奏の指導
「小百合の二番目の弟子か・・・話には聞いている。・・・ブライトビー・・・協会でも何度かその名前を目にしたことがあったな」
康太の名前、というよりは康太の魔術師名を協会で見たことがあったのだろう。恐らくは今までに康太が関わった面倒事によって掲示板に記載されたのを偶然目にしていたのだろう。
評価されていた部分を見てくれていたというのは康太にとってうれしくもあり気恥ずかしくもあった。
「あらためて初めましてブライトビー・・・いや、この場では八篠康太と呼んだ方がいいか?私は草野奏。聞いていると思うがお前の師匠の兄弟子に当たる。術師名は『サリエラ・ディコル』・・・この場に小百合がいないのは私に会いたくないという意思表示か?」
「え?あ・・・その・・・師匠はちょっと具合が悪くて・・・」
「ははは・・・さーちゃんは奏姉さんの事苦手だからね。仕方ないんじゃないかな?」
康太がせっかくフォローを入れようとしていたのにもかかわらず幸彦はあっさりとそれを台無しにして見せた。
もしかしたらこの対応こそがベストだったのかもしれないが、今まで奏という人物にあったことがない康太としては戦々恐々だったのは言うまでもない。
「それで奏姉さん、まだ荷物あるから僕らは一旦下に降りるよ。その間にこの荷物を確認しておいてくれるかな?」
「あぁ・・・構わんが・・・一ついいか?」
「なに?あぁ中身なら僕らは特に聞いてないから確認とかはできないよ?」
「そうじゃない。そこの八篠康太をここに置いていけ。少し話がしたい」
さっさと荷物を置いて荷台ごと下に降りようとしていた康太は唐突の指名に体を強張らせた。
自分は何か失礼な事でもしただろうか、何故奏は自分と話したいなどと言い出したのか。頭の中で自問自答を繰り返すが答えは一向に出てこない。
ゆっくりと奏の方を見ると眼鏡の奥の鋭い瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いているのがわかる。
もはや逃げられない。康太は瞬時にそのことを悟ると小さく項垂れてため息をつく。
「・・・そう言う事なら構わないけど・・・あまり話に盛り上がりすぎないようにね?まだ他にも社員さんがいるんでしょ?」
「わかっている。何より私とその客が会っている間に無作法にやってくるような輩はいない。その程度の躾はしてあるつもりだ」
「そりゃよかった。それじゃ康太君、頑張ってね」
「ゆ・・・幸彦さん・・・俺なにされるんですか・・・?」
「大丈夫だよ、落ち着いて。そこまでひどいことはされないと思うから・・・たぶん」
最後にたぶんをつける当たり幸彦もこれから康太が何をされるのか全く予想ができないのだろう。その顔に浮かべた苦笑いが康太の不安をさらに加速させていた。
「し・・・死んだりしませんよね?」
「それは大丈夫だよ。死にかけることはあっても死ぬことはないさ。大丈夫大丈夫」
大丈夫と連呼しているが死にかけることがある時点で決して大丈夫ではないという事を幸彦は理解しているのだろうか。
さすがは小百合の兄弟子にして智代の弟子なだけはある。考え方が一般人のそれではない。
死ななければ安いものだという考えが沁みついている節がある。小百合程ではないとはいえ幸彦もまた非常識に分類される人種であることを康太は理解しつつあった。
そしてまだ康太は気づいていない。自分自身も徐々にではあるが非常識の部類になりつつあるという事を。
「早くしろ。こっちとしても仕事が溜まってるんだ。用件は早く済ませたい」
「あ、あぁわかってます。それじゃ康太君、頑張って!」
逃げるように荷台を持ってそのままエレベーターのあった場所まで戻っていく幸彦を見送りながら康太は項垂れてしまっていた。
そして後ろからはパソコンのキーボードを打つ音だけが延々と聞こえてくる。話をする気があるのかそれとも単純に仕事をしながら話すつもりなのか、どちらにしろパソコンと康太、二つの意識を向けていることだけは確かだ。
「え・・・えっと・・・奏さんは、ひょっとしてですけどここの会社の社長・・・なんですか?」
「そうだ、女で社長というのは珍しいか?」
「いえ・・・なんて言うか・・・うちの師匠が働いていないに等しいので・・・その、働いている女性を見る事自体がまれというか・・・」
「・・・あぁ、そう言えばあいつはそう言うやつだったな・・・昔から楽に生きることに関しての才能だけには満ち溢れた奴だったからな・・・私もあぁいう生き方ができればどれだけ楽だったことか」
楽に生きる才能。小百合の場合は株やらの取り引きの才能というべきだろうか。株というのは当たり前だが必ず儲けることができるわけではない。
運にも左右されるし、一種のギャンブルにも近いものがあるのだ。だが小百合はそのギャンブルに近いやり取りを何度繰り返してもある程度は儲けてしまう。これを才能と言わずしてなんというのか。
「あの人って昔からあぁだったんですか?」
「あぁ・・・昔師匠が気まぐれに競馬場に連れていったことがあってな・・・あいつは万馬券を見事当てて見せた・・・ことギャンブル、あるいはハイリスクハイリターンのやり取りにおいてあいつの右に出るものはいないな・・・まったく妬ましい」
「・・・それって褒めてるんですか?」
「手放しに褒めているつもりだが?」
随分ととげとげしい褒め方だなと康太は思っていたが、そんな康太の様子を見て奏はパソコンの画面を見るのをやめてゆっくりと立ち上がった。
「小百合の事だ、丸腰でここに向かわせるようなことはしなかっただろう?」
机の向こうに立った彼女の手にはすでに武器が握られていた。
いつの間に用意したのか、もしかしたら机の向こう側には武器が大量にしまってあるのだろうか。
そんなことを考えながら康太は顔を引きつらせる。小百合がなぜ自分に魔術師としての道具一式を持たせたのかようやく理解できた。この状況を予見していたからなのだろう。
「あ・・・あの・・・一応聞いておきたいんですけど・・・武器を持ってたら何をするんですか?」
「決まっているだろう?お前がどの程度のものなのかテストしてやろうと言っているんだ。どうせ幸彦とも拳を交えたんだろう?」
間違ってはいない。その予想は決して間違ってはいない。だがだからと言ってすぐに戦うのはどうかと思えてならなかった。
どうしてこう小百合の兄弟弟子たちはこうも血気盛んなのか。いやどちらかというと戦って確かめるタイプというべきか。口でどうこう言うよりも実際に手合わせすることで相手のことを知ろうとすると言ったほうが正確だろう。
どちらにしたって迷惑なことこの上ないが。
康太はカバンの中に入れていた槍を取り出して短く集中し構築の魔術を発動する。目の前に奏がいるという事もあって三回目の発動でようやく魔術は正しい形を成すことができていた。
三回目でようやく成功という事ならまだ手で組んだ方が若干早いかもしれないなと、未だ成功率の低い魔術の練度を確認しながら康太は槍を構える。
「ほう?槍か・・・あいつの趣味か・・・それともお前の趣味か、判断に迷うところだな・・・」
彼女が構えているのは木刀。こちらに必要以上の怪我をさせないための配慮であることは理解できたが、同時に木刀ならばある程度全力で殴っても問題ないだろうという思惑も感じ取ることができた。
あまりうれしくない配慮だなと思いながら康太は槍を構えた状態でじりじりと奏に近づく。
奏はまだ机の向こう側にいる。槍と木刀の攻撃範囲を考えれば、机を挟んだ状態で戦えばこちらだけが一方的に攻撃できる間合いにあるのは間違いない。
だが当然ながら、そんなにことが簡単に運ぶとも思っていなかった。
なにせ小百合からも幸彦からもすでに聞いているのだ。奏は武器の扱いにおいては天才的だと。
武器の扱いに関しては小百合よりも上。小百合に勝つこともできていない自分ではまず間違いなく勝つことはできないだろうと康太は最初から勝つことを頭から切り捨てていた。
だが、幸彦を相手にした時と同じく、一矢報いることくらいはしてやろうと、そのくらいは考えていた。
康太だって男だ。やられっぱなしで黙っていられるほど物分かりはよくない。
何が来ても対処できるように康太が構えていると、奏は薄く笑みを浮かべた後緩やかに体を動かし始めた。
「・・・あいつはなかなかいい指導をしているようだな。私のことを最大限警戒し、なおかつ対応できるように、そして消極的ではあるが決してただでは負けるつもりはない・・・そう言う構えをしている」
「・・・構えだけでそんなにわかりますか・・・?」
「わかるとも・・・お前の構えは小百合に似ている。昔のあいつのことを思い出して少し懐かしくなったよ」
幸彦にも言われたことだ。康太の構えは小百合のそれに似ていると。
確かに康太の槍術は小百合のそれを真似たものだ。基本的な構えや行動、細部は異なるがその根っこの部分は同じと言っていい。
幸彦や奏にとって康太の姿は昔の小百合の姿を彷彿とさせるに十分なものだったのだろう。
嬉しくもあり懐かしくもあり、そして同時に切なくもある。
だからこそ奏は笑みを浮かべたのだ。小百合の弟子がしっかりと小百合から多くを学んでいるという事を知り、そしてその片鱗を今実感できているという事実が嬉しかったからこそ。
「お前は、私が何を一番得意としているか、小百合から聞いているか?」
「・・・槍が一番得意だと聞いています」
「そうだ、私は一番槍が得意でな。槍を使った勝負では誰にも負けたことがない。それだけは今も昔も変わらない・・・まぁいい機会だ。しっかり指導してやるとしよう」
奏はゆっくりと机の向こう側からこちらへと移動して来ようとする。
康太は奏との間に机を挟むような位置取りをするべく、常に移動し続けた。彼女自身がゆっくり動いているために机を使って距離をおくというのはうまくいっている。何より康太はその全身に意識を向け、一挙一動に反応できるように構えていた。
だがそれもすぐ終わることになる。
「生憎と鬼ごっこをするほど若くないんでな」
その言葉が康太の耳に届くと同時に、康太の目の前に木刀が迫ってきていた。
いつの間に
その感想を抱くよりも早く康太は槍を操りながら後退、木刀の一撃を弾きながら奏との距離を取ろうとしていた。
木刀を弾いた際の乾いた音が響く中、康太の後退を見るよりも早く、奏は康太めがけて接近していた。
どのようにあの距離から康太めがけて攻撃してきたのか、その答えは単純だ、机に身を乗り出した状態で木刀を投げたのだ。
武器を手放すという事はその武器を使えなくなると同時に、自らの武器を放棄するのに等しい行為であると小百合に教わっていた。だから武器を投げるのは最終手段であると。
だから康太は木刀を弾いてすぐに奏が使えないようにしてやろうと遠くに飛ばそうとした。
だが次の瞬間には、奏は康太の眼前に迫っていた。
どうやってとか、何か魔術を使っているのではないかとかいろいろ考えた。だがそれらが単純な身体能力によって引き起こされているものであることを康太は理解していた。
緩急の付け方、そして視界の誘導の仕方、挙動の変化、その全てで康太の動きを予測し誘導し、正々堂々真正面から不意打ちを仕掛けたのだ。
正々堂々不意打ちというのもなかなか矛盾した表現かもしれないが、相手の意表を突くという意味では不意打ちとあまり変わらない。
康太が警戒を強めているからこそ、それらしい動きをすることで意識を逸らせたのだ。
簡単にできる事ではない、高等技術の塊だ。体の動きだけではなく視線までもを使った完全な誘導。康太はまんまとそれに引っかかったのである。
槍の有効射程を外れ、完全に懐まで入り込まれた瞬間に、康太は拳を数発体に受けていた。
女性のものとは思えないほど重く、的確に康太の急所に叩き込まれていく。
武器を使うのではないのかと、体に鈍い痛みが刻まれながら、やや後退しようとした瞬間、奏は僅かに横に弾かれていた木刀を蹴りを用いて自らの近くに引き寄せて見せた。
的確な動き。康太には絶対真似できないほどの精密な蹴り。そして木刀を引き寄せると同時に、奏はその手に木刀を握り康太へと殴りかかる。
一瞬その動きに見とれていたが、そんな暇がないことを瞬時に悟ると康太は即座に臨戦態勢に入る。
相手はすでにこちらへと攻撃できる態勢にあるのだ。反応しなければ一方的にやられるだけである。
槍の利点はリーチ。そしてある程度その有効範囲を変化させられることである。
持ち手を変えることである程度その攻撃範囲を変えることができるのが槍が木刀に勝っている点でもある。
だが当然、その分攻撃のために必要な動作は多く必要である。奏程の相手にその動作の多さは致命的な隙となってしまうだろう。
だからこそ康太は一度完全に攻撃するという考えを捨てていた。まずは相手の動きを見てそれから対応を考えるべきだと思ったのだ。
そしてその考えは奇しくも奏と同じ考えだった。
康太がどの程度まで反応し対応できるのか、奏も同じ考えの下動き出していた。
初手は危なっかしいながらも回避された。では基礎的な攻撃への対処はどうだろうかと木刀を普通に構えた状態で康太に向けて打ちこんでいた。
上下左右、あらゆる角度から撃ちこまれる木刀を康太は的確に防御していた。
攻撃を受け流し、相手の攻撃が自分に向けられると同時に槍を動かし叩き落とすように槍と木刀をぶつけていく。
乾いた音が続く中、奏は嬉しいのか僅かに笑みを浮かべながら口を開いた。
「なるほど、この程度は対応できるのか・・・小百合もある程度は鍛えていると見える」
「戦い・・・ながら喋るの・・・きついんですけど・・・ね!」
訓練をしながら話をするのは小百合と同じ。だがその太刀筋は小百合とは似て非なるものだ。
何もかもが速い。小百合の剣よりも何倍も速く鋭い。
やや後退しながら木刀の攻撃をしのいでいるがこれがいつまで続くかわかったものではなかった。
先程のような体さばきができるのだ、康太が受けやすいように普通の木刀の使い方をしているがいつまた変幻自在な攻撃を仕掛けてくるかわかったものではない。
何より小百合の時にも感じたことがある感覚があったのだ。相手が露骨に手を抜いているというのがわかる。こちらの様子を窺いながら、いつでも殺せるという余裕を見せている。はっきり言ってこういった対応をされるのは不愉快でもあるが、それだけ康太が未熟だという事でもある。
相手の方が何倍も格上なのだ。むしろこの対応は康太の実力を測るものであるということくらい十分に理解できる。
理解はできるが、手を抜かれて、それでも相手の方が勝っていてという状況が嬉しいはずもなかった。
康太は徐々に木刀を弾く槍に力を込めていた。無意識ではなく、むしろ自分の方から相手に隙を作ろうとしたのだ。
だが康太が力を込めたことの意味を、数回受けただけで奏は理解した様だった。
「・・・なるほど、未熟であってもやはり男という事か・・・小百合の弟子なだけあってただの素直な良い子というだけではなさそうだな」
「失礼なのはわかってますけど・・・でもやっぱ加減された状態っていうのはあまり・・・師匠も最後にはしっかりある程度本気出してくれますから」
まだ小百合が自分のために本気を出しているとは思えない。だがそれでもあからさまに手を抜いている状態ではなくなるのは確かだ。
瞬殺されることに変わりはなくとも、それでも康太にとっては相手が自分のために本気を出してくれるという事の方が嬉しかった。
「ふふ・・・良いだろう・・・まぁ私の準備運動という意味もある。もう少しだけこの状態に付き合ってもらうぞ?」
「・・・わかりました・・・反撃しても?」
「できるものならな」
奏は嬉しそうに康太に攻撃を続けていた。康太も反撃できるつもりはなかった。だがそれでも自分は貴女に一矢報いたいと考えているという事だけは伝えたかった。
そしてその気概を理解したのか奏はより一層速く、そして強く康太に向けて木刀を振う。
康太のような性格は嫌いではないのだろう、生意気にも自分に対して一矢報いようとしているものに対して悪い気はしないらしく、笑みを作りながら康太に向かっていた。
小百合はいい弟子を持ったものだと、心の底から思いながら。
「お・・・まだやってたか・・・結構しっかり打ち込んでるみたいだね」
幸彦が二回目の荷物の運搬を終えた時、康太と奏はまだ打ちあいを続けていた。
康太に本気を出すように仕向けられるも、奏は未だ本気を出そうとはしていなかった。
だがその攻撃は徐々に鋭く、徐々に強くなっていく。まるで康太に対応しやすいように導いているかのようだった。
「幸彦、あと何回で運び終わる?」
「あと三回くらいかな?そっちはどれくらいで終わりそうだい?」
「なに・・・なかなか骨のある奴でな。少しかかりそうだ。なんなら適当な場所に駐車して真理の奴もつれてこれるだけの余裕があるかもしれんぞ?」
「へぇ・・・そりゃなかなか・・・康太君、頑張ってね」
悠長に話をしている二人だが、康太はしゃべっていられるほどの余裕などない。徐々に速度を上げてくれているからこそ康太はギリギリで対応できているが、この変化が急激に行われたらまず間違いなく対応できなかっただろう。
これでもまだ準備運動レベル。康太と奏の間にどれほどの実力差があるのかがよくわかる。反撃するなどという話ではない、防ぐだけで精いっぱいの状態だった。
奏は康太の実力を把握しながら、その限界ギリギリを見極めたうえで強引にその限界を引き上げようとしていた。
康太の対応速度はなかなかに早い。普段から小百合に鍛えられているだけあってとっさの判断に関しては奏も舌を巻くところがあった。
もちろん技術が伴わないために時折無様な醜態をさらすようなところもあるが、それでも奏の木刀はまだ一発たりとも康太に直撃していない。
既に打ち合いを始めて十分が経とうとしていた。徐々に速度を上げることで康太に対応しやすいようにしたつもりだったが、奏自身ここまで康太が対応できるものとは思っていなかった。
小百合と構えが似ていると言っても、その構えはまだまだ未熟。日々鍛えられていると言ってもその練度が低いことは一見して理解できた。
だから速度を上げてから数分程度ですぐに攻撃を当てられると思っていたのだが、康太はその攻撃をことごとく対処してみせた。
才能があるわけではない。何か特別な技術があるわけでもない。だが攻撃を当てられない。
不思議なやつだと思いながら奏は一つ試してみることにした。
攻撃の手を一度止め、バックステップして距離を作って見せると小さく息を吐いてから木刀を正眼に構える。
何か来るのではないかと康太は槍を構えた状態で停止するが、奏は一向に攻撃してくる気配がない。
一体どうしたのだろうかと訝しんでいると、奏はその場から微動だにしなかった。そしてその行為が待っているのだということに気付くのに少しだけ時間がかかった。
奏は康太にあえて攻撃させるつもりなのだ。防御に関してはある程度のものがあるという事はわかった。だが自分の攻撃が激しすぎるせいで康太の攻撃に関しては全く見れていない。だからこそ好きに攻撃させるつもりだった。
自分に攻撃させてその後の対応を見る。奏の思惑を康太はほぼ正確に理解していた。
今まで自分は防御に徹することができた。だからこそある程度対応できたし、ギリギリのところで防御できていたのだ。
だがこの状況になってしまえば攻撃する以外に選択肢がない。
当然だが攻撃しようとすれば防御が疎かになる。全力で防御しているからこそ今までは凌げた、だが攻撃に転じれば確実に反撃を貰うだろう。
槍のスイングの一瞬に木刀の打撃は数発体を襲うかもしれない。草野奏はそれだけの実力者なのだ。
だがだからと言ってこのまま硬直状態を続けているわけにもいかない。最初から分かっていたことだ。
相手の方が格上、自分は今日見せに来たのだ。自分の実力とその姿を。
康太はゆっくりと息を吐き、僅かに槍の矛先を揺らす。
康太が小百合に教わったことは多いようで少ない。なにせ小百合は基本的に感覚で教えるという事ばかりしてきた。
その為防御は自分の攻撃を受けさせることで覚えさせ、攻撃は自分の攻撃を模倣させることで教えて来た。
つまり康太は今まで小百合との訓練で攻撃自体をしたことがないのである。
もちろん槍の訓練の際は常に見てきた小百合の攻撃の動きを模倣して練習はしてきた。だが当然その速度も威力もオリジナルである小百合に敵うはずもない。
康太の防御の修練度は小百合の攻撃を受け続けたことでかなり上達している。もちろんまだまだ未熟ではあるものの、攻撃よりははるかにましだった。
防御の修練度を十とすると、攻撃の修練度はせいぜい三か四、その程度の実力しかないのである。
それでも向かわなければいけない。なにせ目の前にいる人が攻撃を止めて待ってくれているのだから。
槍の矛先をわずかに揺らした後、康太は集中し始めた。相手にとって不足はない。むしろ自分が不足だらけだ。
だからこそ小手先の技など意味はない全力で一撃を与える。可能なら、その表情を歪ませることくらいはしたかった。
狙いは絞った。やるべきことも決めた。康太は槍を握り深呼吸をし大きく体の中に酸素を取り込み、飛び込んだ。
槍なら届く、そして木刀なら届かない位置から矛先を一直線に奏の体めがけて。
突進と突き。単純にして最も速く、もっとも防ぎにくい突きの攻撃。康太はこの攻撃に集中していた。
土曜日そして誤字報告を十件分受けたので四回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです