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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
七話「破壊の源を与えたものたち」
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掴んだコツ

康太が小百合の師匠に会うという予定を聞かされてから数日。いつも通り学校に行きいつも通り部活をし、いつも通り魔術師としての行動をする中で文が康太を呼び出していた。


呼び出したといっても帰宅のタイミングを合わせて同じ場所に向かおうとしているだけだ。康太と文が向かおうとしているのはいつも通りのエアリスの修業場である。今回小百合の師匠達に会うにあたって最低限属性魔術の一つくらい使えるようになっておきたいという事でエアリスに直接康太にアドバイスをしてもらおうと文がセッティングしてくれたのである。


「にしても悪いなぁ・・・エアリスさんも忙しいだろうにこんなこと頼んで・・・」


「気にしなくていいわよ。師匠もあんたが属性魔術の修得に手間取ってたの結構気にしてるみたいだったからね。これもいい機会だと思いなさい」


属性魔術の修得に関してはほとんどが文の指導によって行われていた。もちろん文のやり方だって間違いではないだろうし何より康太自身も間違ったやり方かどうかの判断などできない。


それに自分の感覚でそれを行うというのは理屈から外れているとも思えないのだ。だからこそ文のいう通りに真面目にこなしてきたが同じ空間に居たエアリスはもどかしく感じたのかもしれない。文は自らの才能自体は自他ともに認める程に高いが、誰かに物を教えるということに関してはあまり得意ではないのかもしれない。


そう言う意味ではまだまだ課題は多そうだった。


「でも結局どうやるんだろうな?自分の感覚で掴むしかないんだろ?」


「それなんだけど・・・今回はなんか準備をするみたいよ?たぶんマジックアイテム的なものを使うんじゃないかしら」


「・・・ゲヘルの釜みたいなのじゃないといいけど・・・」


「うちの師匠がそんなもの使うわけないでしょ、あんたの所じゃあるまいし」


康太の所だったら平気で使うゲヘルの釜だが、あれはもともと拷問器具だ。中世において魔女狩りが流行した際に用いられたもので、それを使って死んだら魔術師ではなく、生き残れば魔術師であるという非常にわかりやすく危険な代物だったのだ。


さすがに小百合の所にあるあの釜はそのオリジナルではない。実際のオリジナルに魔術的な作用があったのかも不明だが、少なくとも小百合の所にあるあの釜は史実の釜の能力を再現したレプリカだ。


どちらにしろ死ぬ目にあうことに変わりはないが。


「釜とかじゃないってことはまた薬品かな・・・?前に属性検査した時以来か」


「まぁそれが一番ベターじゃない?正直薬に頼るのはあまりいいことじゃないんだけどね・・・」


「そうなのか?でもいろいろ助長されるんじゃないのか?」


今まで康太が飲んできた、あるいは関わってきた薬品は大抵魔術的な効果を持ち、魔力の供給量を増やしたりその性質を強制的に変化させたりと魔力に関わるものが多かった。


その為戦いの前に飲んでおけばそれなりに良い効果が得られるのではないかと思えるのだ。


だからこそ文が頼るのはよくないと言ったその理由が分からなかったのである。


「確かに薬品を飲めばいくつか目的としてる効果は得られるわ。でも薬ってのは必ずしも目的の効果だけを得られるわけじゃないのよ?中には体の害になるものだってあるんだから」


「え・・・?そうなのか?てっきり栄養剤みたいなもんかと・・・」


「そんなに便利なわけないでしょうが・・・」


薬品には大きく分けて二つの種類がある。副作用のあるものとないものだ。


薬というのは一種の毒と同じ、体に特定の成分を入れることで強制的に体に特定の反応をさせるためのものであるため必ずしも目的の反応だけが得られるわけではない。


一般的に副作用が強く出るものを下薬といい、あまり良くない薬として名が通ることになる。その為大抵は動物実験や臨床実験を繰り返してその副作用を可能な限り少なくするのだ。


市販、あるいは病院から渡されるような風邪薬などでも個人によって副作用というものが出る可能性がある。


数多く試験され、可能な限り副作用が少なくされた薬でさえ個人によっては副作用が出てくるのだ。当然魔術師が作り出した薬などは副作用が出てしまうのである。


「ちなみにだけど、副作用ってどんな?この前俺結構飲んだけど特に不調はなかったぞ?むしろ元気になったくらいだ」


「ふぅん・・・じゃああんたは薬の副作用とかは出にくいタイプなのかしらね。私なんかはあぁいうの飲むと体がだるくなったりするんだけどなぁ・・・」


やはり薬に関していえば個人差というのが大きく影響してくるのだろう。こればかりはしかたがないというほかないが康太は内心安心していた。


魔力に関わる薬品であったために副作用はもっと重たいものだと思っていたのだ。それに対してあるのは体がだるくなる程度。それなら特に問題はないかもしれないなと何度か頷きながら今日はどのような薬を飲むことになるのか考えていた。


「大まかにだけど、体の不調で一番目立つのは胃腸への影響ね。お腹をくだしたりが多いかな。あとは妙に発汗が促進されたり・・・頭痛っていうのも結構聞くわね」


「あー・・・副作用って言ってもその程度のもんなら問題なしだな。腹下した時だけちょっと嫌だけど」


仮に魔力関係の薬品を飲んで戦っている時に腹痛になったらまともに行動できなくなってしまうだろう。


副作用が出にくい体質と言っても当然限度もあるしその時の体調によっても変わってくるだろう。


少なくとも実戦に投入できるほどの薬品ではないことは再確認できた。


今日は体調もいい。副作用が出ないことを祈りながら康太と文はいつも通りエアリスのいる修業場へと足を運んでいた。











「きたか・・・準備はできているぞ」


康太と文が修業場へと足を踏み入れると、エアリスは机の上で作業しながら待っていた。


その机の上には二人が予想したように薬物がいくつか置かれていた。それが何を意味するのか二人は察したうえでエアリスの下へと近づいていた。


「今日は薬を使っての訓練ですか?」


「そうだ、ビーはまだ魔力の性質を属性別で認識することができないようだからな。前に使った薬より少し効果を薄くしたものを使う」


以前使ったのは魔力の性質を属性別に強制的に変化させるものだった。どうやら今回の薬はそれよりは効果が薄いらしい。


恐らく魔力の性質が変化しやすくなる薬といったところだろうか。


「まずはこれを飲んで魔力を変化させるという感覚を覚えるといい。これは風属性用の薬だから感覚も掴みやすいだろう」


「・・・師匠、あんまり薬に頼るのはよくないんじゃ・・・」


「もちろんいつまでも頼っているようでは困る。だがきっかけがないと先に進めないだろう。どんなものでも最初の成功というのは必要だ。彼の場合きっかけさえ作れば後は自分でやるだろう」


今までの康太の試行錯誤をエアリスも見てきたのだろう、康太が自分で考えていろいろとチャレンジするタイプの人間であるという事は理解しているという事もあってか薬を用いての修業は今回だけというつもりのようだった。


「前に一度飲んだ時の感覚は覚えているか?今回はその時とはまた違う感覚になるだろうからそのあたりを意識するといい」


「前の時・・・なんか魔力を出しにくかったような気がするんですよね・・・無理矢理透過率の悪いフィルター取り付けられたみたいな・・・」


「ふむ・・・なら今回の感覚と照らし合わせて少しずつ魔力の変化の感覚を覚えるといい。たぶんだがこれをやることで君は魔力の属性変化を修得するんじゃないかと睨んでいる」


そんなに簡単にいくかなと康太は不安そうにしているが、とりあえずやってみないことには始まらない。康太は用意された薬をゆっくり口に付けて一気に流し込んでいく。


相変わらずまずい薬だなと思いながら数分待つと妙な感覚が康太を襲っていた。

体内にあった魔力がかきまぜられているような独特の感覚、ジェットコースターに乗った時に内蔵がひっくり返るあの感覚を上下左右に常に動き続けるような感じにすればこんな風になるのかもしれない。


少なくとも不快感が強い感覚に康太は眉間にしわを寄せてしまっていた。


これが副作用によるものなのか薬の正常な効果なのかは不明だが、あまり長く味わっていたい感覚ではなかった。


「さて・・・では以前のように魔力を練ってこれに魔力を流し込んでくれ。上手くいけば以前のように光るはずだ」


「はい・・・やってみます」


以前のそれとは圧倒的に違う感覚。あの時は魔力を非常に出しにくい感覚があったが今はすぐにでも吐き出したいような感覚になっている。


魔力を取り入れると体の中の妙な動きのせいで魔力が撹拌されていく。そして康太はその時漸く気づく。いつの間にか文が注ぎ込んだときのような風の香りがするのだ。


特に意識したつもりはなかった。だがいつの間にか体内にあった魔力は風属性用の魔力に変化してしまっていたのだ。


一体いつの間に。とりあえず康太は本当にこれが風属性の魔力なのかを確認するべく、以前属性を確認した時に使った方陣術の仕込まれたガラス玉に魔力を注いでいく。


するとガラス玉は以前のように淡く輝きだした。どうやら康太の体の中で正しく風の魔力への変換が行われたらしい。


だがいつの間にか行われていたのでは意味がない。康太は一度体の中の魔力を空にしてから魔力が変化していく感覚を覚えようと地べたに座り目を閉じて集中し始めた。


この状態になれば心配いらないかなとエアリスはすでに康太から意識を離し机の上で別の作業をし始めた。


彼女が与えたのはまさにただのきっかけだ。そのきっかけをどのようにするかは康太次第という事である。


康太は座りながら集中しその感覚を記憶しようとしていた。


体の中が撹拌する感覚はまだいいとして、問題は撹拌されている魔力がどのようにして変換されているかだ。


これはあくまで康太のイメージだが、普段康太は心臓を中心に魔力を貯蔵するイメージを持っている。


その為皮膚から取り入れたマナは血管を通じて心臓へと向かい、その過程でマナから魔力へと変換されることになる。


今回体に起こっているのは一度貯蔵した魔力を別の所に移動させているような気がするのだ。移動させながら変換し、また心臓へと戻ってくる。そんな感覚がある。


その為康太は撹拌されている魔力の後を追うことにした。どのような感覚が体の中で起き、そのような結果が得られるのかを確認しようとしたのである。


体全体に意識を向けていてはその感覚を掴めない。康太は余計な感覚を可能な限り削ぎ落して集中していた。


この状態になってはもはや自分ができることはなさそうだなと、文も自分の修業に戻ることにした。


今までの修業と違って文が手を出す必要はない。あとは康太が自分でどれだけ感覚を掴むことができるか、それにかかっている。


逆に言えばそれさえできてしまえばあとは簡単だ。そこにたどり着ければできることは多い。文は期待しながら康太から離れ魔導書を読み漁る作業をすることにした。


康太が集中を始めて数時間が経過しようという頃、その肌には玉のような汗がにじんでいた。


ある程度空調がきいているとはいえ、あくまである程度でしかない。なにせこの空間は広すぎるのだ。


そもそもにおいて秘密に近い場所で、しかも地下でまともな冷房設備などあるはずもない。その為あるのは恐らく誰かが個人的に取り付けたであろう最低限の換気設備。これでは部屋の温度は上がり続ける。


その為文やエアリスが魔術によって空気を循環させたり冷やしたりとしているがこの広さをカバーするにはいささか労力がかかりすぎるのだろう。部屋の中は外程ではないが熱気で包まれている。


だがそんな熱気も全く意に介さず、康太は目を瞑り魔力を練り続けている。


もうだいぶ遅い時間だというのに、恐らく時間さえも認識できていない場所で康太は集中を続けているのだ。


顔から垂れた汗が頬を伝って地面に落ちる中、その様子を眺めていた文がそっとエアリスの方に視線を向ける。


そろそろ切り上げたほうがいいのではないかと声をかけるつもりだったのだが、エアリスはそれを首を横に振って否定した。


今の状態を止めるのはよくないと判断したのだろう。康太は今それほど深い集中状態にある。ここで止めるのはせっかく掴みかけている感覚を無に帰しかねない。


康太の集中を乱さないように文は真理に連絡を取っていた。もしかしたら今日康太は泊りになってしまうかもしれないと。


エアリスの所に来るという事もあって大抵遅くなっても問題ないように康太の家族に暗示は施されている。だが万が一という事もある。ある程度気を使っておいた方がいいように思えたのだ。


康太が汗を流し続けている中、康太を中心として僅かに風が発生し始める。


弱弱しい風だ、肌をなぞるような緩やかで優しい風。それが康太が発動した魔術であると気づくのに時間はかからなかった。


康太はすでに文から風の魔術の術式を教えられている。初歩的な風を起こすだけの魔術だが既に康太は術式だけで言えば属性魔術を使えるだけの状態にあったのだ。


そして康太は専用の魔力を作ることができるようになったことで、ようやく風属性の魔術を扱えるようになったのである。


同じく風属性を扱う文から言わせれば弱弱しく、何より不安定だ。


だが今この時、康太は確かに風属性の魔術を使って見せた。


文やエアリスが想定していたよりもずっと早い。属性魔術を使えるようになるまで恐らく一か月はかかるだろうと思っていたのだ。薬によって風の魔力を作りやすい状態を作っていたとはいえこの成長は目を見張るものがある。


「・・・ぶはぁ!で、できた!何とかできた!」


「おめでと、とりあえず第一段階はクリアってとこかしら?」


全身に汗をかき、その場に倒れ込む。すでに風の魔術は解除しているのか周囲に展開していた風は収まっていた。


「いや実際大したものだ。もっともっと時間がかかるものと思っていた・・・もう風の魔術に関しては問題ないか?」


「冗談!薬で調整してたからこそですよ・・・何もつけてない状態で同じことができるとは思えません・・・まずは魔力の変換を簡単にできるようにならないと・・・」


「・・・そうか、まぁやることがたくさんあるというのはいいことだがまずは一つ一つ段階を上げていくことだ」


この成果は自分の才能ではなく薬のおかげであると康太は思っているようだが、実際薬はそれを助長しただけなのだ。さらに言えば薬の効果は一時間程度で既に無くなってしまっていた。


途中からはすべて康太が自分で魔力の変換を行っていたのである。


もちろんこれからも課題は多い。まず魔力の変換を簡単に行えるようにならなければいけない。息を吸うように、それこそ魔力の補給と魔術の発動、そして魔力の変換を同時に行えるようになるくらいの熟練度は必要だ。そうでなければ実戦ではまるで役に立たないだろう。


だが感覚は掴んだ。あとは魔力の変換を常に行い、熟練度を上げていくだけの作業である。


この作業が一番時間がかかる。今までの感覚とはまるで違うのだ。しかも並行作業がどんどん増えていく。


これを実戦投入するにはゲームをしながら魔力を補給し、魔力を変換し、風の魔術を発動するくらいの同時作業をこなさなければいけないだろう。今までのそれとは難易度がまた異なる。


「とりあえず今日はもう帰りなさい。もうこんな時間だ、君もだいぶ消耗しているだろう」


「え?うわもうこんな時間!?」


複数の属性の魔術を扱うというのは難易度が高いなと思いながら時計を見た康太は勢いよく体を起こす。


もうすでに時刻は二十三時をとうに過ぎていた。集中しすぎて時間を完全に無視していたのがあだとなった。


「悪いな文、こんな時間まで付き合わせて・・・エアリスさんもすいませんでした」


「気にしなくていいわよ。私もやるべきことはやってたし」


「そう言う事だ、君が気に病む必要はない。それよりも急がないとまずいのではないか?」


エアリスの言葉通りさすがにそろそろ戻らなければ面倒なことになるだろう。家族に暗示がきいているとはいえ深夜近くに戻るとなれば周囲の住民にも目撃されかねない。


康太は急いで荷物をまとめて帰り支度を始めていた。


この日の収穫は康太にとって大きいものだった。康太はまた一歩魔術師として前に進んだのである。


日曜日、そして誤字報告を五件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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