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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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傷跡と苦行

「なんだ・・・もう起きていたのか」


奥の部屋から湯気を上気させながら奏が戻ってくる。先程までのスーツではなく若干ラフな格好だ。恐らくこれが彼女の私服なのだろう。


「奏さん、すいません、二時間も時間を無駄にしてしまって・・・」


「気にするな。その分こいつの訓練に専念できた。とりあえずシャワーを浴びてこい。汗をかいているだろうからな。康太はもう少し治癒してから入れ。まだ傷が残っている」


「わかりました。文、先に浴びてこい。目を覚ます意味でも浴びといたほうがいいだろ」


「ん・・・了解」


二人に言われて自覚したが、気絶する前までかなり激しく動いていたせいか文の体は妙にべたついている。


この部屋に空調がきいているとはいえ今の時期は夏真っただ中、じんわりとかいた汗が服と肌をくっつけるようにしているため強い不快感を覚えてしまう。

替えの服は一応持ってきているが、このままいるのは確かに嫌だった。


「バスタオルやシャンプーなどの類は置いてある。自由に使ってくれて構わない。早くきれいにしてこい」


「・・・わかりました。ありがとうございます」


そう言って文はよろよろと立ち上がり奥の部屋へと向かっていった。シャワールームを見つけるととりあえず服を脱いで近くにあった籠に入れていく。


そしてシャワーを出そうと蛇口をひねろうとした瞬間、それが目に入る。


先程まで、いや二時間ほど前まで攻撃を防いでいた自分の両腕だ。いくつかの打撃を直接防いだせいかそこには痣ができてしまっている。


近くにあった姿見を確認してみると自分の体のいくつかに痣ができているのに気付く。見る人が見たらいじめられているのか家庭内暴力でも受けているのではないかと思えるほどの数である。


普段は気絶したら真理が治してくれていたためにこういった痕を見ることは少なかったのだが、こうして視覚的にそれを認識すると今回やっていた訓練がどれだけ体の負担になっているかがわかる。


痣のある場所に触れると肌の奥から鈍い痛みが脳へと走ってくる。毛細血管がいくつも切れているのだ。このまま放置していても勝手に治るだろうが、それはあまり良くない。


今の季節が冬であれば服で隠すこともできたのだろうが生憎今の季節は夏、半そでが主流の今の季節に腕にある痣を放置していたら変な目で見られてしまうだろう。


とりあえず文は康太がやっていたのと同じように肉体強化の魔術を使って体の傷を治そうとする。


痣は全身に点在している。いちいち一つずつ治すよりも全体的な肉体強化を使って一気に治すほうが効率的だと判断したのだ。


そして肉体強化を使いながらシャワーからお湯を出し、体にへばりついていた汗を洗い流していく。


体が徐々に温められていき、血流が良くなったところで文は僅かに頭に痛みを覚える。


当然と言えば当然かもしれない。奏の拳を直撃して気絶したのだ。むしろこの程度の痛みは許容範囲といって然るべきだろう。


ゆっくりとシャワーを浴び、体を洗い流していくと部屋に誰かが入ってくる。

奏だろうか


そう思って入ってきた誰かに意識を向けるとその人物はシャワールームの前に何かをおいていた。


「文、タオルとかもろもろおいておくぞ。あとで使え」


入ってきたのはどうやら康太のようだった。恐らくバスタオルの替えやら必需品をおきに来たのだろう。そこに邪な感情がないかどうかは判別できないがとりあえず文は眉をひそめてため息を吐く。


「・・・あんたね、女の子がシャワー浴びてるのに堂々と入ってくるんじゃないわよ・・・通報するわよ?」


「なんだよそれ、せっかく気を利かせてやったってのに。てかタオル置くだけじゃなくてお前が倒れてないかも確認してこいって言われたんだよ」


「・・・心配してくれたのはありがたいけどね・・・それでもある程度意識しなさいよ。これでも私同年代の女子なんだから」


「そうだな。俺としてはうっかりいろいろと見えてしまうハプニング的なことがあっても嬉しいと思っている」


「バカ言ってんじゃないわよ・・・一応ありがと・・・あんたは平気なの?ずっと訓練してたみたいだけど」


「俺は慣れてるからな。何発かやばいの貰ったけどとりあえずは大丈夫だ。姉さんに一度見てもらうべきかもしれないけどな・・・その時はお前も一緒に来るだろ?」


「・・・そうね、あの人には一度見てもらったほうがいいかも」


康太と文がやっている治療行為はあくまで応急処置的なものだ。もしかしたらそれでは治せないような問題があるかもわからない。


専門家という意味は少し違うかもしれないが、治すことに慣れた真理に見てもらうのが一番確実だろう。


そしてそのやり取りで文は康太との実力の差を見せつけられる。やばいのを何発か貰ったと言っているが、文の場合一発それを貰っただけでノックダウンさせられてしまうのだ。


康太が男だからというのもあるのかもしれない。単純に耐久力の差だったり慣れの問題もあるのかもしれない。


だが文としてもいつまでも康太の後ろにいるつもりはなかった。魔術師としても一人の人間としても康太には負けたくない。


まだまだやるべきことは多いなと感じながら文は小さくため息をついて体を洗うことにした。


「今日の訓練はここまでにしておこう。あまり根をつめすぎてもよくないからな」


康太と文がシャワーを浴び終えた後、奏はそう言いながら三人分のコーヒーを淹れていた。


「あの・・・私としてはまだ・・・」


「一度気絶して体にダメージを抱えている状況で無理をさせるわけにはいかん。それに今また同じことをしても恐らく同じ結果になるだけだ。学習するには繰り返しするのもそうだが時間を空けるのも必要だ」


文の体のダメージが抜けきっていないというのもあるが、学習するために必要なことを奏はよく理解しているようだった。


人間の学習機能というのはただ何度も何度も繰り返すだけではいけない。時間をおきながら自分の体に刷り込むように教え込む必要があるのだ。


今回で言うのなら数時間徹底的に教え込んで一日か二日空けてからまた同じことを行うというのが一番効率がいいのだろう。


可能なら毎日やるのがいいのだろうが康太と違い文はそれができる環境ではないように思える。


だが奏はそこまで考えているようだった。


「もし必要なら自分の師匠に頼んで組み手をやってもらえ。その方が為になる」


「え?うちの師匠って組手できるんですか?」


「何故自分の師匠のことを知らんのだ・・・仮にも小百合と対立している奴だぞ?あの子だってそれなりに徒手空拳の心得くらいある」


小百合には劣るかもしれんがなと言いながら奏は何やら出かける準備をしているようだった。もしかしたらここで切り上げるのは個人的な用件があるからというのもあるのかもしれないと思いながら文はそれ以上訓練続行を要求することもできずにわかりましたというほかなかった。


エアリスが小百合と昔からの付き合いだという時点である程度は予測するべきだったのかもしれない。


小百合が覚えていることを彼女が覚えていないとは考えにくい。特に魔術的な問題ならまだしも肉体的な動作や技術であれば恐らくエアリスも同程度のことができると考えるべきだ。


その実力の程がどれほどかはわからないが文の訓練の相手としては十分すぎるだろう。


小百合に比べるとやや優しすぎるきらいがあるが、それもまた初心者と文にとっては良い傾向であると言える。


「さぁ、じゃあ行くぞ」


「え?行くってどこに?」


「食事に決まってるだろう。動いて腹が減った。奢ってやるからついてこい」


「そ、そんな、悪いですよ」


奏の申し出は素直にうれしいのだが訓練までしてもらった上に食事をごちそうになるというのは文としては世話になりすぎていると思ったのだろう。


確かに時間も時間だ。すでに夕刻、ずっと動き続けていたせいで腹の虫は鳴り響いている。確かに何か食べたいと思うのは道理だろう。


だがさすがにごちそうになるのはまずいと文が断ろうとしたのだが、奏はそんな文の方を見て笑みを浮かべる。


「誰が拒否することを許した?私はついて来いと言ったぞ?そうだな?康太」


「イエスマム、どこへなりともお供します」


普段からして理不尽の塊の小百合と一緒にいるだけあってこういう時にするべき対応を康太は心得ているようだった。


康太の反応に奏は満足したのかそれでいいと言いながら颯爽と出かけようとする。いつの間に着替えたのか先程までのラフな格好ではなくきっちりと外出用の服装に変わっている。


一緒に話していたはずなのにいつの間に着替えたのだろうかと疑問を浮かべてしまうが、奏なのだから着替えるための魔術を覚えていても不思議はない。


魔術の無駄遣いのように思えるがそれでも奏がそう言う事をしても何ら不思議はないのだ。


「ねぇいいの?ごはんまで奢ってもらうなんて・・・」


「あの人が言い出したら聞かないって。それにただ奢ってもらうだけとか考えない方がいいぞ?あの人の場合もっと精神的にきついものがあるんだ・・・」


「・・・なによ、まさか酒でも飲まされるとか?それともゲテモノ料理でも食べさせられるの?」


「・・・そんな内容だったらどんなに良かったか・・・ついていけばわかるって。とりあえず行くぞ」


一体どんなものを食べさせられるのかと文は不安に思っていたが、大抵のものは食べられる彼女にとってそこまで大変なものを食べさせられるという認識はなかった。


だが高級懐石料理店に連れていかれた瞬間、先程康太が言っていた言葉の真の意味を理解する。


特に何も着飾っていない、ただの高校生がこんな店に連れてこられる。しかもすべて相手のおごり。


こんな状況に精神的苦痛を覚えない方がおかしいだろう。周りが着飾った一流と思われる人間だらけの中で私服、しかも化粧すらしていないというかできなかった。そんな状態でその場にいなければいけないのだ。


居酒屋やゲテモノ料理の店に連れてこられる方が何倍もましな状況に文はこれは何の苦行だろうかと眉をひそめてしまっていた。


康太も康太でもはや完全に諦めた目をしながらとりあえずメニュー表を開いてそこに書かれている料理を眺めて小さくため息を吐く。


俺たちみたいなものは適当な定食屋でいいのにと心底思いながらとりあえず適当に何か頼むことにした。


今日から年末イベントってことで投稿量を増やしていきます


とりあえず二回分投下、どれくらいの量が喜ばれるかわからないのでまぁ徐々に増やして行くなり考えています


これからもお楽しみいただければ幸いです

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