二人への用事
「・・・うん、確かに受け取ったよ。二人とも御苦労だったね。あのふたりの予定が把握できるってのはこちらとしてもすごくありがたいよ」
書類を書く手を止めないままに支部長は康太と文を前にして小さく息を吐く。これでようやくスケジュールを決められそうだねと呟きながら今度は別の書類に目を通し仕事を始めていた。
「とりあえずこの場所にいると邪魔になりそうなので私たちはこれで失礼します。お仕事頑張ってください」
「そんなに急がなくても構わないよ?これが終わればひと段落つくさ。二人には一応話しておきたいこともあるしね」
特に君にはと言いながら康太の方を見る支部長に、文と康太は首をかしげて一体なんなのだろうかと思いながら近くにある応接用のテーブルと椅子に座ることにする。
するとしばらくして書類を片付けたのだろう支部長がコーヒーの入ったコップ片手に二人の対面に座る。
「いやぁいいタイミングで来てくれたよ。あのままだとずっと仕事詰めになりそうで困ってたんだ。いい口実ができた」
「私達をさぼる口実にされるのはちょっと困るんですけど」
「いやいや、サボるだなんて人聞きの悪い。ちょっと小休憩しているだけさ・・・っとそのあたりの話は置いておいて、本題に入ろうか」
そう言いながら支部長は一枚の紙を取り出した。いや、正確に言えば一つの茶封筒だ。武骨かつ無機質な茶封筒には『ブライトビーへ』と書かれている。
「これは・・・誰からですか?」
「あれ?聞かされていないのかな?サリエラから依頼されていたと聞いていたんだけど・・・」
サリエラ。つまりは小百合の兄弟子である奏の名前が出たことで康太は強張る。一体奏が何を頼んだのかと不安になったのだ。
彼女の下へは週一の頻度で向かっているが、その時には特にこれといって何も言っていなかったように思える。そんな彼女が一体何を、そして誰に頼んだのか。
「えと・・・何も聞いてないです。ていうかこの封筒の送り主は?サリーさんですか?」
「いいや、これの送り主は協会内で武器などの作成を行っている魔術師のグループからだよ。君の装備のデザインや具体的な内容を記してあるそうだ。聞いていないのかい?」
康太は自分の記憶を思い返す。その中で自分の装備は自分の術師名や趣味で細かくいじるべきものだと言っていたことを思い出す。
なるほど、それで気を利かせて奏が協会内のそういったチームにアプローチをかけたのだ。
有難いのだが奏が動くという時点でなかなかに心臓に悪い。もう少し自分に何かしら声をかけてからそういうことは言ってほしいものである。
康太が支部長から茶封筒を受け取り、その中にあるものを確認するとそこには康太の使う装備についての依頼内容と大まかな注文、そして奏からの一筆が加えられているのが見て取れた。
そこに記されている大まかな注文というのは『ブライトイエロー』と『蜂』というたった二つだけだった。
この二つのイメージに沿うような装備を作ってくれという指示だというのは康太も理解できる。そしてその装備の項目には槍と魔術師装束の外套が含まれている。
そしてこの茶封筒の中へは製作者グループからの康太への質問も含まれていた。
具体的にはどのような使用方法をするか、そしてどのようなデザインがいいか、さらには他に何か欲しい装備はあるかという事だった。
「へぇ・・・すごいじゃないビー。こういうのってすごいお金かかるのよ?」
「うぇ!?ちょ・・・これの支払いとかどうなってるんですか?」
「ん?サリエラがすでにかなりの前金を支払ったみたいだよ?向こうもノリノリで作る準備や試作デザインの製作に入ってるくらいさ。でも本人の意見も欲しいってことでこれが回ってきたわけ」
この装備を身に着けるのはあくまで康太だ。康太が納得するような形でのデザインが好ましいためにデザイン集団は康太へ一筆よこしたのだ。
普段から康太が協会にやってくるようなタイプの魔術師ならば適当に捕まえれば話は済んだのだろうが、生憎康太はほとんど協会に足を運ばない。その為支部長に内容の書かれた手紙を預けたのだ。
「ありがたいんだけど・・・すっごくありがたいんだけど・・・サリーさん・・・これ凄く嬉しいですけど心臓に悪いです・・・」
「そんなものまで用意してくれるって・・・そのサリエラってどんな人なの?」
「あー・・・うちの師匠の兄弟子だ。最近その人の所に顔を出しに行ってるって話したろ?その人だ」
「へぇ・・・なんだあんた結構可愛がられてるのね。そんなことまでしてくれるなんてなかなかないわよ?」
確かに文のいうように普通ここまではしてくれないだろう。康太はこういった装備がどれほどの金額を要求されるのかは知らないが、いくら兄弟弟子の弟子とは言えここまで親身にしてくれるというのは何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
これは帰ったら小百合に確認を、いや今すぐでも構わないから電話で本人にその是非を問うておくべきだなと康太は意気込む。
さすがに協会内で携帯を使うのは憚られるため、この場を出たらすぐに奏に連絡したほうがいいだろう。
「どうせなら書いておきなさいよ。前にもっとちゃんとした小型の盾とかが欲しいって言ってたじゃない」
「いやそりゃ欲しいけど・・・でもこういうのはさすがに甘えすぎな気がしてなぁ・・・」
「本人からすれば突っぱねられる方が嫌でしょうよ。ここまでおぜん立てしてあるんだから無碍にする方が失礼よ」
「製作チームもだいぶ気合を入れてるからね。今さらキャンセルってのは難しいと思うよ?」
すでにこちらの逃げ道を塞いでくるあたり奏らしいというべきか。康太に直接話をすれば断られると踏んでのこの対応だったのだろう。本当にあの人らしいなと康太は小さくため息を吐いた。
「まぁとりあえずそれに関してはできたらで構わないよ。なるべく早くの方が向こうとしてもありがたいだろうけどね」
「はい・・・わかりました・・・一応いくつか案は出しておきます」
康太とて今まで付けてきたこの魔術師装束に何かしらのアクセントは付けたいと考えていたのだ。
いつまでも仮面と黒一色の外套だけでは個人を判別しにくいだろう。こういうところで自己主張しないといつまで経っても名前を覚えられないかもしれないのだ。
「ビーへの内容はわかりましたけど・・・私へは?」
「あぁそうそう、ライリーベルの方にはこっちだ。君宛のお手紙だよ。こっちはそこまで緊急性のないものっぽいね」
支部長が渡してきた手紙は先程の康太の茶封筒とは対照的に、しっかりと手紙を入れるための便箋だった。
その裏は赤い蝋で止められており、なかなかこった外見をしている。
「こっちも手紙ですか・・・誰からなんです?」
「さぁ?君のお師匠様に渡してもよかったんだけど直接本人に渡すのが筋だと思ってね。まぁこうしてきてくれたのはありがたいことだよ」
もしかしたら康太と文をこの場に向かわせたのは単に師匠二人がこの場に来たくないからというだけではなくこういった事情もあったのだろうかと思いながら文はその便箋の中身を確認する。
その中には一通の手紙が入っていた。
一体誰が書いたものだろうか、メールなどが普及するこの時代に手書きの手紙を渡すあたり何か意味があるのではないかと思えるが、康太が覗き込んでもその字を読むことはできなかった。
いや正確には字そのものを認識することができなかった。
今まで文が何度か行ったこともある魔術師が行う方陣術を応用した手紙だという事はすぐに理解できた。内容は理解できないが文の方を見るとその手紙を握る手が若干震えているのがわかる。
少なくともあまり良い内容ではないのは理解できた。
「ベル、なんて書いてあるんだ?」
「・・・たぶんだけど・・・ううん、間違いなく父さんからだわ・・・」
「え?お前の?なんでわざわざこんな手紙を・・・?家で話せばいいじゃん」
父親が娘に手紙を出す。場合によってはそこまでおかしい話ではないのだろうが文の家庭状況を考えると適切とは言い難い。
なにせ彼女は別に父親と離別しているわけでもなければ喧嘩をしているというわけでもない。普通に一般的な家庭環境にある。もっとも家族全員が魔術師であるという時点で一般的であるかと言われると首をかしげてしまうが。
「家では基本的に魔術の話はしないのよ。それをわざわざこういう風に渡してきたってことはそれなりに意味があるってことなんでしょ」
「ふぅん・・・それで?手紙にはなんて書いてあるんだ?」
横から眺めていてもその手紙の内容を理解できない康太がそう聞くと、文はため息を吐きながら話すかどうか僅かに迷っているようだった。
家庭環境に全く気にすることなく内容を聞いてくるあたり康太は大物なのか、それともデリカシーがないだけなのか。
どちらにせよ隠すような内容ではない。むしろ康太には知らせておかなければならない内容だと文は紙に書かれているであろう方陣術の文字を再び目で追っていく。
「細かい内容は省くけど・・・要するに私の同盟相手について是非を問いたいらしいわ。つまりあんたと会ってみたいってことみたい」
「・・・俺と?なんで?」
「・・・親としては心配なんじゃないの?一応あんたはデブリス・クラリスの弟子、悪いうわさもないとは言い切れないでしょ?」
「・・・それはわかるけど・・・なんでわざわざ手紙?」
「そう言う人なのよ。堅物っていうかなんて言うか・・・柔軟なところはあるんだけど筋を通したがるというか・・・」
文の父親の姿をイメージしようとするのだが康太の中でどのようなイメージを浮かべてもそれが文の父親であるという図式が成り立たなかった。
以前聞いた話ではなかなかに筋骨隆々な姿をしているという事なのだが、どうにもうまく想像できない。
「じゃああれか?今度お前の家に遊びに行けばいいのか?」
「何でそう言う話に・・・あぁまぁあんたを見たいってだけならそれで話は済むか・・・いやでも・・・あんたが家に来るのか・・・」
思えばこの四月からよく一緒に行動することはあっても互いの家に向かうということはなかった。
魔術師としての行動はまだわかるが、私生活にまで関わってくるとなるといろいろと話は別なのだ。
別に文が康太のことを毛嫌いしているというわけでも、家にあげたくないというわけでもない。
だが文は今まで友人を家に招いたことなど数えられる程度しかないのだ。
そしてその人物たちは皆一般人。つまり魔術師として家に招くのは康太が初めてということになる。
文はどうしたものかとこの状況を測りかねていた。自分の父がどのような思惑を持って康太と会いたいと言っているのか、そしてどのようなことになるのか全く想像できなかったのである。
「まぁそのあたりの事は君たちが直接解決するといい。僕はそろそろ仕事に戻るよ」
「あ・・・ありがとうございます」
「それじゃ失礼します」
支部長がこれから仕事を始めるというのならこれ以上康太たちがこの場に留まる理由はない。どういうわけか支部長から渡された二つの手紙に二人はいろいろと戸惑っていた。
康太は自分の魔術師装束の改良、というか新デザインを。文は自分の親からの思わぬ要望に対して。
二人の悩みはその種類こそ違えど頭の中に残ってしまっていた。
「俺の方はまだしも、何でお前の親父さんは支部長に手紙預けたんだろうな?エアリスさんに預けたほうが確実だったんじゃないのか?」
「確かにそれはあるけど・・・師匠に預けると出所がすぐにわかっちゃうからそれを嫌がったんじゃない?あの人魔術師としては赤の他人みたいに振る舞いたがるし」
「前にも言ってたよなそんなこと。何で娘相手に他人装ってんだか」
「そこはあれでしょ、互いに弱みにならないためと変な情けをかけないためでしょ?贔屓すると為にならないだろうし」
そもそも文をエアリスの所に預けているのも身内びいきのせいで文が甘く弱く育たないようにさせるためだ。
自分自身で育てるよりも第三者に預ける形で育成したほうがずっといい結果になると判断しての事だろう。
普段の高校生としての教育は親が。魔術師としての教育は他の信頼できる魔術師が。その教育法が文の両親のそれなのだろう。
「じゃあ今度とりあえずお前の家に遊びに行くわ。菓子折りでも持ってった方がいいか?」
「何で本当に私の家に来る流れになってんのよ。どっかで待ち合わせでもいいんじゃないの?」
「それでもいいけどさ・・・夏休み中だろ?どこもかしこも人だらけだぞ?魔術師として会うのはちょっとあれじゃね?」
夜行動するにしても昼会うにしても、夏休みというのは良くも悪くも人が多くなってしまう時間帯だ。
学生が休みに入るという事もあってどうしても夜更かしする学生で町は溢れている。そんな中いちいち魔術で結界を張って会うというのは面倒な気がしたのだ。
それなら文の家に直接出向いていったほうが話は早いのだ。
「それにさ、今回は親父さんだけが俺に会いたいみたいな事言ってたけど今後お前のお袋さんが会いたいとか言い出すことになるかもしんないじゃん?それなら一度に済ませておいた方がいいだろ?」
「それは・・・まぁそうかもしれないけど・・・」
文の両親に康太を引き合わせる。文自身はそこまで反対する理由はないのだ。だがなんとなく、本当に特に理由もなく忌避したほうがいいような気がしてならない。
文は康太のことをある程度信頼している。だからこそ家にあげても問題ないくらいには思っている。だがここで康太を家に招くとまた面倒なことになりそうな気がしてならないのである。
「一応聞いておくけど、失礼なことはしないでしょうね?」
「お前俺をなんだと思ってんだよ。師匠はあれだけど俺は至極まともな魔術師だぞ?誰彼構わず敵を作るような人種じゃないって」
「あんたを至極まともな魔術師と定義するのはちょっと憚られるけど・・・まぁいいわ・・・とりあえず父さん母さんの予定確認してからあんたを呼ぶことにする。一応言っておくけどそれ相応の反応は覚悟しておきなさいよ?」
それ相応の反応。一体どういう事だろうかと康太は首をかしげてしまう。
康太は理解していないのだ。年端もいかぬ花も恥じらう女の子が男を家に迎えるという事がどういう意味を持つのかを。
父という存在が娘という生き物をどのように見ているか、どれだけ大事に思っているか、康太はそれを理解していないのだ。
もしかしたら殴られることになるかもしれないなと文は若干不安になりながら康太の方を見る。
仮面越しでもわかる。康太は文が言っていることを、伝えたいことをほとんど理解していない。
頭の回転が悪いわけでは決してないのになぜこうも察しが悪いのか。普段戦闘訓練の時は無駄に反応がいいくせになぜこういう時はその反応速度と察しの良さを発揮できないのか不思議になってしまう。
「でもさ、やっぱ挨拶行くなら菓子折りは必要だよな。お前の親って何が好きなんだ?」
「・・・和菓子が好きよ」
婚約の挨拶に行くわけでもあるまいしそんなものはいらないと思ったところで、自分が康太のことを恋愛対象と見ているのかという疑問を抱く。
普段の康太の行動や発言、そして容姿や性格を鑑みてそう見ても不思議はない。だが文の中にそう言った感情は今のところなかった。
頼りになる人物だとは思っている。実際康太は頼りになる。時々ひどく頼りなかったり情けなかったりするがそれ以外は普通以上に頼りになる男子だ。
だが康太を恋愛対象とするかと聞かれると文は首をかしげてしまう。
今までの同級生の中で一番近い男子だというのは間違いない。康太以外に自分とここまで密接な関係になったものは皆無だ。文自身が今まで男子を寄せ付けなかったというのも理由の一つなのだが。
「・・・とりあえずあんたは余計な事言わずに黙っててくれればそれでいいわ」
「へ?いやそれはさすがに失礼だろ。挨拶くらい普通にするぞ?」
「あんたの普通って時点で信じられないのよ。察しなさいバカ」
やはり康太を家に招くのはやめた方がいいだろうかと文は思案し始めていた。だがそんな考えをよそに康太はどうやってあいさつしたものかと口上を考え始めている。
誤字報告五件分、そして1,000,000字突破したのでお祝いで三回分投稿
まだまだ書きたい話や書かなきゃいけない話とかたくさんあるんで先は長そうですが、より読みやすく、楽しませることができるような物語を書いていけるように努力していこうと思います。
これからもお楽しみいただければ幸いです




