資格と試験
「あの・・・この大きさでどれくらいの術を発動できるんですか?」
「そう・・・だな・・・実際は小さな術一つ分くらいじゃないか?そもそもこれだけ小さなものだと実用的とは言えない」
「そうですね・・・たぶんあんたの再現の魔術一回分くらいじゃない?」
「は?そんなに少ないのか?なんだか使えるんだか使えないんだか・・・」
あれだけ騒いでいたというのに実際にはそれだけ使えないものだったと知って康太はかなり残念に思っているようだった。
なにせこれがあれば魔術師としてまた一つ成長できると思ったからだ。方陣術を勝手に発動できるのであれば使える手も増えてくる。それなのに再現一回分しか使えないのでははっきり言って無駄としか言いようがない。
その反応に二人はわかっていないなと半笑いでため息をついていた。
「ビー、これは使うためにあるんじゃないのよ?研究のために存在するの」
「その通り。これ自体は小さいがこの小さな結晶の中にどれだけの価値があると思う?」
「価値って言われても・・・これの中にあるのって変質したマナなんですよね?」
結晶の中にあるというよりは結晶そのものが変質したマナなのだがそのあたりは置いておくとしてどうやら二人はこれを使用するのではなく研究のために使う考えのようだった。
一体何を研究するのかと思ったが康太はふと思いつく。
「あ・・・もしかしてこれを増やすために研究するんですか?」
「その通りだ。やはり君は頭の回転が速いな。今はまだこれの発生方法や条件すら不明だがこれから先もしこれが量産できるようになれば。それこそ魔術師の中で革新が起きるというわけだ」
「その材料、いえ参考資料としてはこれはうってつけのものってこと。なにせ求めるものの完成品なんだから。もちろんその過程とかを解明しなきゃいけないから先は長いけど」
数学などにおいてもいきなり答えだけを突き付けられても意味がない。そこに至るまでの過程を知らなければ答えを知らないのと同じことだ。
文とエアリスがやろうとしているのはその過程を知り、それを再現することでもあるのだ。それによって得られるものは計り知れない。もしかしたら歴代魔術師の中で一二を争うレベルでの功績になるかもしれないのだ。
「へぇ・・・確かにすごそうだな・・・でもそう言うのって魔術師の中でももっと専門の人間がやるものじゃないのか?珍しいものなら本部・・・イギリスの魔術師とかがやってるんじゃ・・・」
「もちろん向こうの魔術師も同じことをやってるわ。ただそれはイギリスで見つかった分だけの話だけどね」
「日本で見つかった結晶は今のところ八つ。基本的にそう言ったものは見つかった国で調査することが原則なんだ」
「え?何でですか?技術がある人がやったほうがいいんじゃ・・・」
向こうの魔術師の方が技術があるのであればそちらに任せた方が正しい調査や実験ができるのではないかと思われるのだがどうやらそう簡単にはいかないらしい。
それが規律的な問題なのか、国際的な問題なのかは康太にはわからなかった。
「確かにそうなんだが・・・これに関していえば扱いが難しくてな。マナというのは似ているようで場所によって性質が異なることもある。日本のように小さな国ならそこまで大きな違いはないが海外まで行くとかなり変化するんだ」
「一応これはマナの結晶体。全く性質の違うマナに晒され続けるとどうなるかわからないのよ。だから見つかった国で管理して調査するのが基本なの」
「あー・・・そっか・・・マナってそもそも自然的ななんかの力なんだっけ・・・?」
間違ってないけどねと言いながら文は康太の話に笑いながら同意する。
マナとはその場所によって濃薄だけではなくその性質まで変化する。例えば森林地帯と砂漠ではそこにあるマナの種類や性質も若干異なる。そこにある自然や住んでいる生物、あらゆる影響を受けるのがマナなのだ。
その為日本のような小さな国なら移動してもそこまでの影響はないが国をまたぐほどの大きな移動をするとどうしてもその変化が大きくなる。
今目の前にある小さなマナの結晶はそれ自体が特殊な存在だ。外部からの何かしらの影響を受けないとも限らない。
あらゆる実験をするのであれば可能な限り外的要因を取り除いた方がいいのだ。
「ていうかもしかしてそれってなんかしらの失敗談みたいなものがあったんですか?爆発したとか消滅したとか」
「・・・君は本当に頭の回転が速いな・・・その通りだ。昔・・・と言ってももう百年単位での昔の話になるが他国の結晶を持ち帰ったところ徐々にそのマナの結晶が消滅していくような現象が確認されたらしい。その時から他国への持ち出しは厳禁となったんだ」
「へぇ・・・他の国に持ってくと消滅するのか・・・」
「消滅と言ってもいきなり消えるわけではない。徐々に徐々に融解する・・・というか小さくなっていくのが確認できたらしい。私も文献でしかそのことを知らないから何とも言えないが・・・」
百年単位で昔の話となると流石に文献以外でそれを知る手段はないだろう。実際に試すにはリスクが高い。なにせそれだけの貴重品なのだ。本来なら専門の魔術師が厳重に保管していて然るべきなのだがそれを個人で行えるあたりエアリスの協会内での評価の高さがうかがえる。
これが小百合だったらまず間違いなく任されていなかっただろう。やはり自分の師匠とは違うのだなとうなずきながらエアリスの凄さを実感していた。
そして目の前にある結晶が非常に貴重なものであることも、そしてこれを自分たちに見せたかったという事も頷ける。半分は感謝、半分は自慢のつもりだったのだろう。なかなか子供らしいところがあるのだなと康太はエアリスの新しい一面に少し微笑ましくなっていた。
「ところでこの結晶って日本で八つって言ってましたけど、他の結晶はどうしてるんですか?今は別の人が?」
「八つの内五つは支部が保管している。残りの三つは私のような個人保管だな。三つはここ十数年の内に見つかったもので発見者が皆保管、あるいは管理している。残りの五つは所有者、発見者がすでに死亡したものだな」
「へぇ・・・基本的に見つけた人が管理したりするんですね」
「もちろん譲ることもできるがな。ただその場合ちゃんと協会に申請しなければいけない。貴重なものだからその行方が分からなくなることは絶対に避けなければいけないんだ」
かなりの厳重な対応に、もしかしたら今日妙に警戒していたのは倉敷を怪しんでいたのではなくこの結晶があったからなのではないかと思えてしまう。
実際この結晶が非常に貴重なものであるというのは十二分に理解できた。なにせ数百年。もしかしたら千年以上続いているかもしれない魔術師の歴史の中で百に届くかもわからないほどしか発見されてこなかった物質なのだ。
ある意味ダイヤよりも貴重なものかもしれないなと思いながら康太は口元に手を当てていた。
「でもよくそんなものを発見者が保管するなんて話になりますよね。普通だったらその国の専門家に預けたり渡せって言ってきそうですけど・・・」
組織というのは個人的な感情で動くことはほとんどない。今回の事のように貴重だから見つけた人が管理したほうが筋が通っているとしても多くの人間はそれに反対するだろう。
特に組織のトップの人間などは職権乱用ではないが自分がそれに関わりたいが為に組織に預けるように言うかもしれない。
「もちろんそうすることもできるしそう言う輩もいるだろうが少なくともある程度立場があればどうとでもなる。・・・ほとんどの魔術師は自分で関わりたいと思うものだ。だからこそ所持するだけでも条件がいくつもつけられる。私がこれを譲り受けるのだって面倒な手続きがいくつもあったんだぞ?」
昔はここまで厳重な手続きやらは必要なかったんだがなと言いながらエアリスはため息をついている。
昔と比べて今の世の中が随分と厳しくなったのはどうやら魔術師界隈の世界でも同じことらしい。
資格に関しても今と昔ではその数も種類も大きく異なっている。いや異なっているというより増えすぎていると言ったほうがいいだろう。
昔は『それができるならやってもいい』というのが大抵の技術や状況における対応だったのに対し、現在では『資格を有していなければ技術的に可能でもやってはいけない』というのが一般的になりつつある。
あらゆる業界、あらゆる業種にそれぞれ資格を振り分けることで専門家を育成、管理することで仕事の振り分けや確実な業務を行わせるのが目的である。
もっともその背景には多くの事故や事件などがあったのだが、それはまたおいておくことにしよう。
「魔術師の世界も大変なんですね。もしかしてなんかの確認試験的・・・っていうか昇進試験的なものもあるんですか?」
「昇進試験・・・というとニュアンスが異なるかもしれないが、ある程度知識と実力を有しているか否かを確認するためのテストはあるぞ。そのテストの結果は記録として残る。まぁ格付けというわけではないがある種の判断材料のようなものだな」
スコアアタックのようなものだと言いながらエアリスは奥から一つのファイルを持ってくる。その中には幾つもの紙が綺麗におさめられていた。
「これが過去私とベルが受けた試験とその結果だ。それぞれ結果の統計と一緒に乗せてあるから参考にするといい。平均点も載っているからわかりやすいだろう」
そこには過去二人が受けたテストの結果が記載されていた。各魔術の知識や技術が事細かに記載されている。
要するにこのテストは一般人で言うところのTOEICのようなものなのだろう。資格云々ではなくその点数によって当人の実力を把握するためのもの。これを見る限り二人の点数は知識の面ではややエアリスが勝っている。実技に関しては圧倒的にエアリスの方が上のようだった。
平均点を見てみると二人の点数の高さがうかがえる。偏差値に直すと六十後半といったところだろうか。
魔術師の数の多さというのもそうだが二人の実力の高さがうかがえる結果となっている。
「へぇ・・・すごいな・・・こういうのってやっぱ協会で受けられるんですか?」
「あぁ、月一で受験者を募って適当な時期にやる。もっともその場合何日かに分けるがな。筆記は一日かければ終わるが実技の方はそうもいかない。結果がわかるのは二か月後といったところか」
「・・・それってうちの師匠とかって受けたことあります?」
「・・・どうだろうな・・・あいつは多分受けたことはないんじゃないか?このテストはあくまで目安だ。一般的な魔術師であればあるほどその実力は顕著に出る。だがあいつは一般的な魔術師とは違う。こういうテストでは結果はうまく反映されないだろうな」
ある程度の規範があり、それによって数値で表されると言ってもそれは絶対ではない。必ずどこかしらに例外的なものが存在してしまうのだ。
テストができる=社会に出て有能になれるというわけではないとの同じだ。こういった紙面で出てくる結果はある程度大衆向けに難易度や条件が設定されている。つまりその設定から外れてしまうような例外的な存在には適切な測定ができないのである。
「ってことは、俺がやってもあんまり意味ないですか?」
「そうね・・・少なくとも今のあんた魔術的な知識ほとんどないじゃない。やっても平均点下げるだけよ」
「それもそうか・・・実技の部分でもまだまだダメダメだからなぁ・・・」
実技の項目を見てもいくつも部門分けされていることを考えると康太にはこのテストは早すぎる。少なくともあと十年以上は待たないとまともな結果は出せないだろう。もっともその結果が意味のあるタイプの魔術師になるかどうかは今のところ不明だが。
その後、倉敷は文の案内によって時折エアリスの下に足を運んでいた。どうやら本当にこき使われているらしくかなり疲れている様子だったがそれでも充実した表情をしていたのは言うまでもない。
まだまだこれからやることがたくさんあると本人はだいぶやる気を出しているようであるがこれがどのような結果を生むのかはまだ不明である。少なくとも自分達の敵にならないことを祈りながら康太はその日文と一緒にこき使われている倉敷を眺めながら修業をしていた。
今行っているのは風属性の魔術の訓練である。風の属性の中でもっとも簡単な微風を吹かせる魔術の術式を教わり、それを発動しようとしているところなのだ。
「さっき教えた通り属性によって使う魔力は若干違うわ。その感覚をまず覚えるところから始めるといいわね。何度か試してみるけど・・・どう?」
「・・・んん・・・なんか違うってのはわかる・・・もうちょっとで感覚つかめそう・・・」
今まで康太は無属性の魔術を中心に使っていたため、無属性の魔術が最も基本となる魔力を使うものと思っている。
今までの魔力の感覚は体温と等しい温度の気体のようなイメージだった。とらえどころのない透明なただの湯気にも似た感覚。だが今文によって擬似的に康太の体が使用している風の魔術に必要な魔力は若干違っていた。
体温と温度が等しいことは変わらない。だがどこか違和感がある。その違和感の正体を掴もうと康太は目を瞑り集中していた。
文によって注がれた魔力と構築された術式によって康太の体は擬似的に魔術を発動する。
周囲にほんのわずかに風が発生し康太と文の髪を揺らしていた。
体内の術式に魔力が注がれ続ける中康太はある感覚を思い出していた。今まで感じ取れなかった感覚に一瞬戸惑いながらも康太はそれを正確に把握しようと努め集中し始める。
「・・・なんか・・・こう・・・匂い・・・?みたいなのがある気がする・・・」
「匂い・・・それはどんな匂い?」
「・・・なんつーか・・・夏の時に良く嗅いだ匂い・・・かな・・・」
体内に魔力が存在しているのにその匂いを感じるというのもおかしな話かもしれないが、魔力の感覚というのは人それぞれによって若干違う。その為文は康太の言葉を茶化すことなく真剣に聞いていた。
「じゃあその魔力の匂いを突き詰めなさい。どんな匂いかを記憶してその匂いを自分で作れるようにするのよ。それまで魔力は注ぎ続けてあげるから」
「わ・・・わかった」
康太は魔力を注がれながら集中し、文のいうように魔力の匂いを正確に記憶しようとしていた。
属性によって魔力に若干の変化を加えることはわかっていたが、少なくとも感覚を掴むことに関しては康太はだいぶ上達してきている。
これは魔術師としての五感に目覚めるのも遠い話ではないかもしれないなと文は魔力を注ぎながら考えていた。
「あれ?お前ら風の魔術使ってるのか?なら埃を軽く吹き飛ばしてくれないか?結構溜まってるんだよ」
「そう言うのはあんたの仕事でしょ。こっちは修業してるの!しっかり雑用しなさい!」
あちこち走り回り掃除やら整理やらをしていた倉敷は羨ましそうに康太と文を眺めていたがすぐに口をとがらせて再び作業に戻っていた。
ここにやってくると毎回倉敷はエアリスに雑用を多く押し付けられている。特にこれだけの蔵書があるのだ。それをすべて把握したり並べ替えたり掃除したりというのは生半可なことではない。
だが彼は文句も言わずに黙々とこなしている。楽に術式を手に入れることができることに比べればあの程度の雑用はないのと同じなのだろう。
そして先のやり取りなどなかったかのように康太は深く集中している。恐らく今自分が何かを言ってもきっと気づかれないだろう。
高い集中を維持しながら魔力の性質を変化させる。これもまた魔術師のぶつかる壁の一つだ。
康太はまだ一般的な魔術師の持つ技術の半分も修得していない。まだまだやるべきことは山積みだ。
だが康太はコツコツと積み重ねて自分のペースで、そして比較的早く技術を修得していっている。
この調子でいけば今年中、早ければ十月くらいには属性魔術を一つくらいは使えるようになるかもしれないなと考えていた。
一つの属性しか使えないのでは精霊術師と変わらない。無属性専門の魔術師というのもいないわけではないがやはり属性魔術が使えるというだけでだいぶ違うのだ。
文のように当たり前に属性用の魔力が生成できるようになれば術式を自分の中でくみ上げてあとはいつもの魔術修業だ。それまでは文がつきっきりで修業するしかない。
風属性は文が、火属性は真理が教える約束なのだ。
まずは得意な方からという事で風属性を先に教えることになったが、これがどのような結果を生むかはまだわからない。
少なくとも康太はまた一つ魔術師としての高みへと昇ろうとしているのだ。
「・・・頑張りなさいよ・・・あんたにしっかりしてもらわないと私が困るんだから」
きっと康太は聞いていないだろうなと思いながら文はそんなことを呟く。
背中に手を当てその筋肉を手で感じながら文は目を細め小さく息を吐いていた。
自分の同盟相手。いい意味で敵にしたくない存在。そんなことを自覚した文は薄く笑いながらその背中を見ていた。
康太が文に釣りあう魔術師になるのが一体いつの日か、この時は誰も知らずに日々を過ごしていた。
土曜日なので二回分、そして予約投稿中、多分誤字報告が五件分溜まっていると思うので一応三回分投稿
物語のキリがいいからここは三回分にしました。もし誤字五件分も来てなかったらちょっと恥ずかしい
これからもお楽しみいただければ幸いです




