戦いの準備
「まぁお前の言ったことは大体合っている。今回は幸彦とペアで行動して暴れてもらう。お前のお守りという意味も含めてな」
「まぁ一応さーちゃんから大事なお弟子さんを預かってるって体だからね。最低限守ることくらいはするさ」
「・・・俺はいいんですけど・・・姉さんはいいんですか?」
「真理は自衛行動くらいはできる。その必要はない」
真理が行うのはあくまで周囲の警戒と一般人への対応だ。魔術師戦に直接かかわるという事ではないために護衛は必要ないのだろう。
康太の場合は幸彦と共に敵の本陣ともいうべき場所に直接突入するのだ。その分危険も伴うため未熟者である康太には最低限目を配らなければいけないという事だろう。
その考えは正しいものだ。ほぼ一人前の真理とほぼ素人の康太、どちらがより危険であるかなど考えなくても分かる。
「私は大丈夫ですよ、それよりも康太君はしっかりと敵の攪乱をお願いしますね?」
「了解です。建物内は大抵壊していいものばっかですよね?」
「・・・まぁ問題はないが・・・なるほど・・・未熟とはいえ小百合の弟子という事か・・・」
まず聞くことが壊していいか否かというあたり、小百合の弟子であるという事を再認識しながら奏は額に手を当てていた。
本来はもっと気にするべきことがあると思うのだが、康太の判断基準は壊していいか否かくらいのものしかない。
殺してはいけないのは当たり前、ならばどうすればいいかという判断に迫られたとき康太は壊していいか否かを考える。
壊したいものを壊す。それが康太が小百合から学んだことだ。
正直なところ不安になってしまう判断基準だが、小百合の弟子らしいという意味ではらしい考え方だ。
奏もその考えを否定するつもりはないらしく、複雑そうな表情をしながらも追及するつもりはなさそうだった。
「道具で必要なものがあれば言え、ある程度なら準備できる。特に真理、警戒で必要なものは遠慮しなくていいから申告するように」
「大丈夫ですよ?必要な道具一式全部持ってきてますから」
「そうか?なんとも準備の良いことだ」
師匠である小百合に持っていけと言われたとは言えないなと康太と真理は苦笑いを浮かべながら視線を逸らしていた。
恐らく小百合はこの展開を読んでいたのだろう。いや、奏ならきっと何かしら面倒を持ちこんでいると考えたのだ。
どちらにせよ小百合の考えは見事的中している。あらかじめ準備しておいて正解だったという事でもある。
「康太と幸彦もだ、必要なものがあれば何でも構わんぞ?大抵のものはあるからな」
「・・・って言っても俺はほとんど魔術的な道具は使えませんよ?自分の装備で手一杯なもんで」
「僕もほとんどいらないかな。大抵自分の魔術で何とかしちゃうし」
康太と幸彦は幸か不幸か魔術的な道具を使うタイプの魔術師ではない。康太の場合は未熟すぎてそう言った道具を使えないというだけなのだが、自分で使うだけの装備はすでに用意してある。
「なんというか親切のしがいがない連中だな・・・せっかく私が気を利かせてやっているというのに」
「ははは、じゃあ奏姉さんには即行で終わらせてもらえるようお願いしようかな。こっちもある程度安全に事を進めたいしね」
「それは構わんが・・・せっかくの康太の実戦だ、ある程度敵をそっちに追い詰めたほうがいいんじゃないのか?」
「いえ、俺としては楽に勝てることに越したことはないんですが・・・」
康太は別に戦闘狂というわけではない。戦いが好きなわけでもなければ困難を好むわけでもない。
なし崩しにこんな立場になっただけであって可能なら楽をしたいと思っているのである。わざわざ自分の所に敵を向かわせることに特別な意味を感じることができなかった。
「そうは言うがな康太、実際に戦いを経験できるというのは貴重だぞ?しかも実戦ともなればなおさらだ。相手も自分も真剣に事に当たるというのはなかなかあることではない。訓練とはまた違った意味がある」
「それはわかりますけど・・・でも危ない目に遭いたくないですよ。可能なら穏便に済ませたいくらいなんですから」
「小百合の弟子にしては随分と大人しいことを言う・・・あいつなんて戦闘となるといつも笑っていたというのに・・・」
「懐かしいなぁ。何が楽しいのかわからないけど笑ってたよね、今でもそうなのかな?」
「・・・はい・・・まぁそうですけど」
小百合の凶悪性と同時に、そんな人物を師匠としていて大丈夫なのだろうかという不安が強く康太と真理の中にのしかかるが、それももはや今さらというものである。
戦いを楽しいと思ったことはない。だが康太は自覚しているだろうか。今まで戦っている中で康太はいつの間にか笑みを浮かべていたのだ。
それも一度や二度ではない。戦いが楽しくて浮かべたわけではないだろう。だがその笑みに含まれるものが小百合のそれと同種のものでないという証明はできない。
そのことに気付いているものは今のところ誰もいない。戦いのときに仮面を付けなければいけないという事がその発見を遅らせているのだ。
そのことに気付くのは一体いつのことになるのか、その場の誰も知ることすらできずにいる。




