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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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康太の見えるもの

どれほど時間が経過しただろうか、康太は未だ悪夢を見続けていた。


いや、正確には悪夢ではない。体感し続ける悪夢などあるはずがない。そして悪夢というにはあまりにもはっきりしすぎた感覚に康太の精神は着々とすり減っていた。


与えられる苦痛、そして見える光景、そして途中からその感情すら同調し始めていた。


痛み、苦しみ、寒さ、悲しさ、怖さ、悔しさ、そう言った感覚や感情が康太の中に流れ込んできている。


聞こえる声はすでに日本のものではなくなっていた。一体どこの言葉だろうか。英語もあれば康太が聞いたことのない言語までさまざまだった。


だが康太はその全ての言語の意味が理解できた。理解できてしまった。


理解できない方がよほど良かっただろうに、その苦しさに加えてその声がなんと言っているのかを理解してしまう事で康太の精神はさらにすり減った。


康太が目にできる光景も、毎回毎回変わっていった。


途中までは屋内や木造建築が目立つ光景だったが、その光景は徐々に石造りのものへと変化していた。


言語の移り変わりと見える光景の変化から、見ている光景が日本ではなくどこか別の国であると気づくのに時間はかからなかった。


数百回、数千回の視界の変化は徐々にその傾向を認識させつつあった。


大体百回から二百回周期で場所が変わるのだ。その周期は大抵同じような文化圏の建物や同じような言語なのだが、その周期を迎えると別の場所、別の国に変わっていく。


そしてその変化を見れば見る程、徐々にではあるが昔にさかのぼっているということに気付いた。


気付いたきっかけは服装もそうだが、途中から機械の類がほとんど見られなくなったことである。


今見えている光景は石造りの床に壁、そして牢屋のような鉄格子、そしてコケやカビの生えた地面に近くにはネズミのような生き物。


明かりは蝋燭が壁に取り付けられているだけだ。鉄格子の向こうでは誰かがこちらを見ながら嘆いている。


そしてこの視界が、今までの被害者であると康太はようやく気付いていた。

恐らく目に見えているあの誰かはこの被害者の家族なのだろう。


もはや助からない、だが助けたいこの被害者の下に駆け寄ろうとしているがそれを他の人間に止められている。


これが伝染病であると気づいているのだ。魔術のことを知らずとも、人の多いところで発症し人に移っていくというものをこの時代の人は気づいているのだ。


もしかしたらこの魔術そのものが病気の一つとしてカウントされていたのかもしれない。あるいはほかの伝染病と間違われていたのかもしれない。


どちらにせよ、感染したらもう助からない。


昔の医療技術では感染者を隔離する以外に対処のしようがなかったのだ。だからこそこの被害者はこんなに汚く、暗く、冷たい場所にまるで物か何かのように放置されているのだ。


誰もが、被害者の身内や友人、多くの人間が助けようと声を上げていた。多くのものが嘆き苦しみ、悲しんでいた。


誰か助けてくれと、誰でもいいから助けてくれと、そう心の中で、いや声に出してでも、そう心の底から叫びながら。


だが救えない。救わないのではなく救えない。だからこそ自分は今こんな場所に転がされている。


誰にも救えないからこそ、こうして自分は今もなお、また死んでいくのだ。


『・・・・・・・』


もはや言葉も出ないのか、再び体を締め付けるような、体の全てが無くなっていくような感覚と共に康太の視界は徐々に薄れていく。


これが死の感覚であると既に康太は気づいていた。自分は今までこの魔術によって死んだ人間の最後の瞬間を体感しているのだと気づいた。


それがなぜなのか、どうして自分がそんなものを体感しているのかはわからない。以前小百合や智代の言っていた『魔術の根源を覗く』という起源に関わることなのか、それともこの魔術そのものが、それを見ることができる康太に何かを見せようとしているのか。


どちらにせよ康太には何もできない。小百合が早く自分の中の術式を破壊してこの状態から解放してくれることを願うばかりだが、小百合が康太を放置しようとしているなどと本人は知る由もない。


再び視界が切り替わり、また薄汚い場所に転がされている視界だった。


年代や時期、そして場所もそう変わりはない。時代的に恐らく百年二百年は昔までさかのぼっているだろう。


軽いタイムスリップだと考えるよりも早く体が苦痛に包まれる。


死の間際は本当に体の何もかもが無くなるほどに喪失感に包まれるが、その後にやってくる新しい苦痛の時間が今の康太にとって最も嫌なものだった。


何も感じないならどれだけよかったことか、感覚がないというのはそれはそれで苦痛かもしれないがこの苦痛を与え続けられることよりはましに思えてしまう。


喉が渇く、肌が張り裂けそうだ、目が干からびて目を開けていられない。疲労感が体を蝕み指一本動かすことができない。


自分は死ぬのか。もう何度そう錯覚しただろうか。


体が苦痛にむしばまれるたびに、その耳に助けを求める声が聞こえるたびに、誰かの叫びが自分に届くたびに、そしてその声が聞こえなくなるたびに、ゆっくりと何も見えなくなっていくたびに。


だが同時にその瞬間に声が届くのだ。いやもしかしたら康太自身が出しているのかもしれない。


『死にたくない』と。















康太が見ている光景が何度変わっただろうか、そしてどれだけの時間が経過しただろうか。


あまりに長く、あまりにも辛い時間を経験したことで康太は時間感覚さえも狂い今自分がどこにいて何をしているのか、そして自分自身が何者であるかも忘れかけてしまっていた。


苦しみにあえぐ中、誰かの助けを求める声を聴きながら、それでもどうすることもできない自分のふがいなさと、これほどの不条理を与える誰かが憎くてしょうがなかった。


そして同時に、これが自分ではなく、今まで生きてきた中で知らなかったどこかの誰かの人生だったという事を理解しながら康太はその最後の瞬間を体感することしかできずにもがいていた。


そんな中、康太の視界が再び変わる。


今度も石の壁や天井、そして僅かにともる蝋燭の火が周囲で唯一の光源となっている。


そしてその蝋燭に照らされて誰かが叫んでいるように感じられた。


遠くなった耳でその声を聞こうとその声の主を探そうとするが体は全く動いてくれない。慟哭だけが聞こえる中、康太はその姿をようやく目にすることができた。


小さな何かを抱えて泣き叫ぶ男性。服装からして神父だろうか。その表情は絶望に染まっているように見える。


しかもその顔には黒い痣のようなものがあるのがわかる。それが一体なんなのか康太は理解できなかった。


そしてこの場所が屋内、しかも地下であることに気付くのに時間は必要なかった。何故なら先ほどからこの声が延々と反響し続けているのだ。


遠くなった耳でもはっきり聞こえる程に強く大きく響く。そしてその声が一体何を言っているのか、何を言いたいのか康太は理解できた。


恨んでいるのだ、この状況を作り出したものを。呪っているのだ、この惨状を作り出した存在を。


康太の視界は徐々にかすんでいき、声も聞こえなくなっていく。そんな中康太は最後に声を聞いた。


『・・・助けて・・・神父様・・・』


苦しみが康太を襲う中、康太の視界は再び変化していた。


今度の視界も石で覆われた場所、蝋燭の光だけが周囲を照らす中その視界は縦横無尽に動いていた。


見えている光景は、まるで地獄を映し出したかのようだった。


小さな子供、大人、老人、それこそどんな年代のどんな性別の人間もそこにはいた。


皆一様に黒い痣のようなものを体に作り、苦しそうに呻いている。そんな中で康太の腕は、いや康太が体感している人物の腕は小さな少女を抱きかかえた。


その少女は苦しそうに息をしている。時折せき込みその体を震わせていた。


『大丈夫です・・・必ず助けます。だから・・・だから・・・!』


男の声だった。抱えている少女を助けようと何とかして力を振り絞ってその体を温めようと手でこすっていた。だが本人の体力も限界に近く、ほとんど役には立っていなかった。


『寒い・・・痛い・・・苦しい・・・神様・・・!』


抱きかかえられた少女は僅かに涙を流し、目の前にいる自分の方に手を伸ばす。だがその手がゆっくりと落ちていき、やがて意識を喪失する。まだ死んでいない。まだ助けられる。助けなければならない。


そう自分に言い聞かせるように少女の体に手を当てて何かをし始める。

魔術師である康太はそれに気づけた。今康太が体感しているこの人物は魔術師なのだ。そして魔術でこの少女を救おうとしている。


『・・・神父様・・・たす・・・け・・・』


『頼む・・・!頼む・・・!神よ・・・!』


どこにいるのかもわからない神への祈りだろうか、それとも助けてほしいという願いだろうか、集中して発動するも、目の前の少女の体に活力が戻ることはなかった。


それどころかどんどんと衰弱しているのがわかる。ゆっくりと、しかし確実に死に向かっているのがわかる。


そうしてやがて、目の前の少女は動かなくなっていった。体の熱も少しずつなくなっていき、ただの肉と骨の塊へと変化していく。


『あ・・・あぁぁぁあぁあああああぁぁあああああぁぁああぁぁあぁあ!』


叫んだ、それしかできなかった。


少女の体を抱きかかえ、自らの無力を嘆きながら、こんな状況を作り出したものが、この不条理を与える存在が憎くてしょうがなかった。


『何故だ!何故この子を殺した!この子は日々あなたへの祈りを欠かさず!敬虔で心優しいただの少女だったというのに!』


その声はもはや先程の優しい男と同じものとは思えないほどだった。


憎しみで心を汚し、怒りで理性を焦がし、喪失感で自らの存在そのものさえもかき消してしまいそうなほどに、その声を張り上げることで自らの意志を保とうとしていた。


『あなたは救いを与えるのではなかったのか!救いを与える力があるというのなら、何故この子らに与えなかったのか!』


この声が届くと同時に康太は気づいた。この声の主は、自分が数十秒前に見ていた神父だったのだと。


そして同時に気付く。いやこれは直感的なものだ。


『許さない・・・!私は貴方を許さない!この子を見捨て、わが友を見捨て!この村を見捨てたあなたを決して許さない!あなたの庭にまだあなたの子らがいるというのなら、皆我らと同じようにしてやる!この世の全てに不条理を!この子らと同じ苦しみを!』


この声の主こそ、今自分が体感している神父こそ、今まで誰も解決できなかった封印指定百七十二号の元凶。いや、この魔術を作り出した人物なのだと。


年始なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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