師匠の説教
「っていうかちょっと待ってください。師匠今お説教されてるんですか?」
「されてるよ?当然だよ、一般人を巻き込んで弟子にしたんだから。康太君がそれなりに素質も才能もあったからいいものの、本当だったらかなりの問題だからね。まぁ殺さないだけの常識はあったって事だろうけど・・・」
実際殺されかかった康太としては小百合に常識があったということに関しては多少物申したいところではあるが、師匠が説教を受けていると聞いて黙っていられるほど康太は大人ではない。
せっかくだから怒られている小百合の姿を見てやろうとニヤニヤしながら縁側から家の中へと向かおうとすると、幸彦は何とも複雑な表情をしていた。
「一応聞いておくけど・・・どこにいくんだい?」
「いや、師匠が怒られてるなんてレアな場面そんな見れるわけじゃないですからね。目に焼き付けておこうかと・・・」
「なんというか・・・君は自分の考えに素直な子だね・・・まぁ気持ちはわかるけども・・・」
幸彦は心配になりながら康太の後に続くと、ある一室の前、康太がここに来て最初に訪れた智代の私室の前に真理がいることに気が付いた。
一体何をしているのだろうかと思っていると、彼女は人差し指を口元に当てた後手招きをして見せた。
「康太君、レアなものが見れますよ」
「お・・・ひょっとして師匠ですか?」
「聞いていましたか。今まさにお説教の最中です」
真理もどうやら小百合が説教を受けるところは見たことがないのだろうか、声を小さくして康太の少し上から部屋の中を覗き込もうとしていた。
二人の小百合の弟子を見ながら、幸彦はなんだか似た者同士だなぁと眉をひそめている。普通師匠が怒られているところなど見たくないと思うものなのに、この二人はむしろ見たがっている節さえある。
見たところでいったいどうするのかと思えてしまうが、そのあたりは実際に小百合の弟子とならなければわからないかもしれない。
『・・・が普通の魔術を苦手としているのは知っています。でもやりようはいくらでもあったでしょう?何故そうしなかったの?』
『・・・こちらにもいろいろと事情がありまして・・・その頃は真理も動けずこちらも忙しかったんです』
『そんなものは言い訳にすぎないわ。康太君は何と言っているの?』
『あいつは魔術師になることをそこまで否定的には考えていないようでした。私の弟子になる過程は少々強引ではありましたが・・・』
『まったく・・・運がいいんだか悪いんだか・・・もし康太君が強く拒否しているのであれば制裁も加えるつもりだったけど・・・まぁ今はよしとします』
康太と真理の目には正座をして真っ直ぐに智代を見ている小百合の姿が映っていた。普通説教を受ける時は頭を垂れたり項垂れたりする物なような気がするのだが、小百合は頭を下げる気は一切ないらしい。
というより説教を受けたとしても自分は悪いことは何もしていないと思っているのかもしれない。それはそれでたちが悪いなと思いながら康太はその光景を眺めていた。
親に怒られる子供のような口調と対応だが、二人の視線は互いの目から全く離れない。普通はどちらかが気まずくなって視線を逸らすだろうにその予兆は全くなかった。
「なんか師匠すごい堂々としてますね・・・怒られてると思えないですよ」
「全くです・・・というかあれって普通に話してるように見えますね。度胸がいいんだか酷い性格なんだか・・・」
「・・・君たち結構ざっくり言うよね・・・師匠への言葉とは思えないよ」
もう何度も言われてきたことだが、康太と真理は小百合に対する扱いはそこまで良くない。いや小百合のことを知っているからこそこの反応をするというべきか。
小百合がこちらに対して雑な対応をする分、こちらも雑な対応をした方がいいという風に感じているのだ。そしてそれは恐らく間違っていない。
『あなたが真理ちゃんを弟子にした時も驚いたものだけど・・・康太君の場合は本当に不運だとしか言いようがないわね。貴女あの子に必要以上につらく当たっていないでしょうね?』
『もちろんです。あんなのでも私の弟子ですから。一人前になるまでは鍛え上げるつもりでいます』
あんなのでもと言われて康太は正直全く嬉しくはなかったが、とりあえず一人前にするつもりはあるのだなと少しだけ安心していた。
もし才能がないから後は勝手にやれという風に投げ出されたらどうしようかと思っていたところである。
「あんなのとかいわれてますよ?前に師匠の事適当に言ったから仕返しされてるんですかね?」
「可能性はありますね。師匠あぁ見えて結構みみっちいところありますし」
「君ら本当に容赦ないね。もう少し師を敬ってもいいんじゃ・・・」
「「あの人の扱いはこれでいいんですよ」」
まさかハモるとは思っていなかったため康太と真理は目を丸くしていたが、何度か頷いた後そのまま説教部屋を監視していた。
説教部屋と言っても実際は面談や面接のそれに近いかもしれない。少なくとも客観的に見て叱られているようには見えないのだ。
智代は多少強い視線と声音で小百合に対して言葉を向けているが、小百合はいつもと全く変わらない調子で受け答えしている。
やはりまったく悪びれる様子はない。むしろこれで正しいとすら思っている節がある。
自分の師匠に対して随分な態度だなと二人は思っていたが、思い返せば自分たちも似たようなものかとある意味納得していた。
『小百合・・・あなたから見て康太君はどうなの?』
『どう・・・とは?』
『言葉通りの意味よ。あの子のことをどのように思っているかを聞かせなさい』
小百合の失態の話から康太の事へと話が移ったことで、それを聞いている康太はびくっと身を強張らせた。
まさか自分の話がメインになるとは思っていなかっただけに、この話を自分が聞いてもいいのだろうかという考えが頭に浮かぶ。だが上には真理、後ろには幸彦がいる状況であまり急いで動くわけにもいかない。何より聞いているのがばれかねない。その為この場から動くことはできず、小百合の言葉を耳で受け止めるほかなかった。
『そうですね・・・面白いやつだとは思います。発想や考え方は柔軟、行動基準はやや単純ではありますが魔術師としての才能は十分にあるかと・・・素質はややいまいちですが』
素質がいまいちというのは康太にとって欠点でしかない。今まで康太が何度も言われてきたことだ。それを否定するつもりはないし、今さらどうこうするつもりもない。
それよりも康太は智代相手に小百合が低くないであろう評価を話していることに若干驚いていた。
もともと小百合は康太の評価は低くなかったが、自分の師匠に対してもあのような言葉を向けるとは思わなかったのである。
酷評とまではいわずとも、ある程度過小評価してもいいのではないかと思える時と場所で小百合は過大評価ではないかと思えるほどの言葉を出した。
「なかなか高評価じゃないですか・・・やりましたね康太君」
「・・・嬉しいんですけどすっごい複雑です・・・あんな褒めちぎったことないくせになんで俺がいないところであぁいう事言うかな・・・」
目の前でほめてくれれば康太だってやる気が出る。だがこうして康太がいない場所で評価されるというのは非常に恥ずかしくもある。
小百合が面と向かって褒められないタイプの人種であることは知っていた。だがここまでとはと康太は若干顔を赤くしながら眉をひそめていた。
『機転もきくしある程度器用です。時間はかかりますが十分一流の魔術師になれるだけの性能は持っています。スタートが遅かっただけに、魔術師として円熟するのは二十代の後半くらいだと思いますが・・・』
『そうね・・・魔術師としてのあの子の評価は恐らくそんなところでしょう・・・』
小百合だけではなく智代にも似た評価を付けられていたことに康太は再度驚く。康太はそこまで智代に実力を見せたつもりはない。
彼女が知っているのはせいぜい康太が二月から魔術という存在と接触したという事と、今覚えている魔術、そしてその練度くらいだ。
実際に戦っているところを見たわけでもないのに小百合の評価に納得しているというのは若干違和感が残る。
これも彼女の観察眼ゆえなのか、それとも三人の魔術師を一人前にしてきた経験からくるものか。どちらにせよ康太は智代から受けた評価に嬉しくも恥ずかしそうにしていた。
『でもね小百合、私が聞きたいのはそう言う事ではないの。魔術師としてのあの子ではなくただ一人の人としてのあの子はどうなのと聞いているの』
『どう・・・と言われましても・・・普段のあいつは文字通りただの高校生です。特に特筆するべき点もないというか・・・他の高校生と何ら変わりはないと思いますが』
ただの人間として、魔術師など全く関係なく康太を評価した場合小百合の言葉は非常に的を射ている。実際康太は魔術を覚えていなければ本当にただの高校生だ。
特筆するべき点もあまりない。勉強がものすごくできるわけでも、運動神経が飛び抜けていいというわけでも、超絶イケメンというわけでもない。
両親が金持ちとか特別な血筋とかがあるわけでもない。本当にただの一般市民と同じなのである。
聞いてて悲しくなってくるかもしれないが、これが普通なのだ。魔術師としてよりも一般人としての評価が低くなるのは当然だ。なにせ魔術という存在を省けば康太は本当にただの高校生なのだから。
『そう・・・今日見た限り確かにあの子はただの高校生に見えたわ。その点に関しては私も異論はない。けどね小百合、私が言いたいのはそこなのよ』
『そこ・・・とは?』
『ただの高校生だった・・・いえ、貴女と出会ったときはただの中学生だった男の子をこちらの勝手な都合に巻き込んだことに私は怒っているのよ。貴女はあの子の人生そのものを変えてしまったんだから』
人生そのものを変えた。
そう言葉を変えると確かに小百合はとんでもないことをしている。ただの男の子を魔術という得体の知れない存在と関わらせるという、それこそその人の本質さえ変えかねないようなことをしているのだ。
もちろんそこまで仰々しい大ごとであると、被害者である康太さえ認識していない。むしろ魔術という存在に関われたことに少しながらにせよ感謝すらしている。
だが小百合の師匠である智代はそれを許すつもりはないようだった。
なにせ彼女から向けられている言葉と、彼女自身から放たれる威圧感には怒りが満ちていたからである。
別の場所から見ている康太たちでさえはっきりと智代の怒りを感じることができるのだ、目の前で相対している小百合は康太たち以上の圧力を感じていることだろう。
一見動揺していないように見えるが、その頬に僅かにではあるが冷や汗が流れている。康太たちからは見えていないために堂々としているようにしか見えなかった。
魔術師として一般人を巻き込んだ。いや巻き込んだだけならまだよかったのだ。問題は小百合の未熟さが原因で康太が歩むはずだった人生を歩めなくなったというその一点に限られるのである。
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