店の行方
「そうか、ようやく終わったか」
「はい、ようやく肩の荷が下りました。あとは返却を待つだけですね」
康太はテストが終わったその日、小百合に報告に来ていた。
ようやくテストが終わったということもあり、これから本格的に魔術師としての修業に打ち込めるという事を報告に来たのだが、当の小百合も何やら書類のようなものを書いているようだった。
ちゃぶ台に書類を出して何やら書き物をしている姿は勉強しているように見えなくもない。今まであまり見ない少し珍しい光景だった。
「そう言えば姉さんは?」
「あいつのテストは八月の頭までだ。大学生と高校生ではテストのスケジュールは異なるからな、そのあたりは仕方がないだろう」
「あー・・・やっぱ大学だといろいろ違うんですね・・・ていうかどんなテストしてるんだろ?」
「あいつは一応理系の人間だからな、ほとんどが専門科目だろう。とりあえず御苦労だった。魔術の修業をするなら少し待て、これを終わらせてから取り掛かろう」
これと言われて康太はちゃぶ台の反対側から小百合が格闘している書類に目を落す。そこには何やらよくわからない単語やら内容が書き記されていた。
きちんと読めば理解もできるかもしれないが反対側から流し読みしただけではその内容ははっきりとは分からなかった。
「なんですかこれ?魔術的ななんかですか?」
「いや、これは私の個人的な書類だ。一応私は自営業という部類になっているからな・・・いろいろと書類の類をすべて自分でやらなければいけないから面倒なんだ・・・」
自営業というのはこの胡散臭い店の事だ。どんな事情があろうとどんな裏があろうと、一応店として成り立っておりなおかつそこで儲けを得ているという時点でいろいろと申請が必要になってくる。
現代社会の面倒な決まり事と言えるだろうが、それらは魔術師である彼女でも例外ではないらしい。
康太は今までこうしたものを見たことがなかったために全く知識がなかった。
なにせ今までやったことがあるアルバイトなど年末年始の年賀状配りなどの公募している程度のものなのだ。今まで働くという行動をあまりしてこなかった康太にとってこういった申請は新鮮だった。
「こういうのって儲かってたら出すんですか?そもそもここ儲けってあるんですか?」
「バカにするな。表の店はそこまでないが裏の店ではそこそこある。少なくとも経営費、生活費に加え嗜好品を買うだけの余裕はあるな」
「へぇ・・・ちょっと意外です・・・店に来る魔術師なんてホントにたまにしか来ないじゃないですか」
康太がこの店に通うようになってから魔術師がこの店を店として訪れたことは数えられる程度しかない。さすがに両手で数える程度にはなっているがそれでも記憶できる程度でしかないのだ。
その程度の稼ぎしかないにもかかわらず儲かっているとは考えにくかった。
「直接この店に来るものは少ないだろうな。実際は依頼を電話や書類で出して協会で受け取りをする。大抵は真理に任せているがな」
「あぁなるほど、まぁ確かにその方が楽っちゃ楽か・・・」
この場所にあり続けるしかないこの店と違って協会の日本支部はありとあらゆる場所と繋がっている。電話で必要なものを交渉したり予め値段などを調べておいて書類で依頼してからそれを協会で受け取ったほうが早く入手できるというものだ。
「それにこういうものを扱っている店はなかなかないからな。道具や薬に依存している魔術師にとってこの店の入手ルートは生命線のようなものだ。だからこそこの辺りは中立地帯になっているわけだが・・・」
「・・・あぁ・・・だから敵の多い師匠の拠点にしては襲撃されないわけですね」
「一応褒め言葉と受け取っておこう。まぁその基盤を作ったのは私の師匠だ。私はただそれを継いだだけであって何もすごくはないがな」
小百合の師匠、つまりは智代がこの店を作り、魔術師専門の店を経営しその基盤を作り上げた。
それが一体何年前からの話なのかは分からないが少なくともその形が成されるまで十年では足りないだろう。
小百合はそれを継ぎ、今もなおその形を保っている。小百合が店主をしてもこの形が保たれるほどに、そして彼女のような傍若無人な人間が居座ることがまかり通るほどにこの店は重要な意味を持っているのだ。
「将来的にはお前か真理にこの店を任せようと思っている。そのあたりの事は考えておけよ?」
「え?俺らなんですか?」
「当たり前だろう。もしかしたらもう一人くらい弟子をとるかもしれないからそいつに任せるかもしれんが・・・とにかく私の直系の弟子に預けるつもりだ。それが師匠からこの店を継ぐ時の唯一の条件だったからな」
「・・・次の世代に渡すってことですか?」
「そうだ、この店はなくしてはならない。それが師匠の考えらしい。まぁその理由はわからなくもないんだがな・・・面倒だがこれも役得だと思え」
中立地帯であり、ほぼ確実に襲撃されない拠点を手に入れることができる。先日であった拠点の場所にさえ困っていた彼らに比べればどれ程恵まれていることだろうか。場所の問題もあるだろうがそれだけを考えればこの店を貰えるというのは非常にありがたいものかもしれない。
目の前で書類と格闘している小百合さえ見なければ首を喜んで縦に振っただろうが、さすがにここまで苦労している姿を見ると若干渋ってしまうのは仕方がないことだろう。




