不慣れな場所
「・・・おぉう・・・こんな所に私服で来てよかったのかな・・・?」
「なんだそのくらい、私がいるんだから気にするな」
「すごいですね・・・こんな所初めてきました・・・」
日も落ちかけた時間帯。街にある光が太陽から電気のものに変わる頃、康太たちは奏の案内でとある中華レストランにやってきていた。
レストランと言っても全国チェーンでやっている安いファミレスの類ではない。それこそはいるのに一見様はお断りといわれても不思議ではないレベルの店だという事は康太にも容易に想像できた。
なにせこのレストランがある場所が高層ビルのかなり上の階だったのだ。やってきている人々もスーツ姿の人物やいかにも品のありそうな者ばかり。こんな所にスーツ姿の女性一人、そして私服男性二名女性一名という一見すると訳の分からない取り合わせでいることに康太は若干の不安を覚えていた。
「好きなものを注文していいぞ。ただし酒は厳禁だ。この後仕事が残っているんだからな」
「わかってるって・・・こういうところに来るのは久しぶりだからなぁ・・・なに頼もうかな」
幸彦はこういう場所に来ることはそこまで珍しいことでもないのか堂々としている。もしかしたら修業時代などもこういう場に招かれていたのだろうか。もしくは自分から自発的に訪れていたのかもしれない。
どちらにしろ貫禄の姿である。
「どうしよう姉さん・・・こういう時何を頼めばいいのかな?そもそもメニュー見てもさっぱりわからないんだけど?」
「こちらも同じです・・・麻婆豆腐とか餃子が食べられればいいな程度で中華とか言っちゃってごめんなさい・・・見たことない名前ばっかりです・・・!」
本格的な中華料理というのは日本のそれとは違う。表示が中国語というのもあるが最低限日本語訳は記されていても名前から料理のイメージが全くわかないのだ。
「どうした?遠慮することはないぞ?好きなものを頼めばいい」
「あー・・・えっと・・・そうですね・・・何頼もうかな・・・」
「ちょ、ちょっと待っててくださいね、どれもおいしそうだったので・・・」
康太と真理はメニューに載っている情報から少なくとも自分が食べられそうな料理を選別しようとしていた。
中国語に加え多少の意訳が含まれているがそれでも料理をイメージするには程遠い。ファミレスのように料理の横に写真でもついていればいいものの、このメニューにはそう言ったものは全く記載されていなかった。
なんと不親切なのだろうかとメニュー表と格闘しているとそれを見ていた幸彦が二人の状況を理解したのか奏の方に顔を寄せる。
「ひょっとしてだけどさ、二人ともメニューにあるのがどんな料理なのかわからないんじゃないかな?一般的な家庭料理の中華とは結構違ってるし」
「・・・なるほど・・・こういうところに来たことがないのでは仕方がない・・・お前達、私が適当に注文しておくから食べたいものを言え」
「え・・・あ・・・えっと・・・とりあえずがっつり肉を、あとチャーハン」
「私はちょっとピリ辛のものを・・・あと麺で何かいただければ」
「わかった・・・そう言ったものを用意させよう。ただ味の好みに関しては文句を言うなよ?そればかりはわからん」
メニューを一通り眺めた後、奏は給仕を呼びそれぞれの意向に沿いそうな料理を注文していく。
さすが女社長というだけあって手慣れている。なんというか仕事のできる女性という感じがした。こういうところは小百合とは違うのだなと感心するばかりである。
「それにしても小百合はお前達をこういうところに連れてくることはないのか?修業の後や合間に食事をすることくらいあるだろうに」
「まぁ・・・あるにはありますけど・・・」
「大抵ファミレスとかですよ?そもそも私達もそこまで師匠に求めてませんし」
修業の中で空腹になった時に出前を取ったり、適当な店に食べに行くことは往々にしてあることだ。康太も真理もそれ自体は珍しいことではない。
だがここまでの高級レストランに連れていかれるというのは経験がない。というより小百合自身そう言ったところに行くことがあるのかすら不明瞭だ。
奏はこういうところが非常に似合っているし、幸彦も服装を変えればきっとこの風景に溶け込むことができるのだろう。だがどうしても小百合だけはこういう空気になれているとは思えなかったのである。
ちゃぶ台に作った料理を並べて適当に食事をしている姿を見慣れてしまっているためにどうしてもそう言うイメージしか持てなかった。
「あいつ・・・私より貯金多いくせに無駄に節制して・・・たまには弟子に良い思いをさせてやろうという気概はないのか・・・?」
「まぁまぁ・・・さーちゃんにはさーちゃんなりの考えがあるんじゃないかな?何よりこの二人もかなり緊張しちゃってて食事どころじゃないだろうし・・・」
「・・・まぁ正直こういう場に連れてこられるとこの後俺死ぬんじゃないかなとかは思いますけど・・・」
「こういう場にもなれなければいけないんでしょうか?」
「慣れろとは言わんが・・・まぁ味わっておいて損はない。口を肥えさせるというのはそれだけ物の分別ができるようになるという事だ」
あらゆるものを経験しておけばその分だけ物事を判断する際の材料になる。それは理解できる。理解できるが今必要なのだろうかと聞かれると首をかしげてしまうのだ。




