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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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康太の特異性

「さて・・・ようやく落ち着いたか・・・」


小百合は康太と文が買ってきた食事を口に放り込みながら人が少なくなった公民館の一室を見ながらため息をついていた。


日が高いうちからずっと動き続けていただけに小百合の消耗はかなり大きかった。肉体的な疲労はそこまででもないのだが精神的な疲労は計り知れない。


なにせ集中を必要とする技術を何度も何度も数えきれないほどに延々と使い続けていたのだから。


その表情からもその声からも色濃い疲労を感じることができる。今だけは小百合を休ませてやりたいとこの件に関わったほとんどの魔術師がそう思っていることだろう。


「さぁ、話してもらうぞ。お前の考えを」


だが小百合のそんな疲労の具合を見てもエアリスは小百合を休ませるつもりはないようだった。


彼女としても小百合を休ませることの意味は理解しているのだろうが、生憎彼女はその前に聞かなければいけないことがあるのだ。


途中から文と真理が介抱している康太の事である。


小百合曰く確信と勘が入り混じる状況だそうだがこの封印指定されている魔術に関しての解決の糸口となりえる康太。その理由と内容についてエアリスは話を聞いておきたかったのだ。


そしてその考えを持っているのはエアリスだけではない。あの時、康太が倒れてすぐに文と真理が進言したように康太を何故治さないのか、そして助けないのか気になっているのだ。


ようやくできた時間、このわずかな時間を逃す手はない。


周囲に自分たち以外に魔術師がいないことを確認してから小百合は小さくため息を吐きながら口を開く。


「ジョア以外にこれを話すのは正直憚られるが・・・話さないことには納得しないだろうから伝えておく。私が今回の件でこいつが鍵だと感じたのはこいつの起源が原因だ」


起源。それは魔術師に、いや人間すべてに存在するその人物の象徴、根幹部分に位置するとでもいうべきものだった。


人によってその起源は異なり、それぞれが多くの特色を持っている。


それは時として得意な魔術の属性に、そしてその性質に関わってくる。


例えば小百合ならば砕けた水晶。これは小百合自身が無属性魔術を得意とし、破壊に関する魔術しか覚えられないというデメリットに近い起源だ。


「ビーの起源は透明なレンズ。以前私の師匠に聞いたところによると、こいつは魔術を使う際にその魔術の始まり・・・いやきっかけに近いものを見ることができるらしい・・・」


魔術を教え始めたころから康太は魔術を発動するとそれぞれ異なる映像を見て来たらしい。


今まで特に理由も内容も気にせず過ごしてきたが小百合の師匠である智代の言葉でそれが何なのかを小百合は知ることになる。


きっかけは康太の覚えている『解析』の魔術だ。


これは智代が小百合の修業時代に作った魔術だ。かつて分解の魔術を上手く扱えなかった小百合のために智代が作った魔術。その幼き日の小百合を康太が見たことで康太の見ているものが魔術を作り出す根源、あるいはそれに近しい何かであると知ることができた。


「ではいま彼は・・・この魔術の始まりを目にしているのか?」


「見ているだけならここまで苦しまないだろうな・・・恐らくこいつは直に感じているんだろう。見るだけではなく、耳で聞いて肌で感じて・・・それこそこれほどひどい顔になる程度のものを体感し続けている」


それは高位の魔術師による術式の解析でさえ読み取ることができないことだ。術式を読み取って分かるのはあくまでその術が一体どのようなものであるかという事だけ。


術の根源、何を目的とし何が原因でその術を作ったかなど誰にもわかりようがない。


多くの学者たちが数式を残していようと、その数式を見ただけで、使っただけでその数式に至った原因を知ることなどできないのと同じように、本来できないことを康太はやっているのだ。


それこそ才能としか言いようがない。もっともその才能が康太にとって良いものであるとは言い難い。


普段の魔術の使用には明らかに不要なもので、こうして面倒に巻き込まれた際には本人には害悪しかないのだから。


「それでお前はこの子を放置し続けると?明らかに危険だぞ?これだけ苦しんでいるとなると精神が崩壊してもおかしくない」


「そう易々と壊れるような鍛え方はしてきていない・・・それにこいつが見ているのはちょっとやそっとのものではなさそうだ・・・一瞬で終わるようなものではない・・・現にすでに数時間以上見続けている。いや見せられ続けている」


既に康太が倒れてから六時間以上が経過している。一体どれほどの内容を見ているのか小百合たちも判断できない。


魔術を使えば康太が今体感していることを追体験することはできるだろう。だがここまで康太が苦悶している内容を追体験するほどこの場にいる魔術師はバカではない。


ただでさえ人手が足りないのにこれ以上人手を削るようなことはできないのだ。


「この魔術の根本を知ることができれば・・・あるいはこの魔術をこの世から完全に消し去ることができるかもしれない。これはかなりの功績になるだろう」


「・・・その功績をお前のものにしようと、そう言う事か?」


「バカを言うな、弟子の手柄を横取りするほど私は腐っていない。なにより師匠がなしえなかったことを、私の弟子がなす・・・何かの因果めいているとは思わないか?」


薄く笑みを浮かべ苦悶の表情でつぶやき続けている康太の方を見ながら小百合はその頬に優しく触れる。


自分の師匠を超えるかもしれない自分の弟子。小百合が康太のことをこんな風に表現したのはこれが初めてだった。


「それで?お前はいつまで静観しているつもりだ?いつまでも放置しておくわけにはいかんだろう?」


「そうだな・・・病院から点滴やらを借りて栄養補給くらいはしておいた方がいいだろう・・・限度は・・・三日・・・いやギリギリ四日といったところか・・・」


康太の現在の魔力量と減り続ける魔力の量を鑑みて、小百合は限界点を四日とした。一般人の危険領域への達成時間と康太の魔術師としての素質を考えてもそこまで長い時間とは言えない。


康太の魔力の供給量が多ければはっきり言っていつまで待っていてもよかったのだが康太の供給量は少ない。


この百七十二号による魔力の吸収と康太の補給では若干吸収の方が勝っているのだ。


ほかの人間に比べると魔力が減る量は康太の方が明らかに多い。まるで康太だけが特別であるかのように奪う魔力が多いのだ。


ほかにも魔術師の中で感染したものはいるがそれほどの魔力は奪われていないのにも関わらず、康太だけが特殊な例となっている。


幸いにして康太の貯蔵庫はそれなり以上の大きさがある。徐々に減っていったとしても十分時間は持つ。


故に小百合は三日から四日をデッドラインとしたのだ。


「四日か・・・それまでにこの魔術の鎮静化ができればいいが・・・」


「大規模な被害を防ぐことはできるだろう。だが小さな被害者を探すのは骨が折れる。三日か四日・・・その程度には大まかに事態の収拾はついている。問題はこいつの体力がもつかというところだ」


仮に点滴などで栄養補給したところで苦痛による疲労によって康太の体力は徐々にではあるが削られていっている。お世辞にも良い状況とは言えないだけに小百合も不安を禁じ得ないがそれでも可能性に賭けるならそれ相応のリスクを背負う必要がある。


もっともそのリスクを背負っているのは小百合ではなく康太なのだが。


「部屋も別の所に移した方がいいかもしれませんね・・・この様子だとこのままここに置いておくのは迷惑がかかりそうです・・・」


「そうだな・・・公民館の一室を借りるか・・・小さな会議室程度でいいだろう。簡易型ではあるが座布団とかで寝どこも作ってやった方がいいかもな」


「・・・もしこの子の状態が急変したら、その時は?」


「・・・その時は致し方ない。こいつの命を優先する。だがまぁ大丈夫だろう」


その楽観は一体どこから来るのかと問いたくなるが、彼女の考えが感覚的な、一種の勘からやってきていることは容易に想像できる。


小百合の言にエアリスはため息をつきながら文の方を見る。


「ベル、お前はこの子についていてあげなさい。身の回りの世話をしてやるんだ」


「は・・・はい。でも私も何かほかに手伝えることが・・・」


「あるだろうな。お前ならちゃんと役に立てるだろう。だが今はこの子のそばにいてやりなさい。同盟相手だろう?」


それを言うなら師匠や兄弟子こそ付き添うべきなのではないかと思ったが、直接対処しなければいけない小百合とその補佐をしなければいけない真理は康太に付き添うことができない。


そうなってくると康太に付き添っても問題ないのは文とエアリス、そしてトゥトゥくらいだが、その中で一番適任なのは文だろう。


なにせ直接的に康太と同盟を結んでいる魔術師なのだ。どのような形であれ康太が苦しんでいるのであれば手助けをしてやるべきなのは文なのだ。


「私からもお願いしますベルさん。今ビーを一人にするのは・・・」


「・・・ジョアさんから頼まれたら断れませんよ・・・わかりました、こいつの面倒は私が見ます。でも何かあったらすぐに駆けつけてくださいね?」


「わかっています。無理にでも師匠を引きずってきますよ」


今は深夜で雨という事もあってだいぶ被害者の増加は減っているが、また日中になれば被害者が増えることになるだろう。


そうなると小百合は動きにくくなるかもしれないが、自分の弟子と見ず知らずの第三者ではどちらを選ぶかは明白だ。


仮にそのせいで一般人が死んだとしても小百合は後悔などしないだろう。そしてそれは真理も同じだった。


「・・・それにしても・・・この子は一体何を見ているんだろうな・・・?」


「さぁな・・・見て面白いものではないのは確かだ・・・助けを求める声、不条理に嘆く声、ただの泣き声・・・中には死を懇願するようなものもある。だが総じて苦しみを覚えていることには変わりない」


康太が今見ているものを小百合たちは見ていない。どのようなものが見えているのかを知る術がないわけではないがそれをするには情報が不足しすぎている。


そしてそれを知ったところで恐らく今の康太の状況を改善できるわけではないのだ。


何が起きようとどのようなものを見ていようと、康太がそれを見終わるまで小百合はほとんど手を出さないと決めていた。


「・・・何故そんなものを見ているんだろうな・・・この子の起源に関係しているのはわかるが・・・あまりにも長い」


「そうだな・・・それが始まりなのか、それとももっと別の何かなのか・・・見ているものが一体なんなのかわからない状況では何とも言えん」


だが見続けてもらわなければならないと小百合は目を細める。


康太が今見ているものに意味があるのかないのか、それすらも小百合たちにはわからないのだ。


小百合本人は意味があると確信をもって言っているが、それも彼女の勘でしかない。もしかしたら違うかもしれないしただ苦しんでいるだけかもしれない。


だがそれでも小百合は康太を放置しておくことを選んだのだ。


どちらにせよ康太がこの場にいたところで肉体労働以外に手伝えることなどない。そう言う意味では適材適所というべきだろうか。


その内容としてはあまりに酷な適材適所なのだが、それはもはや言うまでもないだろう。


今年初めてということで、お年玉の要望があったのでさらに投稿


物語の区切りを考えて二回分ですがどうかご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです



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