魔術への扉
「あの・・・一つだけの属性と複数の属性を持つのってどっちがいいんですか?」
「どちらにもメリットはある。一つだけの属性ならそれを極めることができるが、複数の場合はどっちつかずになる可能性がある。もちろんデメリットとしての意味合いもあるがな」
一つの属性に特化した魔術師になればその属性に関しては右に出るものはいなくなるが、当然一つの属性しか使えないという事もあり汎用性は低くなる可能性がある。
複数の属性を扱える場合あらゆる場面に対応できる万能タイプの魔術師になるかもしれないが同時に一つの属性の魔術を徹底的に学ぶという事は少なくなり器用貧乏になりがちになる。
そう言う意味ではジョアの術師名はなかなか的を射ているのかもしれない。
康太たちがそのまま最初にやってきたエントランスのような場所に戻ってくると、再び小百合たちに視線が集中し始めた。
やはり小百合は視線を集めるというか、妙に注目される存在のようだった。
そしてその視線はジョアと自分にも向けられているような気がする。一体なぜと言われても小百合と一緒にいるからとしか言いようがないだろう。
「私はこのまま戻るが・・・ジョア、お前はどうする?」
「私も一緒に帰ります。この子も・・・ビーもちょっと心配ですし」
ビーというのが自分のことを言っているのだということに気付くのに康太は少し時間がかかった
ブライトビー、それが自分の名前だ。
ブライトかビー、どちらを呼ぶかは人それぞれになるだろう。前者の場合だとノアをつけたくなる名前だがそのあたりはスルーしておいた方がよさそうだ。
そして自分たちがやってきた転移の扉を前にしてそう言えばと思い出したかのように小百合は扉を軽く叩いて見せた。
「こいつの原理について教えてやらなければな・・・これからも使うことになるかもしれん。良く聞いておけ。」
転移の扉。これも一種の術で成り立っているのだという事は聞いていた。
一体どのような原理で成り立っているのか不思議ではある。こんな技術があるのならどこへでも行き放題ではないだろうかと思えてしまうのだ。
「まず、この扉がどこにでもつながっていると考えているのであればその考えは捨てろ。これは特定の場所にのみ有効な術だ」
「あ・・・そうなんですか・・・」
どこにでも繋げられるようなものではない。その事実を知った康太は露骨にがっかりして見せた。それを見てジョアが小さく笑っている声が耳に届く。
やはり都合のいい能力というものはないのだろう。簡単に転移できるのであればそれこそもっと便利になっているはずである。
「転移を行える魔術はいくつもあるが、その中でもこれは少々特殊でな。使われている術の形式としては方陣術に部類するものだ」
方陣術、つまり魔法陣などに部類する術という事である。小百合が指差す先をよくよく見てみると確かに扉や壁のところどころに紋様のようなものが描かれているのがわかる。
「かなり高威力の術を発動する場合、方陣術の場合は魔力だけではなく別の力を利用することもある、それが地面などに陣を形成する理由でもある。では何を利用しているか。ジョア、答えてみろ」
「はい・・・使っているのは大地に廻っている力の流れ・・・俗に地脈や龍脈などと言われる類のものです」
その通りだと小百合が言う中、康太はその会話を理解したうえで情報を整理していた。
高威力の術。つまりこの転移の術の場合は距離や運べるものの量と考えたほうがいいだろうか。
それらを高いレベルで発動するためには魔力以外の力が必要になる。風水などでも聞いたことのある大地の力。所謂龍脈という力を利用して発動している。それがこの扉にかかっている術の正体。
「ってことは・・・その龍脈のある場所じゃないと繋げられないってことですか?」
「察しがいいな。結論から言えばそう言う事だ。特定の場所にしか繋げることができない。だからこそそう言う特定の場所に支部が立てられたともいえるが」
それこそ卵が先か鳥が先かという話になるが、転移の術を仕込むことができるような場所にそれぞれ支部や通り道などを設置したという事だ。
康太たちが通ってきた教会も同じような条件なのだろう。龍脈の力を利用することができる場所。
だからこそ二つの場所を繋げるなどという芸当が実現したと言える。
「・・・師匠、その龍脈とかを魔術に利用することってできないんですか?そんなに強い力ならいろいろ使い道があるんじゃ・・・」
「いい着眼点だが・・・それは難しいな。理論上不可能ではないかもしれん。だがそれだけの力を扱おうとすれば人間の体が耐えられんだろう」
以前にも言われたが、方陣術は人間個人で発動できない規模の術を扱うためにも利用される。今目の前にある扉は良くも悪くも規模が大きすぎる。人間には決して扱えないような大きさの術なのだ。
だがもしそれを扱えるだけの存在がいたとしたら。龍脈を利用することで強大な魔術を使えるとしたら。
無論空想や妄想の類でしかないが康太は興奮していた。実際にやってみたいという気持ちもあるが、それだけの可能性が魔術には秘められているのだ。
だがそんな康太の感情を察したのか、小百合は康太の方を向いて小さくため息をついてから口を開いた。
「私はお前に、私が有している魔術と技術をすべて教え込むつもりだ。だからこそ今のうちに聞いておく。お前はまだ魔術を学びたいと思っているか?」
それが、ここに来る前に聞かれた問いの続きであることは康太も理解していた。
つまり、現状で満足し小百合の弟子を止めるという選択肢もあるのだ。
康太はもともと殺されるか弟子になるかという選択肢を設けられ、そのうちの片方を選択しただけの事。
魔術師となった今、魔術に対しての知識を隠匿するために康太が殺されるようなことはない。わざわざ魔術を学ぶ必要性が無くなったという事でもある。
今まで通り生活してもいいのだ。魔術師という肩書だけをもって生きる選択肢も康太にはある。
「それは・・・」
正直康太は決めかねていた。魔術を学びたいという気持ちはある。だが今ここで決めるのは少し違うような気がした。
結論を出すのは今ではないような気がしたのだ。
そしてその気持ちを察したのか小百合はため息をつく。
「・・・店に帰るまでに結論を出しておけ。お前がどうするかはお前の自由だ」
小百合の言葉に康太はどうしたらいいか迷ってしまっていた。
実際にこのまま魔術の道を閉ざすのも一つの手だ。魔術を得ているからと言って何かを成せるかどうかも分からない。
それにこの現代社会において魔術というものがどのようにかかわっているかもわからないのだ。
そう言う世界がある、そう言う力があるという事だけ知っているだけでも十分にも思える。
この魔術協会の日本支部にやってきて思ったのは、いや感じたのは、この目の前にいる自分の師匠藤堂小百合が予想以上に危険な人物だという事である。
どこに行っても心配され、同情の目を向けられる。一体何をやらかしたらこんな風になれるのか不思議なほどである。
「ビー、気にしなくてもいいんですよ?やめたとしても誰も責めません。なんだったら私が師匠になってあげてもいいですし」
「お前が弟子をとれるほど優秀になっていたとは驚いた。その実力をぜひ私に見せてもらいたいものだな」
小百合の言葉にジョアは返す言葉がないのか悔しそうにしていたが、実は彼女のいうことも選択肢の一つではあるのだ。
例えば彼女の言うように小百合ではなく別の人物の弟子になるのも十分考えられることでもある。
小百合の評判自体が問題であるのであればそれほど悩むこともない。少なくともジョアはいい人だということがわかる。彼女の弟子になるのも選択肢の一つかもしれない。
だがそれもどうなのだろうかと康太は思ってしまっていた。
現状、康太の中には二つの選択肢しかないように思えたのだ。
魔術を小百合の下で学び続けるか、それとも止めるか。
誰か別の人の下で学ぼうという気が起きなかったのだ。それはあの時の小百合の言葉が気にかかっているからなのかもしれない。
『それでこそ私の弟子にふさわしい』
小百合が言った言葉だ。どういう意味を含めていったのかはさておき、彼女は康太が自分の弟子にふさわしいと言った。
それは康太にとって褒め言葉のように聞こえたのだ。実際は貶し言葉だったのかもしれない。ただ単に未熟だから教えやすいと言っただけだったのかもしれない。
だがふさわしいという言葉を贈ってくれた人物を見限ってまで誰か別の人に指導を受けるようなつもりは康太にはなかった。
だからこそ悩んでいるのだ。魔術の道を閉ざすか否かを。
恐らく魔術の道を閉ざしたら二度とその道に足を踏み入れることはなくなるだろう。無論魔術師としての名を持ったことで気が向いたらまた戻ってくるということはできるかもしれないが、その場合はほぼ独学での修業が強いられると思われる。
小百合の弟子として正式に認められれば恐らく妥協はない。先に彼女が言ったように徹底的に技術と魔術を教え込まれるだろう。
そしてその危険性を康太はすでに身をもって知っている。
魔術とは決して都合の良いものではない。失敗すれば最悪身を亡ぼすことになる。
そんな危険な道に足を踏み入れようとしているのだ。普通なら断るところだろうが、運悪く康太はすでに魔術について非常に興味を持ってしまったのだ。
好奇心は猫をも殺すという言葉があるが、もしかしたら今の自分はまさにその言葉どおりなのかもしれない。
本当に安全を考えるのであればやめるべきだ。だが康太は魔術の道に進みたいとも思ってしまう。
こんな機会は二度とないぞと自分の中の少年が叫んでいるのだ。
全く自分のことながら男の子というのは無謀な生き物だと辟易してしまう。ファンタジーだとか魔法だとかそう言う現実にはないもの、現実離れしたものに妙な憧れを持ってしまうのだから。
「とりあえず帰るぞ。説明も終わったし登録も終わった。あとは戻って話の続きを・・・」
小百合が自分たちがやってきた教会に戻ろうと近くにいた術師に話しかけようとするとちょうど扉が開く。
扉から仮面をつけた男性が現れたのを確認すると康太たちは道を譲るべく少し後退する。
扉の向こう側には見慣れない光景が広がっているのを見ると、恐らく近くにいる術師に依頼していくつかの場所に繋がるようにできるのだろう。
これも術の応用かと考えていると、やってきた男性は小百合を見て仮面をつけていても分かるほどに目を見開いていた。
「お前・・・瓦礫の・・・!この間はよくも・・・!」
「あ・・・?誰だお前は・・・?」
どうやら小百合のことを知っているようなのだが、小百合自身はこの男性の事を忘れてしまっているようだった。
というか話しかけられているのにもかかわらず興味がないのかさっさと帰りたそうにしている。
さすがにこの反応は失礼ではないかと思ってしまうが、小百合は全く気にも留めていないようである。さすがというかなんというかぶれない人だと康太が感心していると、やはりこの反応が癪に障ったのか憤慨しながら小百合に食って掛かっていた。
仮面越しでもわかるほどに顔を赤くして怒っている。対して小百合は仮面越しでもわかるほどに面倒くさいというのを態度を全面に表わしていた。
ここまでの反応はさすがにやりすぎではないかと思えてしまう。騒いでいるせいもあってか周囲の視線が集まりつつある。
「姉さん・・・あの人一体誰ですか?」
「以前師匠とちょっと問題を起こした人です・・・確か別件で問題を起こして協会に出頭命令が出ていたはずです・・・なんとタイミングの悪い・・・」
どうやらそこまで素行がいいタイプの魔術師ではないようなのだが、まさか魔術師に対して出頭命令を出せるとは思っていなかった。
この魔術協会というのは魔術師に対する警察のようなものなのだろうかと思いながらもほぼ一方的に暴言を吐き散らしている男性を見て康太は冷や汗を流してしまう。
小百合はその暴言を受け止めることなく明らかに聞き流している。人の神経を逆なでするのが上手いなと感心しながらもこのままではまずいことくらい康太でも理解できた。
最悪乱闘になりかねない。いや乱闘ならまだいい。魔術師同士の戦いになったらそれこそ目も当てられないだろう。
「ビー・・・ちょっと離れておきましょう、もし何か起きたら大変です」
どうやらジョアも同じことを考えていたらしい。言い争いをしている二人、いや一方的に騒ぎ立てている男性を見て康太たちはとりあえず距離をとることにした。
「あんなに感情的になっても魔術って使えるんですか?」
「どんな状態でも使えるように鍛錬するのが魔術師です。恐らくあの状態でも普通に魔術を使ってくるでしょう」
まだ集中していないと満足に魔術を発動できない康太からすればそれはやはり鍛錬の違いというほかないだろう。
いついかなる状態でも集中を切らさずにさも当たり前のように魔術を使える。それは必要不可欠なことでもあり魔術師にとっては当然の事なのだ。
そう言う意味では康太はまだ魔術師としては半人前以下ということになる。
「魔術を発動したりはしませんかね・・・?」
「一応この魔術協会においては有事の際以外は魔術の使用は認められていません。まぁ守ってる人は少ないでしょうけど・・・そこまで派手な魔術は行使しませんよ・・・たぶん」
たぶんと付け足されると非常に不安になるのだが、一応魔術師同士にも決まりのようなものが存在しているのだろう。
こうやって魔術師が集まる場所において魔術を行使することを認めればどうなるか火を見るより明らかだ。だからこそ有事の際以外は使用を禁じているのだろう。
もちろん全員が全員それを守る保証はないし、何より協会の人間がいちいち一人一人を見張っているなんてことができるはずもない。だからこそ原則使用不可という形をとっているだけなのだ。
そう言う意味ではあってないようなものだろうが、そこは有事の際以外は禁止と言っているだけあって、もし誰かが危険な魔術を使おうものならすぐに全員が敵に回るという事でもある。
そう言う意味ではこの場所にいる事そのものが魔術を使えなくしていると言ってもいいだろう。
もっとも相手が感情的になった場合はその限りではないかもしれないが。
先程から男性が延々と文句やら暴言を吐いているのにもかかわらず小百合は本当に耳がついているのだろうかと疑いたくなるほどに動じていない。というか本当に聞こえているのかさえ定かではない。
「にしても師匠全く意に介してませんね・・・あれだけ目の前で騒いでるのに」
「あの人は昔からあぁなんです。なんというかナチュラルに人をイラつかせるというか・・・そのせいでいろいろなところで面倒を起こして・・・その度に私がいろいろと・・・」
恐らくは小百合が起こした面倒事はそのままジョアの下に降りかかってくるのだろう。後始末という形なのかどうかはさておき、彼女も今まで小百合の面倒に巻き込まれてきたのは事実のようだった。
そう言う意味では康太も小百合が起こしたことが原因で巻き込まれたことになる。あの人はもう少し生き方を変えたほうがいいのではないかと思えてしまうほどである。
今まで小百合の暴挙に耐えてきた兄弟子が不憫でならない。今度から自分もその一端を背負うかもしれないと思うとやっぱり魔術を習うのはやめようかなと思えてしまうほどだ。
そんな弟子同士の会話を知ってか知らずか、男の方はひどく興奮しているようだった。もはや周囲に人がいる事さえも気にしていないような感じである。
もう何を言っているのかもわからないほどに叫び散らすと、大きく拳を振り上げて見せた。
殴るのかと思った瞬間、小百合が大きく後方へと跳躍する。振るわれた男の拳は小百合ではなく床に向かっていた。
床に拳が叩き付けられると、その場所にあった床の形が変形していく。それは巨大な頭になり、やがて腕を作り、体を形成していく。
数秒して出来上がったのは上半身だけの巨大な岩の巨人だった。
「・・・姉さん・・・あれも魔術ですか?」
「土属性の魔術、土人形です。別名クレイゴーレム。発動後も繊細な操作が必要になるため難易度は高いですがその分汎用性もかなり高いですよ」
のんきに解説をしながらもジョアは康太の手を引っ張って安全な場所に移動しようと全力で走っていた。
ゴーレム、ゲームでも出てくるような有名な石などでできた動く人形の事だ。
ゲームなどではモンスターとして出てくることが多いのだがその外見は康太がイメージしているそれよりもずっと不恰好だった。
岩石をそのままくっつけて動かしているような歪んだ形、それでいて人の上半身をかたどろうとしていることもあって動きもいびつだ。
発動後にも操作が必要という事もあってかなり難易度は高いのだろう。
ゴーレムは小百合を攻撃しようと腕を伸ばすが、すでにその場所に小百合はいない。誰よりも早く魔術発動の気配に気づいた小百合はすでにその場から離脱しているのだ。
「あぁいうのってどうやって止めるんですか?あんだけでかいと倒すの凄い苦労しそうですけど・・・」
「大まかな方法は二つ。一つは術者を倒すこと。もう一つはゴーレムの核を本体から外すこと。そうすればあの大きな体を維持できなくなって自壊します。どうやら前者は難しそうですけどね」
一体どういう事だろうかと康太がゴーレムの周囲に視線を向けると、先程まで顔を真っ赤にして小百合に暴言を吐いていた魔術師の姿が見えないのである。
先程まであの場にいたはずだが一体どこにいるのか、周囲を見渡してもそれらしい人物はいなかった。
「姉さん、さっきの魔術師が・・・」
「えぇ、どうやらゴーレムの中に入ってしまったようですね。まぁその方が楽ではあるんですが」
どうやらゴーレムを操るためにまるでロボットの中に入るかのようにその内部に自分の体を埋め込んだようだ。
確かにそれなら岩石で身を守れる上に魔術の操作もゼロ距離で行える。攻防一体の発動方法というわけだ。
どうやって外の景色を確認しているのかは気になるところだが、巨体を無理やり動かして強引に前に進み小百合を追い詰めようとしているところを見ると、恐らく外の様子もある程度確認できるのだろう。
「さすがに止めないとまずいかな・・・ビーはここにいて?ちょっと手伝ってくる!」
周囲の魔術師もこれ以上の面倒はごめんだと思っているのか、それぞれ迎撃態勢に入ろうとしている。
ゴーレムに対して攻撃をする者、その進行を阻もうとする者、物資が壊されないように運搬を始めるものさまざまだった。
援護に向かったジョアもゴーレムめがけて攻撃を開始している。その手から水を発生させゴーレムの体を濡らしていく。
水を浴びた途端にゴーレムの動きが鈍くなる。水を含んだせいで土が重くなり動かしにくくなったのだろう。
あのような方法もあるのだなと思いながら康太は魔術師同士の戦いを目にして感動していた。実際に目にするのが初めてだっただけにその感動もひとしおだった。
だがあらゆる攻撃でもゴーレムは怯まない。もちろんその場にとどめておくことはできているが効果的な攻撃はできていないようだった。
何かほかに手があればいいのだが
そんなことを考えている中、小百合が自分の方を見ていることに気付く。
一体何を言おうとしているのか、それはわからないがその瞳は『お前も手伝え』と言っているかのようだった。
仮にこの状況を手伝えと言われたところで何ができるかもわからない。現在康太が使える魔術は『分解』しかないのだ。あのゴーレムが分解できるのであればそれもいいだろうが、そんなことができるとも思えない。
だがとりあえずできることはしなければ。
康太は集中してゴーレムめがけて分解の魔術を発動する。
自分が行える唯一の魔術だ、せめて少しでも効果を発揮すればよかったのだがまったくびくともしなかった。
以前教えられていたことだ。より強固に接着されているものはより強い魔術の行使が必要不可欠である。つまりそれだけ大量の魔力を使用すればいいのだろうが未だ康太の分解の魔術は精度が低い。大量の魔力を注ぎ込もうと効率が悪く、その出力が本来のそれよりも劣ってしまうのだ。
小百合の分解の精度を百とするなら、恐らく康太の分解は四十ほどしかないだろう。師匠である小百合に言わせれば魔術の発動までにかかる時間が非常に短かったことからそれでも十分すぎるという事なのだが今の状態でゴーレムに対して効果を発揮するには距離をほとんどゼロにして、なおかつ全力で魔力を注いでようやく一つの部品を外すことができるかどうかというところだろう。
それほどまでの賭けをするつもりは康太にはなかった。
ならどうすればいいか、何か自分にもできることはあるはずだと思い周囲を見渡す。
武器が近くにあったとしても自分がそれを使って有効打を与えられるとも思えない。それ以外の何かは無いだろうかと探していると康太はそれを目にした。
そして今ゴーレムがいる位置を確認する。
うまくいけば有効打を与えることができるかもしれない。康太は急いでその場から離れ行動を開始していた。
「やっぱり面倒ですね、こういうタイプ・・・師匠は何とかできないんですか?」
「ん・・・できなくもないが・・・今回私は遠慮しておこう」
魔術を行使しながらゴーレムを外側から崩そうとしている魔術師の中で、小百合はまだ一度も魔術を発動していなかった。
一体何を考えているのか、ジョアにも全く分からなかった。だが何かを期待しているように見えた。
一体何を
付き合いがそれなりに長いジョアとしては彼女のこの行動はかなり不可解だった。
今までの経験からして口喧嘩などは別として、先に手を出されれば相手を徹底的に叩き潰すような人間だったはずだ。
なのに今彼女は、攻撃されているというのに一切の攻撃を行っていない。今までの彼女だったらすでにあの魔術師は死んでいる。それほどの力を彼女は持っているはずなのだ。
なのにそれをしようとしない。ジョアの中に疑問が募っていく中、小百合はふと視線を向けた。
「まったく、なかなかどうしてうまくいかんものだな。不出来な弟子を持つと苦労する」
「何言ってるんですか・・・さっさと手伝ってくださいよ、ただでさえ大きいんですから」
ジョアだけではなく多くの魔術師たちがゴーレムの動きを止めようとするのだが、その大きさのせいもあってその行動を完全に止めることはできていない。
仮に部分的に欠損してもすぐに周囲の土を取り込んで修復してしまうのだ。こういうものを破壊するには大きな一撃を与えるか、あるいは物質の中にいる術者を直接攻撃できる魔術を行うのが一番手っ取り早い。
小百合はその魔術を有している。場所に関わらず相手を攻撃できる魔術が。
だが小百合はそれをしない。何かを待っているのか、ゴーレムの攻撃に身をさらし、回避しかしようとしなかった。
動きを鈍らせても動きを止められるわけではない。ゴーレムを倒すのに一番手っ取り早い手段をとれない今持久戦以外にできることはなかった。
「師匠、さすがにそろそろ止めないと後で私酷く文句言われるんですけど?」
「まぁそう言うな。できることをやろうとするだけまだましだろう。もう少し今の状態を続けてやれ」
一体何のことを言っているのかジョアは理解できなかった。小百合が何をしたいのか何を求めているのかさっぱりわからない。
何かを見ている、何かを待っている。なら一体何を?
そんなことを考えても答えは出ない。自分ができることと言えばゴーレムの行動を少しでも阻害することだろう。
「一体今の状態を続けてどうするんです?これ以上被害が広がる前に始末したいんですけど・・・」
ジョアの声音が一瞬だけ変化する。その意味を小百合は理解していた。
本気を出してあのゴーレムを破壊する、そう言いたいのだ。
もちろんそれだけ周囲に及ぼす被害は大きくなるだろうが、すでにあのゴーレムは周囲に被害をまき散らしている。これ以上それを広げるくらいならいっそのことあの場だけの被害で留めたいと考えているのである。
ジョアの考えは間違ってはいない。むしろこの状況だけを考えれば正しい措置だと言えるだろう。
だが小百合は笑いながら首を横に振った。
「いいやあと少しだ・・・そうだな・・・あと三十秒ほど待て・・・面白いことが起きる。その時まで魔力を維持しておけ」
「三十・・・それで一体何が起こるっていうんですか・・・?」
たった三十秒で何が変わるというのか、一体何が変化するというのか。この状況で三十秒で決定的な打撃を与えられるだけの魔術を持った者がこの場にいるのか。
いるはずがない、いるならとっくにそうしているはずだ。とっくにこの状況は収束し、後片付けが始まっていてもおかしくない。
今この場がそうなっていないという事はつまりこの状況を打破できる人間はこの場にいないのである。
魔術協会のこの場にいた人間だけでは解決できない。だがあと三十秒待つことによってそれができるようになる。つまりは援軍がやってくるという事だろうか。
ゴーレムが現れてもうすでにかなり時間が経過した。確かにそろそろ援軍がやってきても不思議はない。
「さて・・・そろそろ私も動くか・・・お前も準備しておけ」
「了解です・・・でも一体」
何が起きるんですか
その言葉が口から出てくるよりも早くそれは起きた。
巨大なゴーレムめがけて巨大なコンテナが振り子のように加速しながら叩き付けられたのである。
それが天井に配置してあったコンテナであることを理解するのに少し時間がかかった。巨大な質量と速度を持って叩き付けられたコンテナはゴーレムの頭部を容易に砕いて見せた。
一体何が起きたのか。誰がこれをやったのか。
その答えは数秒後にやってきた。
再び天井に固定されていた物資を入れたコンテナが加速しながらゴーレムに突っ込もうという中、ジョアの目にはそれが見えていた。
天井に固定されていたコンテナ、そのコンテナを固定していた鎖につかまる少年の姿。自分の兄弟弟子である康太の姿だった。
「ああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
絶叫と共にコンテナと共にゴーレムめがけて突っ込んでいき、その片腕を砕いてもぎ落した。魔術などではなく、物理的な破壊行為にジョアは開いた口がふさがらなかった。
誤字報告を二十件分受けたので五回分投稿
連休、なんてすばらしいものでしょうか
これからもお楽しみいただければ幸いです




