奏の気遣い
「おっと・・・そろそろ行かなきゃ・・・ビー、その子をちゃんと送ってあげるんだよ?また今度の日曜日に。ライリーベル、また機会があれば。それじゃあね」
「はい、お仕事頑張ってください」
「さようなら、お気をつけて」
幸彦がせわしなく二人の元から離れていく中、文は康太のことを一瞥した後肘打ちを喰らわせていた。
「うげ・・・!何すんだよ・・・!」
「うっさい。恥ずかしいことペラペラ話さないでよね」
「恥ずかしいって・・・なんだよ、褒めたことそんなに恥ずかしかったのか?」
「あんたに褒められるのってなんか気恥ずかしいのよ。なんかこう・・・変な感じ」
なんだそりゃと康太は唸りながら文に一撃入れられた部分をさすっている。そこまで強い一撃ではなかったが不意打ちで脇にいれられたためくすぐったさもありもだえてしまっていた。
そして康太が悶えているのを見ながら、文は自分自身が非常に理不尽なことを言っているという自覚はあった。そして非常に抽象的な理由で気恥ずかしさを抱いていることにも気づいている。
師匠であるエアリスや真理に褒められてもこんな風にはならない。何故か康太に褒められると若干恥ずかしく思うのだ。
同世代の魔術師だからか、それとも一番近い異性だからか。それとも同盟相手だからか、対等でありたい相手だからか。
どちらにせよ文はその感情を理解できていない。いや、実際文が康太のことをどのように思っているかなど誰も分かりようがない。本人でさえ理解できていないのだから。
「とにかく、あんたは他人に私のことをどんなふうに話してるのよ。特にさっきのバズさんとか」
「え?さっき言ったとおりだけど・・・あとはサリーさんとかにも普通に話してるぞ?」
「サリーさんって・・・?」
「師匠の兄弟子の人。一番弟子の方」
「あぁえげつない方だっけ・・・?その人にもそんな風に話してるわけ・・・?」
「あぁ、なんなら今度一緒についてくるか?たぶん悪い顔はしないと思うぞ?」
康太から奏の話は聞いている。小百合の兄弟子のえげつない方。先程接触した幸彦が温和な方という表現からして恐らく康太の評価はかなり正当なものだろう。
そして康太がえげつないと表現するあたり、恐らく小百合以上に恐ろしい性格をしていると思われる。
そんな人物に進んで接触したいとは思わなかったが、文だって魔術師の端くれだ。自分よりずっと優れた魔術師に会ってみたいという気持ちがないわけではない。
何より康太という仲介役がいるのだ。恐らくどんな理由があろうと戦闘にはならないだろう。
そして幸彦が昔のエアリスを知っていたという事は恐らく奏も同じような情報を有していても不思議はない。
一度会ってみてもいいかなと思い始めていると康太と文は魔術協会の門の前に立っていた。
「んじゃ戻るか・・・お願いします」
「了解した。ご苦労だった」
門にいる魔術師に最寄りの教会までの門を開いてもらい、康太と文は作られた転移の門をくぐっていく。
自分達がやってきた教会に戻ってくるとそれを見つけたのか教会の神父が微笑みを浮かべた後会釈をして見せた。
康太は神父に会釈を返すと仮面と外套を脱ぎ一息つくと携帯を取り出す。
「で?どうする?どうせ奏さんには連絡するし会いたいなら約束取り付けるけど?」
「えっと・・・そう・・・ね・・・一度会ってみたいかも・・・」
「了解。じゃあそう言う風に言っておくぞ。たぶん会うのは日曜日だからな」
そう言いながら康太は奏に連絡をかけるべく携帯で電話をし始める。さすがにもうこんなに夜遅くだ。いくら残業やら仕事やらをしている奏でも出ることくらいはできるだろう。
『もしもし、康太か?』
「奏さんですか?お疲れ様です、康太です。今大丈夫ですか?」
『あぁ問題ない。丁度ひと段落ついたところだ。何か用か?』
電話のタイミングとしてはいい時にかけたようだった。向こうでは恐らくコーヒーでも飲んでいるのだろう。芳ばしい香りを想像しながら康太は早めに用件を済ませることにした。
「はい・・・実は今日協会の方に顔を出したんですけど・・・奏さん俺の装備に関して専門家に頼んだりしました?」
『あぁその件か。お前もそろそろ自己主張したほうがいいと思ってな。小百合ではそう言った気は回らんだろうから私の方でやっておいた。迷惑だったか?』
「その言い方は狡いですよ・・・嬉しいしありがたいけど・・・申し訳ないです・・・結構高いものなんでしょう・・・?」
『子供が要らん気を回すな。人からの厚意は素直に受け取っておけ。金のことを心配するような子供は将来苦労するぞ』
「・・・それは・・・その・・・でも」
『話がそれだけならもう切るぞ。私は別にお前に感謝されたくてやったわけでも、お前を困らせたくてやったわけでもない。そのあたりはちゃんと理解しておけ』
奏としては本当に何の裏もないただの善意のつもりで康太に装備を作るだけの条件を整えた。康太はそれを理解することはできたのだが同時にものすごく申し訳なくなってしまう。
奏が電話を切らないのは康太にそれを理解させるためだということがわかる。納得できなくても納得するしかないのだ。他ならぬ奏が相手なのだから。




