術師の昼休み
「とりあえず師匠との話はしておいたわ。あとはあんたがどうするかよ」
「マジありがてえ。ホント感謝感謝だわ」
「あの人と話すならしっかりと順序良く礼儀正しくした方がいいぞ。土産物忘れるなよ?」
「わかってるって。とりあえず駅でケーキ買ってくわ」
康太たちはあの戦いの次の日の昼、屋上に集まっていた。目的は今日の放課後に行われるトゥトゥエル・バーツこと倉敷を文の師匠であるエアリス・ロゥに引き合わせるための事前準備のようなものである。
実際に文が交渉した感触などを正確に伝えるためにこうして集まったのだが屋上にいるとただの学生の雑談にしか見えないのは仕方のないことだろう。
唯一違和感があるとすれば周囲に同じような生徒が一人もいないという事である。もともと屋上は生徒の出入りが禁止されているから当然と言えば当然なのだが。
「ちなみにエアリスさんはなんて言ってた?」
「印象自体はまだそこまで良くないみたいね。自分の力量を考えたうえでの交渉と契約ができなかった時点でだいぶ減点みたいよ?」
「うぇ・・・まぁ仕方ないけど結構厳しい人なんだな・・・」
「そうか?すごい甘い人だと思うけどなぁ・・・」
人によってここまで評価に違いが出るというのもおかしな話だが、康太の師匠である小百合の厳しさを十とするならエアリスの厳しさは一か二くらいだ。
しかも小百合の厳しさはどちらかというといろいろと物理的なものが多い。エアリスの厳しさは康太にとってはむしろ楽園のようなものだ。なにせ間違っているものや適切ではないものはしっかりと指摘してくれるのだから。
これがもし小百合だったのなら実体験を伴って拳や叩きのめすと言った痛みを受け止めるしかない指導法になる。
自分は人間なのだから口で言えばすぐに理解できますよと言いたいところだが確かにこの方法だと覚えが早いのも事実だ。
どちらの指導法も正しいためにどちらが間違っているとも言い難い状況なだけに始末に負えない。
「まぁあんたの所の師匠と比べると甘々でしょうけどあの人案外厳しいわよ?特に常識とかの部類では」
「そのあたりはうちの師匠とは正反対だな。相変わらずというかなんというか・・・もう少し仲よくすればいいのに・・・」
「顔を合わせると口げんかするものね・・・調整するこっちの身にもなってほしいもんだわ・・・」
師匠同士で仲が悪いというのもなかなかに不便なものだ。特に康太と文に関しては会う頻度が比較的高い。
その為に偶然遭遇するということもまれによくあるのだ。
稀によくあるというのも矛盾したことかもしれないのだが、偶然行動しているだけなのになぜか遭遇する確率が高いのである。
二人で示し合わせているのではないかと思えてくるほどの遭遇率だ。
本人同士が本気で嫌いあっているためにその可能性は限りなく低いのだが。
「あれ?お前らって師匠同士仲悪いのか?」
「仲が悪いってレベルじゃないな。むしろ敵視してるレベルだ」
「私達がいなかったらたぶんそのまま喧嘩始めるくらいには仲が悪いわね。最悪殺し合いに発展しそうな勢いよ」
「・・・お前らよく同盟組めたな・・・普通そう言うのって師匠とかが干渉してくるんじゃないのか?」
そう言われるとそうかもしれないが、基本的に康太と文、両方の師匠は互いの魔術師の活動に関しては寛容なところが多い。
弟子とは言え一人の魔術師だというのを認めてくれているために最低限の事は決めさせてくれるしアドバイスもくれる。
問題なのは二人の性格と対応が正反対であるという点である。
「うちの師匠たちはそう言うのはあまり気にしないよな。大抵は放任主義だし」
「そうね・・・むしろいろいろアドバイスくれるかな。特にこいつの兄弟子なんかは良く世話焼いてくれるわ。昨日あんたの傷治した人よ」
「あぁあの人か。あの人いい人そうだったよな。あの中で唯一の常識人って感じ」
真理の実力を知らないからこそこのような反応ができるのだろうが実際その判断は間違えてはいない。
確かに康太も最初はそう思っていたし今も真理は常識人の部類だと思っている。だが文は真理は常識人とは少しずれた人間だと感じていた。
小百合の一番弟子という時点である意味察するべきだったのだ。長いこと彼女と一緒にいて常識人になるはずがないと気づくべきだったのだ。
たった数か月の時点で康太が少しずつ普通からずれている時点でそれだけのことに気付けるだけの要素は多々存在した。
「・・・あんたも結構苦労しそうよね・・・」
「なんだよ、いい人だったじゃんか、なぁ?」
「あぁ、姉さんはいい人だ。常識人だし師匠にもしっかりものを言ってくれるし。何より俺らの味方してくれるしな」
康太からすれば万が一の時に味方してくれるのは兄弟子だけだ。いや万が一どころか万の中の九千五百くらいの割合で面倒が起きているためにほぼ真理には世話になりっぱなしなのが現状である。
今度何かしらお礼をしなければならないなと思いながら康太は弁当の具を口の中に放り込んでいった。