提示できるもの
その日の放課後、康太たちは倉敷を引き連れてエアリスの下を訪れていた。今回は図書館の地下にある修業場兼魔導書置き場ではなく別の場所での集合になっていた。
エアリスの拠点の最寄り駅にある喫茶店。今回の集合場所はここだった。
康太たちがその場所へと向かうとすでにテーブル席の一つにエアリスは座っており優雅に紅茶を飲みながら新聞を読んでいた。
「師匠、お待たせしてすいません」
「来たか。かけなさい・・・君が件の精霊術師、トゥトゥエル・バーツ・・・だね?」
「は・・・はい!今回はその・・・えっと・・・」
「まぁかけなさい。とりあえず何か注文するといい。支払いは私がもとう」
「・・・あの・・・俺この場にいたほうがいいですかね・・・?」
文と倉敷が席に着く中、康太はどうしたものかと迷っていた。確かに康太は今回の件の関係者ではあるが、エアリスが倉敷をどう扱うかは康太は直接的に関係がないのだ。
なにせ今集まっているのは倉敷がエアリスの所有する魔導書を閲覧したいという個人的な頼みなのだ。ついてきてなんだが自分がこの場にいる意味はないのではないかと思えてしまう。
「君も座っていなさい。今回の件はむしろ君が中心となっている。君は最後までこの件を見届ける義務がある。それにこの二人にだけごちそうするというのは些か不公平というもの・・・気にせず座りなさい」
「は・・・はい、ありがとうございます」
奢ってくれるというのは素直に嬉しいがやはりどうしても場違いではないかと思えてしまう。
だが確かに今回倉敷をエアリスに引き合わせようとしたのは康太だ。そう言う意味では康太は今回の事の顛末を見届けなければならない。
康太たちが自分の食べたいものを遠慮がちに注文すると、エアリスは紅茶を口に含んでから小さく一息ついて倉敷の方をまっすぐと見た。
その瞳は鋭い。まるで体の奥から心の底までのぞき込むかのような瞳だ。小百合の突き刺すようなそれとは違い、彼女の視線はすべてを見通すかのような澄んだ鋭さと力強さを持っている。
「トゥトゥエル・バーツ・・・君は今回ここにいるブライトビーに戦いを挑み敗北。その背後には彼らの先輩である魔術師がいて何らかの契約により彼に戦いを挑んだ。間違いないね?」
「・・・はい、そうです」
「魔術師と契約を結ぶ・・・まぁ君自身その意味をよく理解したことだろう。その内容は言わなくてもいい。だが今また君は私と契約を結ぶためにこうしてやってきた。それは理解しているね」
契約
康太たちは何気なくエアリスの場所にやってきては魔導書を読み漁っているがあの場所に置いてある魔導書の数は計り知れない。
その為あの場所で自由に閲覧するというだけでもかなりの代価を支払わされることだろう。少なくとも康太では絶対に支払えないだけの使用料を請求されても何も不思議はないのだ。それだけの価値があの場所にはあるのだ。
「はい・・・理解しています」
「君が求めるものを教えてもらってもいいかな?君の口から」
既に文を通じて倉敷が求めるものは知っているだろうが、それでも本人から告げることが大事なのだ。エアリスは融通も利くし何より穏やかな性格をしているが通すべき筋は通す人間である。
この場では康太と文は蚊帳の外。エアリスと倉敷だけが話に入れる唯一の関係者、いや当事者となっている。
「貴女の拠点に置かれている魔導書を閲覧させてください。精霊術師にとっては効率の良い術式というのは非常に貴重なものです。どうか、お願いします」
テーブルに深々と頭を下げる倉敷を見てエアリスは小さくため息をつく。康太と文は不安そうに二人を見比べているがゆっくりと息をした後エアリスは口を開いた。
「顔を上げなさい。契約というのは相互に何かを差し出すことで成り立つもの、私に求めるものは理解したがそちらが何を提示できるのか、教えてもらおうか」
来た、康太と文は同時にそう思った。
契約というのはエアリスのいうように互いに何か条件を出し合わなければ成立しない。対等な関係であれば一方的な交渉も可能だろうがはっきり言ってそんなものは強奪と何ら変わりはない。
だが今回は倉敷の方が頼む立場だ。いくら文が紹介したと言ってもエアリスは一人前の魔術師。弟子の頼みとはいえ感情に流されるようなことはしないだろう。
「俺は貴女と違って、自分の体とほんの少しの金銭以外に提示できるものはありません。だから俺ができる事なら何でもします。掃除だろうと雑用だろうと何でも言ってください。どんなことでも喜んでやります!」
愚直、あまりにも真っ直ぐすぎる言葉に康太と文は眉をひそめていた。そしてそれはその言葉を向けられていたエアリスも同様だった。
何でもする。それはつまり裏を返せばどのような人体実験だろうと非人道的な行為だろうと甘んじて受け入れるという事でもある。
あまりにも自分を犠牲にしすぎるその対応にエアリスはどうしたものかと困っているようだった。
それもそのはずだ。相手をいっぱしの術師と見ろと言われても目の前にいるのはただの高校生なのだ。どんなにひいき目で見ても成人しているとは思えないほどの外見。しかも自分の弟子と同い年。そんな人間に非道なことができるはずもなかった。