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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
七話「破壊の源を与えたものたち」

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本音と建前

魔術師としての活動をしたその日の夜は疲れもありその場で休むこととなり、康太たちは三連休最後の一日を奏の会社の社長室で迎えていた。


ベッドではなくソファで寝ていたという事もありお世辞にも良い目覚めというわけではなかったが、高層ビルの一角で目覚めるという貴重な体験に寝起きながら康太は興奮していた。


自分が今どういう場所に立っているかというのもそうだが、こういう場所を当たり前のように生活環境にできてしまう奏に驚いているというのもある。


明るい間にまともに景色を見るとまた違った印象を受ける。朝靄に包まれた東京の街、普段見ることはないだろう光景に康太は瞼をこすりながら欠伸をしていた。


「起きたか・・・随分と早起きだな」


「あ・・・おはようございます・・・ってもしかして徹夜だったんですか・・・?」


「あぁ、いろいろと立て込んでいてな。今コーヒーでも入れてやろう」


奏は康太が起きてきたのを見ていたのだろう、パソコンから目を離さずに作業していたのだが康太が自分の存在に気付くと立ち上がり近くにあるコーヒーメーカーを使ってコーヒーを作り始める。


部屋内にコーヒー独特の芳ばしい香りが広がる中、康太は近くにあるソファに腰かけていた。


「すいません・・・徹夜明けなのに・・・」


「気にするな。私としても話していた方が目が覚める・・・とはいえ毎度こういう風に目覚めさせるのも気が引けるな・・・次からもう少しお前の私物も持ってこい」


康太は寝ぼけた頭で思考するがどうも頭がついてこない。一体奏は何のことを言っているのだろうかと首をかしげてしまう。


次からという事はまた自分はここに来る用事でもあるのだろうかと思考する。


「あの・・・次からってどういうことです?」


「ん?なんだ聞いていなかったか?ここにお前が週一で来るという話だ。いろいろと私も鍛えてやろうと思ってな」


「・・・え?」


康太がその話を知らないのも無理はないだろう。なにせその話をしたのは康太が気絶している時の話だったのだ。


康太が目を覚ましてすぐに魔術師グループへの対処の話になったため、結局康太はその話を一切聞かされずに今まで過ごしていたのである。


「え・・・いやあの・・・俺の住んでるところからここまでとなると・・・結構時間も金もかかるんですけど・・・」


「それなら心配いらん、協会に門を使わせてもいいように申請を出しておく。最低限の交通費くらいは渡してやる。豪華な夕食付だが、嫌か?」


嫌かと聞かれれば正直に言えば嫌だ。奏に鍛えられるというのはいい経験になるだろうし嬉しくもあるのだが正直言ってかなりつらい。ぶっちゃけ奏に鍛えられるというのは康太の許容範囲を大きく上回っているように思うのだ。


もちろん豪華な食事つきというのはかなり魅力的だ。だがそれ以上に苦痛が待っているとわかっていて素直にうなずくような康太ではない。


だが嫌か?と聞かれて嫌ですなんてはっきり答えられるはずがない。彼女は師匠である小百合の兄弟子、そんな失礼なことを真っ向正面から言えるような度量を康太は持ち合わせていなかった。


「いやではないですけど・・・その・・・俺の師匠は奏さんではないので・・・あまり多くを教わるのは・・・」


「安心しろ、小百合の許しはもう貰っている。それに教えると言ってもあいつに教えられない魔術や技術を教えるだけだ。あいつの師匠としてのメンツをつぶすつもりはない。ほらできたぞ」


「そ・・・そうですか・・・ありがとうございます・・・」


小百合を引き合いに出してやんわりと断ろうと思っていたのだが、すでに手が回っていたという事実に康太は奏からコーヒーを受け取りながら苦笑いを浮かべてしまっていた。


なるほど、確かに奏は事前準備を重んじる人間のようだ。すでに根回しが済んでしまっているとなるともはや自分の一存ではどうすることもできないだろう。


何より小百合が許可を出したというのが康太の中では大きかった。これはあくまで康太の予想だが、恐らく小百合も奏に無理矢理押し通されたのだろうなと思っていた。


実際その考えは当たっている。小百合がいくら傍若無人とはいえ昔から世話になった奏に逆らえないというのは目に見えていた。それは幸彦や智代への対応を見ていれば十分理解できることだ。


「でも・・・いいんですか?奏さんだって普段すごく忙しいでしょうに・・・」


「なに、私としても久しぶりに誰かに何かを教えるという事をしたくなってな。何よりお前はなかなか骨がありそうだ。こちらとしてもいろいろと楽しめそうでな」


「・・・それっていたぶるとかそう言う意味じゃないですよね?」


「何を馬鹿なことを言っている。自分の指導で誰かが強くなっていく。これはなかなかに嬉しいことだぞ?まだ弟子をとったことがないお前にはわからんかもしれんがな。それといたぶるなどと嫌な言い方をするな、私にそっちの趣味はない」


いたぶる趣味はないと言いながらも奏の先日の訓練や戦闘の様子では納得できるはずもない。


どちらかというと彼女は小百合に近い魔術師だ。もしかしたら小百合より凶暴かもしれない。


だがだからだろうか、康太は奏のことをそこまで嫌いにはなれなかった。自分のことを評価してくれているというのもそうだろうが、なんとなく小百合と近い何かを感じて自分の中で親しみがわいているのだろう。何とも面倒なものだと康太は奏が入れてくれたコーヒーを飲みながら小さく息を吐いていた。


幸彦や真理が起きた段階で康太たちは一度近くのレストランに食事をとりに行った。さすがに先日のような高級レストランは康太たちが遠慮し、幸彦の案内によって近くにあったファミレスで朝食をとることになる。


奏もこのような食事は久しぶりだったのか、なかなか楽しそうに食事をしていたのが印象的だった。


そしてその帰りに、康太たちはそのまま車に乗り込み小百合の待つ智代の家に戻ることにした。


「それじゃ奏姉さんまた今度。今度は面倒事なしでね。あと師匠の所に顔見せに行ったほうがいいよ?」


「わかっている、気を付けて戻れ。それと康太、例の話忘れるな?これが私の連絡先だ。戻ったら一報入れるように」


「わかりました。奏さん、疲れてるみたいですからあまり無理はしないでくださいね?」


「・・・子供が心配するような事じゃない、真理、康太の付き添いはしっかりやれよ?」


「わかってます。奏さん、お元気で」


それぞれの挨拶もそこそこに幸彦は車をゆっくりと走らせる。


こちらを見送る奏の姿が徐々に遠くなっていき、やがて見えなくなっていく。康太たちはこうして奏のもとを去り、智代と小百合の待つ家へと戻ることになった。


「まるで嵐のような三日間でしたね・・・康太君にとってはいろいろと大変だったんじゃないですか?」


「えぇまぁ・・・でもいろいろな人に会えましたし、楽しい三日間でしたよ。まだ終わってないですけど」


この後は智代の家に戻り、小百合を回収してから自分たちの住んでいる街に戻ることになる。康太はその後奏と連絡を取り合わなければいけないだろう。


どちらにせよ大まかなイベントはすべて終わった。小百合の師匠と兄弟子たち。三人とも非常に濃い人物だったが康太にとってはなかなかいい出会いだったと言えるだろう。


「康太君は結構肝が据わってるね。奏姉さんにあってそう言う風に思えるんだから」


「いやまぁ・・・師匠のおかげで慣れてるっていったほうがいいかもです・・・ただこれからもっと慣れることになるんでしょうけど・・・」


奏の所に週に一度のペースでいかなければならないとなると、康太がこれからもっと奏と深くかかわっていくのは避けられないだろう。


個人的にも魔術師的にも奏とは正直距離をおきたくもあるが、恐らくそれは不可能だ。もはや割り切って付き合っていくしかない。


奏という一個人としては康太はそこまで嫌いではないのが救いだろうか。


「そう言えば稽古をつけてくれることになったんだっけ?大変だねぇ・・・まぁ最低限フォローはするよ。一人であの人の相手をするとなると大変そうだしね」


「そうしていただけるとありがたいです・・・でも幸彦さんだってお仕事あるでしょうし・・・そこまで無理しなくても大丈夫ですよ?」


「大丈夫だって、僕の場合ある程度都合は付けられるからね。何より康太君が一人で奏姉さんの所に行くっていうのはいろいろと不安があるし」


奏は康太のことをある程度好意的に見ている。少なくとも現段階ではなかなか骨のある男程度に思われているだろう。


だがだからこそ、奏の指導に熱が入る可能性がある。


奏はあれで教えたがりだ。指導者に向いているタイプかといわれると正直首をかしげるが、あれでも教えるということに関してはそれなり以上に実績がある。


康太の指導につい熱が入り本気を出してしまったらどうなるか。それは既に康太が経験していることでもある。


康太と奏では勝負にならない。それこそあっという間に終わってしまうだろう。気絶で済めばいいのだが、最悪死にかねない。


奏は最近実戦から遠ざかっているという事もあってある種の加減ができなくなっている感がある。それを止めるために康太の実力がある程度着くまでは同席するべきであると幸彦は判断したのだ。


「でもよかったですね、奏さんに目をかけてもらえるとは。康太君に見所があるという事ですよ?」


「そう・・・なんですかね?嬉しいやら複雑やらですよ・・・」


認められるというのは素直に嬉しいものだ。褒められるのもこそばゆくなるがそれなりに嬉しくもある。


だがその相手が奏というのは正直微妙な心持になってしまう。


それなり以上、一流と言っても過言ではないほどの実力者に評価されるのは素直に嬉しいのだが、訓練まで付けてくれるというのが微妙な心持になってしまう原因でもあった。


「奏さんの指導なんて他の魔術師からすれば羨ましい以外の何物でもありませんよ?なにせ彼女は相当の実力者です。魔術協会の中でも一目置かれている人物ですからね。私も一魔術師としてあの人は尊敬しているんですよ?」


「そうなんですか・・・それじゃあ姉さんも一緒に」


「それは遠慮させていただきます」


それでは明らかに矛盾するではないかと言いたくなるが、真理の目を見た瞬間にその理由を理解した。


その表情は明らかに奏のことを忌避しているようだった。もちろん奏のことを尊敬しているというのは嘘ではないだろうし彼女の実力が高いというのも事実だろう。


そしてこれは推測だが、真理は昔奏に指導されていたことがあるのだ。奏の指導が一体どのような意味を持つのか、彼女自身よく理解しているのだろう。


自分の待遇を喜んでいいのか、それとも悲しむべきなのか、康太は迷っていた。客観的に見ればよいことなのだろうと康太は決めつける以外にため息を抑える方法はなかった。










小百合と智代の待つ家に到着したのは昼頃になってからだった。智代は暖かく三人を迎え昼食を作って待ってくれていた。


だが小百合としてはすぐにでも帰りたいようでずっとそわそわしたままだったのが印象的である。やはり昔からの苦手意識というのはそう易々と拭えるわけではないようだった。


「真理、康太、昼食の片づけを終えたら帰るぞ。片づけをしておけ」


この反応からして小百合がさっさと自分の拠点に戻りたいというのがひしひしと伝わってくる。


何もここまで早く引き上げなくてもよいのではないかと思えてならなかった。


「え?もうですか?もう少しゆっくりしてても・・・」


「いいから行くぞ。長居しても迷惑になる」


「私は構わないのだけれど・・・相変わらず小百合はせっかちねぇ・・・」


「もう・・・すいません智代さん・・・慌ただしくて」


「いいのよ、小百合は昔からこうだもの・・・今回は顔が見れただけよしとするわ」


奏の顔が見れなかったのが残念だけどと付け足しながら智代は小さくため息をつく。その表情は少し残念そうだが、それでもとりあえず弟子の元気な姿を見れただけでとりあえずは満足らしい。


小百合たちが帰ろうとしていることを無理に止めるつもりは智代としてもないようだった。この辺りは年の功とでもいうべきなのだろうか。


「康太君、小百合はあんな感じだからちょっと大変かもしれないけど、仲良くしてあげてね」


「は・・・はい。もう慣れてますから」


仲良くというとまるで友達扱いだが、智代からすれば康太と小百合にはその程度の違いしかないのだろうか。年齢的なものというよりは年下で未熟な自分の子供のような扱いをしている節がある気がする。


康太としては嬉しくもあり気恥ずかしくもある状況だ。


「真理ちゃん、康太君の面倒をしっかり見るのよ?お姉さんとしてしっかりね?」


「はい、智代さんもお元気で。これから暑くなりますから特に、熱中症には気を付けてくださいね」


「はいはいわかってるわ。あなたたちも気を付けてね」


まるで祖母との会話のようだなと思いながら康太は自分の荷物をまとめ始めていた。


そんな中小百合は康太の方に少しずつ近づいて口を耳元に寄せていた。


「康太、奏姉さんから話は聞いているか?」


「えと・・・週に一度って話ですか?」


「そうだ・・・まぁお前としてもマイナスにはならん、あの人が満足するまで通え。胸を借りるつもりで鍛錬に励むといい」


「わかりました・・・けどいいんですか?師匠としては誰かが俺に物を教えるのはあまりいい気はしないんじゃ・・・」


曲がりなりにも小百合は康太の師匠だ。自分の弟子が他の人間に指導されているとなればあまりいい気はしないだろう。


少なくともエアリスから何か教わるというのを小百合はあまり良く思っていない。


もっとも教わっているのがエアリスだからというのもあるのかもしれない。小百合はエアリスを毛嫌いしているからこそ嫌なのかもしれないが、そのあたりは置いておこう。


「あの人は武器の扱いも魔術の技術も私より数段上だ。それに私では教えられないことも多く教えることができる。お前を一人前にするには私だけが教えるのでは足りないのはよくわかっているからな」


小百合は幸か不幸か破壊につながる魔術しか使えない。つまり康太が一人前になるためには必然的に小百合以外の人間に魔術を教わる以外にないのだ。


実際康太は最初から真理に指導され一般的な魔術である暗示を教わった。そう言う意味では今までと何も変わらないと言えるのかもしれない。


「何よりあの人の意識がお前に向いている間は私に面倒が襲い掛かることもないだろう。しっかり気を引いておいてくれ」


「・・・師匠、どっちかっていうとそっちが本音でしょ?」


「まぁな・・・あの人はいろいろと苦手なんだ」


奏自身は小百合のことを可愛がっていると言っていたがどうやら小百合からはあまり良く思われていないようだった。


あまり構いすぎると嫌われる可能性があるという事だろうか、まるで動物のような感性をしているなと思いながら康太はため息をつく。


「確かにあの人かなりあれですけど・・・そんなに悪い人ではないですよね?そこまで苦手に思わなくても・・・」


「悪い人ではないのは知っている。私のことを気にかけてくれているのも知っている。そこに悪意がないのがまた性質が悪い。だから苦手なんだ・・・」


小百合ははっきり言って悪意や敵意を向けられることに関しては慣れているだろう。そういう性格をしているし何よりそっちのほうが経験が多い。


だからこそ真っ直ぐに好意的にみられることに慣れていないようだった。善意を向けられるのになれていないというべきか、どちらにせよ奏のあの対応をどうしても苦手としてしまっているようだった。


小百合に思わぬ弱みを見つけたことで康太はにやりと笑うが、これから自分はその対象になってしまうのだ。はっきり言って笑えない。


「師匠、片付け終わりましたよ」


「そうか、じゃあさっさと帰るぞ。長居する必要はない。早く荷物をまとめろ」


「わかりました・・・もうこんなに急がなくても・・・」


「こうなったらききませんよ。早くまとめちゃいましょ」


ここには小百合の車で来ているために小百合に先に帰宅されてしまうとそれはそれで面倒なことになる。残念ではあるが康太たちには拒否権も決定権もないのだという事を実感させられてしまう。


土曜日なので二回、誤字報告五件分受けたので合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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