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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
七話「破壊の源を与えたものたち」
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草野奏

『さっきも言ったけど貴女が通常の魔術を苦手としているのは十分知っているわ。でもなら何故万が一の想定をしなかったの?』


『していなかったわけではありません。ですが相手が予想以上に無駄にあがきまして』


『そう言うものを含めて万が一というのよ。貴女の場合特にそう言うことに対しての警戒をしておくべきだというのに』


小百合は魔術師としては欠陥があると言えるだろう。なにせ破壊に通じる魔術以外はほとんど使えないのだから。


暗示や記憶消去の魔術に至っては変な風に発動しているのか相手の精神ごと破壊しかねないレベルのものに成り果てている。


自分の性質が正しく理解できているのだからそう言ったマイナス面に対しての対策を考えておいて然るべきなのである。


智代が怒っているのは康太を巻き込んだことと、きちんと対策すれば防げていた事態を防げなかったということにあるのだ。


『確かに未然に防げたかもしれませんが、それは他の魔術師の協力を得られればの話でしょう。自分で言うのもなんですが私は他の魔術師から忌避されています。この対応も仕方がないかと』


『普段の行いをきちんとしていないからこういうことになるのよ?もう少し普段から落ち着いて味方を作るような立ち振る舞いを・・・』


『お言葉ですがそれは師匠も同じでは?お若いころから随分と暴虐の限りを尽くしたとか。今でも時折耳にしますよ?』


『私は敵はすべて排除してきました。今は私に敵はいません』


『それは敵をすべて叩き潰して周りを黙らせただけの事。師匠も私とそう変わらないでしょう』


『私はきちんと後始末をしてきました・・・って今話したいのはそう言う事ではありません・・・話をすり替えないように』


智代と小百合の会話の中にだいぶ気になる内容があったが、康太と真理は若干困った表情を浮かべていた。


今日あっただけで言えば智代は非常に落ち着いた高齢の女性というイメージがある。小百合と同じような対応をしていたようにはまったく見えない。


思えば智代の評価は『敵にしてはいけない』というものだった、つまり今まで彼女を敵にした人物は何かしらの不幸に見舞われているという事だろう。


少なくともあぁなりたくないという事が周囲に触れ回る程度には彼女は悪逆の限りを尽くしてきたということになる。


彼女が悪だったのかどうかは少々議論が必要になるだろうが。


『とにかく、今後このようなことがあることは許しません。魔術師として行動する際は必ず真理ちゃんや康太君が一緒にいるようにしなさい。康太君はそろそろ暗示の魔術くらいは扱えるでしょう?』


『現在練習中ではあるようですが、前よりはまともになったようです。最近はエアリスの弟子とも交流があるのでいろいろとがんばっているようですが』


『・・・あの子の弟子?どういう風の吹き回しかしら?貴女あの子を毛嫌いしていたでしょう?』


『まぁいろいろありまして・・・こちらとしても可能な限りあいつとはかかわりを持ちたくなかったのですが』


小百合とエアリスの不和はどうやら智代も知るところだったらしい。どれだけエアリスのことが嫌いなんだと康太は眉をひそめてしまうが、その反応をしたのは智代も同じだったようだ。


『貴女もいい歳なんだからいい加減そうやって人の好き嫌いを強めるのはやめなさい。あの子はいい子じゃない。どうしてそう毛嫌いするの』


『あいつは私の敵です。あいつも私のことをそう思っているでしょう。昔から変わりません。あいつとは合わない。それ以上の理由はありません』


人を嫌うにはそれ相応の理由が必要だ、小百合とエアリスが互いに互いのことをここまで嫌っているのも何かしらの理由があったからなのだろう。


その理由に関しては非常に気になるところではある。もしかしたら智代をはじめとする小百合の関係者なら知っているかもしれない。


「あの・・・師匠とエアリスさんって昔から知り合いなんですよね?」


「そうだよ。結構小さいころからね。昔から仲が悪かったけど・・・相変わらずみたいだね・・・」


「昔って・・・具体的にはどれくらい前なんですか?」


「そうだなぁ・・・師匠の所に弟子入りして少ししてからだから・・・まだ小学生くらいの頃だったかな?」


小学生、最高年齢でも十二歳。つまり小百合とエアリスは十年以上の付き合いがあるということになる。


もはや幼馴染と言っても過言ではないレベルの付き合いがあるというのに昔と変わらず仲が悪いというのはなかなかないことだろう。


普通ならどこかしらで馬が合うところがあるというのに、どうやら小百合とエアリスはとことんあわないらしい。


ここまで互いに正反対というか、真逆というか、互いに理解し合い同時に嫌いあっている人物というのも珍しい。


「さーちゃんもるーちゃんももう少し仲よくなればいいんだけどねぇ・・・なんというかお互いに意地っ張りだから・・・」


るーちゃんという言葉が聞こえた瞬間、それがエアリスの本名に関わるものであるということを理解した。そう言えば本名を聞いておくのを忘れたなと、康太は今度会ったときにでも聞いておこうと心に決めていた。


『それで・・・お話はそれだけでしょうか?』


『・・・これ以上言っても無駄ね・・・でも小百合、さっき言ったことは本当に気を付けなさい。いつかあなた自身の首を絞めることになるわよ』


『承知しています。ですがそこは師匠と同じ、敵対する者は皆叩き潰せばいいだけの事。違いますか?』


『貴女だけならそれもいいでしょう・・・ですが今は真理ちゃんや康太君もいるのだから少しは自重しなさい』


『・・・了解しました。できる限り大人しくしましょう』


智代の所にいる時のように、基本的に面倒をかけるのが自分だけだというのであれば、そして自分よりも上の存在であるというのであればそこまで気にすることはなかったのだ。


部下の責任は上司がもつではないが、それに似たようなものである。


だが今小百合は康太と真理の師匠に当たる。二人に迷惑をかけないようにしなければいけないという風に智代は考えているようだった。


実際康太としてもそうしてくれると非常にありがたい。というか小百合が行動を抑えてくれるのであればもう少し平和的に行動できるはずなのだ。


康太の場合面倒に自動的に巻き込まれるのは小百合という存在そのものの影響が少なからずあるのだが、そればかりは仕方がないとしか言いようがないだろう。


『話は以上です・・・そろそろ戻りなさい。私も一休みさせてもらいます』


『はい、おやすみなさい師匠』


話がここで終わると察した康太たちは小百合が部屋から出ようとする前に部屋のふすまの前から遠ざかっていた。


別の部屋の中に入りその場にいなかったように見せかけるのは難しくなかった。なにせ大量に部屋があるのだ。智代の私室の近くにも別の部屋があるため隠れるのには困らないのである。


小百合が部屋から出てきて廊下を歩いていく音が聞こえたのを確認してから康太と真理、そして幸彦は小さくため息を吐いた。


「いやぁ・・・まさか師匠のあんな状態を見られるとは・・・」


「よかったじゃないですか康太君、褒めちぎられていましたよ?あぁ見えてしっかり見ているんでしょうね」


「はは、さーちゃんは面と向かって誰かを褒めたりするのが苦手だからね。あれで結構恥ずかしがり屋さんなんだよ」


幸彦がそう言うとどうしても近所の子供感覚に見えるが、康太と真理からすれば小百合が恥ずかしがり屋と言われてもそこまでぴんと来ないのである。


どちらかといえば恥ずかしがり屋というよりは不器用という言葉の方が似合っているように思えるのだ。いろんな意味で小百合は大雑把だし何より適当だ、あれで器用な生き方ができるとは思えない。


少なくともあれは恥ずかしがりというレベルではないだろう。もう少ししっかりと言うべきことを言ってくれれば弟子としてもありがたいのだが。


「まぁ師匠の事は置いておいて・・・なんというか師匠も昔があったんだなって思い知らされましたね。終始頭が上がらないって感じでしたし」


「頭が上がらないっていうか・・・なんかこう歯向かえないって感じでしたね。まぁ堂々と反論してましたけど・・・」


叱られていながらも小百合の姿勢はまっすぐだった。頭を下げることもなく堂々と智代に向かって視線を送っていた。


昔がどうだったかはわからないが、小百合は智代に対してはまっすぐと対応することが正しいと思っているようだ。


「さーちゃんは割と昔からあぁだったよ。自分のいいたいことははっきり言って、主張したいことは主張する。師匠も結構手を焼いていたなぁ」


「あぁ、やっぱりあの性格は昔からだったんですね」


「三つ子の魂百までとは言いますが、やっぱり今も昔もあまり変わらないんですね」


小百合は昔から小百合だったという事実に康太と真理は項垂れる。


我の強さは昔から変わらない。むしろ昔よりだいぶ強くなった節さえあるのではないかと思える。


もしかしたらこれからもずっとあの性格と付き合っていかなければならないのだろうかと一瞬嫌気がさす。


あのさばさばした、そして強烈な性格が嫌いなわけではない。陰湿な性格よりはずっといいし一緒にいていろいろ楽なのも事実だ。


だがこれから歳をとっていくにつれてあの性格が強くなっていくのか、それとも丸くなっていくのか。そのどちらかを想像するがどうしてもイメージできなかった。


「大丈夫だよ、さーちゃんあれで結構優しいところあるから。歳をとっていけばその分穏やかになっていくって」


「・・・優しい・・・」


「ところねぇ・・・」


康太と真理は互いに視線を交わしながら小百合の優しいところを探そうと必死になって今までの記憶を掘り返していた。


今までの記憶を探ってみても小百合が優しかったことなどあっただろうか。あの厳しさが師匠としての優しさだというのはまだ理解できるが、普通の人として優しかったところなど全く印象に残っていない。


もしかしたらあったかもしれないがそれ以外が強烈過ぎて思い出せないのだ。


「ないな・・・師匠は優しくない」


「そうですね、優しい人というのはもっとこう穏やかなものです」


「・・・君たち本当にさーちゃんに厳しいね・・・」


これもまた一つの師弟の絆なのかと幸彦は複雑な表情をしていた。なにせ自分の時とは全く違うのだ。幸彦は康太たちの関係に若干不安を覚えながらも納得するほかなかった。













翌日、康太と幸彦は智代の指示で納戸からいくつかの箱を小百合の車に詰め込んでいた。


男手が必要だったというだけあってその箱はなかなか重く、康太と幸彦はそれぞれ肉体強化を駆使しながら荷物を車まで運び入れていた。


ただ運ぶだけならいいが、これを長時間特定の場所まで持っていくとなるとなかなか骨が折れる。


「いやぁ・・・結構な量になったね・・・キャスター壊れないかな?」


運び込む用のキャスターも一緒に詰め込んでおいたが、この重量だと運んでる最中に取手部分がへし折れそうだった。


もしかしたら途中から自分で運搬しなければいけないかもしれないなと康太と幸彦は今から気が重かった。


もっとも気が重いのは荷物が重いからという理由だけではないのは確かである。


「何回かに分けて運ぶ必要がありそうですね・・・ところで智代さん、これって奏さんのところまで運べばいいんですよね?」


「そうよ、あの子に言えばわかるはずだから」


「・・・結局何処まで行くんですか?俺奏さんの居場所知らないんですけど・・・?」


「あぁそう言えば。あの子は東京にいるわ。今日も仕事らしいから職場に直接持っていっちゃいなさい。話は通してあるから」


今日も仕事。今日は日曜日だというのに普通に仕事をしているという事は休日などが関係のない接客業の類だろうかと康太は眉をひそめる。


実際どんな仕事をしているのか、というか何の仕事をしているのかさえ知らないのだ。職場が東京というだけではヒントとしてあまりにも弱い。むしろ東京に存在しない職を探すほうが困難だろう。日本の首都というだけあってそれだけ東京には職があふれているのだ。


「今日も仕事って・・・日曜なのに大変ですね・・・」


「そうなのよ・・・時折電話で話すけど毎日火がついたように忙しいらしいわ。それなりに責任のある立場だから休むわけにもいかないんですって」


責任ある立場という事は主任とかそう言う事だろうか。小百合の兄弟子、幸彦よりも年上なのだろうからもしかしたら部長クラスかもしれない。


今康太の頭の中にはバリバリと仕事をしているキャリアウーマンの姿が浮かんでいた。


「でも職場に向かうのにこんな格好で大丈夫ですか?俺めちゃくちゃただの私服ですけども・・・」


「平気だよ、あの人の知り合いってことなら大抵は問題ないさ。それよりもこれを運ぶのがビルだっていうのが問題だよ。あそこ駐車場あったっけなぁ・・・?」


幸彦もそのあたりの記憶は曖昧なのか、幸彦は携帯で目的地周囲を検索しながらうんうんうなっていた。


「大丈夫ですか?場所調べます?」


「大丈夫だよ康太君、場所は知ってるから。とりあえずさっさと運んでしまおう。早くいかないと何言われるかわかったもんじゃない」


奏に一体どんなイメージを持っているのかはわからないが、あまり仕事が遅れるというのはよろしくないのだろう。康太と真理をせかすように車に乗せようとしていた。


「それじゃさーちゃん、車借りてくよ。師匠、行ってきます」


「傷を付けたら怒りますから。そのあたり気を付けて」


「事故とか起こさないように気を付けなさい。奏によろしく伝えておいて」


「はい、行ってきます。師匠俺らがいないからってあんまりはしゃいじゃダメですよ?」


「わかっている・・・というかお前は私をなんだと思っているんだ」


「ふふ・・・それじゃあ師匠、智代さん、行ってきます」


こうして康太と真理、そして幸彦を乗せた車はゆっくりと走り出す。

これから向かう先は東京。奏が勤めているビルらしい。


一体彼女がどのような仕事をしているのか康太は気になっていた。そしてこの荷物を運び込めるだけのスペースがあるのかというのも気になるところである。


「とりあえず二人とも乗り物酔いとかは大丈夫?あるなら慎重に運転するけど」


「俺は大丈夫です。姉さんは?」


「私も大丈夫です。でも安全運転でお願いしますね」


「了解、それじゃ何か音楽でもかけようか・・・何があるかな・・・?」


音楽をかけようとしてこの車が小百合のものであることを思い出す。そこにあるCDや音楽の入っている記憶媒体は小百合の趣味全開のものばかりだった。


激しいロックやデスメタルといった普通の音楽とは少々一線を画したものが多いのである。


本当に小百合は女性なのだろうかと疑いたくなるが、幸彦はあまり驚いていないようだった。どうやら小百合の音楽の趣味は昔から変わっていないらしい。


「さーちゃんは相変わらずだなぁ・・・さすがに僕が聞くようなものは・・・」


「あ、それなら俺のききます?それなりに入ってますからどうぞ」


康太は小百合の車に自分の音楽プレイヤーを接続し音楽を流し始める。小百合のそれよりはいささか幸彦の好みに合いそうなものがあるだろう。


「うんうん・・・あぁいい感じにそろってるね。真理ちゃんはいいかい?適当なのかけちゃうけど」


「はい、構いませんよ。康太君の音楽の趣味も気になりますし」


「わかった。それじゃあ楽しいドライブと行こうか。目的地は東京っと・・・ついでにどっか寄っていくかい?お土産屋さんとか」


「あー・・・でも東京ってなんかお土産ありましたっけ?近いからそこまで気にしたことなかった」


「そうですね・・・まぁ有名なので言えば東京バナナでしょうか?」


「ありきたりだなぁ」


こんな何でもない会話をしながら康太たちは車に揺られながらドライブを満喫していた。


「思えば東京に車で来たのって久しぶりかも知れません。いつもは電車だったし」


「そうかも知れないね。東京に車で行くのは正直不便だからなぁ・・・電車で大概どこでも行けるし」


「車だと渋滞につかまったりしますからね。こういう三連休だと特に」


東京というのは良くも悪くも人が多い。その分いろいろと便利でもあるのだが逆にそこが不便な時もあるのだ。


今こうして車で移動している時などがそうである。


なにせ仕事で車を使う人などがごった返していたり、旅行で東京に車でやってくる人も多いのだ。そう言う事もあって東京の道はかなり混むことが多い。


車も人も多く、慣れていないと運転するのには勇気がいるのである。


それなら毛細血管のように張り巡らされた電車を使ったほうが楽だし早いこともある。もちろん東京の場所にもよるが。


だが今回のように物資の運搬となると電車を使うわけにもいかない。車での移動では大きな荷物を一度に運べるという利点もあるのだ。


多少混むとしても労力を少なくするというのは必要なことである


ただそう言う事を考えるのは自分たちだけではない。道にはトラックやワゴンといったいわゆる運搬のための車が多くみられる。休日であろうと彼らに休みはないようだった。


康太たちが今走っているのは首都高速、走れば走るほどにビル群が立ち並ぶ所謂都心部へと移動しているように思える。


一体どこで奏が働いているのだろうかと周囲にあるビル一つ一つを確認しながら康太は自分の住んでいる住宅街との違いを実感していた。


「にしてもこれだけの道具、一体なんなんですかね?魔術に関する物って言ってましたけど・・・」


「奏姉さんの事だから武器とかそう言う事じゃないのかな?僕もあの人の魔術師としての活動をすべて知ってるわけじゃないから何とも言えないけど・・・」


魔術師としての活動。


康太たち学生は基本的に自ら率先して行動することは少ない。どちらかというと面倒が押し寄せてきてそれに巻き込まれるような立場だ。


だが社会人ともなればそれは違う。自らが思う時間で自らがやりたいことをすることができるのだ。


魔術師という存在の目的は人によって異なる。魔術の探求や新魔術の開発、魔術における進歩に率先して協力する者や協会に協力する者もいるだろう。


奏がどのような魔術師としての活動をしているのかはわからないが、康太たちのそれとは一線を画すものであるということは容易に想像できた。


「幸彦さんは普段どういう活動してるんですか?俺らは学校や修業優先な感じになっちゃってますけど」


「僕かい?僕は基本的に協会の雑務を引き受けたりしてるよ。結構方々で小さな問題とか起きてるからね、そう言うのを解決するのが活動と言えば活動かな?」


「問題って・・・例えば?」


「そうだなぁ・・・魔術師が一カ所に固まりすぎてたりするとどうしてもいざこざが起きたりするんだよ。だから協会の名前を借りてその仲裁に入ったり、時には両成敗したり・・・まぁいろいろとね」


魔術師同士の問題というのは必ずどこにでも存在する。魔術師といえど人と人だ。どんなに協定や取り決めをしていてもどこかしらに不和が生じるものなのである。


幸彦はそう言った不和を取り除いたり、仲裁するような役目にあるらしい。


「ってことは日本各地いろんなところに行ってるんですか?」


「とはいっても協会の門を使わせてもらうけどね。日本の大体の場所は繋がってるから後は現地の協力者に取り次いでもらうんだ」


「でもそう言うのってどうやって発覚するんですか?普通そんなの分からないんじゃ・・・」


「そうでもないさ。魔術師は互いに他の魔術師を監視してる。たぶん君たちの学校でもそう言う組織があるんじゃないかい?」


幸彦に言われてそう言えばと康太は思い出す。確かに康太たちが所属している三鳥高校にも魔術師同盟が存在する。そう言う場所で互いに監視し、一個人を超えた問題に発展した場合は幸彦のような仲裁役が出てくるのだろう。


この前の倉敷とのいざこざは少なくともそう言った仲裁役が出るまでもないものだったのだろうかと思いながら幸彦の方に視線を向ける。


「大抵大ごとになると他の監視してる魔術師から報告があるんだよ。だからとりあえず現地に向かって、報告してきた魔術師に協力してもらって解決するってのが仕事かな。もちろん結構面倒になったりもするんだけどね・・・抑え込むのが結構骨で・・・」


「ってことは・・・幸彦さんって相当強いんですか?」


「んー・・・どうだろうね・・・総合的な戦闘能力はそこまで高くないつもりなんだけど・・・たいていの人には勝てるかな」


自分で戦闘能力は高くないと言っておきながら大抵の人には勝てるという一見矛盾した発言に康太は眉をひそめる。


だがこれだって矛盾しているわけではないのだ。戦闘能力が高くなくとも戦いには相性というものがある。


幸彦の場合相手との相性を見極めるのが上手いのかもしれない。


肉体強化だけではなく他にも多くの魔術を使えるはずだ。それらを駆使して仲裁するというのが得意なのだろう。


「でも大変じゃないですか?いろんなところに行くって」


「役得でもあるけどね。いろんな景色とかが見れるし。何よりいろんな場所に行けるってのは楽しいよ」


幸彦自身いろいろなところに行くのは嫌いではないのだろう。本心からの言葉であるという事はすぐにわかった。














東京の中を車で走りどれくらい経っただろうか。康太たちは一つのビルの前で停車していた。


周囲のビルと比べてもかなり高く、そして新しいビルであることがわかる。周囲はガラス張りになっており、何階まであるのかわからないほどに高いそのビルの前で止まった時康太は何かの間違いではないかと思ったほどだ。


「それじゃあ荷物運んじゃおうか、何回かに分けていくから真理ちゃんは車を見ててくれるかな?誰かいないと駐禁とられちゃうからね」


「わかりました。手伝わなくても大丈夫でしょうか?」


「俺もいるから大丈夫ですよ・・・でも幸彦さん・・・ほんとにここであってるんですか・・・?警備員につまみ出されたりしません?」


「もちろん、アポも取ってあるから受付に名前を言うだけで入れるよ」


康太は荷物を台車に置きながら目の前にそびえたつビルを見上げていた。こんなビルに何の会社が入っているのかもわからないが、少なくとも中小企業ではないことくらいは理解できる。


こんな所で働いているという事はやり手なのだなと思いながら康太は荷台を押して荷物を幸彦と共にビルの中に運び入れた。


幸彦は康太の先を行き、受付の前に向かうと慣れた様子で声をかけた。


「失礼、人と約束をしているんですが」


「はい、アポイントメントはございますか?」


「はい、今日会う約束をしています」


「かしこまりました。どなたとのお約束でしょうか?」


「草野奏です。小野瀬幸彦が来たと言えばわかるはずです」


草野奏という名前を出した瞬間、受付の女性の表情がほんのわずかに変化するが幸彦の落ち着いた対応を前に平静さを取り戻したのか少々お待ちくださいと言って内線でどこかに連絡し始めた。


今彼女が会えるかどうかを確認しているのだろう。休日だというのに働いているというのは何とも大変だなと思うばかりだ。


休日という事もあってかビルの中は閑散としている。だが人がいないわけではなかった。


受付にも人がいるという事もありある程度の人員は配置しているようだ。労働意欲が高いのかそれともただ単に不当労働をさせているのか、ただ単に休日出勤を強いているのか。どちらにしろ康太にとっては良いイメージはなかった。


「お待たせいたしました。あちらのエレベーターへどうぞ。案内のものがつきますので」


「ありがとうございます。あと何回かに分けてですけど荷物を運びたいんですけど」


「承知しております。ごゆっくりどうぞ」


幸彦の下にスーツを着た女性が近づいてくるとこちらですと言って案内を始めた。エレベーターで移動する際に何やらカードキーなどを差し込んでいた。


恐らく特定の階に移動する際は鍵を使わないと進めないようになっているのだろう。ホテルなどでも使われる手法だ。


どんどんと昇っていくエレベータに、康太は若干不安になっていた。途中で止まるとばかり思っていたためにこれ以上上に行くと最上階まで行ってしまうのではないかと感じたのだ。


「あの・・・幸彦さん・・・何階まで行くんですか?」


「ん?最上階だよ?」


「え?奏さんって何してるんですか・・・?もしかして秘書とか・・・?」


康太の言葉に案内役の女性が僅かに視線をこちらに向けるが、幸彦はそれとは対照的に視線を逸らしながら笑っていた。


「あはは・・・あの人が秘書か・・・あんな人に秘書はしてほしくないなぁ・・・まぁ行けばわかるよ・・・まぁある程度想像つくと思うけどね」


エレベーターが最上階に到着すると康太は先に荷物をおろし周囲を見渡していた。


最上階には特にこれといって何もない。カーペットが引かれ、エレベーターの前には比較的大きな扉が一つあるだけだ。この先に誰かがいるというのはすぐに理解できた。


「さぁいくよ。さっさと荷物を運んでしまわないとね」


幸彦が先に扉を開けるのを見て康太もそれに続く。扉を一つ、二つと超えた先には広めの部屋があった。そしてその奥には一人の女性が座っている。


大きな机に椅子、そしてその背後には幾つもの本やファイルのしまわれている本棚。机にはパソコンが置かれ、部屋のところどころには調度品が配置されていた。


「ノックもなしとは・・・随分偉くなったものだな幸彦」


「すいません奏姉さん、今荷物で両手がふさがっているもので」


「ふむ・・・腕が使えなければ足でやれと言いたいところだが・・・それはそれで不敬か・・・まぁいい、例のものを・・・ん?誰だそいつは?」


机に置かれたパソコンに向かったまま対応していた女性はこちらを見ると同時に康太の存在に気付いたようだった。


そして顔を上げたことでその女性の顔をようやく見ることができる。メガネをかけた黒髪の女性だ。僅かにスーツを着崩し、鋭い視線をこちらに向けている。


齢の程は四十代のような事を以前聞いたことがある。だが見た目は三十代と言っても通じる容姿だった。


女性にしては高い身長からスラリとしたモデルのような印象を受けるが、付くべきところにはしっかりとした肉付きもある肉感的な女性だった。


「部外者・・・ではないな。幸彦、そいつは誰だ?」


「師匠から聞いているでしょう?さーちゃんの二番目のお弟子さんだよ。康太君、自己紹介を」


「あ・・・はい・・・デブリス・クラリスの弟子、『ブライトビー』こと八篠康太です。よろしくお願いします」


康太は荷物を一度わきに置いて自己紹介するとしっかりと頭を下げる。彼女がもつ空気から康太は小百合に近しい、いやそれ以上に強い威圧感を感じていた。


小百合の上位互換と言ってもいいかもしれないその眼光に、既に康太は上下関係を理解していた。この人こそ小百合の兄弟子であると。


ブックマーク登録件数が1000件突破したのでお祝いで五回分投稿


1000という大きな区切りだったのでもうちょっとお祝いしようかとも思ったんですがまずはこれくらいで。次はもう少し大々的に祝いましょうか


これからもお楽しみいただければ幸いです

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