表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

260/1515

二人の準備運動

「今日はどうしますか?文がいるし何か特別な事でも?」


「いや、変わったことをやろうとするとかえって怪我をする。いつも通りで構わん」


「了解です。文、ちょっと待っててくれるか?軽く準備運動しちゃうから」


「準備運動はいいけど・・・何そのグローブ」


康太が身に着けているそれは普段は付けていないグローブだった。妙に分厚い印象を受け、何かの作業の時に身に着けるのではないかと思えるほどだ。


「いやだって素手でやったら怪我させちゃうかもしれないだろ?最近はこれ付けてやってるんだよ」


「いやだから何を?」


「なにってそりゃ肉弾せごぶぅ!」


文と康太が話している間に割り込むかのように奏の蹴りが鋭くその腹部へとめり込んだ。


一体何が起こったのか、それを自覚するよりも早く先程までの穏やかな表情ではなく、鋭い眼光と軽く握った拳でリズムを作るどこか小百合に似た姿の奏がいた。


「よそ見は厳禁だと教えたはずだが?」


「・・・話してる最中に酷いじゃないですか・・・」


「いつも通りだと言ったはずだ。誰が居ようとそこを変えるつもりはない。きちんといなしているんだからさっさと立て」


康太は先程ほぼ不意打ちで受けた蹴りを最低限のダメージで済ませるために僅かに体を後方へと運んでいた。もっともそれでも深々と腹にめり込んだためダメージは少なくない。


だがこの程度のダメージで許してくれるほど奏が優しくないことは理解していた。


「ちょっとむかついたんで一発くらいは入れさせてもらいますよ?」


「いい度胸だ。一発と言わず何発でも入れていいんだぞ?入れられればの話だがな」


康太もゆるゆると立ち上がり、軽く拳を握った状態で緩やかに近づいていく。


身長は康太の方が上。恐らくリーチ自体も康太の方が長いだろう。先に射程距離に入れて先制攻撃を入れられるのは康太のはずだ。


だが先に攻撃を放ったのは奏だった。


一瞬で距離をつめ康太の顔めがけて拳を振りかざしている。だがさすがの康太も警戒状態にありながら無防備に拳を受けるわけにはいかないのか、自身の腕で防御していた。


奏の拳を軽く受け、そのままいなしながら反撃しようと距離を詰めるが、その瞬間奏の体が沈み込む。


一瞬視界から消えたと錯覚するほどの速さ、そしてその体勢から繰り出されるのが一体なんなのか康太は理解してとっさに腕を腹に当て全力で力を込めていた。


次の瞬間、奏の蹴りが康太の腹部へと突き刺さる。腕を盾にしていたおかげでそこまでのダメージは受けていないが、それでも康太の体を後方に運ぶには十分すぎた。


「あ・・・あの・・・それ準備運動なんですよね?」


「そうだ。なんなら君もやるか?生憎と加減はしてやれんがな」


「ま、まだ遠慮しておきます・・・それにそっちもやる気満々ですし」


文が言葉を言い終るよりも早く、康太は奏に襲い掛かっていた。完全に防御した攻撃で怯むほど康太はひ弱ではない。今まで小百合に嫌というほど鍛えられてきたのだ、それほど軟には鍛えられていない。


体重を乗せた一撃を奏に向けて思い切りたたきつけようとしたが、文と話していてなお康太に対する警戒を解いていなかったのか奏はその一撃を軽く受け流しながら康太の体に二、三発拳を叩き込んでいた。


康太が奏に勝るのは地の筋力と体格。逆に言えばそれ以外はすべて奏に分があるのだ。ならばその部分で戦うしかない。


技術で勝っている部分ははっきり言ってない。その為強引にでも攻撃を当てて体勢を崩させるのが康太が行える一番簡単かつ確実な策だった。


「狙いは悪くないが・・・人が話している最中に攻撃してくるとは何事だバカ者・・・が!」


奏の鋭い蹴りが先程の拳によって若干甘くなった康太のガードの隙間をすり抜けるように叩き付けられる。肉弾戦は幸彦に劣るなどと言いながらも、奏の徒手空拳はそれなり以上の技術であることは間違いない。


少なくとも康太より何倍も上手なのだ。


先程自分が行ったことを棚に上げた発言に文は戦慄してしまうが、康太はそんなことを一切意に介していない。


だが康太だってやられっぱなしで終わるわけではない。この場所で奏に近づく一番の方法は攻撃において避けられないこと。つまりは避けられない類の攻撃をすればいい。


そんなものがあるのかと疑問を浮かべるかもしれないが、この状況に限ればできないことではない。


『室内』『肉弾戦のみ』『格上』


この三つの条件があることによって康太は避けられない類の攻撃を使うことができる。


康太は体を守るように腕を盾にしながら姿勢を低くする。どこからの攻撃も防御できるように常に奏の動きを注視しながらゆっくりと近づいていく。


奏の実力で言えば突進程度であれば簡単に避けられるだろう。だが相手が突進してくるのではなくゆっくりと近づいてきているとなると少々面倒だ。


奏の攻撃可能距離は康太のそれより短い。腕より足の方がリーチは長いため、康太の拳よりも遠くから攻撃するには足を使うしかない。


康太は奏の攻撃をとにかく防いで強引に体当たりして体勢を崩すつもりなのだ。限られた空間でなければ、肉弾戦以外が使えればこの方法は単に攻撃の的でしかない。状況を把握しての対応が本当に上手いなと思いながら、奏は康太の策に乗ってやることにした。


康太の腕がある場所に全力の蹴りを放つ。それに反応して康太は腕の盾を維持したまま全力で突進していた。当然奏もその動きを読み切っている。康太の腕で足を弾かれたために地面には一つの足しかつけていない。この状態では満足に距離を取るのは難しいだろう。だがそれは逃げる場合に限りだ。


突進してきている康太の動きを読み切り、奏は地面を蹴り、康太の腕に自分の足を引っかけて反転、そのまま思い切り康太の頭部に回し蹴りを繰り出した。空手などにはないであろう、足技専門の格闘技のそれに似た動きに、康太はほとんど反応できずにガード越しに蹴りの強打を受け地面を転がってしまう。


その後一体どれくらい康太と奏の一方的とも見える攻防が繰り返されただろうか。康太が攻めれば奏はそれを完全に見切ったうえで反撃。奏が攻撃すれば康太はそれを受け、いなしながら反撃しようとするがその攻撃が届くことはなかった。


小百合との訓練で半ば見慣れた光景だが、その質が全く違う事に文も気づくことができた。


小百合との訓練もかなり密度が高く、彼女と康太の技術力による差によって攻防の差がはっきり出ているのは変わらない。


だが奏はあえて康太に攻撃のできる隙を与えているように見えた。釣とでも言えばいいだろうか、自分がわざと隙を作って相手の攻撃を誘発させる。康太はその隙を突いて攻撃しようとするのだが、誘発された攻撃を当てられるはずもない。なにせ相手からすれば最初から想定済みの攻撃なのだから。


「準備運動はここまでにしておくか・・・始めるぞ、準備しろ」


「り、了解です・・・」


準備運動の段階で既に康太はだいぶダメージを抱えてしまっているが、やはりこの程度は小百合との訓練でも慣れっこだ。今さら泣き言をいうつもりはさらさらないようである。


「なんかあんたってさ・・・訓練っていうたびにぼっこぼこにされてるわよね・・・」


「仕方ないだろ・・・そもそも技術力が違いすぎるんだから・・・今まで喧嘩なんてしたことなかったんだし・・・」


「まぁわかるけど・・・次は何するの?」


「こっちの訓練だよ。奏さんは肉弾戦よりも武器使ったほうが強いんだ」


先程の応戦を見ていると、肉弾戦も十分以上に強いように見えるのだが、奏の本領は武器を用いた戦いで発揮される。


今まで訓練をしていて康太はそれを嫌というほど理解している。自分の槍を組み立て、軽く素振りをすると奏も武器を用意してきたのか、槍を手にしながら康太の方へと歩み寄っていた。


「そう言えば忘れていたが、君は何か武器は使わないのか?康太からは何も聞いていないが」


「え?あ・・・私はその・・・接近戦はあんまり得意じゃなくて・・・」


「訓練は?今までしてこなかったのか?」


「えと・・・今年の四月からやってみてるんですけど・・・どうも向いてないのか・・・すぐぼっこぼこにされてしまって・・・」


小百合との訓練でも文はまだ一分以上耐えることができない。少し段階を上げるとすぐに訳が分からなくなり気づけばやられている。そんなことの繰り返しだ。

自分には接近戦の才能はない。そう気づいたのはそう遅い話ではない。


だが奏はそれはいかんなとため息をついていた。


「最初からできるような人間はそうそういない。大事なのはできるようにすることだ。四月からという事は四カ月程度しか訓練していないことになるだろう。それでできるようになるなら何も苦労はしない」


「・・・でも、康太はできるようになってますよ?」


「俺の場合ほぼ毎日やってるけどさ、お前店に来た時しかやらないだろ?週二回程度と毎日じゃ随分違うぞ?」


康太のいう通り、文は小百合の店に行った時しか接近戦の訓練はしていない。それに対して康太はほぼ毎日のように小百合との訓練を行っている。


毎日行うのと週に二、三回程度しか行わないのでは習熟度の上昇も大きく異なってくるだろう。


人間が物事を覚えるにはそれなりに繰り返すことが必要なのだ。毎日のように繰り返しそれをすることで、徐々に徐々に体はそれを覚えていく。それは勉強も同じだ。毎日繰り返すことで頭はそれを覚えていく。


毎日繰り返さずに週に一、二回行っているだけでは体も頭も覚えてはくれないのである。


「ふむ・・・いい機会だ。立ってみなさい」


「え?はい」


一体なんだろうかと文は疑問符を飛ばしながら奏に言われた通り立ち上がる。すると奏は文の体をゆっくりと観察し始めた。


「肉付きは悪くない。運動神経もそれなりによさそうだ。となれば・・・」


奏は槍をおいてゆっくりと文の近くに歩み寄ると、いきなり目の前で拍手をして見せた。


おおきく音が鳴り、文は驚いて声を上げながら小さくのけぞってしまう。


所謂猫だましという技だ。


相手への不意打ちとして使われるものであり、殺傷性こそないもののその不可解な動きから相手を無力化することもできる特殊な技である。


「な、なにを?」


「ふむ・・・反応速度もそれなりにある。素質自体はあると思うんだがな」


猫だましを使う事で文は驚いてのけぞった。恐らく奏はその反応速度を見ていたのだろう。


反射的に体を逸らせて対処する。単純ではあるがもっとも簡単かつ分かりやすい確かめ方と言えるだろう。


「文はテニスやってますから、ある程度の運動性能は持ってると思いますよ?」


「ほう、テニスか。なるほど、となると手元での戦いが苦手といったところか。距離をつめられると視野が狭くなるタイプだな」


「え・・・あ・・・はい・・・」


小百合との訓練の時も近づかれると何が起こっているのかわからなくなることが多々ある。


逆に距離を保っていればある程度対応ができるのだ。もっとも近接武器を使うような戦いにおいて距離をおくという事がどれだけ困難であるかは言うまでもないだろう。


「なら古典的だが、最も確実な訓練をしよう。ちょっと待っていなさい」


奏はそう言って部屋の奥に戻っていく。一体どんなことをするのか疑問を覚えながら文はその場で待っていることにした。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ