説明不足
食事を終えた康太たちは店を出ると同時に別れ、倉敷は駅の方に、康太と文は尾行を警戒しながらエアリスと共に図書館の地下の拠点にやってきていた。
いつも通り図書館の地下への秘密の通路に入る時、康太はふと思ってしまったのだ。
「そう言えばエアリスさん、俺ってここ普通にいつも入ってますけど・・・良いんですか?ここ結構価値のある場所なんじゃ・・・」
「ん・・・なんだそんな事か。君はベルの同盟相手であり、何より今は弟子の交換期間中だ。この場所に入らなければ始まらないだろう。それに君が信用に足る人物であるというのはすでに知っている。気にすることはない」
最初は弟子の交換期間だったからという理由でこの場所への入室を許可していたのだろうが、長いこと一緒にいることでエアリスも康太の人となりを理解したのだろう。康太が信用に足る存在であり、何より人格的に好感の持てる人物であるという事はすでにエアリスと文の共通認識であるらしい。
「むしろ君を正式に私の弟子にしたいくらいだ・・・あのバカの下など離れ私の下に来ないか?」
「え?あー・・・すごくうれしいんですけど・・・その・・・さすがに師匠を変えるのはちょっと・・・今さらって気もしますし・・・何より俺あの人そこまで嫌いでもありませんから」
「む・・・そうか・・・いや君はそう言うと思ってはいたが・・・なんというか・・・不器用というか運がないというか・・・」
康太は苦笑することしかできなかったが、今の誘いは正直かなり魅力的なものだった。
小百合のような傍若無人な師匠よりもエアリスのようなしっかりとした魔術師が師匠ならばどれだけ平穏な日々を送れるだろうか。
だがこの場合つながりが切れるのは師匠である小百合だけではなく兄弟子である真理もなのだ。
あの環境に兄弟子だけをおいて自分だけ楽な道に行けるはずがない。何より自分の魔術師としての性質を正しく理解しているのは小百合と真理だけなのだ。
何より今まで面倒を見てもらった恩がある。今さら師匠を変えるという選択は康太の中には存在しなかった。
「ていうか師匠、私に何の断りもなく勝手に話を進めないでくださいよ」
「ん?ベルはビー君が兄弟弟子になるのは嫌か?」
「・・・いや・・・いやとかじゃないですけど・・・なんて言うか一言くらいあってもいいんじゃないんですか?」
「・・・ほほう・・・なるほど、確かにその通りかもしれないな。わかった、次から勧誘するときはベルに一言入れておこう。よかったなビー君」
「え?は・・・はい」
一体何のことだかわからないが康太はとりあえず返事をしておく。そうこうしている間に普段康太たちがいる魔導書がたくさん置かれた場所へとやってくる。
エアリスはここで何かを見せたいようなことを言っていたが一体なんなのだろうか。
少し待っていてくれと言いながらエアリスは自分の机の中を探し始める。その中に一体何があるのだろうかと思いながら待つことにすると少ししてから箱のようなものを持ってやってくるエアリスの姿があった。
「これだこれだ・・・これを見てもらいたかったんだ」
「・・・?なんですかこれ?」
エアリスが箱を開くとそこには何やら結晶のようなものがそこにあった。一体なんだろうかと思っていると文はその箱の中身を見て目を丸くし、食い入るようにその中の結晶を見ようとしている。
「え・・・!?これって・・・師匠これってまさか!」
「そう、そのまさかだ!何とか協会の人間から条件付きだが譲り受けることに成功してな。二人も無関係ではないから一応みせておこうと思ってな」
「私達に・・・ってことはこれあの時の精霊が?」
「そうだ、運よく・・・いや運が悪かったのだが、こればかりは僥倖というほかない。私も現物を見た時驚いたよ」
「・・・あの・・・すいませんけど説明してもらえませんか?なにこの青っぽいガラスの欠片」
康太の言葉に文とエアリスはそう言えばそうだったと思いながら一つ咳払いをして見せる。
「いい?この欠片はマナの結晶体なの。マナが大気中に存在してるってのはあんたも知ってるわよね?」
「あぁ、それを体内に取り入れて魔力に変換するんだろ?」
いくら康太が魔術師として未熟だと言えどそのくらいは知っている。なにせ魔術を使う際は必ず行う行程なのだ。もはや息をすることと同じくらい容易にできてしまう。
去年の自分が見たら驚くだろうなと思いながら康太はその説明を引き続き聞くことにした。
「マナは基本的に気体に似た性質を持ってる。でも実際は物理的に存在するわけじゃないの。でも時々・・・特定の条件を満たすとマナが物理的に発生するのよ」
「・・・ん・・・?んん・・・?ごめん、今のよくわからなかった。つまりどういうこと?」
「えっと・・・つまり普段は見えないし触れないマナが特定条件を満たすと液体状、あるいは固体状に変化することがあるの。これはまさにそれ!まさかあの時の精霊関係でこんなのが出るなんて・・・」
文はなんとなく何かしらを納得している様子なのだが康太は全く理解できていなかった。
そもそもなんでそんなに珍しがっているのか、そしてなぜ自分が何かしらのかかわりがあるのか、康太は全く理解できていなかった。
それもそのはず、まったく肝心なところが説明されていないのだ。理解しようとしてもできるはずがないのである。