頼みごと
「いやぁそれにしても君が男の子でよかったよ。今まで僕しか身近に男がいなかったからさ、肩身が狭くて狭くて」
「あー・・・大変でしたね・・・いろいろと話は聞いています」
「ハッハッハ。あれでも師匠はだいぶ丸くなった方だけどね・・・うちの奏姉さんの方がちょっといろいろとね・・・」
奏姉さん。小百合と幸彦のもう一人の兄弟子。岩下智代の正当な後継者に当たる魔術師。
小百合の性格をさらにきつくした感じだとかさらに傍若無人にしたような感じだとか、事前情報からして既にいい人物とは思えなかった。
一番弟子は小百合の数倍恐ろしい人。二番弟子は気のよさそうなおじさん。三番弟子は小百合となかなか濃い弟子達だ。
智代は何を思ってこの三人を弟子にしたのか。いやもしかしたら智代の弟子だったから三人は濃いキャラになったのかもしれない。鶏が先か卵が先かという話ではないが、なんとなくそんな気がしてならなかった。
目の前にいる小野瀬幸彦。
外見からしてかなりの肉体派であるという事は想像に難くない。年の頃は三十後半といったところだろうか。短髪でひげもしっかりそっており清潔感が漂っている。その重厚な筋肉の鎧のせいで爽やかさはかなり減退してしまっているが。
「そう言えば今回はどうして智代さんの所に?やっぱ呼ばれたんですか?」
「うん、何でも頼みたいことがあるとかでね。師匠に会うのも結構久しぶりだったし丁度いいかなと思って。仕事も休みとれたし」
爽やかにそう笑いながらリビングにやってくるとすでに冷たい茶とそれにあう茶菓子が用意されている状態だった。
康太は荷物を部屋の隅に置くと一番末席に移動し幸彦が座るのを待った。
「改めまして、お久しぶりです師匠。そして久しぶりさーちゃん」
「元気そうで何よりね。顔が見れてうれしいわ」
「その呼び方はやめてくれと何度言いましたかね?いい加減怒りますよ?」
さーちゃんと呼ばれるのがよほど嫌なのか、小百合は眉間にしわを寄せてため息をついているがこの場ではそれ以上言及するつもりはないのか、智代の方に視線を向けていた。
先程聞けなかったもう一つの用件について確認したかったのである。
話では幸彦にも関わりがあるようなことを言っていたが一体どのような要件なのか。それが面倒事でないことを祈るばかりだが恐らくそう言うわけにもいかないだろう。
「それで師匠、僕たちを呼んだ理由は一体?」
「あぁその話ね・・・実はちょっと届けてほしいものがあってね。納戸にあるから後で説明するけどそれを運んでほしいのよ」
「なるほど・・・それなりに重いものなんですか?」
「えぇ・・・だから幸彦と康太君にお願いしたくてね。結構な量があるから男手が欲しかったのよ」
なるほどと小百合と幸彦は納得していた。わざわざ康太たちを呼んだという事は運んでほしいものというのは魔術的な物品なのだろう。
ただの宅配業者などに頼むわけにもいかないために弟子や孫弟子である康太たちに声をかけたという事である。
そこまで大変なことではないなと康太が安堵している中小百合と幸彦、そして真理はまだ険しい顔をしていた。
「ちなみに、それをどこまで運べば?協会ですか?」
「いいえ、奏の所に。あの子この三連休も仕事だから取りに来られないのよ」
奏の名前が出た瞬間、小百合と幸彦、そして真理の顔が引きつる。
あの人の所に行くのかと幸彦は特に嫌そうにしていた。
「師匠・・・それは私達も同行したほうがいいのですか?」
「いえ、荷物を運んでくれさえすれば別にどうしようと勝手だけど・・・久しぶりに顔を見せに行ったほうがいいんじゃないの?」
「・・・いえ、あの人には極力会いたくないです・・・」
嫌われたものだなと思いながらもどうやら幸彦も同じ考えの様で苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
そんなに奏に会うのは嫌なのかと康太は僅かに眉をひそめていた。
「姉さん・・・その奏さんってたしか一番弟子の人ですよね?」
「はい、師匠たち三人のお弟子さんの中でも一番気性の荒い方です。私も数えるほどしかあったことはありませんが・・・なかなかすごい方ですよ」
前にも聞いていたがやはり気性の荒さは三人の弟子の中でもトップクラスなのだろう。
康太としては会って見たいような会ってみたくないような感じだが、この流れだと確実に会うことになってしまうだろう。
「という事で康太、お前は幸兄さんと一緒に奏姉さんの所に行け。真理、お前も行きたければ行ってもいいぞ?」
「え!?・・・えっと・・・その・・・」
「あ・・・姉さん、無理しなくても大丈夫ですよ。師匠以上にすごい人だとたぶんフォローとか無理でしょうから」
今回は俺だけがいけにえになりますよと微笑みを浮かべると一瞬でも躊躇したことが恥ずかしくなったのか、真理は意を決して首を横に振る。
「いいえ、可愛い弟弟子をむざむざ死地に追いやることなどできません。私も同行します。何ができるかはわかりませんが」
「あはは・・・奏姉さん相変わらずひどい扱いだな・・・まぁ仕方ない部分もあるんだろうけど・・・」
我が兄弟子ながらひどい話だと幸彦は苦笑いしているが、その事情を理解できてしまうだけに何ともいえない。そしてその死地に自分も行くことになるのだがなと幸彦は僅かにため息をついていた。




