互が求めるもの
「てかちょっと待てよ。お前らに頼んだって意味がないだろ?その術式はその・・・ライリーベルの師匠がもってるものだろ?」
「まぁそうだけど・・・ベルが頼めば見せてくれるんじゃないのか?」
「どうかしらね。そのあたりはあんたがちゃんと交渉しなさいよ。誠実な対応をすれば師匠もそこまで頑なには断らないと思うから」
つまり仲介自体はしてやるがそこからの交渉は自分自身でしろという事である。自分たちにやれるべきことはするが本人にやらせるべきことはしっかりとやらせるあたり文は交渉上手というべきか。
「んな・・・精霊術師が頼んだってオッケーしてくれるわけねえじゃんか」
「だからって他人に頼るな。私は別にあんたの保護者でも上司でもないんだから。あんたがそれをしたいなら自分で頑張りなさい。交渉くらいできるでしょうが」
「そうそう、エアリスさんいい人だからちゃんと頼み込めば大丈夫だって。ある程度交換条件は出されるだろうけど」
康太が今何気なくエアリスの所の魔導書を閲覧できているのは文との弟子交換の関係を結んでいるからだ。
文は小百合の店のマジックアイテムを自由に閲覧でき場合によっては安く仕入れることができる。逆に康太はエアリスの所の魔導書を閲覧できる。最も今康太はまだ魔術師としての視覚に目覚めていないために閲覧してもただの本にしか見えないのだが。
術師間において何かを求めるのであれば当然代価が必要になる。対等な関係とはそう言うものだ。一方的に何かを求めるというのは少々失礼に当たるだろう。
「交換条件って・・・例えば・・・?」
「そうねぇ・・・一回魔導書見るために必要な行動だから・・・あの図書館の掃除とか?」
「うぇ・・・あそこ全部掃除すんのか?そりゃ結構大変そうだな」
「え!?そんだけでいいのか!?」
実際に図書館の地下を見ていない倉敷からすれば破格の条件に思えるだろう。ただ掃除をするだけで魔導書が見れるのであれば彼にとってはまさにありがたい以上の条件であることに変わりはない。
命を懸けるリスクもなく、ただ掃除するだけでいいのだから断る理由はなかった。
「まぁ決めるのは実際に足を運んで交渉してからにしなさい。一応師匠には話を通しておくから。で?あんたとしてはそれでいいわけ?」
「いい!いい!むしろ頼みたいくらいだ!・・・っていうかいいのか?俺お前らと・・・っていうかブライトビーと戦ったのに・・・」
「いいんじゃね?俺は特に気にしてないし。それにいろいろと収穫もあったからな」
水属性の魔術に対する対応、そして炸裂障壁の実戦投入、新しい装備の利便性と改善点。康太は今回の戦いで非常に得るものが大きかった。
ほとんど無傷でこれだけの成果を得られたのだ。はっきり言って今回の戦いは得るものの大きな良い経験であったように思う。
「まぁあれだ、これから俺らの敵にならない的な誓約書くらい書いてくれれば俺はそれでいいや。ベルもその方が安心だろ?」
「あぁ確かに・・・万が一にそんなことがあったら私も嫌だし。それくらいならいいでしょ?」
「あぁ問題なしだ。むしろそのくらいで許してくれるなら全然オッケー」
康太と文、そして倉敷との話し合いが済んだところでその話の流れを読んでいたのか真理は適当な紙にさらさらと誓約書を書き始めていた。
その内容は要約すれば『精霊術師トゥトゥエル・バーツはブライトビー、ライリーベル並びにその関係者に危害を加えないことを誓う』というものだった。
本人だけではなくその関係者にも危害を加えないという内容を了承したところで倉敷は意気揚々とそこに署名をしていた。
術師として交わす特殊な契約ではあるがそれでも全く問題ないというかのように倉敷の表情は晴れ晴れとしている。
「ていうか師匠、俺らとんとん拍子で話し進めちゃってますけど・・・師匠はそれでいいですか?」
「あ?別に私の言葉なんていらないんじゃないのか?私の弟子は優秀なようだからな」
これはさっき仮面を強引に押さえたのを根に持っているなと康太は眉をひそめる。この状態になると小百合は面倒だからなと小さくため息をつく。
これは次の修業で死ぬ目を見ることになるだろう。一緒に修業する文ももしかしたら巻き込まれるかもしれない。
仕方がないこととはいえ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「姉さんからは何かありますか?」
「そうですね・・・今回の一件に関しては貴方は他の魔術師からの指示でやったことかもしれませんが実際に手を出したのは貴方本人です。ですので関係各所、この場合はビーや師匠、そしてエアリス・ロゥの所にお詫びの品くらいは持っていったほうがいいと思いますよ」
「あ・・・はい・・・そうさせてもらいます・・・」
思った以上に常識的かつ普通な発言に倉敷は何も言うことができなかったのか深々と頭を下げていた。
相変わらず我が兄弟子はしっかりしているなと思いながらも康太はあることを思い出す。そう、壊した校舎の修復についてだ。
「ベル、あの壊れた校舎の修復ってどうしたんだ?頼んだとか言ってたけど」
「あぁ、それ忘れてた・・・明日それ渡すわ。トゥトゥ、あんたの所に請求行くようにするから忘れないでよ?」
「うげ・・・マジか・・・まぁ仕方ないけど・・・」
実際に校舎の窓ガラスを壊したのは八割方倉敷だ。そして二割が康太。敗者がそのあたりを負担するというのは精霊術師が相手でも変わらない。今回の場合文は自分達ではなく専用の相手に頼んだ。その場合の請求はすべて敗者に行くのである。
「とりあえず明日師匠の所に行きましょ。話は通しておくから」
「マジか・・・よろしく頼む。マジで頼む」
「今のうちに媚び売っておけよ、菓子折りとか持ってけ。あの人は洋菓子が好きだ。特にタルト系が好みだ」
「よし、明日買ってくわ」
倉敷は何度も何度も文に頭を下げ、康太には特に気にした様子もなしに接していた。先程まで戦っていたのがうそのようである。
その様子を小百合と真理はどう反応したらいいものか困った様子で見ていたがこのフランクさは同世代故のものかもしれない。
新しい友人ができたというのはよいことなのだろうが正直不安でもあった。
文のように同盟を正式に結んだのならまだしも、倉敷は危害を加えないという事を契約しただけの関係だ。利害はさておき少なくともまだ味方ではない。
そんな存在をそこまで信用していいものか、二人としてはまだ判断材料が足りないように思えた。
「とりあえず話が終わったのなら早く帰れ。ビー、お前はそいつにしっかり落とし前をつけさせろ。勝手に挑んできて勝手に話しは終わりでは示しがつかん」
「落とし前って・・・どんな?」
「そのくらい自分で考えろ。ある程度自分の考えで相手に責任を取らせることだ。勝者が敗者にどのような対応をするべきか今のうちに学んでおけ」
確かに康太は今回勝手に挑まれて迷惑を被った立場だ。そう言う意味では相手である倉敷にしっかりと賠償ではないが謝罪をしてもらうべきなのかもしれない。
今回康太は命を奪ってもよい立場にあったにもかかわらずそれをしなかったのだ。それどころか文との橋渡しになってこれからのためになることをした。多少の謝罪や感謝の言葉があってもいいように思う。
「っていってもなぁ・・・ベル、どうすればいいと思う?」
「私に聞かないでよ・・・なんかこいつにしてほしい事とかないの?」
「ない。欠片もない。大抵の事は文や姉さんがいれば何とかなるからな」
「・・・何もないって言われるとそれはそれでむかつくな・・・」
「じゃあどうしろってんだよ。全校生徒の前で好きな子に告白でもさせてやろうか?」
「罰ゲームじゃないんだからやめなさいっての」
冗談交じりにさりげなくえげつない内容を言ってのけるが、実際康太は倉敷にやってほしいことなんて欠片もありはしなかった。
彼が使うのは水属性の術。康太が得意としている無属性の魔術に加えて火と風の属性とはほとんどと言って良い程関わりのない属性だ。
その為操作のコツなどを知ろうにもはっきり言って関係がなさ過ぎて意味がない。それに何より水属性の魔術であれば文も真理も使えるのだ。別に教えてほしいことなどありはしないのである。
「師匠、特にやってほしいことないんですけど」
「やってほしいことがないからはいオッケーとは問屋がおろさん。何か見つけろ。相手が嫌がることでも何でもいい。相手の謝罪の意を込めさせなければ意味がない」
そうでなければ何のために叩きのめしたのかわからんからなと言いながら小百合は腕を組んだ状態で仮面の奥の瞳を細めた。
彼女からすればたとえ倉敷が敵になったとしても味方になるとしてもしっかりと今回のことに関して詫びを入れさせないと気が済まないのだろう。
いや、正確には別に彼女自身はどうでもよいと思っていても『そうしなければ精霊術師に喧嘩を売られた魔術師としての示しがつかない』と考えているようだ。
相手がほぼ一方的に仕掛けてきたうえにそれを倒してなおかつ新しい道まで示しているのだ。何かしらの形で詫びや誠意を見させなければ魔術師としての立場がないと考えているのだろう。
実際康太はそんなものはどうでもよかったのだが一般的な魔術師としてはそうするのが当たり前のようだ。
特に小百合は徹底的に相手を潰すことを第一に考えている。その為何のデメリットも罰もなしに解放するという事は考えていないらしい。
「でも確かにクラリスさんのいう通り、何かしらの罰は必要かもね。どんな理由があれ喧嘩を売ってきたのはこいつなんだし。なんか考えなさいよ」
「って言ってもなぁ・・・やっぱ告白でもするか?」
「やめろよそう言うの。高校生活始まったばっかでトラウマ作りたくないわ」
「分かんないぞ?実は告白成功とかでバラ色生活が始まるかもしれないじゃんか」
「まぁ全校生徒の前で告白されたら私なら断るけどね」
同級生の女子としての意見は随分と辛辣だったが、どちらにせよ何かしらの罰は考えなければならないだろう。
他に考えようにもたいしたことは浮かんでこない。せいぜいパシリをやるとかそのくらいしか康太の中での案はなかった。
「じゃあそうだなぁ・・・あぁ俺がなんか面倒に巻き込まれたら協力するとかどうだ?俺結構面倒に巻き込まれるし」
「面倒?そんなに巻き込まれるのか?」
「月一、多い時は月三ペースで巻き込まれる」
「うぇ・・・それって一回でいいのか?」
「一回じゃ採算つかないな・・・一年間でどうだ」
「マジかよ・・・それは・・・いやでも・・・」
二月から魔術師になって康太はすでに片手では数えられない数の面倒事に遭遇してきた。そう考えると一年という期間で遭遇すると思われる面倒事は十ではきかないだろう。
手を出した代価がそれなら十分ではないかと小百合は納得しているようだった。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです