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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
六話「水と空の嘶き」
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立場と指摘

あらかじめ向かうということを知らせておいたためか、小百合も真理もしっかりと魔術師としての装束をして待機していてくれた。


ここまでやってくる過程で康太も文も魔術師の装束をすでに外しているが、それはトゥトゥも同じことだった。


既に精霊術師として身に着けていた仮面もコートもはぎとられすべて康太と文が管理している。もし逃げ出そうとしても無駄なことであると彼自身理解しているのだろう。


所謂魔術師の本拠地に通されたことで精霊術師であるトゥトゥはかなり緊張してしまっているのかその表情をだいぶ険しくしていた。


「さて・・・こいつが件の精霊術師か・・・」


「はい、トゥトゥ・・・なんとかです」


「トゥトゥエル・バーツだ」


長すぎて一回では覚えられない名前のために康太はすでに略して呼んでしまっているが本人からすればあまり嬉しくないらしく眉間にしわを寄せながら不貞腐れている。


いや不貞腐れているというよりはこれから自分がどうなるかわからないために不安に感じていると言ったほうが正しいかもしれない。


周囲に意識と視線を向けながらいつでも逃げられるように準備をしていると言い換えてもいい。明らかな警戒態勢だ。


「話をする前に姉さん、こいつの治療をお願いできますか?一応ベルが治したんですけど応急処置だけでして」


「構いませんよ。また随分と手ひどくやったみたいですね」


真理はトゥトゥの後ろに回り込むとその背中に手を当てて治療を開始する。その体全体にまんべんなく付けられた傷のせいで痛むのか、トゥトゥは顔をしかめていたがそれでも徐々に痛みが和らいでいくのか穏やかな顔つきになっていた。


「よし、これでまた話ができる状態になったわけだな。では話を始めようトゥトゥエル・バーツ・・・いや倉敷和久だったか」


「・・・やっぱ調べられてたか・・・」


自分の本名を言い当てられたことでトゥトゥエル・バーツこと倉敷和久は先程よりも深く眉間にしわを寄せる。


自分を治療するのも何かしら裏があると思っていいだろう。非常に警戒の色が強くなっていく中康太は奥の方から茶の入った湯呑を全員分、文は茶菓子をちゃぶ台の上に置いていた。


いつも通りの話をするための形を作ったところで小百合は小さく息を吐いた後で倉敷を睨みつける。


「単刀直入に聞こう。お前がうちの弟子を狙ったのは他の魔術師に依頼されたからだな?」


「・・・依頼ってのとはちょっと違う・・・どっちかっていうと契約だ」


「その内容は?」


「・・・こいつを倒せば魔術師同盟に加えてくれるって話だった。それと同時に魔術師としての援助も受けられるようにしてくれるって・・・」


大体予想通りかと小百合はため息を吐きながら首を横に振る。あらかじめ予想していた通り精霊術師の立場を利用して康太へ干渉しようとしたのだろう。もっともその結果はあまり芳しくなかったようだが。


「誰から頼まれたかっていうのには答えないぞ。それも契約に含まれてる」


「そのあたりは私は干渉しない。私が干渉するのは別の所だ」


今回の件はあくまで康太の問題だ。もっと言えば康太と文の問題、その問題に師匠である小百合が出てくるのは筋違いというものだ。小百合が口に出そうとしているのはもっと別の所である。


「お前、仮に魔術師同盟に入ったところで魔術師としての援助が受けられるとでも思っていたのか?」


「・・・どういうことだ?だってあいつは」


「直接精霊術師が魔術師としての援助を受けられることはない。あるとしたら魔術師を経由して間接的に受けることだな。少なくとも対等な同盟関係などあり得ない。どちらかというと手下とか手駒のようなものになっていただろうな」


大方同盟に加わることを許可されただけであって対等な同盟関係は結べなかっただろうという風に結んだ小百合の言葉に倉敷はだいぶ動揺していたようだが、それでも魔術師としての援助を受けられるという事には変わりないと考えているようだった。


精霊術師にとって得られるものはそれほど大きいものなのだ。たとえ手下のような関係になったとしても得られるものには変えられない。それくらいの価値があるものなのである。


「それでも・・・手駒だって今の環境に比べれば」


「一つのものを得るために十以上の労力を失う・・・弱者の立場に甘んじている証拠だな。そんなんだから体よく利用されるんだ」


「・・・なに・・・?お前らになにがわかるんだ!精霊術師でもないお前らに!」


倉敷がちゃぶ台を叩いて思い切り立ち上がろうとした瞬間、背後で治療していた真理が軽く捻りあげて床に押さえつけた。


本人からすれば一体何をされたのかもわからなかっただろう。それほど軽やかに、そして素早く行われた押さえつけだった。


「確かにお前は精霊術師だ。だが精霊術師にも私たち以上の存在はいくらでもいる。お前が弱者の立場に甘んじているのはお前自身がそれを許容しているからに他ならない」


小百合の言葉に反論したくても反論できる言葉を持っていないのか、倉敷は歯を食いしばりながら地面に押さえられていた。


小百合の言っていることが彼にとって図星だったからに他ならない。確かに魔術師よりも実力が上の精霊術師は存在する。そして何より彼にとって重くのしかかったのは彼自身が弱者の立場に甘んじているこの環境を受け入れているという事だった。


術師として上を目指しながら自らを最初から弱い立場でいることを許容しているその事実こそが彼に強い衝撃を与えていた。


精霊術師が魔術師よりも下の立場にいるのは確かだ。だがそれはあくまで客観的な立ち位置に他ならない。


個人で魔術師を超える存在がいる以上、術師としてはそこを目指すのが当然のはずだ。だからこそ倉敷はそこを目指すためにどのような手段を用いてでも技術を磨き、努力を怠らず今までやってきた。


だがいつの間にか自らが精霊術師であるという常識から自分は魔術師よりも下であるという常識にとらわれつつあったのである。それがどのような意味を持っているか彼自身理解していた。だからこそその衝撃に強く動揺を覚えていたのである。


「もし私がお前の立場ならそんな契約は結ばないだろうな。私なら相手を食いつぶすつもりで利用する。対等?そんなものは存在しない。どちらが上でどちらが下か、あるのはそれだけだ」


「・・・だからって・・・俺らはそれ以外に・・・」


「どうだろうな?少なくとも今のお前に捨石以外の使い道があるとも思えんな。そう言う輩は一度使えば大抵死ぬか使い物にならなくなる。それでどうやって目的を達成するつもりだった?」


小百合のいう通り。今回倉敷は先輩魔術師によって半ば使い捨ての扱いをされていた。魔術師相手の威力偵察など精霊術師にとってはほとんど捨石も同義だ。康太だったからこそ今こうして命を拾ったがもし別の相手だったら命を落としていた可能性さえある。


例えれば殺し屋にチンピラが喧嘩を売ったようなものだ。はっきり言って相手にならないのである。


もっとも康太の場合魔術師として未熟だったために今回はチンピラ対チンピラの戦いだっただろうがそれに関しては倉敷は知る由もない。


「ビー、お前から見てこいつの実力はどうだった?」


「・・・少なくとも術師としては一定のラインは超えているように思えました。発動した術の威力も結構高いし使い方によっては危なかったかもしれません」


「だがお前は勝った。こいつはお前に負けた。ズバリこいつの敗因は何だと思う?」


小百合は一体何を言わせたいのか、康太は未だ理解できなかったがとりあえず康太は考えることにした。


何故自分は倉敷に勝てたのか。逆に倉敷は何故康太に負けたのか。


考えられるとすれば対応の悪さだろうか。いや対応の遅さと言い換えてもいい。

倉敷が使ってきた術は大まかに分けて三、いや実際は二種類と言ってもいい。


一つは顕現した水の形状を変化させる魔術だ。空中に水を顕現させ触手のように康太に襲い掛からせたり津波のように水の壁を押し寄せてきたりと汎用性は高い術だった。


途中から水のドームと触手による攻防一体の構えに切り替えたのはよかった。あのまま一定の距離を維持していれば康太は負けていたかもしれない。


だが康太は一度距離をとった。まずはあの術を攻略しなければいけないという考えから距離を取り術に対する攻略法を考えたのだ。


勝負の分かれ目はあそこだった。もし倉敷が康太が逃げた瞬間に術を一度解除、あるいはその形状を変えて防御のドームを解いていればまだ勝ちの目はあったように思える。


あの状態では康太もまだドームの防御手段に対する対応はできなかった。そうなってくるとまだ完全に修得しきれていない魔術を使う以外に勝ち目はなかったかもしれない。


倉敷が所有していた二つ目の術は水圧による噴射攻撃だ。もしあれをある程度距離ができた段階ですぐに使って来たら勝負はわからなかっただろう。


状況判断の悪さ、そして対応の遅さ、そして切り札を出すタイミングを間違えたのが敗因であるように感じた。


「・・・術の発動のタイミングとか、俺の行動に対する対応が適切ではなかったように思います。もし適切なタイミングと状態で使っていたら今のこの状況はなかったのではないかと・・・」


「なるほど・・・つまりこいつは使い方次第でお前を倒し得たという事だな?」

「はい、間違いないかと」


康太の言葉に小百合は満足そうに押さえつけられている倉敷の前にやってくる。

その表情は仮面をつけているためにわかりにくいが、康太は彼女が笑っていることに気付けた。


なぜ笑っているのか、その意味がこの時康太にはまだわからなかった。


「そう言う事だ。お前は魔術師を倒せるだけの術を持ちながらその扱い方を心得ていない。未熟者だからこそ他人にすがるほかないというのはわかるが、だからと言って弱者である自分を受け入れているようでは先はない」


弱者でいることを受け入れてなお、その弱い自分を変えようとしなければ意味がない。


康太は弱いことを自覚していながらそれを少しでも改善しようといろいろと努力している。


新しい術を学んだり槍や武器の扱いを学んだり知識を溜めこんだりしながら日々努力している。


倉敷も同じような努力はしてきただろう。だが康太と倉敷ではその考えに大きな違いがある。


康太は弱いということを知っているから強くなろうと努力する。倉敷は弱いということを知っているからそれを認め、諦めたうえで少しでもましになろうとしている。


この二つは似ているようで大きく違いがある。


そのことに文はすでに気づいていた。そして小百合が何を言わんとしているのかも、何を言いたいのかも。


「結局お前は魔術師に利用されるだけの存在に成り下がるだろうな。少なくとも今の契約相手とつるんでいるようではお前はいつまで経っても今のままだ。私の弟子に勝つこともできない半人前以下だ」


「・・・だからどうしたよ・・・お前は一体何が言いたいんだ・・・!?」


「何も?私は私の弟子に負けた精霊術師がどんなものか見たかっただけだ。それなりのものを持っているのにここまで察しが悪いとはな」


小百合にここまで言わせるのだ。恐らく倉敷の術者としての実力はある程度以上のものがあるのだろう。


康太は倉敷を見ながら少しだけ不憫に思っていた。だからこそ文の方に視線を送った。何とかできないかと。



誤字報告五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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