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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
八話「深淵を覗くものの代償」

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夏の予定

三鳥高校の終業式。一学期の終わりを告げるためのその行事は生徒たちにとって待ち遠しいものだった。


これから始まる夏休みに思いをはせるものもいれば、これから何をしようかと悩むものもいる。学生であるが故の贅沢な悩みと言えるだろう。


そしてその中の一人に康太と文の姿もあった。


体育館に集まった全校生徒、そしてステージに立ち話をする校長や教師陣。それらの話もほとんどのものが右から左へと受け流しているのが現状だ。


すでに彼らの頭の中では夏休みは始まっているのだ。教師の言葉などいかほどの意味と内容があろうと彼らにとってはさして重要ではない。


ほとんどのものが教師の言葉よりもこれから何をするか、そして放課後からどのように過ごすかを考えていることだろう。康太も例に漏れずその一人だ。


と言っても放課後は部活もあるし、その後の話になるが、一応陸上部の数人で遊びに行くという計画は立てている。


カラオケやプール、後は東京などに遊びに行く話もあった。そのどれもをクリアできるかは微妙なところだがそれなりに楽しみではある。


もちろん大会が優先されるためにそれが終わってからになるだろうが。


「おい八篠、ちょっといいか?」


終業式が終わり自分たちの教室に戻ろうとしたとき、康太は誰かに呼び止められた。その声から康太はそれが倉敷であるということに気付く。


倉敷和久。三鳥高校に所属する精霊術師だ。かつて康太に倒され、今はエアリスのところで下働きに近い関係をおきながら術式を学んでいる。


「なんだお前か。なんか用か?」


「あぁ、ちょっと頼みがあってな。今日あの人の所に行くか?」


あの人


それがエアリスのことを指していることはすぐに察することができた。わざわざ人の名前を言わずにぼかしていることからそれが周囲に聞かれるとまずい魔術関係の話であると勘付くのに時間はかからない。


「いや?俺は行く予定ないぞ。何でだ?」


「いや、夏休みの予定を報告しておきたくてな。俺からあの人の連絡付ける手段はないに等しいし」


「あぁそうか・・・お前今でもあの場所教えてもらってないんだもんな」


倉敷はエアリスの下に向かう際、エアリス本人か文の案内によって連れられている。エアリスの本拠地の場所を知らせないための措置を今なお続けているのだ。


信用あるものにしか本拠地の場所は教えない。康太が早々にエアリスの本拠地の場所を知ることができたのは偏に康太が小百合の弟子だからだろう。


「それなら文に渡せばいいじゃんか。あいつならすぐに連絡つくだろうし」


「いやそうなんだけどさ・・・なんて言うか話をしにくくてな・・・なんか無駄に目立ちそうで・・・」


「あー・・・なるほどそう言う事か・・・」


文はひいき目に見なくても十分以上に美人だ。そんな人物に軽々しく話しかけることも、また何か用事があるとしても周囲の目を引いてしまう。


康太と文は親戚関係という嘘を衆目の常識にしているためにそこまで怪しまれないが、まったく関係のない倉敷が唐突に、しかも夏休み前に文に話しかければそれなりに目立ってしまうだろう。


魔術師や精霊術師は可能な限り目立たないようにしなければならない。関係性がばれるようなことも可能な限り御法度だ。


「わかった、じゃあ俺から話を通しておくよ。予定表とか作ってあるのか?」


「あぁ、後で渡す。悪いな、なんか伝言頼むだけみたいで」


「いいって別に・・・あの人の所ではどんな感じなんだ?あそこの掃除とかだいぶ大変だろ」


「掃除くらいでいろいろ教えてもらってるんだからむしろありがたいくらいだ。お前達には感謝してるって」


生徒たちがざわつきながら教室に戻るまでの間に、康太たちはそんなやり取りをしていた。


人を隠すなら森の中。会話を隠したいのであれば会話そのものの中に隠すほうが容易にできる。


いちいち人避けの魔術を発動しなくてもそのくらいは康太だって気を付ける。自分と倉敷は今まで基本的に関わりがなかった。その関係から二人だけで話しているとそれなりに人の意識に残るだろう。


こういう小さなことから気を付けなければ魔術師としては半人前だ。もっとも康太は気を付けても半人前以下だが。


「お前はあの人に直接稽古をつけてもらってるんだろ?」


「稽古っていうか・・・まぁそうだな。面倒見てもらってるよ」


「お前の師匠もそうだけど、うらやましいよ。そう言う人がいるってのは本当に恵まれてる」


「お前は確か指導者がいないんだっけか?ほぼ独学?」


「あぁ、始まりの部分をちょっと教えられただけでな。今どこで何をしてるかもわかんないよ・・・」


術師にとって師匠からの教えというのは大きな意味を持つ。それは日々の修業であり日常的な教えであり時に厳しい試練である。


それらを与えられてこなかったものは非常に脆弱だ。時として必要になる知識や体験が欠落してしまっている。


精霊術師である彼はすでに属性というアドバンテージを失っている。しかも師匠のいない環境というのは非常に過酷だっただろう。


その中で彼がいかに苦労し、今のような努力に至ったのか、康太はそのほとんどを知る由もない。










「なるほど、これがその予定表ってわけね」


「あぁ、エアリスさんに渡してくれってさ」


康太は放課後、部活の合間を見て文に倉敷から預かった予定表を渡していた。


それはエアリスの下に向かえる日を記入したもので、それ以上の余計な情報は一切ない簡素なものだった。


こうして紙に情報を残すこと自体があまり良いことではないためにある程度仕方のないことではあるが、これではただの数字の書かれただけの内容だ。これで相手に内容を察しろというのは情報なしでは難しいだろう。


「あいつも苦労してるみたいだな。本人はありがたいって言ってたけど」


いつも通り購買部から少し離れたベンチの一角。文が人避けの魔術を発動した状態で行われる公然とした密談。


いつも通りの流れでもはや先輩の魔術師でさえ康太たちの動向を気にかけることは無くなりつつあった。


「まぁそうでしょうね・・・あぁいう人たちからすれば今の環境はかなり恵まれている方だもの・・・それであんたは?これからも師匠の所に来るんでしょ?」


「そのつもりだけど・・・なんか不都合あるか?」


「特にないけど・・・まぁあんたの所の師匠の面倒がいつやってくるのかってのが一番の問題よね・・・せめて時期がわかればいいんだけど・・・」


「そんなもんがわかれば苦労はねえよ・・・まぁ何も起こらないのが一番だ」


「まぁそれも無理でしょうけどね」


康太も文も、この夏になにも問題が起きないということはあり得ないとにらんでいるようだった。実際に問題が発生してからでなければ動けないというのもあるのだが、その時間と場所がいつどこになるのかもわかっていないというのはなかなかに苦痛である。


ある程度予定を立てている側としてはある程度予測できればいいのだが、生憎とそんなに簡単な話ではないのだ。


「でも別にお前が巻き込まれることはないんだぞ?いろいろ理由を付けておけば大丈夫だろ」


「私を巻き込むのは勘弁してほしいんだけどね・・・うちの師匠から康太について行けって言われてるからどうしようもないのよ。私もあんたと一緒に巻き込まれる以外に選択肢がないの」


「あの人も結構スパルタだよなぁ・・・お前にだけか?」


「逆よ、師匠自身がスパルタにできないからあんたと一緒に行動させるの。あんたの所の師匠ならまず間違いなく厳しい指導を受けさせるだろうって感じで」


厳しい指導などというのは容易いが、小百合のそれは厳しいというよりは危険という方が正しい方法での訓練が多い。


それが実戦ともなれば訓練とは一線を画すほどの危険性になる。以前康太はその実戦で死にかけた。魔術師に負け、いつ殺されてもおかしくなかった。


あの時は真理が到着するまでの時間稼ぎだったからこそ命をつないでいるが状況がまた一つ異なればどうなっていたかは分からない。


「でもわざわざ実戦を経験しなくても師匠との訓練で十分じゃないか?あの人ほぼ毎回実戦みたいなことしてるわけだし」


「そうでもないわよ。あんたは私に比べれば結構実戦を経験してきてるから分からないかもだけど、やっぱり訓練と実戦は違うわ。一歩間違えれば死ぬっていう緊張感の中でどれだけ自分を保てるか。経験しているか否かで大きく変わるわ」


少なくとも私はまだないのよといいながら文は小さくため息を吐く。


文が経験した実戦は康太とのそれを合わせても三つ。学校行事で長野に行った時と小百合の商談で静岡に行ったときのそれだ。


康太の時は実際に自分が対峙したが、そのほかの二つでは文は後方支援に徹していた。その為実際に戦っているわけでもなければ命の危険も感じていないのである。


最近の倉敷との戦闘では関わることもできなかった。周囲の目をくらませる程度で戦ってすらいない。


命のやり取りを経験していないというのは、彼女にとって、そして彼女の師匠であるエアリスにとっても頭を悩ませる原因なのだろう。


「俺もそこまで経験豊富ってわけじゃないんだけどな・・・まだまだ未熟だし」


「未熟であることと未経験であることはイコールじゃないわ。少なくともあんたは実戦を何度も経験してる。それは強みになるわよ。特に同世代の魔術師に対しては」


「そう言うもんかな?」


「そう言うもんよ。だから師匠はあんたとの同盟関係を続けることを望んでる。あんたを敵に回したくないってのもそうだけど、あんたと一緒にいれば実戦を経験できる。そう考えてるんでしょ」


まぁこれは私自身思ってることだけどねと言いながら文はため息を吐く。


小百合の弟子である康太と行動を共にすれば否が応でも面倒事に巻き込まれる。それはつまり実戦を経験できるという事でもある。


一回の実戦は百回の訓練にも勝る。恐らくエアリスはそういう方針なのだろう。

自分が敵を作らない方針で進めてきたために、面倒がやってきたとしても大人しい内容の問題しか回ってこない。


それではだめなのだ。複数人の実力者を有し、安全が比較的確保されているうちに実戦を経験しておけば後々大きな財産となる。


それを理解しているからこそエアリスは文にそのように指示したのだ。そして文自身その指示の意味と正当性を理解している。


だが理解しているからと言って素直に納得できるわけではない。だからこそ面倒には巻き込まれたくないと思うし、可能なら関わりたくないと思ってしまうのだ。


誤字報告五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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