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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
七話「破壊の源を与えたものたち」

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智代の教え

「そんなにせかさなくてもいいように思うけど・・・まぁいいわ。今回貴女たちを呼んだ理由は三つ。一つは康太君の顔を見てみたかったこと。小百合の弟子ならしっかり見ておかないとね」


見ておかないと。康太はその言葉には何か別の意味が含まれているように感じられた。少なくとも言葉通り、物理的にただ見るというわけではないだろう。先程の視線からしてもどこか康太の体だけではなく別の所を見ている気がするのだ。


そしてその考えは恐らく的中している。物理的な視点ではなく、智代は康太の内面を魔術的な視点で見ているはずだ。


それが体の話なのか、それとも魔術師としての何かなのかは康太にはわからなかったが。


「して・・・もう二つは?」


「一つは幸彦がこっちにこられるらしいからどうせならあなたたちも一緒にと思ったの。弟子同士が一緒に過ごせる時間なんてなかなかないでしょうから」


幸彦、それが誰を表すことなのか康太はなんとなく察していた。


恐らく小百合の兄弟子、術師名クレイド・R・ルィバズその人だろう。幸彦という名前からその術師名を連想することはまず無理だが、今の会話を聞く限りはそれ以外に思い当たる節がないのだ。


「そうですか・・・あの人が戻ってくるんですね」


小百合の表情もどこか穏やかになっている気がする。少なくとも先程までどちらの弟子が来るのか気になっていた状態より顔色も表情も平時のそれに近づいている。


もっとも師匠が目の前にいるという事もあってまだ若干緊張しているようではある。小百合をしてここまでの精神的圧迫感を与えるとはやはり智代は只者ではないのだなと康太は感心していた。


「それでもう一つの要件というのは?」


「それは幸彦も関わってくるからまたあとに説明するわ。まずは荷物を置いてきなさい。その間にお昼ご飯の用意をしてしまうから」


「そんな、師匠のお手を煩わせずとも私達でやります」


いくら智代の家であるとはいえ師匠に食事の支度をさせるわけにはいかないと思ったのだろう、立ち上がろうとする智代を制止して小百合が真理に視線を送りながら立ち上がりそう提案するが、智代はその制止を全く意に介さず柔らかく微笑む。


「あら、誰かのために食事を作るという私の数少ない楽しみを奪うつもりかしら?随分と立派になったものね小百合」


「は・・・い、いえそのようなつもりは・・・」


「ふふ・・・冗談よ。でもせっかく来てくれたんだからゆっくりしていきなさい。康太君はよく食べそうだから作り甲斐があるわ」


夫を早くに亡くし、すでに子供も自立しているとなれば一人暮らしの身としては一人の食事というのは寂しいと思うところもあるのだろう。


誰かのために食事を作る。それは当たり前にできる事ではないのだ。誰かがいなければそれはできない。


魔術師として名をはせ、小百合に強く恐れられる智代も誰かのために食事を作り『美味しい』と言ってもらえる事が喜びであることには変わりないらしい。


先程までの魔術師としての、小百合の師匠としての独特の緊迫感は失せ、最初に康太が抱いていたようなただの近所のおばあちゃんのような穏やかな雰囲気になったことで康太は僅かに緊張を緩めていた。


「そうだ康太君、ちょっと重いものを運んでほしいんだけどお願いできるかしら?自分の荷物を運んでからでいいから」


「あ・・・はい分かりました。何を運ぶんです?」


「来れば分かるわ。台所で待ってるから」


そう言って先に台所に向かおうとする智代を見送ろうとしたのだが、その後ろで小百合が小声で康太に話しかける。


「お前の荷物は私と真理が運んでおく。お前は師匠の手伝いをしておけ」


「わかりました。師匠、姉さん、お願いします」


康太は智代の後ろ姿が見えなくなる前に彼女の下に追いつくべく小走りで廊下を移動していた。


その足音を聞いたからか、智代は移動しながらゆっくりとこちらを振り向き微笑んでいた。


「あら、随分早いのね」


「はい、師匠と姉さんが気を回してくれまして・・・」


「ふふ・・・真理ちゃんはともかくあの子もそう言う気配りができるようになったのね」


あの子というのが小百合のことを指していると気づくのに時間はかからなかったが康太は非常に強い違和感を覚えていた。


自分の師匠をあの子呼ばわり。やはりこの人は小百合の師匠なのだなとしみじみと思う。


並んで立つと素の身長差がはっきり分かる。先程まで座っていた時はピンと伸びていた背筋、そして凛とした表情に目を奪われたが実際に横に並ぶとその体の細さと弱弱しさをただ見るだけでも確認できた。


手や顔、そして首周りから体全体に至るまで細く、衰えている。


いくら魔術を極めようとも老いには勝てないという事なのだろうか、目の前にいる高齢の女性を前に康太は僅かに目を細めていた。


「あの・・・岩下さん・・・?」


「ふふ・・・智代でいいわよ?あの子のお弟子さんなんだからそんな他人行儀にならなくてもいいのに」


「すいません・・・じゃあ智代さん、いくつか聞いてみたいことがあるんですけど、いいですか?」


「えぇいいわよ。あの子繋がりかしら?」


智代の言葉にそうですと苦笑しながらつぶやく康太。康太が知りたかったのは昔の小百合の話だった。今自分が知らない小百合の過去。師匠の昔の姿を康太は見てみたかった。恐らく小百合に聞いてもはぐらかされるだろうから彼女の師匠である智代に聞くのが一番手っ取り早いと思ったのだ。


「師匠が子供の頃・・・特に修業中の話を聞きたくて。実際にどんな感じだったんですか?」


台所について康太は智代に言われるがままに重い荷物を移動させていた。それは大きな樽だったり料理の邪魔になる棚だったりとさまざまだったが、筋力も体力もある康太からすれば楽な仕事だった。


台所も和風というか、どこか古めかしいいい雰囲気の場所だった。そしてよく料理をするのか細部にまで手入れが届いているのがよくわかる。自分の祖父母の家もこんな感じだったなと思い出しながら康太はそう切り出していた。


「あの子の子供の時の話ねぇ・・・と言っても今もまだ子供みたいなものだけれど・・・とてもやんちゃな子だったかしら」


「やんちゃ・・・ですか?」


「えぇ、一つ魔術を覚えるとそれを使いたがってね。特にあの子はなぜか覚えられる魔術が限られていたから新しい魔術を覚えるのが嬉しかったんでしょう」


覚えられる魔術が限られていた。それはつまり破壊につながる魔術しか覚えられなかったという事だ。


康太はそんな特殊な性質はない。だからこそ普通に魔術を覚えられているが小百合は少々特殊なタイプの魔術師だったのだ。


各個人に属性に対する相性があるように、小百合にとっては破壊に通じる魔術における適性が高く、それ以外の魔術は全くと言って良いほど適性がなかったのだ。


それを早期に見抜いた智代の眼力もたいしたものだが、小百合を一人前にまで育てられるだけの破壊魔術のストックにも驚かされる。


「毎回毎回幸彦に相手をしてもらってね、時々奏に叩きのめされながら頑張ってたくましくなっていったのよ。あの子が使う武器や体術は二人のものをミックスしたものなのよ?」


「へぇ・・・だからあんなに・・・」


奏というのは恐らく小百合のもう一人の兄弟子だろう。小百合と真理が可能なら会いたくないと言っていた人物に相違ないだろうことは容易に想像できた。


当時の強烈な記憶が今も残っているのだろう。だからこそ苦手意識を持ち、そして自分もそうやって強くなったからこそ今も康太に対して厳しく接しているのだ。


「康太君はどうやって普段修業しているの?あの子の事だからだいぶ雑なんじゃない?」


「そんなことは・・・まぁいろいろ思うところはありますけど師匠との修業はためになります。毎回叩きのめされますけど」


武器だけの鍛錬でも、魔術を用いた状態での鍛錬でも基本的に康太は小百合には全く歯が立たない。


それは康太自身がもつ実力なのだろうが、小百合の有する技術の高さも起因している。


それはほぼ実戦に近い日常的な修業によって培ったものだ。それがどれだけの痛みと共に培われたものであるか、想像するのは難しい。


「でもまぁ・・・師匠は破壊の魔術しか使えないので、それ以外の魔術は他の人に教わるしかないんですけど・・・」


「・・・あぁ、あなたはまだ魔術師としての感覚がほとんど目覚めていないんだったわね?」


「はい、なので魔導書とか見ても普通の本にしか見えなくて。精霊とかもまだ見えないんですよ」


魔術師として過ごして日が浅い康太は、肉体が魔術師のそれにまだ完全に適応できていないのだ。


人間というのは状況に適応しようと、周囲の環境に対応しようとありとあらゆる変化をもたらしていく。


魔術師になったことで今までと違う感覚を操る康太、そしてそれによって新しい感覚に目覚めることもある。


それが魔術師として有する五感だ。視覚聴覚嗅覚触覚味覚、あらゆる感覚が魔術師のそれとして適合していく。それによって普通なら見えないものも見えてくるのだ。


小百合や文の話では二学期が始まるころにはその感覚が目覚め始めるとのことだったが、正直言ってまったく実感がわかないのである。


「そう・・・康太君、ちょっとこの箱を分解してみてくれないかしら?」


「え?いいんですか?」


「構わないわ、すぐに戻せるから」


戻せるというのはつまり分解とは逆の魔術が使えるのだろうが今はそんなことは気にするべきではない。


小百合の師匠の目の前で魔術を使う。分解の魔術は康太が有する魔術の中で最も練度の高い魔術だ。いいところを見せるとまでは言えないが自分がこの魔術をどこまで操れるようになったのかを見せるいい機会でもある。


康太は短く集中し、智代が置いた小さな木箱に手を向け息を吐いた後魔術を発動した。


発動した瞬間木箱はパーツ一つ一つになるまでばらばらに分解されてしまう。木箱は金具などは使わないタイプのものだったようでそこに金属片などはなかった。まるで分解されることを前提にしたような箱だった。


「・・・仕方のないことではあるけれど・・・やはり効率は悪いわね」


「え・・・?そうなんですか?」


自分の中ではかなり会心の発動だと思ったのだが、どうやら智代としてはあまり高い評価は得られないようだった。


木箱はそのパーツ一つ一つに至るまで完璧にバラバラになっている。しっかりと分解の魔術自体は発動している。だが彼女は効率が悪いと言った。一体どういうことなのだろうかと目を丸くしていると智代は小さく息を吸ってから指を振る。


すると先程までばらばらになっていた木箱が宙に浮き、先程の分解の逆再生を見せられているかのように元の木箱へと戻っていく。それが以前小百合が言っていた構築の魔術であると気づくのに時間はかからなかった。


「小百合から聞いていると思うけれど、分解の魔術というのはその構造を理解していればいる程にその効率は良くなる。それはいいかしら?」


「はい、最初はプラモデルを自分で作ってそれを分解してました。その方が術がかけやすいだろうからって・・・」


分解する対象がどのような構造になっているかを知ることで、分解の魔術はその効率を高くすることができる。


固定している場所や物を理解することで適切な場所に魔術の力を行き渡らせることができるからである。


「康太君は若干力技で分解してるわね。小百合の弟子らしいと言えばらしいけれど・・・でもそれでは効率の悪い分解しかできないわ」


「それはわかりますけど・・・見ただけで構造を理解するなんて・・・」


「ふふ・・・じゃあこうしたらどうかしら?」


智代は康太の背中に手を当てて集中しだす。これをやるのもいつ以来かしらねと僅かに笑いながらそれを行った瞬間、康太の中に術式が入ってくる。


他者の体を通じて間接的に発動する魔術。康太が魔術師としての感覚に目覚めていれば必要のない行程だろう。智代はわざわざ面倒な方法をとって康太に魔術を教えてくれるようだった。だがその様子を見る限り、僅かに嬉しそうに見えた。


魔術が発動した瞬間、一瞬だけ少女を見下ろす光景が広がったかと思うと康太は目に異常を覚えた。


一瞬視界にある色がすべて反転したかと思うと周囲にあるものの情報が頭に直接入ってきたのである。


「その状態で木箱を見てみなさい。きっとさっきとは違う風に見えるはずよ」


言われた通りに康太が木箱に目を移すと、智代のいう通り先程とは全く違って見えていた。


先程まではただ木で作られた箱以上の印象を持つことができなかった。どのように接合されているのかも、どのようにパーツが組み合わさっているのかも全く分からなかった。


だが今は違う。見ただけでその情報が頭の中に直接叩き込まれてくる。


どのパーツはどこにあり、どの部分がかみ合わさっているのかがよくわかる。


「これ・・・いったい・・・」


「これは『解析』の魔術、物の構造を見抜き、視認することによって直接それを理解することができる魔術。本来は分解と一緒にこれを覚えると一番いいのだけれどあの子は覚えられなかったから」


「すご・・・これ・・・どうなって・・・」


康太が木箱から視点を右往左往と動かそうとすると頭に痛みが走る。一体何が起こっているのかわからず目を閉じると同時に智代は魔術の発動を終了させた。


「った・・・なんだ今の・・・?」


「あらら・・・さっきも言ったけどその魔術は見ただけでその物質の構造を読み取るわ。だから一気にたくさんのものを見るとそれだけ情報量が多くなるの。見る時は一瞬、見たい対象だけを見ないと」


複雑なものになればなるほどに取得できる情報量は多くなる。人間の視界は大体百八十度に届かない程度だ。それだけの視界にある物体の構造を頭の中に一瞬で叩きこむというのは相当な負荷がかかっている。


見たいものだけを見るというのはなかなかに難しい作業だ。なにせ見えていないように見えて人間の目はかなり多くのものを捉えているのだから。


「じゃあ・・・こうしておけばよさそうですね・・・」


「あら、なかなか物分かりがいいわね。そう、この魔術を使う時にはそうしておくといいわ。またはそれ専用のゴーグルか望遠鏡を使うってのも手の一つよ」


康太は自分の手で輪を作り、その状態で片目だけを開いて強制的に視界を狭めていた。こうすれば見たいものだけを見ることができる。


先程の術式を思い出しながら同じように発動してみるが、やはりまだ練度が足りない。だいぶ雑な発動になってしまうがそれでも似たような光景が康太の中に広がっていた。


色彩が反転し、見ようとしている木箱の情報がゆっくりと頭の中に入ってくる。効率と練度を上げれば恐らく情報を一瞬で読み取れるのだろう。今はこの程度の速度の方が丁度良く感じられた。


この魔術は恐らく生物は対象にならない。物体にのみ作用する『解析』の魔術だ。分解と対になるように存在する魔術だと言ってもいい。


木箱の構造を理解した康太は解析の魔術を解除して分解の魔術を発動する。


先程と同じように、だが先ほどよりもずっとスムーズに木箱は分解されていた。それを見て智代は満足そうに笑みを浮かべながら頷いて見せる。


「なかなかどうして、あの子よりもずっと物覚えが早いのね、びっくりしちゃったわ」


「いえ・・・まだまだ練度が足りないです・・・でもありがとうございます。これ良い魔術ですね」


「そうでしょう?あとで分解とは反対の魔術も教えてあげるわ。たぶんあなたならすぐに覚えられると思うから」


そう言いながら智代は分解された木箱をもう一度魔術で元通りにして見せる。


分解の反対というのはつまり構築という事だろうか。木箱を一瞬で再構築する魔術なのだろう。もしそれが覚えられたら槍をいちいち手で繋げていく手間が省けるというものである。


まさか小百合の師匠である智代に魔術を教えてもらえるとは思っていなかっただけに康太は思わぬ収穫に喜びを隠せなかった。


しかもこの解析の魔術はかなり有用だ。見た物体を解析する。その有用性は分解だけに留まらない。


見方や使用方法には慣れる必要があるだろうが現代における魔術戦にはかなり有利なものであるという事には変わりない。


土曜日、そして誤字報告五件分受けたので合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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