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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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康太たちに出来ること

康太たちは協力して店の中にいた感染者を一カ所に集め、魔術師の一人がもってきた車に次々と乗せていく。魔術で暗示などをかけたり強制的に気絶させたりしていたためにそこまで苦労はしなかったが問題はここからだった。


何往復もして公民館に被害者を運ぶのはいいものの、小百合の処理がそれに追いつかない可能性があるのだ。


真理が一般人でも魔力を取り込めるように薬などを処方しているものの、それにだって限界がある。


そもそもにおいて魔力を取り込めるだけの素質がない人間に関しては対処のしようがない。


小百合が何とか一人で対応しているものの、それでも被害に遭っている人間が多すぎる。対処しても対処しても集められていくために対処が追いつかないのである。


せめてもう一人、いや二人でも術式を破壊できる人間がいればまた違ったのだろうが、さすがに小百合だけでは手が回らなくなり始めている。


「姉さん、被害者連れてきました」


「お疲れ様です。どうですか?町の方は」


「ベル曰くだいぶひどいらしいですね。特に人が集まるところは・・・師匠はどうですか?」


「さっきから休まずにずっと動き続けてますよ。私も手をかせればいいのですが・・・」


「姉さんは術式破壊を覚えてないんですか?」


「はい・・・まだ師匠に教わっていません。難易度自体がかなり高いらしく師匠も卒業試験として与えられたらしいですね」


小百合が智代から一人前として認められるために与えられた技術、それが術式破壊であったという事らしい。恐らく真理も一人前になる際に教わるのだろうがそれはどうやらまだ先になりそうだ。


こういう時に形だけでも学んでいれば少しは力になれたかもしれないが、今さら悔いても仕方のないことである。


「ジョアさん、さすがにこのまま増え続けるっていうのはまずいですよ・・・何とか傾向を探さないと・・・」


「そうですね・・・この魔術は良くも悪くも実際の感染症のそれに酷似しているらしいです。人から人へ移るのもそうですが、移ることができる距離にも限界があるかと」


「人が集まるところに魔術が集中するのはそれが原因ですね・・・ならまだ被害にあっていない人を一カ所に集めて隔離するのは・・・」


「難しいでしょう。避難誘導のように大々的に協力をあおるならまだしも今回ほとんどの人は何が起きているのかも理解できていないんです。魔術で誘導するにしても限界があります。何より時間も人手もがかかりすぎる」


この百七十二号という魔術は被害者が増えれば増える程指数関数的に被害が広がっていくまさに感染病のような性質を持っている。その為この町のように被害者が散漫に広がっているような状況ではそれらを一カ所に集めるのも、逆に被害に遭っていない人間を一カ所に集めるのも相当骨が折れるだろう。


いくら魔術師たちがそれらを視認できるとはいえ一人ひとり確認していったら何日かかるかわかったものではない。


だがこのまま何もしないでいるという事は時間の無駄でしかない。感染してしまった人をこの場所に集めるくらいはしなければ小百合の足手まといになるだけだ。


「今が夏休みだったのは不幸中の幸いだったかもしれませんね・・・学校などがやっていたらそれはそれで面倒なことになっていましたよ」


「学校そのものが感染の苗床になるかもしれませんでしたからね。今のところかかっているのは主に大人の人ばかり・・・でもそれもいつまで続くか・・・」


「とにかく俺らはここに人を運ぶことしかできそうにないな・・・なんて言うか歯がゆいな・・・」


自分達にこれ以上できることがないという現状に康太たちは嫌気がさす。だがこうでもしない限り何もしないのと変わらない。


歯がゆさを感じている中真理が気付いたように二人の方に視線を向けた。


「そうだ、二人とももし魔術が体の中に入ったらすぐにここに来てくださいね。たぶん師匠も優先的に対処してくれると思いますから」


「そうですか?でも私は大丈夫ですよ。魔力が吸われても多少は持ちこたえられますから。でもビーは・・・」


「あー・・・どれくらい吸われるかってことにもよるよな。俺の供給じゃ追いつかなくなる可能性あるし・・・まぁ倒れそうになったら何とかしてもらおう」


康太たちは一応魔術師だ。魔力を補給する術を身に着けているために一般人よりはこの魔術に対して耐性を持っている。


いや耐性を持っているというよりはただ耐えることができるというだけだ。防ぐことができるわけではない。


「ですが早めにした方がいいでしょう。この町の全ての人がかかってしまう可能性もありますし・・・魔力を吸って増えるのだとすれば特定の人物が延々と魔力を餌にしている状況は増えるのを助長することに他なりません」


「・・・あぁそうか、そう言う捉え方もできるのか・・・それは確かに早めに対処したほうがいいかな・・・」


この魔術がどのような理屈で増えるのかはまだ解明されていないが、もし魔力を一定以上吸った結果増えるのだとすれば魔術師は一般人よりも優れた宿主ということになる。そうなると一般人よりも魔術師に憑りついていた方が増えやすいということになる。


しかも一般人に比べて魔術師の方が感染してからも動きやすい。というより感染してから活動できる時間が長い。


つまり動けば動くだけ感染を広めてしまう可能性があるのだ。


ただでさえ厄介な状況をさらに厄介にするわけにはいかないのである。もし感染したらすぐにこの公民館にやってこないといろいろとまずいかもしれない。


「せめてサリーさんやバズさんがいてくれたら少しは楽になったんでしょうけど・・・」


「あのお二人も他の事で忙しいようですし、こちらで何とかするしかないでしょう・・・というよりあの二人が術式破壊を修得しているかわかりませんし・・・」


「でもサリーさんは正当後継者って言ってたし、一応アマリアヤメさんの持ってた技術全部覚えていると思いますよ?」


「・・・あぁなるほど、確かに・・・あの人がいてくれたら心強かったんですが・・・」


小百合の兄弟子であるサリエラこと奏は、小百合の師匠であるアマリアヤメこと智代の正当後継者だ。


彼女が有していた魔術や技術をすべて修得しているという事もあり、彼女がこの場に来てくれれば対処もだいぶ楽になるだろう。


だが彼女にも都合がある。特に彼女は一つの会社を預かる身だ。一人の行動で会社に勤める数百人以上の人間の今後を決めるかもしれないのだ。そうそう軽率な行動はできないのである。


そんなことを話していると康太たちの後ろからまた数人の被害者が運び込まれてくる。他の魔術師たちも次々と被害者を発見してはこの場所に連れてきている。


だいぶ慣れてきたのか、それともパターン化できつつあるのか、この町の中にいる人間の行動をだいぶ予測して集めることができているようだった。


「ないものねだりしていても仕方有りませんよ、早く行動しましょう。まだ被害者はたくさんいそうですし。ビーも行くわよ。そんな情けない声出さないの」


「わかってるって・・・それじゃあ姉さん、俺らまた行ってきます」


「そうですね・・・気を付けてください。もし何かあれば連絡を。あと適当な時間になったら食事などを買ってきてくれるとありがたいです。私たちはこの場所から動けそうにありませんから・・・」


小百合も真理も基本的に被害者の対応に追われてしまっている。それどころか徐々に被害者に対応する魔術師が多くなっているような気がする。いや気のせいではない。運び込まれる人間がいて、そして小百合が対処し終えた人間をさらに別の所に隔離するという作業を行うために人手が必要なのだ。


この場から動けない魔術師はそれなり以上の数に上るだろう。


「わかりました。もし必要なものがあったら連絡ください、すぐに買ってきますから」


「お願いします。そろそろ協会の方にも連絡して応援をお願いしたほうがいいかもしれませんね・・・手が足りなくなってきました」


時刻は夕刻。そろそろ魔術師たちが行動できる時間になってきたことで恐らく協会の方でも手の空いたものが出てくるはずだ。


もちろん周りで問題が発生していてその応対に回っているという可能性も無きにしも非ずだが、支部長がこの事態を重要視しているという事もあってこの場所に人を回してくれる可能性だってある。


今でも十分に人手を回してもらっているかもしれないがこのまま被害者が増え続ければ現状戦力では手が回らなくなるのも時間の問題である。


康太たちは再び人を集める作業に戻るために町を徘徊し始めた。


どうやら魔術師たちは人の集まる場所を行動の中心とすることで効率よく被害者を運べるようにしているらしい。


だが当然人が集まる場所も多く、カバーしきれていない場所も存在する。そう言った場所を康太たちは回っていくことにした。


例えばコンビニや小さな量販店など、スーパーなどの大勢の人が収容できるほどの規模ではないがある程度人が集まる場所を目的として被害者の捜索を始めた。


「この百七十二号ってさ、乗り移られてすぐに倒れたりしないところがまたいやらしいよな・・・下手に動けるせいで被害広がりまくりだし・・・」


「そう言うところも伝染病に似てるわね。潜伏期間とかを考えるとすごく酷似してるわ。こういうのが相手だと動き回る人間が嫌いになってきそうだわ」


文自身も自分がどれだけ無茶苦茶なことを言っているのかは理解しているのだろう、嫌そうな表情をしながらため息をついていた。


生き物に動くなといったところでそれは難しい。特に人間が動かないようにするためには相当特殊な状況になければいけない。


生きている以上、生きるために動かなければいけない。現代社会においてはその動きはある程度特定できるかもしれないがそれにしたって動かない人間がこの世の中にどれくらいいるだろうか。


夏休みなんだから全員家で引きこもっていろ、などといったところで無理の一言だ。そう言う意味では自分たちが比較的行動しやすい夏休みでよかったと思うべきか。


「そう言えばそろそろ夕方だろ?バスとかはどうする?この辺りで乗る人とかもいるんじゃないか?」


「そのあたりは完全に包囲してるらしいわ。降りる人はまぁいいとして乗る人に関しては感染している人間は強制的に乗らせないようにするのよ。そうしないと被害が広がっちゃうからね」


この町は近くに電車の通じている駅がない。一番近い駅でもバスで数十分かかるほどの距離だ。


その為バスなどの公共交通機関を封殺すればある程度人間の行動は抑えられる。

だが当然それだけでは無理だ。個人の車でやってきている人間だっているだろうしこれから出かけようとする人間もいる。


だからこそ協会の魔術師たちは共同でこの町そのものに結界を張っている。具体的にはこの町から出ないようにする暗示だ。具体的に外に目的があり、それが強い意思か何かで縛られている場合効きにくいがそれ以外の人間であればこの町に留めておける。


無論大魔術のために相当の人数を割いているため長くはもたないだろう。早いところ事態を収拾しないと面倒なことになるのは言うまでもない。














「よし・・・とりあえず買い出しはオッケーだな」


日が暮れ始めた夕暮れ時、康太たちは近くのコンビニやスーパーで公民館で働き続けている魔術師のために夕食を購入していた。


既に何十人もの魔術に感染してしまった被害者が別の場所に移送されている。


これ以上被害が広まらないように特定の場所に集めているのだが、その状況だって長くはもたない。


夕方になり徐々に手伝ってくれる魔術師の数は増えてきているが、やはり町に蔓延している魔術の根本を何とかしなければ事態の収拾は難しいだろうという事は康太たちも理解していた。


「これってさ、最終的にはどうなるんだろうな?」


「どうなるって?」


「いや・・・一応今回の相手は魔術そのものなわけだろ?伝染病とかのことを考えるとさ、大抵撲滅するまでが対策としては必要だけど・・・今回の場合どうなるんだろうなと思って・・・」


「・・・それはこの魔術そのものが消える可能性があるってこと?」


「そう言う事。一応封印指定になってるわけだし凄い魔術には変わりないだろ?それを消すのはもったいないんじゃないかと思って・・・」


康太が言っていることを文は理解できる。だが同時にその危険性も理解できていた。


魔術というのは基本的に武器兵器と同じだ。使う人間によってその善悪が完全に分かれてしまう。


悪人に利用させないために完全に削除しようとするのもまた間違ったことではないだろうし、悪人を淘汰するために保存しておくというのもまた間違ってはいない。


だが康太が言っていることは高い危険性も孕んでいるのだ。また同じ事件が起きるかもしれないという危険性が。


「確かに言いたいことはわかるし、そうしたいと思う魔術師がいるのも事実でしょうね。でも実際これだけの事態になると状況の収束を目的とするのが精一杯よ。それに今までだってたぶんだけど同じことを考えた魔術師が同じような行動をしてると思うわ」


「ん・・・そうかもな・・・てか師匠が前関わった時はアマリアヤメさんが解決したんだもんな・・・あの人だったら根こそぎ撲滅してるか・・・」


小百合がまだ学生で修業中だった頃、この事件とほとんど同じ事件は発生した。その時は小百合の師である智代が状況の対応に当たった。もし彼女がこの状況を解決へと導いたのだとすれば当時蔓延していた魔術そのものが完全に根絶やしになっていただろう。


だがそれでも今こうして同じことが起こっているという事は、現場の魔術を撲滅したところで意味がないのだ。


「なんにせよ、たぶん現場の状況を解決するだけじゃどうにもならないんでしょうね・・・対策に追われるせいでどうしても解決は後手になる。後日解析するための術式を入手したら危険になる。どうするのが正解なのかは分からないわね」


「もし協会の連中で感染者が出て日本全国に飛び火したらもう目も当てられないからな・・・」


もし魔術協会の人間の中で感染者が出てしまった場合、協会の門を使って日本全国、いやもしかしたら海外にまでその被害が及ぶかもしれない。


伝染病というのは本当に恐ろしい。特に交通インフラが整備され一日もあれば世界中どこにでも行けてしまうような現代ではその脅威のレベルは近代兵器に勝るとも劣らない。


もちろん魔術師だって事態の解決のために厳重な対策をしたうえで術式を調べていることだろう。だがそれでも今までこの術式を正確に解明することができずにいるのだ。


何故なのかはわからない、どういう理屈かもわからない。恐らく康太たちでは理解できない何かがあるのだろう。勝手に動いて勝手に発生する魔術など聞いたこともなかったしそんなものがあるのかと今でも疑っているところすらある。


「・・・ん・・・?おいベル、あの人」


「・・・え・・・?うわ・・・!行くわよビー!あの人危ない!」


康太と文の視線の先には買い物袋を持ってふらふらと歩いている女性の姿がある。


明らかに足取りがおぼつかなく、今にも倒れそうなその姿を見て康太は危険と判断したが、文はその体から出てくる黒い瘴気を見て危険と判断した。


そして康太と文が女性に声をかけようとした瞬間、その女性はその場に座り込み疲れ切った様子で倒れそうになってしまう。


「やばいな・・・すぐに公民館に運んだ方がいいか?」


「そうね・・・一応暗示とかはかけておくから、ビーはこの人担いで。荷物と袋は私がもつから」


「了解・・・よっこらせっと」


康太は自分の体に肉体強化をかけて女性を背負うと早歩きで移動し始める。倒れそうになるほどに衰弱しているという事はだいぶ感染してから時間が経過しているという事でもある。


魔術師の数が足りていないためにどうしてもこういった見逃しが出てきてしまう。もう少し何とかして魔術師の巡回数を増やしたいところなのだが協会内でのごたごたもあり人手が全く足りていないのだ。


「お、見えてきた。とりあえず優先的にやってもらうか?この人だいぶやばそうだし」


「そうね、先に行ってクラリスさんたちに報告してくる」


「あぁ、たの」


その言葉を告げようとした瞬間、最後までその言葉が放たれることなく康太は体に違和感を覚えていた。体の中に何かが入ってくる感覚。魔術を教えてもらう時によくやってもらっていた術式が入ってくる感覚。冷えた何かが入り込み、体の中で勝手に術式が組みあがり、康太の視界は暗転する。


年末+誤字報告五件分受けたので合計三回分投稿


今年も今日で終わりです。皆様にご愛読いただけて本当にありがたく思っています。


来年もまた今までのように投稿していきたいと思っています。皆様をより一層楽しませるような物語を書けるように努力いたしますので、これからもご愛読いただければこれに勝るものはありません。


今年もありがとうございました。来年もまた良い年でありますように。



これからもお楽しみいただければ幸いです

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