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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
七話「破壊の源を与えたものたち」

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小百合の面影

チェックメイトにほど近い状態で、康太は腕を動かし続けていた。そしてそれは幸彦も同じだった。


まだ康太は参ったとも、降参とも言っていない。何より槍を使いにくくしたという状態なだけでまだ相手を叩き潰しているわけではないのだ。


故に、二人ともまだ戦いを止めたわけではなかった。


幸彦は槍と体の間に入れた腕を利用してそのまま康太を投げ飛ばそうとしていた。いや正確には地面に叩き付けることでこれ以上戦えない状態にしようとしたのだ。


対して康太にできることは限りなく少ない。槍を使えなくされ、もはや拳で相手の顔に一撃入れる程度の事しかできない。


だが康太はそれをしなかった。


康太は槍から手を離さなかった。離せなかった。


ただの愚行と思えるかもしれないこの行動が、康太の活路を見出していた。


腕で強引に投げられる中、康太は槍を矛先のついている部分を分解する。


魔術を使う訓練ではないために自分の体でやらなければいけないため多少面倒ではあったが、つける時より外すときの方が早く済む。なにせ強く固定するために締め付ける必要はないのだ。


地面に叩き付けられるその瞬間に、康太は矛先をバラし、幸彦の首に突き立てる。いや正確に言えば突き立てる寸前で寸止めした。


地面に背中が叩き付けられたことで肺の空気が押し出され軽い呼吸困難に陥るが、それでも康太の刃は幸彦の喉元に迫っていた。


「・・・ワォ・・・まさかこういう手に出るとはね・・・ちょっと・・・いや、かなり驚いた」


「この槍は・・・槍と同時にナイフとしても・・・扱えるようになってますからね・・・魔術が使えればそのあたり楽だったんですけど・・・」


僅かにせき込みながら康太は地面に大の字になって荒く息を吐く。槍を使うという意味では康太に分があった。なのに完全に動きを読まれた。


この一勝ははっきり言ってずるもいいところだ。槍を使って懐に入られ、いいようにやられて破れかぶれで使った最終手段。


いわばルールの穴をついたようなものだ。康太からすれば近づかせずに勝ちたかったのだが、そう簡単にはいかないらしい。


「なんにせよ負けは負け!いやぁさーちゃん、康太君は逸材だね!」


「ふふん、そうでしょう。私が手塩にかけて鍛えていますから」


康太の勝利は小百合としても鼻が高いのか、薄く笑みを浮かべながら腕組みをして何度も頷いている。


こちらとしては勝利とは言えないような何とも情けないものだが、それでもいいらしい。


どんな手段を用いてもいいから勝利する。それが小百合との訓練で学んだことだ。そう言う意味ではこの勝利もれっきとした一回の勝利である。


「でも康太君、なかなか槍の扱いが身についているのね。見ていて感心したわ」


「あ・・・ありがとうございます・・・まだまだ師匠に比べると見劣りしますけどね・・・」


「そこは年季が違うのだもの、しょうがないわ。幸彦は反省ね。あの状態で勝ったと確信していたでしょう?」


「はは・・・お恥ずかしい。まさかここまで戦い方がさーちゃんに似ているとは思いませんでした」


康太は智代から褒められ、幸彦はお叱りの言葉を受けていたが智代の声からは全く怒気が感じられなかった。


子供に対して全くしょうがないなと思っているような親の出す声に似ている。この人が小百合のいうような破天荒な人物であるとは思えなかった。


康太としても智代に褒められたのは嬉しいが、やはり先ほどの訓練は納得いかないものも多い。未熟な点が多すぎるのだ。いや想定が甘すぎると言った方がいいかもしれない。


もしあの状況で相手が小百合だったら、康太の槍を完全に見切り避けながら顔面に拳を叩き付けただろう。幸彦のように槍を使用不能にしてからの無力化などという優しい対応はしてくれなかったに違いない。


もし幸彦が完全に敵と対峙している状態だったら恐らく同じことが、いやそれ以上にえげつない攻撃だってできただろう。


康太が相手だったから、幸彦は極力怪我をさせないように穏便に無力化しようとしたのだ。


今回勝てたのは幸彦の優しさと、康太の姑息さによるものが大きい。


勝利したのはかなり嬉しい。だがその過程を考えると手放しに喜べないのも事実である。


「ちなみに康太君、もし魔術を使ってもいい状態であの状態になったらどうするつもりなんだい?」


「えっと・・・再現の魔術を使って対応します。近接攻撃はいくつもストックしてあるので懐に入られたら徹底的に殴るつもりでした」


「・・・なんというか本当に昔のさーちゃんの戦い方にそっくりだね。持ってる武器は違うけど・・・懐かしいなぁ・・・」


「幸兄さん、昔話はそのくらいにしてくれませんか?あまり聞いていて楽しい話でもないんですが」


「そう?僕は結構楽しいけどなぁ」


幸彦は基本的にいい人、というか随分温和な人物であるようだ。小百合の兄弟子とは思えないほどだ。


だがだからこそ小百合としては邪険にもできず、対応に困っているのだろう。


ほとんどが善意で構成されているからこそ始末に負えないという事もあるのだ。特にそれが自分に対することであればあるほどに。


昔の小百合の戦い方に似ている。そう言われたときに康太は少しだけ嬉しいと感じていた。


それはつまり、小百合の実力に近づいているという事でもあったのだから。


康太たちはその後何度か手合わせをした後一度訓練を切り上げ、夕食の支度を始めていた。


今回の調理は真理が手伝い、康太と幸彦、そして小百合は食卓で待ちながら昔話に花を咲かせていた。


「昔のさーちゃんはそれはもう頑張り屋さんでねぇ・・・いろいろ負けたくないからってってよく突っかかってきたもんだよ。まぁ相手にならなかったけど」


「・・・へぇ・・・昔から結構我が強かったんですね」


「・・・一体これは何の拷問だ・・・」


昔の自分を知っている人物がいると小百合もさすがに大人しくせざるを得ないのか、悔しそうに眉間にしわを寄せていた。


康太としては小百合の昔話というのは非常に興味があるために幸彦の話に耳を傾けて今の小百合と見比べて想像していた。


解析の魔術を発動した時に見たあの小さな女の子。あれが小百合であるということを知っているだけにイメージは比較的しやすかった。


もっともあの姿だけでは状況全てを想像できるわけではなかったが。


「昔の写真とかないんですか?記念写真とかそう言うの」


「ん・・・魔術師は基本的に記録を残すのはごく一部だからね・・・そう言うのはないんだよ。記念とかいうのもほとんどないかな」


「あー・・・そっか魔術って基本隠匿するものですもんね」


魔術に関わるものはすべて隠匿する。それが基本事項だ。だからこそむやみやたらと記録に残るようなことはしないのが普通なのである。


後世にまで残さなければいけないような重要事項はまた別だがそれ以外の日常的なことは記録には残さないのが魔術師にとっては普通なのだ。


なにせ仮に一般人に写真を見られた場合、状況の説明が面倒なのだ。いちいちその説明をするよりは、魔術の存在が露呈する可能性があるのであれば最初から残さない方がいいという事である。


「でもせっかく写真とかあるんだし少しは残してもいいと思うんだけどなぁ・・・」


「はは・・・そうか、確か康太君は今年魔術師になったばかりなんだっけ?そう言う考えが出るのも仕方ないかもしれないね」


普通の魔術師としての考えができるのであれば意味がなければ写真に残すことなどしない。だが康太はそういう考えがまだできないために意味がなくてもその時間を写真に記録するということそのものに意味を見出すことができるのだ。


若干矛盾した言い回しかもしれないが、普通の人間としては日常を記録することはさしておかしい話ではない。


だがこの場にいるのは全員魔術師なのだ。康太の考えの方が少数であるというのは言うまでもないことである。


「確かに、自分の記憶の中だけに留めるというのは寂しいものかもしれないけどね・・・明確に残すだけじゃなくて別の形で記録することだってあるんだよ」


「別の形?それってどういうことですか?」


「よし、見せてあげよう・・・ちょっと待っててね」


幸彦はそう言って一度席を外す。どこかに何かを取りに行ったのだと思うがそれが何なのか康太も小百合も分からずに首をかしげていた。


「それにしても師匠の昔話は聞いてて楽しいですね。いろいろ分かるし」


「人の過去を穿り返して楽しいなど趣味が悪いぞ。まぁ他人の失敗談を聞いて面白いというのはわからなくもないが・・・」


「特に師匠の場合昔の姿がほとんど想像できないってのがありますね。今度エアリスさんにも聞いてみようかな・・・」


「あいつに聞くのはやめておけ。どうせ私の悪いことばかり覚えているんだ。あいつの話は参考にするな」


本当に昔から付き合いがあって、そして昔から仲が悪かったのだなと思いながら康太は眉をひそめる。


思えば小百合とエアリスがどれくらい昔から知り合っているのか、康太はまだ知らないのだ。


一度聞いてみてもいいかもなと思っていると幸彦が何やら剣のようなものを取り出してこちらにやってきた。


「これこれ・・・懐かしいなぁ」


「幸兄さん・・・それって」


「そうだよ、君の初めての装備だ」


テーブルの上に置いたその剣は非常に細身で、長さもそれほどない所謂レイピアと呼ばれるものだった。


筋力のないころの装備だったのだろう、あちこちに傷がついているがそれよりも康太が注目したのはその刀身だった。


鞘から取り出すとその刀身は中心部分で綺麗に折れているのがわかる。


折れているだけではなくところどころに刃こぼれが目立つ。相当使い込んだのだという事だけは理解できた。


「懐かしい・・・まだとってあったんですね」


「こういうものを捨てることはできないからね。まぁこういう形で思い出を残すっていう事もあるってことさ」


「へぇ・・・すごいですねこれ・・・」


康太は折れたレイピアを軽く握り振ってみる。非常に軽く、これが小百合のために用意されている女性用の武具であるということにすぐ気付いた。なにせ柄の部分にクラリスという名前が彫ってあるのだ。


小百合と共に戦い、その傷を深めていったという事がこの剣からは読み取れた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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