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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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「これを使う。二人も見たことがあるだろう」


「・・・ピンポン玉ですか・・・なんかボクサーの訓練みたいですね」


奏がもってきたのはオレンジ色のピンポン玉だ。卓球などで使われる球で軽く、当たってもそこまで痛くはない。もちろん高速で当たればある程度は痛いが。


合計八つのピンポン玉を持った奏に二人は若干不思議そうに首をかしげている。何でそんなものがこの場にあるのだろうかという疑問を抱いたのだ。もしかしたらこの部屋で卓球をやったことがあるのだろうかと思えてしまう。


「間違っていないさ。動体視力と思考の瞬発力を付けるにはこれが一番だ。若干反射的な動作も求められるだろうが、当たってもそこまで痛くはないが確実に痛みは覚える。見なければ、判断しなければどうしようもなければ学習しようとするし、この方法なら比較的簡単に行える」


何よりやられてもすぐに気絶するようなことはないからなと言いながら奏は魔術を発動したのか、手に持っていたピンポン玉を宙に浮かせてみせた。


ピンポン玉は最初こそゆっくりと宙に浮いていたが、次の瞬間高速で奏の周囲を飛び回り、康太たちへと襲い掛かってくる。


それぞれ四つずつ。まるで手や足を模したような位置で配置されたそれらは康太と文に次々と突進してきていた。


康太はやや後退しながらもピンポン玉を手で弾き落とし、被弾は一発だけだったが文はほとんど反応できず叩き落とせたのは一発だけ。それ以外のピンポン玉は顔や腹部などに命中していた。


「この訓練で大事なのは反復練習が容易に行えるという点だ。本格的な近接戦闘の訓練では一歩間違えば気絶してしまったりそれ以上訓練ができないようになるが、ピンポン玉で気絶するような奴はそうそういない」


第三者に操ってもらう必要があるがなと付けたしながら奏はピンポン玉を再び手元に戻し、再び文の周囲に飛翔させる。


「速度は大体人間の拳速に合わせてある。最初からすべて叩き落とそうとはせずにまずは自分の顔、そして腹部への攻撃を止めて見せろ」


そう言いながら奏はまずは二つのピンポン玉を文の元へと突撃させる。


実際の拳の動きと同じように突撃した後は元の位置に戻り、また突撃するという攻撃を繰り返すだけだ。


文は奏に言われた通りまずは自分の顔と腹部に襲い掛かるピンポン玉を叩き落とそうとしていた。


見るべき対象が二つだけなら文にだってある程度対応できる。オレンジ色というわかりやすい配色のおかげでその動きも確認しやすい。


そしてピンポン玉自体が軽いために手で軽く弾くだけで防御できてしまう。多少痛いのは仕方がないだろう。そしてなにより今こうして自分が反応できているものがはっきりとわかるというのが嬉しかった。


今まで小百合にほぼ一方的に叩きのめされてきたために実力がついていないのではないかと思っていたのだが、どうやらそういう事もなかったらしい。


文の体にはしっかりと近接戦の基礎とでもいうべき部分が身についている。少なくともこの速度であればある程度の被弾はあれど反応できる。


「・・・さて・・・そろそろレベルを上げるか」


「奏さん、あんまり極度のレベルアップはまずいと思いますよ?段階一つ一つ上げていかないと」


「わかっている。それにまだ拳の段階だ。突きだけではなく他の拳技も使っていく動きに変えよう」


奏が少し目を細めると先程まで直進的に突っ込むだけだったピンポン玉が急に軌道を変える。


具体的には、先程までの軌道がストレートだったのに対し、急にフックやアッパー、リバーブローや裏拳、チョップにフェイントといった動作まで織り込まれてきているのだ。


たった二つのピンポン玉でも縦横無尽と思えるほどの動きをしていては反応も鈍る。先程までの単調な動きに慣れてしまっていた文は確実に反応を遅らせてしまっていた。


徐々に後退しながら何とかしのいでいるが、先程よりも被弾数は増えている。徐々に慌てはじめ冷静な思考ができなくなっているのが見て取れる。


「・・・あの子は今まであまり戦闘を経験していないのか?」


「そうみたいですけど・・・よくわかりますね」


「戦い慣れていないのが見え見えだ。特にラフファイトに弱いな。接近されて手数を増やされると処理能力が一気に落ちる。追い風は乗りこなすが向かい風に徹底的に弱いタイプだな」


ピンポン玉の連撃に徐々についてこれず、後退しながら対応していると部屋の壁際まで追い詰められてしまう。


文もそれを理解したのかどうにかして状況を打開しようとしているようだが横に除けようとするとピンポン玉はそれを見越したように先回りして攻撃してくるのだ。


「あれではまだまだかかりそうだな。自分を冷静に保つ方法を学ばなければいつまで経ってもか弱いエリートのままだ」


「エリートならいいんじゃないですか?」


「温室で育てられた花よりも野原で咲く雑草の方が力強い。強さを求めるならいつまでも温室育ちでは困る。あれの師匠もそれを見越しているだろうな」


そう言いながら奏はおいていた槍を回収し康太の方を向きながら薄く笑う。


「さぁ康太、さっさと始めるぞ。あまり余計な時間はかけたくない」


「わかりました・・・って文の訓練は持続したままですか?」


「お前相手ならこれを操ったままでも十分相手できる。悔しかったら一発当ててみろ」


ピンポン玉は文の近くで動き続け、継続して彼女めがけて襲い掛かっている。どうやら康太と文の訓練を同時進行で行うようだった。


武器を使って戦いながらなおかつ魔術を発動して文の訓練も行う。少なくとも康太にはできない芸当だが奏なら十分行えるだろう。


だがだからと言って片手間で相手をされるという行為に良い印象を受けるはずがない。奏のいう通り、康太は若干の悔しさを覚えていた。


「絶対文の方をおろそかにさせてみせますから」


「いい気概だ。その状態がいつまで続くか見ものだな」














結果から言えば、康太は奏に一撃も入れることはできなかった。それどころか肉弾戦の時以上にボコボコにされた。ある程度手加減をされた状況でのこの敗北は康太にもなかなか精神的な苦痛を与えていたが、どうやらそれは康太だけではなかったようだ。


康太が一方的とまではいわないまでもある程度加減をした状態でボコボコにされている中、文は徹底的にピンポン玉に攻撃され続けていた。


最初よりはましになったものの、それでもたった二つのピンポン玉の動きさえ満足に防げないという状況に腹を立てているのか、随分息が荒くなっていた。


ダメージが全くないにもかかわらず動き続けなければいけないという状況は彼女の体力を削り取るのに十分すぎたのだろう。


普段部活で鍛えていると言っても限界がある。なにせ康太が動き続けている限り自分も動き続けなければいけないのだ。


というか自分よりきつい訓練をしている康太が動いているのに自分が先に動けなくなるわけにはいかないという彼女なりのプライドも作用して限界ぎりぎりまで動き続けていたのだ。


もちろん、被弾数は増えあまり良い結果とは言えないものの奏はなかなか満足しているようだった。


「ふむ・・・まぁこんなものか・・・康太はなかなかいい動きをするようになったぞ。もう少しで私に一撃くらいは入れられるだろう」


「あ、ありがとう・・・ございます」


「あんたの方は大変ね・・・それで奏さん・・・私は・・・」


「君はまだまだ発展途上だな。少し予想外の動きをしただけで反応が三割減、これは実戦ではだいぶ困るだろう。小百合の下で時折訓練を付けてもらっているんだったか?」


「はい・・・大抵すぐボコボコにされますけど」


「だがそれも間違いではない。とにかく反復練習をすることだ。君の師匠もこの程度はできるだろう?」


「はい、たぶんですけど」


「なら毎日やってもらいなさい。それだけで反応速度はだいぶ変わるはずだ。小百合相手なら十分戦えるようになるだろう」


文としては別にそこまで接近戦で強くなりたいわけではないのだが、相手の動きに合わせて動けるようになるというのは十分利点がある。


文はかつてその動きができずに康太に敗北したのだ。不測の事態に対する対応。これができるようにならなければ文はいつまで経っても康太には勝てないだろう。


できることは何でもやらなければ強くなれない。魔術師としての土台自体は文の方が上なのだ。康太に追いつくだけの訓練を積めば康太に勝つことができるようになるのもそう遠い話ではないだろう。


「ところで君の師匠の名前は?聞き忘れていたが」


「あ・・・エアリス・ロゥです。小百合さんとは昔から交流があったらしくて」


「・・・あぁあの子か・・・だが私の記憶では小百合とは犬猿の仲だったように思うんだが・・・?」


「はい・・・まぁ相変わらず顔を合わせれば口喧嘩ばっかりですけど・・・いろいろありまして」


「そうか・・・まぁあの子たちも大人になったという事か・・・いやはや全く・・・私が年をとるわけだ・・・」


奏はため息を吐きながら槍をおきソファに座り込む。床に転がっている康太を一瞥してから再び大きく息を吐く。


「そう言えば君は康太と同盟を組んでいるらしいが、それはいつまで続けるつもりだ?」


「少なくとも高校卒業までは続けようかと・・・康太はこんなんですけど信頼できる相手ですし」


「・・・まぁ誰かをだますとかそう言う類の人間ではないからな・・・君のその目は間違っていない。だがまぁなんというか・・・そうか、あの子の弟子か・・・何か妙な縁を感じるな」


「縁・・・ですか?」


文の言葉に奏は薄く笑みを浮かべながら立ち上がり、自分のデスクの近くに置かれている写真立てを持ってくる。


そこには女性が二人と少年少女たちが映っている。一番小さな子供はまだ小学校の低学年ではないかと思えるほどの年齢だ。


随分古い写真の様でかなり劣化しており写真の質としてもあまりいいものではない。恐らくかなり昔にとられたものだということがわかる。


「これは・・・?」


「昔の私達だ。この小さな子が君の師匠と小百合。こうしてみると随分昔のように思えるな・・・あの時はいろいろと迷惑をかけたものだ」


「・・・この女性は?」


文が指差したのは奏たちの後ろに立っている二人の女性だ。康太が見ればわかっただろうが、一人は小百合たちの師匠である智代。だがもう一人が誰なのか一見しても思い浮かべることができなかった。


「これは君の師匠、エアリスの師匠だ。うちの師匠とあの人は昔から交流があってな。どうにも私たちは奇妙な縁があるらしい」


血筋とでも言えばいいだろうか、師匠から弟子へと受け継がれるその脈歴。それはどうやらそれぞれの縁にまで関わってきているらしい。


全く知らない者同士だったのにもかかわらず同じ高校に同じ学年として入学し、互いに魔術師として戦いこうして同盟を組んでいる。


偶然というにはあまりにも出来過ぎた流れだ。これを縁と言わずなんといえばいいのだろうか。


「そのうち康太を私の弟子にも引き合わせなければならないな。その時は君も同席するか?」


「え?い、いえそんな。さすがにそこまで押しかけるわけには・・・こうして稽古をつけていただいてるだけで十分有難いですから」


奏の弟子というのは正直に言えば興味はあった。会いたくないと言えばうそになるだろうがこうして指導してくれているだけでも文は十分有難かった。


今まで小百合の下で訓練していたが、こういったアプローチは初めてだった。奏はどうやら物事を教えるということに慣れている。今まで弟子を持ったという事もあるのだろうがその人物にあった指導法というのを適切に判断できるようだ。


教えるのが苦手などとどの口が言うのか、少なくとも小百合より何倍も指導が上手いように思える。


近くで横たわっている康太を見ているとそんな風には思えないが、限界値を探り、なおかつその人物の限界ギリギリまで削り取るのが上手いのではないか。


そして文相手にはどこか加減しているように思える。やはりそこは文が自分と直接かかわり合いのある人物ではないからなのだろう。


そう言う意味では全く加減してくれない小百合の指導もありがたくある。時には厳しくされた方が為になるときもあるのだ。


「あの・・・奏さんは普段どうやって戦ってるんですか?」


「ん?どうやって・・・と言われてもな。いろいろ方法はあるが」


「じゃあ一番得意なのはどんな戦い方ですか?」


文がどのような意図をもってその質問をしたのかはさておき、別に隠すことでもないかと思いながら奏は口元に手を当てて考え始める。


一番得意な戦い方、と聞かれると正直返答に迷う。なにせ彼女にとって苦手な戦い方を探す方が難しい。


師匠である智代が厳しかったこともあり、今までどのような状況にも対応できるように鍛え上げられてきた。その為どれが一番得意かと聞かれても自分自身どれが一番なのか判断できないのである。


「得意・・・と言って良いかはわからんが、私の場合体術と魔術を組み合わせた戦い方が一番爽快感があるな」


「組み合わせですか?」


「あぁ、槍を使っての体術、そして同時に魔術を使っての殲滅、同時に行って近接戦で相手を困惑させながら一気に畳みかけるとなかなか爽快だぞ」


体術と魔術。小百合や康太もそう言った戦い方をするがこの戦い方は基本的に一般的な魔術師の戦い方ではない。


一般的な魔術師は基本的に射撃戦を好む。自らは安全圏に位置しながら魔術で相手を攻撃し続ける。同時に相手からの攻撃は防御するなどすることがわかりやすいため対処は比較的容易だ。


その為に魔術師としての素質や修得している魔術の数などが優劣に直接かかわってくる分かりやすい図式となる。


だが奏たちが使うこの戦法はそれらをまるきり無視したものだ。


「でもどうしてそんな戦い方を?康太とか小百合さんもそうですけど・・・魔術師としては一般的ではないですよね?」


この戦法を使っているのは小百合と康太、そして奏と、特定の人物に指導された魔術師だけのように思える。


最終手段として肉弾戦を用いることはあっても常時肉弾戦をここまで鍛える魔術師はそうそういないだろう。それが文は不思議だったのだ。


「それに近づくってことはそれだけ危険でもありますし・・・そこまで身を危険にさらす必要があるのかなって・・・思って・・・」


「ふむ・・・その疑問に答えるのは簡単だが・・・では逆に問わせてもらおう。ライリーベル、君にとって魔術師の戦いとは何だ?」


唐突に術師名で呼ばれたことで文はこの質問が魔術師として問われているのだと悟り自然と姿勢を正してしまう。


この回答の如何によっては奏がどのような反応をするのかわかったものではないと理解したからこそ、文は真剣に考えることにした。


自分にとって魔術師の戦いとはなんであるか。


他者と自分の力の差の確認。自らの考えを通すための戦い。相手を止めるための手段。魔術師同士の研鑽。一種の儀式的な戦い。文字通りの魔術戦。


いろいろ考えたがどの行為にも明確な目的が存在する。


「・・・相手を倒すことを目的としているもの・・・だと思います」


「そうだ、どれだけ取り繕おうとその根底は変わらない。そして戦いが関係してくることには当然理不尽というものが存在する。圧倒的な力だったり相性だったり数の差だったり。私たちの使っている戦い方はそう言った理不尽を覆すためのものだ」


理不尽。近くで横たわっている康太にも聞かせてやりたい言葉だ。康太はほぼ理不尽な理由によって魔術師になった人間。そう言った逆境を跳ね返すための技術ともなれば訓練に対する意欲も向上するかもしれない。


「そう言った理不尽を覆すには当然こちらも身を切らなければならない。相手を動揺させ混乱させ、追い詰めることでそう言う状況に持ち込める。現に康太は何度か実戦でそのように行動してきたと聞くが?」


奏のいう通り、康太は明らかに実力が上の人間に対して勝ち、時には時間を稼いできた。


それは康太自身が身を切ってその体を危険にさらしてきた結果でもある。


定石とは言えないまでも効果は明確に出ている。だからこそ文はこの戦い方を学ぼうとしているのだ。それが一般的ではないにせよ。


日曜日、誤字報告五件分で合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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