時代が異なり、正しい知識を所有できたのなら、もしかしたらその村人たちを救えていたのかもしれない。


だが彼は魔術を知っていても、あまりにも病や人の体の根本について無知過ぎた。否、当時の人間で無知でいなかった人間などほとんどいない。


仕方のないこと。もっと大きな枠から、客観的に見ていればそう言う風に思えたのかもわからない。


だがデビットはそう思うことができなかった。そう思うことができるはずもなかった。


日々共に生活し、喜怒哀楽を、同じ時間を、苦労を、涙を、あらゆるものを共有してきた村の人々が一人また一人と死んでいくさまを見て『仕方がない』などと思えるはずがなかった。思えてはならなかった。


何とかして助けたい。どうにかして、どのような手段を講じてでも。


デビットは自分の勤めている教会の地下にある自らの工房にまだ症状が深刻ではない人々を集め魔術による治療に専念した。


何でもいい、どんな奇跡でも構わない。彼はこの時ほど神に祈ったことはなかった。


祈りを欠かしたことはない。神に対しての尊敬の念を忘れたこともない。だがこの時ほど自らの無力感と神への祈りを強く感じたことはなかった。


だが、一人の魔術師が力を尽くしたところで、一人の人間が努力したところでできる事には限界がある。


奇跡など起こるはずもなく、都合のいい話などあるはずもなく、一人、また一人と助けたかった人々が死んでいく。


そんな中で、デビットは絶望した。信じてきたものに裏切られた、ただそれだけではない。自らの無力を、何もできなかった自分自身と、そして何もしなかった神への怒りと憎しみを燃やし尽くした。


信じていた神を殺したい。そう心の底から思うほどに。


そして彼は、自らがもつ魔術を改良した。いや、彼自身はそんなつもりはなかったのだろう。憎悪を燃料に、ただ魔術を発動しただけだったのかもしれない。


だがその時彼も気づいていなかっただろう。彼もまた村人たちと同じように黒死病に蝕まれていたということに。


恨みに飲まれ、本来発動すらしないはずだった未完全な制御の状態で彼が発動した魔術は、何の偶然か、体内に巣食う黒死病の性質と混ざり合うように、融け合うように合致し一つの魔術となった。


かつて多くの村人を救いその命を救った魔術と、多くの人間に巣食いその命を奪った黒死の病が一つになり一つの魔術が生まれた。


もはや絶望しか見えず、復讐しか心に残らない神父が残した最後の魔術。怨念と憎悪に取りつかれた、災厄の魔術。


その叫びが響いたのが、封印指定百七十二号が生まれた瞬間だった。


全てを呪い恨んだ神父が残した負の遺産。それこそが康太の体の中に宿る魔術の根源だった。










康太は自らが見た全てをその場にいる全員に話した。そして自分が感じたことも全て話した。


康太が見たのは人々の死、そしてデビットと呼ばれた神父の怨念の中に混じるほんのわずかな人間性だけだった。


恨みと憎しみによって生まれた魔術の根源は、彼の深い慈愛の裏返し。康太がそれを見ることができたのは幸運だったのか、それとも不運だったのか。全てを見た康太も、それを聞いた小百合たちも判断はできなかった。


「・・・つまり、そのデビットとやらが発動した魔術が数百年経った今も動き続けていると・・・そう言う事か?」


「はい・・・たぶん魔術の大本はデビットの所にあって・・・末端の魔術はそこに魔力を送り続けてるんだと思います・・・」


「・・・発動するのに必要な魔力を補充しながら、同時に被害を広げていく・・・無駄に効率がいいな・・・」


「・・・でも、もう死んでますよね?そのデビットっていう神父は・・・死者が魔術を発動するなんてできるんですか?」


「そいつ自身が死んでいても、術式はまだ生きている・・・たぶん方陣術に似た状態になってると思っていい。本人の意思を無視して、術式に魔力を注ぎ込むことによって発動している状態なんだろう」


伝染病の性質を持ち合わせた魔術。はっきり言って始末に負えないというにはあまりにもひどすぎるタイプの魔術だ。


これがただ被害をまき散らすというだけならまだよかったが、伝染病というのは良くも悪くも狡猾だ。


時にはその被害を抑えることで感染者に感染していることを悟らせない。十分に魔力を補充した後はある程度発動を押さえて魔力が少なくなってきたらまた大量に被害をまき散らしていく。そう言う事を繰り返してきた結果が今まで断続的に繰り返されてきた被害の結果なのだろう。


「それで・・・ビー、お前は私達に・・・いや、私になにをさせるつもりだ?」


何をさせる。それを聞いて文たちは術式を破壊させるのではないかと思っていた。


魔力を吸われているのは今も変わらない。康太の魔力総量は刻一刻と減り続けているのだ。今は意識が戻っているからそこまで深刻ではないように見えるかもしれないが彼のデッドラインまでそれほどの猶予はないのである。


「俺を日本から出してほしいんです。具体的にはデビットのいそうなところに」


誰もが術式の破壊を申し出ると思っていただけに康太のその申し出はあまりにも意外なものだった。


日本から出してほしい。確かにそれは可能だ。だが何よりも優先する申し出がそんなことであるとは思えなかったのだ。


「待てビー君、まず君の中にある術式を破壊しなければ君の体がもたないぞ。魔力だってだいぶ消耗してる。このままだと他の被害者の二の舞に」


「それでいいのか?そいつが口にしていた言語はわかるか?」


「・・・たぶん・・・英語です。だからイギリスとかアメリカとか・・・」


「・・・伝染病が流行った頃となると・・・十四世紀ごろか、その頃英語を話していた国・・・イギリスか・・・」


エアリスの話を無視して話を進める小百合と康太に、彼女は眉を顰めながら二人の間に割って入った。


「二人とも話を聞け、彼はもう限界だ。体力もそうだが魔力もギリギリだ。これ以上続けたら命の危険もある」


「話を理解していないのはお前だ。この町で一番この魔術に関して理解しているのはこいつだ。そしてこいつが消すことよりも元凶に向かう事を優先している。消さないことに意味があるんだろう?」


小百合が康太の方に目を向けると、康太はゆっくりとうなずいて自分の体の中にある術式に触れようと自分の胸に手を当てる。


「なんとなく・・・わかるんです・・・あっちにいる、こっちに来いって・・・」


それは康太があの光景を見たから感じることができる感覚なのか、それとも康太が魔術師だから感じることができるのか、どちらかはわからないがそれはかなり千載一遇の好機のように感じられた。


何百年も解決できなかった魔術が解決できるかもしれない。その可能性がついに姿を現したのだ。


「だ・・・だが・・・君の体が・・・」


「大丈夫です。魔力と減る速度から考えて・・・まだあと・・・半日はいける。師匠、イギリスなら協会の門を使って移動できますよね?」


「あぁ、日本支部と協会本部は繋がっているからな。だが実際に行くにはいろいろと手続きが面倒だぞ?」


「何とかしてください。師匠ならできますよね?」


小百合なら何とかできる。康太は本心からそう思っていた。


小百合が敵が多いのは何もただ単に性格だけが原因ではない。その素行的な問題があるのと優秀すぎるのが問題なのだ。


出る杭は打たれるではないが、問題行動がある人間が優秀だったら反感を受けるのも仕方のないところだろう。


そして小百合にはコネもある。良いコネかどうかはわからないが支部長ともつながりがあるのだ。だから小百合なら何とかできるとそう確信していた。


「・・・私を顎で使うか・・・良いだろう。出発の準備だけしておけ。私の方で何とかしておこう。とりあえず移動するぞ」


小百合は携帯を取り出してどこかへ連絡しながら部屋から出ていった。まずは日本支部へ向かう事だ。だが移動できる確証がなければ移動するわけにはいかない。康太の体にはまだ百七十二号の術式が残っているのだ。


年始+誤字報告五件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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