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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
七話「破壊の源を与えたものたち」

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拳と槍の対峙

結果から言えば、康太の惨敗である。


もっともそんなことは最初から分かっていたことなのだ。経験も実力も何もかも上の相手に対して肉弾戦で勝てると思うほど康太はバカではない。


だが康太とて、ただ黙ってやられるほど弱くはなかった。


いや、本来ならほぼ一方的にやられるだけの実力差だったのだが、康太が最後に意地を見せたのである。


肉体強化を使った幸彦は康太が反応できるレベルの速度ではなかった。康太自身も肉体強化を使い反応速度や運動能力を上げていたというのにほとんど反応することができなかったのである。


康太の肉体強化はまだ精度が低く、そこまで高い効果は得られないのに対して幸彦のそれはほぼ限界値まで身体能力が底上げされている。もともとの身体能力の状態でさえ負けていたのに明らかに威力も速度も上がった状態で康太が対応できるはずがなかった。


先程まではギリギリ対応できた左ジャブから徐々に切り崩され足技を使われることもなく腕だけでほぼ完封されてしまったのである。


だが最後に幸彦が拳を叩き付ける瞬間、康太は体勢を崩しながらもその頭部めがけて蹴りを放ったのだ。


体勢を崩したこともありほとんど威力はなかったがそれでも顔に一撃入れたことになり相打ちに近い形だ。もっとも相打ちと言ってもダメージは比較すらできないほどに差がついているが。


「あぅぅ・・・いてぇ・・・」


「お疲れ様です、よく頑張りましたね」


康太は深いダメージを抱えた状態で真理に治療を受けている。ところどころ痣ができ、口の中は切れ僅かに血が滲んでいる。


やりすぎではないかと思ったがそれでも相手が手加減してくれているのはよくわかった。なにせ康太が普通に意識を保てているのだ。もし幸彦が本気になったら今康太は完全に気絶してしまっているだろう。


「いやぁ顔に一発貰ったのは久しぶりだなぁ。さーちゃん、康太君はなかなかガッツがある子だね」


「当然です、私の弟子ですから」


途中であきらめるような軟弱な育て方はしていませんと誇らしそうに笑って見せるが、確かに小百合の指導は途中であきらめてどうにかなるような類のものではない。


課題を越えない限り延々と同じ状況を繰り返すこともあるために常に考えることを強要される。


意識が途切れるまで、いや途切れたとしても体が反応するように指導するのが小百合の近接戦においての修業法だ。その方法が正しいかどうかはさておき現に康太はある程度戦えるようにはなってきている。


「でも実際大したものだよ。あの状況でまだ反撃しようとするなんてなかなかできないからね」


「いやぁ・・・ちゃんと一泡吹かせないと師匠に怒られると思って・・・」


「よくわかっているじゃないか。一発も当てずに負けていたら徹底的に指導していたところだ」


康太が最後に一撃入れたのは本当にボロボロになり意識も朦朧としているほどにグロッキーの状態だった。


本当に相手の拳を受けたら、いや押されただけで倒れるのではないかという状況で体に拳を叩きつけられその状態から破れかぶれで放った蹴りが丁度幸彦の顔に当たったのだ。


運の要素も強かったが、運も実力の内という言葉もある。諦めなかった康太に対する褒美のようなものだろう。


「でも普段戦う時は素手なのかい?なんだかやりにくそうだったけど」


「あー・・・普段は槍を使うんですよ。徒手空拳は時々ボコられるときくらいで・・・」


「うんうん・・・じゃあ次は槍を使って戦おう。僕は素手で君は槍、その方がいい訓練になるだろ」


「え・・・?でもさすがに素手相手じゃ・・・」


危ないんじゃないだろうかと思った瞬間康太はその考えを否定する。手加減している状態にもかかわらずあれだけの動きができる人間なのだ。それこそ康太の槍など無視して攻撃ができると考えたほうがいいだろう。


康太は大丈夫だろうかと一応小百合に視線を向けると、彼女はその視線とその意味に気付いたのか小さくうなずいていた。


「わかりました、お願いします」


「うん、何でもやってみるのはいいことだからね。康太君が回復したら始めようか」


槍と素手の戦い。はっきり言って康太の方が断然有利に見えるが実際はその逆もあり得るのだ。


槍というのはそのリーチの反面懐に入られると非常に弱い。その為康太は再現の魔術などを用いてその弱みを失くしているが今は体術のみの訓練だ。その方法をとることは難しいだろう。


至近距離における戦いを学ぶいい機会でもある。普通の魔術師が近接戦を好まないとはいえ小百合や幸彦のようなタイプの魔術師がいないとも限らないのだ。


遠近両用、というとなんだかメガネのようだが実際そう言うタイプの魔術師がいるかもしれない。康太もそれに近づけるために、なおかつそれらと戦っても対応できるようにある程度慣れておく必要があるのは間違いなかった。


そしてついでに先程教えてもらった構築の魔術の練習でもしようと思い立ち、康太はカバンの中から槍を取り出すべく飛び起きて荷物の置いてある部屋へと移動した。



新しい魔術を教わった時の康太は基本的に反復練習を繰り返す。今までそうしてきたように今回もそうしたいところだが、今は幸彦との訓練が優先される。その為に構築の魔術の発動訓練ができたのは数える程度だった。


当然その程度の練度では発動率も精度も低く、何度か試してようやく発動する程度のものだ。


練度は圧倒的に足りない。リーチの長い槍という武器を使っているために至近距離での扱いは非常に難しくなってしまう。


だが康太の中にはいくつか考えがあった。とりあえず康太は槍を持って幸彦の待つ庭へと走る。


「お待たせしました。いつでも行けます」


康太は短く集中した後で構築の魔術を発動しようと術式をくみ上げる。


練度の低さのせいもあって何度か発動してようやく魔術は正しく発動された。


ねじり込むことで組み立てられる槍は魔術の効果により康太の手を借りずに自ら槍の形を作っていく。


康太が槍を構えたのを見て幸彦は薄く笑う。


「どうかしましたか?」


「いやごめんね、構えがさーちゃんそっくりでさ。やっぱさーちゃんの弟子なんだなっておもって」


康太の構えは基本的に小百合の構えを模倣したものだ。似るのは当然というものである。弟子は師から学ぶもの。特に小百合は康太にいちいち槍の技術など教えてくれなかったのだ。


まさに見て盗むしか上達の術がなかったのである。小百合の構えに酷似してしまうのはそのためだろう。


だが小百合の構えと似ているからと言って行動すべてが小百合の技術そのままというわけではない。何より小百合の劣化品だと思われるのは康太としても気分が良くなかった。


「師匠とは一味違うところを見せてみせます」


「それは楽しみだ。それじゃあかかっておいで」


自分は待つ側であるという事を決めているのか、それともただ単に康太がどのような行動に出るのか気になるのか、幸彦はじっと康太の方を見ながら構えをとっていた。


康太は構えた槍を軽く振り回しながらゆっくりと間合いまで近づこうとしていた。槍の利点はリーチの長さだ。相手が徒手空拳で挑む以上このリーチを活かさない手はない。


もう一歩進めば槍の間合いに入る。そのギリギリのところで一度停止すると康太は一呼吸おいてから槍を持つ手に力を込める。


合図もなく、康太はまず幸彦の首めがけて槍を横薙に振りぬく。


矛先が丁度幸彦の喉元に触れる程の距離での攻撃、まず間違いなく相手の攻撃は届かない位置からの攻撃だった。


幸彦は僅かに体をのけぞらせて刃を軽々と回避すると拳を構えた状態で康太との間合いをつめようとしていた。だが当然康太も近寄らせるつもりはない。体を反転させながら今度は柄の部分で相手の足を狙い、全力で振りぬく。


足首を狙っていたのに気付いたのか幸彦はそこにあった足を引いて槍の打撃を避けるが康太はすでに次の攻撃態勢に入っている。


康太の槍術は突きを主流にしたものではなく、切り、薙ぎを中心にしたものだ。体を回転することで止まることなく相手への攻撃が可能で、斬撃と打撃を交互に行うことができるという点でも優れている。


多少目が回るのが欠点だがそれ以上の利点はあるのだ。


見た目的にかっこいいというのが理由の一つでもあるのは内緒である。


「なかなか早いね。間合いに入りにくいや」


「簡単に入られちゃこっちとしても困りますからね!」


幸彦は康太が打撃の攻撃をする瞬間に強引に防御することで入ろうとしているようだが、康太は基本打撃の攻撃は相手の脚部へ、そして刃での攻撃は相手の胴体部分へと向けることにしていた。


脚部への攻撃なら当たれば相手のバランスを崩せるし刃の攻撃は避けることに集中するために面積の大きい体に標的を向けたほうが牽制にもなる。


相手を近づけさせないための戦いを康太はすでに心得ていた。伊達にほぼ毎日小百合と戦っているわけではないのだ。


だが幸彦とて槍相手の戦いは初めてではないのだ。康太の使う槍術も見たことがないわけではない。小百合の技術を自らのものにしてアレンジしているようだが似たようなことを兄弟弟子が何度か使っていたことがあるのだ。


康太が刃を振おうとした瞬間、幸彦は一瞬だけ足に力を入れ急激に間合いを詰める。


槍の刃は基本的に先端についている。その為間合いを急激に詰めてしまえばただの刃物がついた棒でしかない。


軽く腕で槍の動きをとめながら拳の射程範囲に入ろうとしてくる幸彦に対して康太は冷静だった。


この対応はすでに小百合が使ったことがあるのだ。今まで何度も小百合はこうやって康太の間合いに入り込んできた。何度も何度も同じ手を喰らうほど康太はバカではない。


防御され止まった槍を手元に引き寄せながら半回転、持っている部分と向けている部分の比率を変えて幸彦めがけて刃を向けるように突き立てる。


人間が動くよりも手で動かすほうが早いのは当然だ。しかもそれが予想していた動きならなおさらである。


問題なく接近できると思っていた幸彦は急速な槍の変化に若干驚きながら刃を回避しつつ康太から距離をとっていた。


康太の槍の練度はそれなり以上に高くなっている。小百合と比較するとやはりまだまだ未熟さが目立つがそれでも実戦で役に立つレベルにはなっているのだ。


「危ない危ない・・・さーちゃんの弟子なだけあるなぁ、良い反応する」


「お褒めに与り光栄です。武器持ちであっさりやられるわけにはいきませんからね」


康太は武器を持っているというのに対して幸彦は素手だ。この優位を全く活かせずにやられたのでは小百合に申し訳が立たないというもの。


第一素手相手にそう簡単にやられるのは康太のプライドが許さなかった。あってないようなプライドだが、それでも素手相手に簡単にやられるというのは悔しいのである。


いくら相手が格上でも、多少は抵抗したいというのが康太の考えだった。


康太は弱い、それを理解しているから近づけさせては負けだという事を理解している。懐に入れてしまった時点で康太の負けなのだ。いくら槍がリーチが長いと言っても所詮は懐に入れば刃物のついた棒でしかない。


何より相手の方が圧倒的な格上、懐に入られた時点でもはやなすすべがないだろう。一応奥の手を用意してあるが可能な限りそれは使いたくなかった。


もっとも使わなくてはいけないような状況になるだろうが。


康太が槍を構えている間、幸彦はどのように攻めようか考えているようだった。康太は小百合と一緒に日々訓練を重ねている。槍の扱いだけではなく素手に対しての戦い方、あるいはそれに近しい武器への対応の仕方も理解しているだろう。


となればその裏を突くのが一番だろうなと幸彦は僅かに身を屈めて重心を低くする。


明らかな突撃体勢だ。小百合も訓練のとき何度かあのような姿勢をとったことがある。


突っ込んできた敵への対処は大まかに分けて三種類。一つは引きながら槍を使いやり過ごす。一つは後ろではなく横に動いて相手の動きを読みながら対応する。最後にこちらも突進する。


先にあげた二つははっきり言って逃げながら戦うという事だ。相手が懐に入ることがないように距離を取りながら槍で牽制するというだけの事である。


だが最後の一つは違う。相手が突撃するのを見て逆にこちらから距離を縮める危険な戦い方だ。これは相手がこちらが引くということを前提にしている時に使う戦い方だ。


意表を突くと言えばいいだろうか、相手がこちらが引くことを理解しているからこそ、その逆を突いて動くからこそ相手は一瞬躊躇する。意識の不意打ちのようなものだ。そうやって崩されたリズムを立て直すのは難しい。


もちろんリスクは大きい。相手の得意な距離に自分から飛び込もうというのだ。一つ間違えば瞬殺される可能性だってある。


相手の突進の速度とタイミング。それらを完全に見切ったうえでやらないと失敗の確率の方が大きくなってしまう。


はっきり言って今の段階でやるべき行為ではない。


だがだからこそ今やるべきだと思っていた。


普通に考えればもう少し相手の動きを見てから行動に移すべきだ、ファーストコンタクトから突っ込むなんて自殺行為も甚だしい。


だがだからこそ相手は動揺するはずなのだ。普通なら取らないような手段を取るからこそ、この行動には意味がある。


一矢報いる。先程の徒手空拳では苦し紛れの一撃を与えるのが精一杯だったが今度は確実に一撃を与えて見せると康太はやる気をみなぎらせていた。


やや後方に引き気味な構えを見せ、これから自分は後退するという事を僅かに見せながら康太は呼吸を整える。


集中を高め康太は矛先を幸彦に向ける。高い集中状態になっているのが自分でもわかる。相手の動きをゆっくり観察できる。


手足、指先、その視線の動きまでしっかりと把握できていた。これほどの集中状態になったのは何時振りだろうか、そう思えるほどの集中状態である。

だからこそ康太は相手の動きを見逃さなかった。


低くしてあった重心をさらに低くし、幸彦は康太めがけて接近して来ようとする。それに呼応して康太も重心を前に移動して一気に接近を始めた。


槍を構えての突きでの突進。相手もこちらに突進している以上反応できる余裕はほとんどない。


これが決まれば勝負は康太の勝利で決着となるだろう。もし槍をギリギリで回避できてもその後の行動で畳みかけるつもりで康太は攻撃していた。


「やっぱり、さーちゃんの弟子ならそうすると思った」


本当に短い、瞬きにも満たない一瞬だったはずなのに康太はその声を聞いた気がした。


幸彦は突き出された槍を円の動きで軌道をほんの少しずらすと、そのまま拳を構えてこちらへの反撃の構えをとっていた。


考えを読まれた。


相手が小百合の兄弟弟子という時点でこの状況を予測しておくべきだったのだ。


小百合は良くも悪くも普通ではない。だからこそその弟子である康太も普通ではない、普通の行動はしてこないと幸彦は予測したのだ。そしてその予測は見事的中した。


後退するならそのまま追い詰め、接近してきてもいいように心構えをしておく。当たり前のような事を幸彦は本当に当たり前にやってのけたのだ。


懐に入られた。槍を武器としている康太はこの時点で選択肢が二つしかなくなった。


このまま拳を叩き付けられるか、または槍を捨てて素手で応戦するべきか。

どちらにせよ康太の不利は変わらない。


否、そんなことは最初からわかっていたことだ。康太は歯を食いしばりながら槍を操る。


肩に拳を叩きつけられ体は軽く吹っ飛びかけるが、康太は意識を失うことなく態勢を整えようとしていた。


拳の威力がありすぎるというのも考え物だ、どんなに距離をつめても自らの拳で僅かに距離ができてしまう。そのわずかな隙を利用してまた距離を取ろうと槍を操るのだが槍を操る手と体の間に強引に腕を突っ込まれる形となり、これ以上槍を操ることができなくなってしまう。


土曜日、そして誤字報告五件分受けたので合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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