夏休みの急務
「今日はありがとうございました。また来週の日曜日に」
「あぁ、来週は一人か?」
「わかりませんけど・・・文はどうする?来週も来るか?」
「いえ、そんなに毎回来るのはちょっと失礼なので・・・一ヶ月に一度か二度はご挨拶に伺えればと思います・・・よろしいでしょうか?」
「構わん。なんなら康太の案内無しで一人で来てもいいぞ。その時は存分に相手をしてやろう」
恐らく奏としては康太一人では少々消化不良なのだろう。全力で向かってきても康太ではまだ足元にも及ばない。ならば数を消費するしかないと思っているのか文がやってくることはそこまで嫌がっているわけではないようだった。
「もうだいぶ遅い、気を付けて帰るんだぞ。康太、しっかりこの子を家まで送るように」
「え?い、いえそんな、私は大丈夫で」
「わかりました。それでは奏さんまた今度。ちゃんと休まないとダメですよ?」
「子供が要らん心配するな。それではな」
文の反論など一切聞かずに奏は颯爽とその場から去っていった。康太にだったら後を任せてもいいと思っているのだろう。
ある程度信頼してくれているのは嬉しいのだが康太としてはもう少し物腰柔らかにしてほしいものだと思いながら肩の荷を下ろしていた。
「・・・あんたさ、さっきの料理の味分かった?」
「高すぎるってイメージがあってどうもよく分からなかったな。美味かったけども」
自分達の住む街に戻るべく、康太と文は最寄りの教会に歩き始めていた。
文は初めて会った奏にだいぶ精神を消耗したのか、かなり疲れた表情をしている。無理もないだろう、あれだけ強烈な人間は他に二人といないはずだ。
「ていうかあんた毎週あの人の所に行ってるわけ?よく身がもつわね」
「なんていうかもう慣れちゃったよ。師匠の強烈版だって思えばそこまで苦痛でもないしな」
あの人達なんて言うか似た雰囲気あるしと言いながら康太は飄々としている。
慣れというのもあるだろうが、恐らく康太はあの手の人種の相手をしていても苦にならないのだろう。
いやどちらかといえば苦にはなるのだろうがそこまでストレスを感じないと言ったほうが正確だろうか。伊達に半年近く小百合の下で修業していた訳ではないのである。
「それよりどうだった?あの人にあった感想は」
「ん・・・思ってたよりずっと常識的。でも思ってたよりずっと横暴」
「はは・・・その判断は間違ってないな。でも今日は随分と加減してた方だよ。結局あの人が本気にならなかったしな」
「え?あんた相手だと本気になるの?」
一瞬だけだけどなと康太は僅かに遠い目をしながらため息を吐く。
本当に一瞬だけ、それこそ槍を扱う中で本当に一瞬だけ奏は本気を出す。
打ち合いの中で康太の調子が上がってきたと判断した瞬間に本気の攻撃を仕掛けてくるのだ。
康太も一撃二撃くらいは防ぐことができるのだが、それから先はすぐに畳みかけられてしまう。
大抵そう言う時に康太で言うところのやばいと思えるだけの一撃を受けるのだ。何とか急所を逸らしたりダメージを少しでも軽減しようとしたりするのだが、それでも数分間は動けなくなってしまう。
相手にダメージを与えるということに関して奏は天才的だ。何度槍を受けても彼女が本気になったら攻撃を防ぎきれる気がしないのである。
二人は話しながら教会へと赴き、魔術協会を経由して自分達の住む町の最寄りの教会へと移動する。
そして魔術師装束をとくとようやく今日が終わるのだと思い一息ついていた。
「んじゃ行くか。お前んちってどこなんだ?」
「なによ本当についてくる気なの?奏さんもいないんだし別についてくる必要ないわよ?これでも自衛くらいできるし」
「いやお前が自衛できることに関しては知ってるけど・・・ここで反故にすると後で怖い・・・万が一みられてたら・・・」
「・・・見られてる可能性がないとも言い切れないけどさ・・・そこまで心配すること?」
「来週の訓練を考えるとな、どうしても慎重になるんだよ。お前と違って俺は毎週顔を合わせるんだ、こっちの都合も理解してくれ」
俺はあの人を怒らせたくないんだと割と真剣なまなざしをしながら情けないことを言っている康太に文は呆れながらため息を吐く。
確かに奏を怒らせると怖そうだ。実際にその現場を見ていない文だってそのくらいは理解できる。
自分の思い通りにならないものに対して奏は容赦しないだろう。先程のやり取りで文はその片鱗を感じ取っていた。
なんというか、天上天下唯我独尊という言葉があれほどまで似あう人間も珍しい。本人も自覚しているだろう、自覚しているうえでそうしているだけなおさら性質が悪い。
「そんな人の気遣いをしてるあたりあんたも慣れてるわよね・・・よくあれだけの事が言えるものだわ」
「そうか?割と普通じゃないか?」
康太はそう言いながら結局文の家の前までついてきた。さすがに家の中まではついていかなかったが文を無事に家まで送り届けるというミッションを終えたことで康太はようやく肩の荷をすべて降ろしているようだった。
翌日、康太はいつも通り小百合の店にやってきていた。夏の暑い朝、日が燦燦と輝き熱を放ち続ける中康太は途中のコンビニでアイスなどを仕入れながら小百合の店に入る。
いつの間に着替えたのだろうか、店の前にいる『まさる』マネキンは半そで半ズボンになって麦わら帽子まで被っている。もしかしたら小百合が着替えさせたのだろうかと思いながら康太は店の中に入る。
「師匠、来ましたよ。今日も暑いですね・・・溶けそうですよ・・・?」
康太が店の中に入るとその中はかなりごたごたしていた。いや正確には騒がしかったと言ったほうが正しいだろう。
一体何をしているのだろうか、奥の方からはしきりに足音と何かを取り出す音が聞こえている。
嫌な予感がする。
康太でなくとも気付くことができるかもしれない予兆に眉を顰めながら康太はため息をついて店の奥へと入っていく。
「師匠・・・ひょっとしなくても面倒事ですか?」
「おぉ康太か。丁度いい、今から出かけるぞ。協会からの依頼だ」
そんな事だろうと思ったと康太が呆れている中小百合は康太の方に刀と魔術師装束を投げつける。
刀は小百合が最も得意とする武器だ。それを持ちだすという事はそれだけの重要事態なのだろうか。
「そんなにやばい案件なんですか?」
「やばいかどうかは知らんが面倒なことは確かだ。こうして出るのは万が一のための保険だな。真理は協会で落ち合うことになっている。お前も準備しろ」
あぁやっぱり俺に拒否権はないんですねと諦めながら康太はとりあえず出かける準備を始めていく。
元より魔術師としての訓練をするためにやってきていたために魔術師として必要な道具一式はすべて持ってきている。魔術師として出かけることはもちろんできるのだが一つ疑問があった。
「あの・・・まだ午前中なんですけど、こんな時間から動くんですか?」
「それだけ急を要するという事だ。いや正確に言えば午前中だから急を要するというべきだろう。こんな時間からやりあってるバカがいるという事だ」
「・・・あぁ、そりゃまずいですね。すぐ止めないと」
魔術師にとって最も優先されるのは魔術の隠匿だ。普通なら人の目が少なく、なおかつ見つかりにくい夜中に行動するのが定石である。
それにもかかわらず真夏の午前中に魔術師として行動を起こしている人間がいるとあれば急いで止めないとまずいだろう。
いくら魔術で隠匿作業を行っていても必ず例外というものは存在する。誰かしらの目に留まれば面倒なことになる。そんな面倒な事態にするわけにはいかない。
もしこれが一般市民の目に留まってツイッターにでもあげられたら大きな騒ぎになってしまうだろう。
そんなことになったら何百年も隠匿してきた魔術が明るみに出てしまう。
「具体的には何やらかしてるんですか?実験ですか?それとも戦闘ですか?」
「後者だ。どうテンションが上がったのか知らんが街中でおっぱじめている。近くに居合わせた魔術師が周囲に人払いして協会に知らせたはいいが止められるほど余裕はないようでな・・・急いだ方がいいだろう」
「何でまたそんなことに・・・そいつら本当に魔術師ですか?」
「本心から同意するよ。まったく魔術がどういうものか本当に理解しているのか問い詰めたいほど馬鹿な行為だ。魔術の存在とその隠匿がどういう意味を持っているのかわかっていないのか・・・?」
康太に魔術の存在を見られた小百合が言ってもあまり説得力がないかもしれないが、彼女が言っていることはあながち間違いでもない。
そして偶然居合わせた魔術師というのもずいぶんと哀れなものだ。偶然そんなものを見てしまい魔術そのものを隠匿するための作業をしなければいけないのだから。
「協会の魔術師に手の空いている人は?幸彦さんとかは動けないんですか?」
「動けないからこそ私に話が通っているんだろうが。面倒極まりないが依頼とあっては無視できん。とりあえず急ぐぞ。一度協会を経由して向かう」
「了解です・・・装備あんまり作れてないんだけどなぁ・・・」
急に招集がかかるというのはある程度予想できていたが康太の装備はまだ万全とは言えない。もちろんある程度は作れているがそれでも完全とは言えない。なにせこの前奏に連れていかれたあの一件からまだ装備の新調が済んでいないのだ。
小百合と真理がいるのであれば康太は補助的な役回りになるだろうが、それでもある程度万全の状態でいたかったのが本音だ。
もっともそんな悠長なことを言っているだけの余裕はないのだが。
「あ、それなら文に協力を仰ぎませんか?あいつなら役に立ちますし」
文を巻き込むのは若干気が引けたがそれでも少しでも早く問題が解決するのならありがたいことだ。
何より実戦を経験したいと考えている文にとっては渡りに船だろう。先日の奏との訓練の後でこんなことを言うのは申し訳なく思うがこれもまた致し方のないことである。
康太はまだしも文は魔術師として一人前に近いだけの実力を持っている。魔術の数もその応用能力も、そして汎用性も康太とは比べ物にならない。そこにいて助かることはあっても困ることはないはずだ。
「・・・いやどうだろうな・・・恐らくあいつの所にも何かしらの依頼が入っているかもしれん。それに時間が惜しい。さっさと行くぞ」
「あぁそうですか・・・まぁそれなら仕方ないですね・・・っていうか歩きますから引きずらないでくださいよ!」
引きずられながらやってきた店からすぐに出ることになってしまった康太はすぐに体勢を整えて小百合の後を追う事にする。
「あぁビー、貴方も呼ばれましたか」
康太と小百合が足早に協会に向かうと、門を開けたところにはほぼ私服の真理が待っていた。最低限仮面は付けているが魔術師としての恰好ができているとはいいがたい。
恐らく本当にいきなり呼び出されたのだろう。なんというか運のない人だと思いながら康太は頭を下げる。
「あぁ姉さん、お疲れ様です・・・俺は店に行ったら速攻で連れてこられました」
「それは災難でしたね・・・私なんて試験終ったばっかりだっていうのに・・・」
どうやら大学の試験は終わったようなのだが、彼女の声からは若干の疲れの色が感じ取れる。恐らく相当詰め込んだのだろう。休みもなしにそのまま魔術師としての活動を強いられるなんてなんてブラックな状況だと嘆いてしまっていた。
もちろん嘆いたところで現状が変わるはずもなく小百合は近くにいた協会の魔術師から詳細の記された資料を手渡されすぐに準備を始めていた。
「ジョア、ビー、話している時間はないぞ。さっさと行って連中を止めないと面倒なことになりそうだ」
「師匠、私まだ何も状況聞かされてないんですけど・・・とりあえず説明してくれませんか?」
「あぁ、移動しながら話す。とりあえず急ぐぞ」
小百合は康太と真理を引き連れて再び門に入る。すると今まで出たことのない教会にやってくる。
一応日本のようなのだがここが一体どこなのかはまだ判別できない。教会の中という事もあって空調はあまり効いておらず若干暑いのだがそんなことを気にしてなどいられない。
「状況を端的に説明する。ここから数キロ先、住宅街の一角で魔術師同士が戦闘を行っている。幸いにも近くに居合わせた魔術師がすぐに人払いの魔術を使っているために恐らく目撃者はいない。だがそれもいつまで続くかわからん。なんでも最近そのあたりで電線工事がしきりに行われているらしく、近くに工事の人間が立ち入らないとも限らないらしい」
「うわ、タイムリミットあんまりないですね・・・しかも住宅街か・・・人払いはどれくらいの精度なんですか?」
「少なくとも戦闘範囲内にいた人間のほとんどは排除できただろう。だがあくまで希望的観測だ。急いでいってそのバカどもを粛正する。私とビーでそれぞれの相手を牽制、ジョアはバックアップだ。いいな」
「え?姉さんがバックアップですか?俺じゃなくて?」
「お前がバックアップできるほど多彩に魔術を覚えているとも思えん。お前はとにかく突っ込んで相手を牽制しろ。できるならそのまま倒してしまっても構わん」
「・・・了解です」
確かにバックアップというと聞こえが悪いが要するに真理は二人の援護をするという事なのだ。
康太はまだ突っ込んで第一線で戦うということはできても誰かを傷つけないように援護するなどという器用な真似ができるわけではない。
何より真理は疲れているようだ。そんな状況で前に出させるようなことをするわけにもいかないだろう。
ここは自分が盾になるか、あるいはさっさと終わらせる以外になさそうだ。
それに真理は急に呼び出されたという事もあってほとんど丸腰に近い。元々彼女は武器を持って戦うタイプではないがそれにしたって丸腰で相手に突貫させるわけにもいかないだろう。
そう考えるとある程度装備を持っている康太が前に出るのは必然と言える。
「師匠いいんですか?いくらビーでもいきなり実戦じゃ・・・今日は準備運動もできていないんでしょう?」
「そんな暇はない。適当に動いて体を温めておけ。何よりいちいち相手が準備を待ってくれる闘いばかりではないんだ。今からそう言う事には慣れておいた方がいい」
真理のいう通り急な召集のせいで康太は全く準備運動ができていない。だが小百合のいうように毎度毎度相手がしっかり決まっていて準備できる状況とは限らないのだ。
今回のように急に呼び出されて急に戦うようなことになるかもしれない。そう考えるとこの状況は康太が経験しておくべき状況なのだ。
小百合の弟子である以上不意打ちを受けないとも限らない。康太としても戦いに身を置くことに慣れておいた方がいいと考えたのだろう。
もっとも単純に時間がないから省いているということも考えられるが。
「大丈夫ですよ姉さん。ある程度自分で整えます。とりあえず魔術の準備だけは何時でもオッケーですよ」
「ビー・・・」
「それになんかあったら姉さんが助けてください。頼りにしてますから」
「・・・わかりました。背中はしっかり守らせていただきます。でも無茶してはいけませんよ?接近している状態ではフォローも間に合わないかもしれませんからね」
「了解です。無茶はしませんよ」
康太だって毎日のように小百合や真理に鍛えられ、時として奏や幸彦との訓練を行っているのだ。危険に関する察知能力は以前の比ではない。
危険に踏み込むことはあってもその危険をそのまま受け止めるような愚は犯すつもりはなかった。
康太たちは魔術師としての道具を一度カバンの中に入れて移動しようとする。すると教会の神父と思わしき人物が小百合に二、三話しかけていた。
「タクシーを表に待たせているそうだ、それに乗ったらすぐに移動するぞ」
「お、準備がいいですね」
「それだけ急を要するという事でしょう。急ぎましょう」
康太たちは表に待たせてあるタクシーに乗り込むと現場近くにある公園まで送ってもらうことにした。急がなければ面倒なことになる。そしてその危機感か何かをタクシーの運転手も感じ取ったのか比較的急ぎ目で移動してくれた。
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