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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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二人の初めまして

「来たか・・・とりあえず座って待っていろ。仕事がもう少しでひと段落する」


「そうですか。あ、じゃあ今コーヒーのお代りいれますね。もう飲み切っちゃったでしょ」


「・・・頼む」


「文、荷物その辺においてそこのソファで座って待っててくれ」


「あ・・・わかったわ・・・」


康太が荷物を置いて奥に歩いていくのを確認しながら、文は恐る恐るソファに座る。今まで座ったことがないような柔らかい感触に僅かに頬を緩めながら今自分がいる部屋の内装を確かめようとしていた。


そして内装を確かめると同時に、これから自分が会おうとしている人物を確認しようとしたが、パソコンに向かって仕事をしている奏の姿をきちんと見ることはできなかった。


「お仕事お疲れ様です。夏休みなのに大変ですね・・・」


「生憎と、お前たち学生と違って社会人は夏休みが短くてな。私の夏休みは当分先だ・・・いや取れるかもわからんな・・・最近忙しすぎて目が回りそうだよ」


「・・・一応聞きますけどちゃんと寝てます?」


「もちろんだ。徹夜は美容の大敵だからな。私も女だ、最低限気は使う」


康太からコーヒーを受け取りそれを口に含み一服すると、再び部屋の中にはキーボードをたたく音が一定のリズムで響き続ける。


康太はそれを確認するとソファで待っていた文にもコーヒーを渡す。


「もうちょっとかかりそうだな。根をつめてるみたいだ」


「・・・ここにいていいわけ?仕事の邪魔にならないかしら・・・?」


「大丈夫だよ。うるさくしてなければな。まぁとりあえずこれ飲んで落ち着いとけって。ミルクと砂糖いるか?」


「・・・砂糖だけ頂戴」


ブラックのコーヒーが飲めないわけではないが今は少し甘いコーヒーが飲みたい気分だった。本当はミルクも入れたかったが康太の前だから少し見栄を張っているというのもあるかもしれない。


そんな文の気持ちを完全に無視して康太は自分のコーヒーに砂糖とミルクを投入していた。目の前に女子がいるというのに格好をつけるという事をまるでしない康太の姿勢に感心しつつも、文は少しほろ苦いコーヒーを口に含む。


自分と違い、康太はいろんなことを経験していっている。自分の知らない間に交友関係を広げ、いつの間にかこの場所にこんなにも似合う姿になっている。


コーヒーをブラックで飲めていればもっと様になったのだろうが、ここにいるのがさも当たり前のようになっている。


四月に自分が戦った魔術師とはまるで別人のように見える。それだけの時間と経験が康太の中にあるのだ。


「っと・・・そろそろだな・・・」


コーヒーを淹れて十数分経過しただろうか、文が周囲の景色を眺めていると不意に康太が立ち上がり奏の近くに向かう。


そして奏の近くに向かうと同時に彼女が大きく伸びをし始める。


「お疲れ様です。今回は早かったですね」


「まぁな・・・お前達が来るとあって昨日のうちにある程度片付けておいたんだ・・・それでもこんな時間になってしまったが・・・」


奏が立ち上がり軽くストレッチをすると文はようやくその姿を見ることができた。


凛々しい。最初に抱いた印象はそれだった。


少し眠そうにしている以外は立派なキャリアウーマンといった風貌だ。この会社の長であるという説明をされても誰も疑問は抱かないだろう。


そして奏は康太が入れたコーヒーの残りを一気に口に含み飲みこむと大きく息を吐いてから文の方に視線を向けゆっくりと歩み寄る。


文はそれを確認して思わず立ち上がってしまった。


特に理由はない。強いて言えばこうしなければいけないと感じたのだ。相手が完全に目上の存在であるという事を理解してしまっている。恐らく理屈とかそう言うものではなく本能で感じ取ったのだ。


「挨拶が遅れてしまってすまなかったな。初めまして『サリエラ・ディコル』こと草野奏だ。いつも康太が世話になっているようだな」


「い、いえ、むしろ私の方がいろいろとお世話に・・・は、初めまして『ライリーベル』こと鐘子文です」


二人があいさつしたのを確認すると康太は自分の荷物を漁りながら何やら準備を始めていた。


一体何を始めるつもりなのかはわからないが、文は奏から差し出された手を恐る恐る取って握手していた。


細い手だ。だがそれでいてどこか力強い。


同じ女性であるというのにどうしてここまで違うのか。それが経験の差であると気づくのに時間はいらなかった。


まるで積み上げた経験で山脈が出来上がるのではないかと思えるほどの、今まで積み重ねたものの差。彼女が山脈だとするなら文は公園の砂場の様だ。比較にすらなりはしない。


「きょ、今日はその・・・いろいろと勉強させていただきます!邪魔にならないよう努力しますので!」


「そう硬くなるな。私としても身内以外の人間をこうして招くのは久しぶりでな、少々強張っている。緊張が移ってしまったのなら詫びるが、それでは体まで萎縮するぞ」


萎縮しているのは貴女が恐ろしいからですとは言えなかった。今まで奏の紳士的な、いや淑女的な姿しか見ていないのに、文は彼女が恐ろしいと感じてしまっていた。


カリスマとでも言えばいいのだろうか。彼女には今まであった中でも一番の、比べ物にならないほどの存在感と威圧感がある。文は今までの魔術師としての勘からそう感じていた。そしてそれは大まかにして間違っていない。


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