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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
七話「破壊の源を与えたものたち」
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勉強と仕事

「なぁ文・・・もう英語とかいいじゃん・・・俺もう日本から出ないからさぁ・・・」


「あんたね・・・そんなに簡単に行くわけないじゃないのよ。魔術師として生きていくなら必ず一回はイギリスに行くことになるわよ?そんな人間が英語の一つや二つできないでどうするのよ」


「だってさぁ・・・テストできたって喋れるわけじゃないだろ・・・?」


「そう言う問題じゃないの、ほらいいからこの例題やって見なさい。さっきの解き方と一緒だから」


弱音を吐く康太に上手いことやる気を出させながら指導する文を見て小百合は僅かにため息をついていた。


自分も通った道だからか、店の一角を勉強するために使っていても特に文句を言うつもりはないようだった。


魔術師というのは一般人に紛れるもの、一般人と同じ技術を有していなければただ目立っていくばかりだ。


魔術師は目立つことができない。目立てば当然衆目の下にさらされるし、魔術が露見する可能性だって高くなる。


だからこそ普通に過ごせるだけの能力が必要なのだ。文の場合は普通以上の技術を求めているきらいがあるが、それもまた学生からすれば普通の事だ。


「ごめんなさい文さん、康太君の勉強を見てくれて・・・」


「いいんですよ、教えることで私も復習できますし・・・真理さんは理系は得意なんですか?」


「一応理系大学に所属してますからね。高校レベルの理系科目は任せてください。と言っても今のところその必要はなさそうですが」


真理としても教えられるものなら教えたいところなのだがどうやら彼女は文系科目はあまり得意ではないようだった。


だからこそ理系の大学に進んだのかもしれないが少なくとも文より教えるのが上手いとは思えなかったようである。


「ところで姉さんや師匠って勉強の方はどうだったんですか?魔術師になってやっぱ苦労しました?」


「そうですね・・・みんなに比べて勉強時間の確保はなかなか難しかったですよ。ある程度集中しないと修業になりませんから修業しながら勉強というのもできませんし・・・でも一度生活サイクルを作ってしまえばあとはそれに従うだけですから」


生活サイクルを作る。つまりは毎日の生活をそれに従ってトレースしていくという事である。


「ちなみに姉さんの生活サイクルは?」


「朝起きて魔術の修業をしながら朝食や登校、授業中は可能な限り授業に集中して昼休みにまた少し修業、午後の講義も同じように集中してそれが終わったらここにきて修業。そして家に帰ってからその日の授業の復習、それを終えたら修業と趣味という感じですね・・・」


日によりますが大体深夜一時くらいに寝る生活をしてますという兄弟子を見て康太は目を丸くしていた。


先に勉強を優先してその後に修業をするというあたりが彼女らしいというべきだろうか、いや学生らしいというべきなのだろうか。


どちらにせよ今の康太の生活サイクルとは大きく異なる。少なくとも今康太はそこまで勉強時間を割くことはできていない。


「・・・師匠はどんな感じでした?」


「・・・私は基本一夜漬けだったな。高校レベルの勉強なら苦労はしなかったし、何より一夜漬けでも十分対応できた」


大学ではそうもいかなくなって苦労したがなと付け足した小百合に、康太と文は同時に大学に行っていたのかと少しだけ驚いていた。


一体どのような大学に行っていたのか気になるが、それよりも高校の勉強なら一夜漬けで何とかなると言ってのけるあたりが小百合らしい。


こんな性格をしているが小百合は決してバカではない。むしろ頭の回転は康太と同じかそれ以上に早い方だ。


恐らく勉強をしっかりすればそれなり以上の知力を得ることができただろう。今このような生活をしているため勉強ができたかどうかは疑問だが。


だが同時に康太は疑問に思った、今まで普通に生活してきたが康太は小百合の私生活を全く知らないのだ。


「あの・・・師匠って仕事は何してるんですか?」


「どうした唐突に・・・私の私生活でも気になったか?」


「はい・・・いつもここにいるしひょっとしてフリーターなのかなと・・・」


その言い方は非常に不快だなと言いながら小百合は小さくため息を吐いた後で奥の方から一つの通帳を持ってくる。


それが小百合のものであると気づくのに時間はかからなかった。


「これが私の通帳だ。一時期普通に働いていたんだがな・・・ぶっちゃけ今はこっちの方が楽に稼げると気づいてから働く意義を見失ってな」


そう言って小百合は奥の方からいくつかの書類を持ってくる。そこには幾つもの取引の詳細が載っていた。


株式だけではなく為替などの資料もそこにはあり、それらを見た後に通帳の中身を見ると今まで見たこともないような額がそこには記載されていた。


軽く九桁を超えるその額に康太と文は目を丸くしてしまっていた。こんな額を手に入れたらそれは働く意欲も薄れるというものだろう。少なくとも康太がこの額の金を手に入れたら一生ダラダラして過ごすに違いない。学校もやめてニート生活を送ることになるだろう。


「うわぁ・・・こんだけあれば一体何ができるんだか・・・ちなみに前の仕事は何してたんですか?」


「私は銀行で働いていたな。それなりに真面目に働いていたぞ?」


「銀行!?師匠が銀行!?やくざの用心棒とかじゃなくて!?」


「よしわかった、そこから動くな、今頭を潰してやる」


「あががががが!すいませんすいませんもう言いませんから!」


康太の頭部を掴んで思い切り圧力をかけていく中、小百合は小さくため息をついてから通帳の中に刻まれている金額を見て目を細める。


「働いていた期間はそこまで長くなかったがそれでも確かにそれで稼いだ金はある。もっとも圧倒的に効率が悪かったがな・・・あれはあれでいい経験だった」


働いていた時のことを思い出しているのか、小百合は遠い目をしながら康太の頭を潰そうと力を込めている。


その手の中で康太が苦悶の表情をしていなければ良い話として聞けたのだろうが、延々と苦悶の声を漏らしている時点でそう言うわけにもいかなそうだった。


「でもその・・・よく小百合さん銀行に勤めようと思いましたね・・・康太を擁護するわけじゃないですけどもっとアグレッシブな職に就くと思ってました」


「アグレッシブな職というのがどういうものかいまいち分からんが・・・まぁ私も自分が銀行に勤めるとは思っていなかった。なにせその銀行へは師匠のコネで入れたようなものでな」


「へぇ・・・小百合さんのお師匠様って企業とかにもコネがあるんですか・・・」


「まぁ企業にというと話が大きく聞こえるかもしれないが・・・知り合いがそこに勤めていたというだけの話だ。でなければ私のような人格破綻者が銀行などに就職できるわけがないだろう」


人格破綻者などと自分で言うのはどうなのだろうかと文は眉をひそめていたが、それを聞きながらも康太は悶絶していた。


だが実際小百合が銀行で働いているところなど全く想像できない。そもそもにおいて第三者に対して笑顔で接客するというところがイメージできないのである。

小百合もそのあたりは理解しているのだろう、自分で慣れないことをするべきではないなと反省しているようだった。


「あの・・・一回でいいから笑顔でいらっしゃいませって言ってみてくれません?」


「あぁ?何でそんな事」


「いや・・・どうにもイメージできなくて・・・銀行で働いてた時の感じで」


「・・・ん・・・いらっしゃいませ」


瞬間、普段のトーンよりも三つほど高いのではないかと思える小百合の声が聞こえたが、康太は今もなお頭を締めあげられているためにその顔を見ることはできなかった。


それを見ていた文と真理は目を丸くしておぉ・・・と感嘆の声を漏らしている。


「見えない!今見えてない!もう一回!師匠俺の頭を離してもう一回やってください!」


「断る・・・何で私がこんなことしなければならないんだ・・・」


照れ隠しなのか苛立っているのか、小百合は康太の頭に先程よりも強い力をかけながらため息をついていた。


恐らく二度と笑顔でいらっしゃいませという小百合を見ることはできないだろう。


「おい文・・・今の写真とか撮ってないのかよ・・・!」


「ホントにやってくれるとは思ってなかったし・・・光の魔術使って再現しようか?」


「お前の光の変化魔術じゃ再現度低いじゃん・・・!あぁ畜生何で俺だけ・・・!」


「お前が失礼なことを言うからだバカ弟子が」


ようやく解放された頭の痛みに悶絶しながら、康太は恐らく一生見ることのできなくなってしまった小百合の笑顔を想像し悶絶していた。


別に小百合の笑顔を見たいというわけではないが気になったのだ。普段邪笑以外浮かべない小百合がどのような笑顔を浮かべているのか興味がある。


「ちなみにどんな笑顔だった?えぐい笑顔だったか?」


「ううん、めちゃくちゃ爽やかな笑顔だったわ。受付のお姉さんってあんな感じかもしれないってくらい」


康太は文の言葉を聞いて小百合の方を向く。だがそこにあったのは眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいるいつも通りの小百合の顔だった。


この顔からは受付のお姉さんを想像することは難しい。というか康太にはほぼできなかった。


「ダメだ文、受付のお姉さんは今休憩に入ったみたいだ」


「残念ね。今度お願いしなさい。もしかしたらやってくれるかもしれないわよ?」


「師匠のレア顔見逃すとかマジないわ・・・!やっちまったな・・・!もう何もやる気でないわ・・・今日はもう勉強終わりにしようぜ」


「そんな流れになるわけないでしょ、ほらとっとと立ちなさいよ、まだやらなきゃいけないこと山ほどあるんだから」


まるで家庭教師だなと思いながら康太はゆっくりと体を起こして机、ならぬちゃぶ台に向かって勉強を始めようとしていた。


一生に一度見れるかどうかも分からないレベルのレアな表情を見逃してしまったことで康太のやる気はかなり減退していた。


今度エアリスにも先程の笑顔の事を聞いてみようかなと思いながら英語の問題を解いていくと文も先程の小百合の顔を思い出しているのか薄く笑みを浮かべていた。


「ちくしょう・・・いつか絶対拝んでやる・・・!てか師匠がもう一度銀行で働けば見れるんじゃないか?」


「言っておくが働く気はないぞ。すでにそれ以上に金を稼いでいるのに働く意味はない」


もしかしたらまた働いてくれるかもと思っていたが、彼女にとって勤労より尊いのは金であるようだ。もっともそれもまた真理ではあるのだが。



誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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