魔術師としての未来
康太がやったことは実にシンプルだった。この空間に入った時から気になっていた天井に固定されているコンテナのような荷物。天井に鎖で固定されたそれを見てこの方法を思いついたのである。
天井に続き、それを降ろすために鎖で繋がれているそれを伝って康太はコンテナまでたどり着き、天井に固定されている鎖を分解の魔術で外したのである。
あらかじめ長さを調節しておいた鎖は結果的にゴーレムの体に直撃することになったのである。
一つ目が直撃した時、康太は勢いに乗ろうと二つ目も直撃させるべく魔術を発動した。
だがこの時、自分がその鎖につかまっているということを忘れていたのである。
コンテナがゴーレムに直撃し、鎖がたわみながらゴーレムの体に巻き付くような挙動をする中、康太は鎖につかまっていることができずに空中に投げ出されてしまう。
投げ出された先は幸か不幸かゴーレムの真上、砕けた頭の上に投げ出され、康太は何とかゴーレムにしがみつこうと手を伸ばし岩の一つにつかまった。
死ぬかと思った。今まさに泣きそうになりながら康太はゴーレムの体によじ登ると康太の姿を確認したのかゴーレムが残った片腕で康太を捕まえようとしてくる。
これは死んだな。
康太が諦めかけた瞬間、その腕が強烈な水流によって軌道を逸らされていた。そしてその関節部分が唐突に外れ、片腕が地面に落ちていく。
「ビー!無事!?」
「だ!大丈夫!?た、たぶん生きてる!」
自分が大丈夫かといわれると康太はこう答えるしかなかった。大丈夫とはお世辞にも言えない。今すぐにでも逃げたいくらいなのだが暴れるゴーレムがそれを許してくれない。
体を振って康太を落そうとしているのだろうが、もしこの高さから落ちればそのままこの世界からおさらばしてしまいかねないのだ。康太は絶対にゴーレムから手を離すつもりはなかった。
そんな中、康太は一つの妙に丸い石を手で触れる。
ボウリング球程の大きさのそれを掴むとゴーレムはそれに触られるのが嫌だったのか思い切り体を震わせていた。
「それを外せ!」
唐突に響いた小百合の声に康太は反射的にその岩を両手で掴んでいた。
先程ジョアが言っていた核とでもいうべきものなのだろうか、これを外すことでこのゴーレムが自壊するのか、そんなことを考えるような余裕もなく康太は魔術を発動しようとしていた。
そうしている間にもゴーレムの腕が修復されていき、康太めがけて襲い掛かる。康太がいるこの場所も徐々に岩と土が盛り上がりつつある。
急がなければならない。康太は焦りながら岩を掴み、自分の筋力も使ってこの岩を外そうとしていた。
「外れろぉぉぉぉぉ!」
康太は魔術を発動する瞬間、それを見た。
車輪、それに対して手を伸ばす手。そしてそれは一つではない。
二つの手が車輪を掴み、思い切り力を加えているのがわかる。
外れろ
康太の知らない言語でそう言ったのが康太にもわかった。理解できないはずなのに、なぜかそれを理解することができた。
小百合が作り出した術式とは少し違う、だがそこには完成した一つの魔術があった。
分解
それは本来、組み上げられたものを外すための魔術。
康太は知る由もないが、この時康太は分解の魔術の始まりに限りなく近い形で発動していた。
魔術として代を重ねるごとに効率化される前の、原初の姿で。それが分解の魔術の始まりの形であると、康太は理解できていなかった。その場にいた誰もが理解できずにいた。彼の師匠である小百合でさえも。
魔術が効果を発揮すると同時にゴーレムの核ともいうべき球体は取り外されていた。
その両手に収まった球体を確認するよりも早く、康太の足元にあったゴーレムの体は地面に向けて落下していく。いや正確には崩れ落ちていく。
今まで魔術によって形を保っていた歪な人の形を保つことができずに、瓦解していく。それはまさにジョアが言った通りの結果だった。
崩れる足元に気を付けながら康太は何とか体勢を整え、倒れることがないようにバランスをとる。容易ではなかったがゴーレムのほぼ真上にいたことが功を奏したのかそこまで崩落に巻き込まれるということはなかった。
ゴーレムの崩壊が収まると、康太はゴーレムの核を持った状態でその場に立っていた。
土煙が晴れ、周囲にその姿が認識されると周囲は騒然としていた。
あの男は一体何をしたのか、それを理解するよりも早く周囲の人間をかき分けるようにして小百合が自分の元へとやってきた。
「私の弟子にしては上出来だ・・・まさかこんな方法でゴーレムを打ち崩すとは思っていなかったぞ」
「ど・・・どうも・・・その代わりにコンテナがだいぶへこみましたけど・・・」
康太が破城槌の代わりに見立てて使ったコンテナは二つとも大きく変形してしまっていた。もともと強固な部類ではあるとはいえその運動エネルギーは相当なものだったのだろう。岩を砕くと同時にその形も随分と変わってしまっていた。
中に入っている物品も恐らくかなり破損していることだろう。
周囲のざわめきが大きくなっていく中、自分たちに視線が集まっていることが嫌でもわかる。そんな中建物の奥から数人の人間がやってきていた。
「これは・・・一体どういう状況だ?」
やってきたのは先程あったこの日本支部の支部長だった。
複数の人間を連れているあたり恐らくは増援のつもりだったのだろうが、もう既に状況は終わってしまっている。だからこそやや困惑気味だった。
すでに周囲の魔術師は後片付けをするために動き始めている。特に自らのゴーレムに押しつぶされるような形で気を失っている魔術師も引きずり出さなければならないという事もあってかなり慌ただしかった。
そんな中でゴーレムの上に立っていた康太とその近くにいる小百合に目を向けて支部長は僅かにめまいを覚えていた。
あぁ、またか
そんな感想を抱きながら支部長は足早にゴーレムの残骸の近くに駆け寄ってくる。
「クラリス!また君か!この状況はどういうことだ!?」
「今回は私ではない。勝手に暴れた奴がいただけだ。もうすでに解決した」
勝手に暴れたなどと言ってるが、確実に小百合があおったのが原因である。実際はほとんど話を聞こうとしなかったからというのが正しいかもしれないが、あの反応が魔術師の怒りを買ったのは間違いないだろう。
「これは一体誰がやったんだい?君ではないのか?」
「あ・・・あの・・・すいません・・・」
康太がゴーレムの残骸から降りて支部長に頭を下げると、その行為の意味を理解したのか支部長は驚いたのか、仮面越しでもわかるほどに目を見開いていた。
「ま・・・まさか君がこれを?」
「はい・・・ごめんなさい・・・」
ゴーレムの残骸、そして天井に固定してあったコンテナの破損。これだけのことをこの少年が、先程魔術師として登録したばかりの人間が行ったという事実に支部長はかなり驚いていた。
いや、驚いていたのは支部長だけではない。その場にいなかった人間のほとんどが嘘ではないのかと疑いの目を向けている。
だがその中で支部長と人事部長だけはある意味納得してしまっていた。
「なるほど、さすがはクラリスの弟子だ!未熟ながらにその片鱗を見せているという事だな!」
「あ・・・バカ・・・!」
大声で称えるように康太の肩を掴んでそう言う中、周囲の視線が康太に集中し始めていた。
その視線には同情に加え畏怖のようなものが含まれているということに康太はすぐに気づくことができた。
先程まではただ小百合と行動を共にしていただけの魔術師のように見えたのだろうが、支部長が直接、しかも声高に康太が小百合の弟子であるということを公言してしまった。
この場にいた魔術師全員がその事実を認識しただろう。その証拠に周囲のざわめきは一気に大きくなっていた。
「あれが瓦礫の二人目の弟子か・・・」「でたらめなことしてたしな・・・」「可哀想に・・・」「酷い魔術師になるかもな・・・」「一種のスキャンダルだな・・・」
明らかに聞こえてくる様々な言葉に康太は嫌な予感がしていた。
まさか魔術師になったその日にこれほど注目されるとは思ってもいなかったのである。その注目もはっきり言ってよい意味ではない。
そんな中小百合は支部長の胸ぐらをつかんで小声で話していた。
「バカが、こいつはまだ正式に私の弟子になるかどうか迷っていたんだぞ、書類の形式上私の弟子にしたというだけだ」
「え・・・?あ・・・ひょっとしてやっちゃった・・・?」
「・・・この阿呆が・・・そんなんだからお前は間抜けと呼ばれるんだ」
明らかに怒りを燃やしている小百合に対して、支部長は本当に申し訳なさそうにしていた。一体何がどうなっているのか康太は未だに理解できていない。
そんな中、ジョアが康太の肩を軽く叩いて黙って首を横に振っていた。その瞳に涙を蓄えているのに康太は気づけた。
一体なんでそんなに悲痛な表情をしているのか、康太はわからなかった。
「・・・どうやらお前の未来はもう決定してしまったようだ・・・あのバカのせいで」
「え?あ、あの・・・それってどういう・・・」
「師匠は良くも悪くも敵が多いんです。もし師匠の弟子が私以外にいるとわかれば、しかもその弟子が未熟であるとわかれば、確実に狙われることになるでしょう・・・」
狙われるかもしれない。小百合が敵が多いのはなんとなく知っていた。先程のやり取りからも、そしてこの魔術協会内での反応からしてもよく見られていないのは間違いないだろう。
だがだからと言って何で未来が決定したなどという話になるのかが理解できなかった。
「つまり、お前が未熟なままでいればそれだけ狙われるという事だ。私の弟子であるということがわかった時点で、お前も狙われる対象に入っていることになる」
「・・・え・・・えっと・・・つまり・・・」
「・・・正式に私の弟子になり、一人前の魔術師にならなければ、お前は一生狙われ続けるということになる」
小百合の弟子であることが周知の事実となってしまった今、小百合に敵対心を燃やしている魔術師からすればその弟子は小百合の弱みとなりえる。小百合がしっかりと見ている状態では手を出せないかもしれないが小百合の関与が無くなった時点で確実に狙われるだろう。
それを回避するには小百合と同じくらいに立派な魔術師になって『こいつに手を出してはいけない』と思わせる以外に方法はない。
つまりどういうことかというと、つい先ほどまでは『魔術師になりさえすれば死ぬことは無くなり、これからも魔術を学ぶかどうかは自分で選べる』という状況から『一人前の魔術師にならないと確実に危険な目に遭う』という状況に変化したのだ。
もっとわかりやすく言えば、康太の選べる選択肢は一つしかなくなったという事である。
「・・・つまり師匠の弟子になる以外に・・・選択肢はないってことですか?」
「・・・そう言う事だ・・・運が悪かったな」
あまりの衝撃に康太はその場に膝をついて崩れ落ちてしまう。あまりの落ち込みぶりに周囲の同情の目と、ジョアの慰めの言葉が心に刺さる。
その後、支部長から康太宛てにお詫びの品がいくつか届くことになるのはまた別の話である。
「ビー、そんなに落ち込まないで・・・ほら、私もいろいろ教えてあげますから」
教会での騒動や状況を説明した後、康太たちは今度こそ小百合の店に戻るべく転移の扉の前にやってきていた。
落ち込んだままの康太を前にジョアは何とか元気づけようとしているのだが、そんなに簡単に気持ちを整理できるほど康太のメンタルは強くない。
もちろん小百合の弟子になることだって選択肢の一つであったし、それも悪くはないなと思っていたのも事実だ。
だが実際にはそれが茨の道よりも厳しいものだったと知ってしまい、康太は絶望してしまっていた。
何故自分ばかりこんな目に。
魔術師の戦いを見てしまい、殺されかけ、魔術師になればいいという条件から、一人前の魔術師にならないと一生危険がまとわりつくという条件に一変してしまった。
危険と難易度の度合いが三段階ぐらい上昇してしまっているこんな状況に康太はため息しか出てこなかった。
小百合がなぜ自分のことを弟子という時に小声で話していたのか、その理由を今さらながらに理解した。小百合の弟子であることを公言すれば、その時点で康太も小百合の敵の標的になる。それを理解していたからこそわざわざ小声で話し、なるべく知られないようにしていたのだ。
だが支部長のせいでそれは完全にぶち壊しになった。小百合のさりげない気づかいはものの見事に水泡に帰し、康太はどこの誰とも知らない魔術師にも狙われかねない状況に変化してしまったのである。
「落ち込むのは勝手だが、もうすでに起きてしまったことだ。いい加減気持ちを切り替えろ。陰鬱な空気を吐き出されるとこちらまで気が滅入る」
「・・・はい・・・わかりました・・・そうですね・・・少しでも前向きに・・・プラス思考にしないとですね。どうせ魔術を学ぶなら楽しくないと!」
康太は徐々にではあるが気を紛らわせようと必死に気分を上向き補正し始めていた。実際には空元気だが、嘘でも演技でもいいから元気良く振る舞えばいつの間にかそれが普通になるかもしれない。
こういう時は気の持ちよう、考え方次第だ。そう言い聞かせながら康太は少しでも明るい話題にしようとしていた。
「ちなみに師匠、次は俺にどんな魔術を教えてくれるんですか?」
「ん・・・そうだな・・・一応教えておくと、私は破壊に精通した魔術師だ。よってお前に教える魔術は必然的にすべてが破壊に通じるものになる」
破壊
その言葉を聞く限り物騒なイメージしかない。現に康太が修得した分解の魔術も、道具という物体に対して発動するという意味では破壊と言えなくもない。
全ての道はローマに通ずではないが、小百合の場合すべての魔術は破壊に通ず状態なのだろう。こんな人が師匠で本当に大丈夫なのかと不安になってしまっていた。
「まぁそう警戒するな。破壊と一言で言ってもいくつも種類がある。物理的な破壊だけが手段ではない。それにそれなり以上に応用がきくものばかりだ」
「・・・だといいんですけど・・・」
これから自分は恐らく、本格的に小百合から魔術を仕込まれていくだろう。先程の彼女の言葉を借りれば、小百合の持てる技術の全てを引き継ぐ形になる。
師匠と弟子、そう言う意味では正しい姿なのかもしれないが、康太の中は不安でいっぱいだった。
術師の許可を得てから扉をくぐり自分たちが通り道にした教会に戻ってくるとあぁそうそうと付け足して小百合は仮面を外しながら康太に笑みを見せた。
「どのような形であるとはいえ、お前は私の弟子になった。半端は許さんから覚悟しておけ」
半端は許さない。それはつまり一人前になるまで徹底的に指導するという事だろう。
有難いやら悲しいやら、複雑な気持ちで涙が出てきそうだった。
その場にいた三人が全員仮面を外すと、とりあえず康太は近くにいたジョアの方を見た。
小百合の第一の弟子、兄弟子でもあるジョア。その素顔を見たいと思ったのである。
それは日本人の典型的な顔というか、素朴でありながら清廉な顔立ちだった。良く言葉に上がる高嶺の花という言葉が似合いそうな容姿である。
「えと・・・姉さん・・・改めて・・・『ブライトビー』八篠康太です。よろしくお願いします」
「えぇ、改めてよろしく。『ジョア・T・アモン』佐伯真理です」
互いの魔術名と共に本名を名乗り固く握手を交わすと、康太は佐伯真理と名乗った自分の兄弟子を観察する。
その顔立ちや身長からして、恐らく高校生か大学生くらいだろうか。少なくとも自分よりずっと年上なのは間違いないだろう。
「挨拶はその辺にしておけ。これからやることが山積みだ。とっとと帰るぞ」
二人の和やかな挨拶もそこそこに、小百合はさっさと店に戻りたいのか僅かに眉間にしわを寄せてすでに教会からでようとしていた。なんというかせわしない限りである。
「・・・師匠っていつもあんな感じなんですか?」
「大体あんな感じです。なんというか不愛想というか・・・そのせいで敵が多くて・・・」
大体があんな様子ではそれは敵も多いことだろう。そんな人の弟子になってしまったことを深く後悔すると同時に、ある意味開き直れるというものである。
もうどうにでもなれというやけくそ感があるがそれでもまだ前向きな気持ちになれるだけましというものである。
もっともそれが正しい判断だったかどうかは、正直微妙なところではあるが。
「さて・・・とりあえず今後の予定に付いて話そう」
小百合の店に戻ると、康太たちはちゃぶ台を囲んで茶を飲んでいた。
まさかこんな事態になるとは小百合も思っていなかったのだろう、今日起きたことを思い出しているのか若干眉間にしわが寄っていたがそれも数秒だけですぐに普通の表情へと変わっていく。
あの支部長への小言はまた今度にしようと思う中、ジョアこと佐伯真理が心配そうに康太の方を見ていた。
「正式に私の弟子になったわけだからな。とりあえず私の持つ魔術と技術の全てをお前に教えるつもりだ。そのつもりで励め」
「は・・・はい・・・頑張ります」
非常に不本意ではあるものの、そう言う関係になってしまったからには仕方がない。
本当にあの支部長が余計な口を滑らせなければこんなことにはならなかったかもしれないのにと憤りさえ感じるが、それらも全て後の祭りである。
「幸か不幸かお前の得意としていると思われる魔術は無属性。私と同じだ。私が覚えている魔術をお前に教えれば恐らく間違いはないだろう。」
「師匠が覚えてる魔術って・・・全部破壊系統なんですよね?」
「・・・結果破壊につながるというだけだ。別に破壊を求めて破壊しているわけではない」
壊すことが好きだから普通に破壊を求めているのかと思ってしまうのだが、どうやらそう言う事でもないらしい。
小百合という人物がどのような人なのか正直まだ完全に把握しきれてはいないために若干不安要素が残ってしまっている。
なんというかこの人について言って本当に大丈夫だろうかとも思えてしまうのである。
「師匠・・・とりあえず危なすぎる魔術を教えるのはダメですよ?」
「わかっている・・・私をなんだと思っているんだ。ちゃんと少しずつ難易度をあげていくつもりだぞ」
とりあえず唯一の救いは自分の兄弟子であるジョアこと佐伯真理だろう。一応自分が弟弟子という事もあって非常に気にかけてくれている。
さらに言えば今のところ常識人っぽい言動が目立つ。恐らく小百合に今までかなりいろいろな面倒を押し付けられて来ていたのだろう。随分な苦労人の様でもある。
二人の会話に嫌な予感が止まらない康太ではあったが、とりあえずちゃんと考えて段階分けをして教えてくれるという事らしい。そう言う意味ではありがたくもある。
だが逆に言えば少しずつ難易度は上がっていくのだ。しかも真理のいう事が正しいのであれば危なすぎる魔術もあるという事だ。
自分は一体いつまで無事でいられるのか不安で仕方がない。
「とりあえず、お前は今一つの魔術を修得している。その精度ははっきり言って低いがまぁお前との相性もあるだろうからな。とりあえずこれからお前が高校に入学するまでの間にもう一つ魔術を教え込む」
「はい・・・で、どんな魔術なんですか?」
「今覚えているのは分解、一工程で済む単純なものだ。次の魔術は二工程からなるものだ。それなりに汎用性があるものだから扱いやすいだろう」
一体どのようなものを教え込まれるのか。
恐らく小百合の事だ、破壊に通じるものなのだろう。
二工程という事は今まで使っていた分解に比べるとその難易度は跳ね上がることが予想できる。
高校入学まで一ヶ月もない。その時間でいったいどれだけ練度を高めることができるのか、正直不安ではあった。
だがこの状況で不安になっていても仕方がない。結局のところやるしかないのだ。
「とりあえず今日はこれで解散だ。明日から本格的に魔術の訓練を始める。そのつもりで居ろ」
「わかりました・・・今回は何か宿題は無いんですか?」
前回プラモを買わされたように、今回も何かあると思っていたのだが、小百合はそうだなと考えるように口元に手を当てた後小さく息をついてた。
「とりあえず・・・体を鍛えておけ。特に正拳突きが強くなるような鍛え方だな」
「・・・正拳突き・・・ですか・・・」
魔術の訓練なのになぜ体を鍛えるのだろうかと康太は首をかしげてしまっていた。
前にプラモを買わされた時も疑問だったが、それが一体どう魔術と関係してくるのかが全く分からなかった。
「とにかく今日はもう休め。いろいろあって頭も混乱しているだろうからな。真理、送って行ってやれ」
「わかりました・・・じゃあ康太君行きますよ」
「あ・・・はい・・・失礼します」
それぞれ名前で呼んでいるのは新鮮だったが、とりあえず康太は真理に続いて店を出ていた。
そして少し歩いた後で真理は自分の携帯を見せて来た。
「これ、私の連絡先です。何かあったら連絡してください。力になりますよ」
「あ、ありがとうございます。頼りにさせてもらいます」
まさに唯一の救いと言ってもいい真理の存在に康太は心底安心していた。
小百合の傍若無人っぷりに耐えている人物だ、きっと自分の悩みも理解してくれるだろう。
これから始まる魔術の訓練、そして新しく知り合った兄弟子、さらに自分の未来にいろいろと不安を抱えている康太ではあるが、今はこれでいいと思っていた。
ブライトビー
自分の術師名を得た彼は、この日から魔術師として生きていくことになる。
これから先彼がどのような魔術師になっていくのか、それはまだ誰にもわからなかった。
誤字報告五件分、評価者人数35人突破、ブックマーク数300人突破で四回分投稿
ちょうどよく2話終了、今回はぽんぽんと先に進んでいい感じです。分割しすぎてるだけな気がするけど
これからもお楽しみいただければ幸いです