百七十二号の資料
「人間じゃないって・・・じゃあ現象的な感じなんですか?」
「うむ・・・正確にはその原因は魔術でな。術式自体も確認されているのになぜか犯人が発見できずその痕跡も不明という事もあって魔術協会は現象という風に定義することになった」
「・・・犯人が見つけられないってだけで現象扱いですか?なんか管理雑じゃありませんか?」
犯人が見つからなかったから自然にそれが発生するなどと言われてそれが認められるのであれば現在の警察はもっと楽ができたことだろう。
原因には必ずきっかけがある。魔術を発しているのであればどこかしらにその術を発動している根本があるはずなのだ。
それを見つけることが第一だろうに何故現象などということにして解決の糸口を見つけようとしないのか、康太には理解できなかった。
「もちろん理由がある。百七十二号が初めて観測されたのは十四世紀ごろ・・・つまり六百年以上前の話なんだ」
「・・・え?六百年以上前?」
唐突にとてつもない長さの時間を言われたせいもあって康太は疑問符を浮かべてしまう。そんな中で真理が助け舟を出してくれる。
「封印指定の番号というのは若い順に古くなっていきます。特に百番台となると魔術協会が結成されて百年も経過していない頃の話になります。つまりこの事件はそれだけ長くにわたり続いているという事でもあります」
「長きにわたり、師が弟子に術式を教えるように受け継がれてきているものであるという可能性も否定しきれないんだが・・・それにしては魔術師の影がなさすぎる。そう言う事もあって協会は百七十二号を『現象』と定義したんだ」
「・・・まぁ何百年単位で受け継がれた魔術で問題起こしてるって言われるよりはその方が現実的かもしれませんけど・・・でもそうすると魔術が勝手に発動するってことになりますよね?そんなことあり得るんですか?」
少なくとも康太が覚えている魔術は必ず誰かの意志が発動のための鍵となる。スイッチと言い換えてもいいが必ずそれを押すのは人間なのだ。
意思があって初めて魔術は発動する。逆に言えばそこに意思がなければ魔術の発動はできないのである。
「そう言う指摘もあって無意識下における魔術の発動というのも検討したようなのだが、残念ながらそう言うものも当てはまらなかったらしい。これは協会の認識の中の一部なんだが、今回関わる百七十二号は『生きた魔術』である可能性が高い」
生きた魔術
魔術師になって約半年、これほどまでに矛盾した言葉は初めて聞いた。
術はあくまで術でしかない。そこに体があるわけでも意思があるわけでもない。なのに生きているとは、まるで魔術そのものに意思があるかの様ではないか。
あり得るはずのない言葉に話を聞いていた文が割って入って異を唱える。
「それはさすがにあり得ないのでは?状況を理解できないから言っている妄言のように聞こえます」
「確かに私もそう思う。だが今まで発生した百七十二号の事件も一貫性があるわけではない。唯一共通しているのは『人のいる場所で発生する』という事だけだ。生きているというのはさすがに暴論だが、何かしらのルールがあるのは間違いない」
「・・・つまり、今回関わるその百七十二号は、特定の条件の下勝手に発動し続ける魔術・・・ってことですか?」
「・・・その表現が一番近いな。もっともそれだけならどれだけよかったか・・・」
他にもまだあるのかと康太と文は辟易していたが、小百合は渡されていた資料を康太と文に渡して見せる。
そこには今までの百七十二号に関する事件と資料が簡潔に記されていた。
「先も言った通り、百七十二号は人のいる場所で発動する。その為一般人にも被害が及ぶ・・・私たちがやるのはその対応だ。具体的には術式そのものを破壊する」
術式そのものの破壊。小百合が修得している破壊の技術の中には用意した術式そのものを破壊し、術を発動できなくするというものがある。
もちろんどんな状況下においても使用できる程汎用性は高くないし発動するにもいろいろと制限があるために実戦ではほとんど使えない代物だ。
「・・・でも今回は魔術そのものが相手なら、術式破壊で解決できるんじゃ・・・」
「それがそう単純な話ならいいんだがな・・・資料を良く読め」
康太と文が資料を眺めているとそこには多くの人間が魔術の餌食になったという記述があった。
そしてその魔術は一般人の体内に寄生するような形で術式を構成し、その一般人の体を使って魔術を発動するとのことだった。
「・・・これって・・・どういうことですか?」
「単純に言えば被害者が発動者になってしまっているという事だ。どこからやってきているかもわからんがまるで種をまき散らすように術式だけ残していく。一般人への対処だけで日が暮れるレベルだ・・・だから私では解決できんのだ。術式そのものを破壊することができてもその根本をどうすることもできないのだから」
資料にはいままでも被害に遭った一般人に残された術式を破壊、あるいは消去することで対応してきたとあるが、完全に除去したというのに百七十二号の被害が収まることはなかった。
時期が空くことはあっても、しばらくするとまた現れて被害をまき散らす。対応はできても根本的な解決をすることができないという点では、確かに小百合では解決することができないだろう。
「・・・あの・・・これで俺たちになにができるんですか・・・?ほとんど足手まといだと思うんですけど・・・」
「あるぞ、主に肉体労働になるだろうがな。私も昔はそうだった。実際できる事なんてたかが知れているがないよりはずっとましなんだ」
「へぇ・・・ってちょっと待ってください・・・!この魔術、分裂するんですか?」
資料に目を通していた康太がとある事柄を見つけて戦慄する。そこにはこの魔術はある一定の条件を満たすとどんどん増えていくという事が記載されていた。
まるで細菌のようだと思ってしまうが事はそう単純ではない。魔術が増えるという事は相当面倒なことだ。魔術が増えるという表現自体どこか間違っているように思えるがそこは置いておいた方がいい。
「あぁいっていなかったか?この魔術は増える。一般人を肥やしにしているのか何なのかは知らんが、時間が経つとともに徐々に発動者を増やしていくな」
「・・・あの・・・この魔術って実際どんな被害が・・・?」
資料の中には魔術の被害を受けた一般人が意識不明や意識の混濁状態にあるという事が書かれていたが、実際どのような発動がされたのか、そしてこの魔術がどのようなものであるかがわからないのだ。
これがわかるか否かで手伝えることがあるかないか、そしてどんなことを手伝うのかは大きく変わってくるだろう。
何より魔術が増えていくという事もあってどのような効果があるのかを知らないとどのように対処したらいいのかもわからない。
もしその魔術が自分に宿ったらどうなるか想像もしたくないがそう言う状況にならないとも限らないのだ。
「この魔術の効果は単純だ。発動者から魔力を吸い上げる、ただそれだけだ」
「・・・え?魔力を?それだけですか?」
「あぁ、だから魔術師にとってはそこまで脅威にはならん。魔力を吸い、一定時間と共に増え別の人間に術式を移す。この魔術はそれだけをする」
もし自分たちにその魔術が入り込んだらどうしようと考えていただけに康太と文は若干安心してしまう。
だがここで康太は一つ気付く。自分たち魔術師は魔力を自分で補給したり放出したりすることができる。だからどこかへ魔力を吸い上げられても問題はない。仮にその吸い上げる量が多くても多少は持ちこたえられる。
だが魔術師ではない一般人はどうなるか。
「・・・あの・・・それってだいぶ危険なんじゃないですか?俺らはまだしも・・・一般人は・・・」
かつてゲヘルの釜にいれられた康太は、その状況を理解している。
魔力を生成することよりも放出する方が上回れば、人間は魔力ではなく生命力を犠牲にしてしまう。
あの時は小百合が早々に引きあげてくれたからこそ軽い貧血に似た症状で収まったが、もし延々と吸い上げ続ければどうなるか。
「もちろん魔力を練ることを知らん一般人がこの魔術に晒されれば最悪死人が出る。しかも時間をかければその可能性はかなり高くなる。さらに時間をかけると増えていくから被害が広がる・・・全く面倒なこと極まりない」
ただ誰かが魔術の被害に遭い、魔力と生命力を吸われるだけであれば衰弱死という事で片付けられたかもしれないが、この百七十二号は魔力を吸い上げ、一定時間たつと増えてしまうのだ。
被害はどんどん広がっていく。だからこそそれを防ぐために小百合は動いているのである。
「私は今回一般人の中にあるその術式を破壊して回る。お前達にはその手伝いをしてもらう。具体的には魔術に侵された人間を一カ所に集めてもらう」
「小百合さんが術式の破壊をしやすいようにするってことですね?他の魔術師は?」
「今回の被害を受けている町を完全に封鎖する。少々大掛かりになるが被害が増えるよりはずっとましだ。既に簡易式ではあるが結界を張っている現地の魔術師がいるからそいつらと連動して動いているだろうな」
「・・・あの・・・師匠は前にこの事件に関わったことがあるんですよね?前の時は・・・?」
「・・・ある山中の村だったからそこまで被害は広がらなかったが・・・発見が遅れてな・・・酷い有り様だったのを覚えている」
それはまだ小百合が修業時代、まだ学生だった頃の話だ。
かつて小百合は師匠の智代や兄弟子二人と共に百七十二号の事件に関わった。その時は智代が術式の破壊を、小百合が今の康太たちのように人を一カ所に集める仕事をしていたのだという。
その時は被害はそこまで広がらなかったものの、その場所に住んでいる魔術師がいなかったために発見は遅れに遅れた。その為被害者の数もそれなり以上にいたのである。
「あの・・・魔力を吸い上げるのならその魔力が吸い上げられる先をたどって魔術の根本を叩くとかできないんでしょうか?魔力を探知する術式ならいくつか・・・」
「そう言ったことを今まで他の魔術師がやってこなかったと思っているのか?生憎とそう言った類のことを試しても成果はゼロ。どこから来たのか何処へ行こうとしているのか、そしてなぜ魔力を吸い上げるのか、何もわからず数百年が過ぎている」
そう易々と解決できる問題ではないんだよと付け足しながら小百合は歯がゆそうに眉間にしわを寄せて見せる。
恐らくそれは小百合がかつて感じていた無力感だろう。そしてもしかしたら今も感じているのかもしれない。
自分のふがいなさか、それとも理不尽に対する怒りか、どちらにせよ何もできない自分へのいら立ちが小百合や文、そして真理の中にはあった。
ちょっと所用で予約投稿年末なので二回分
これからもお楽しみいただければ幸いです




