その扉の向こう側
小百合の後についてやってきたのは教会だった。屋根の上に十字架が立っており、そこがキリスト教の教会であるという事が嫌でもわかる。
康太は基本無宗教であったこともあり、教会などには来たことがない。というか足を運ぼうと思ったことすらなかった。
今いるのは康太達が住んでいる場所から二駅ほど離れた駅から降りて数十分の場所。交通の便がいいターミナル駅というわけでも特にこれと言って見どころのあるような場所や店があるわけでもないような所だ。
例えるなら各駅停車しか止まらないような駅と言えばいいだろうか。住宅街やそれなりのスーパーしかないような場所で、意図的に来ようとしない限りはほとんど縁のない場所である。
当然康太がこのような場所に来たことがあるはずもない。むしろこんなところに教会があることすら今日初めて知ったのである。
「あの師匠・・・ここって教会ですよね?」
「あぁそうだ。キリスト教の教会だな」
見た通りの外見のままの建物であるらしく、近くにはキリスト教の教会であることを示す看板も存在していた。
それなりに大きな教会なのだろうか、かなりの敷地面積に加え屋根の上には十字架だけではなく鐘のようなものも設置されているのが確認できた。
「ここで魔術師として登録するんですか?」
「ここは通り道というだけだ。行けばわかる。」
通り道と言われてもどういうことなのかさっぱりわからないが、康太はとりあえず小百合の後に続くことにした。
教会の中に入るとその中には何人か人がいる。配置された椅子に座り談笑している人や祈りをささげている人など様々だ。
如何にも教会という感じだなと思いながら小百合の後についていくと、恐らくこの教会の責任者である神父だろうか、教壇の上で何やら誰かと話しているのがうかがえる。
そして小百合がやってきたことに気付いたのか、一度話を打ち切って小さく会釈をして見せた。
「通らせてもらうぞ。構わないな?」
「えぇ、承っております。そちらが例の?」
「あぁそうだ、一緒に連れていく」
「かしこまりました、どうぞ奥へ」
まるで最初から話が通っているかのようなスムーズさで小百合と康太は教会の奥へと通される。
教会の奥の居住や事務などを行うスペースに案内された二人はさらに奥へと進んでいく。
地下に案内される中康太はこのスムーズな対応に少し驚いていた。
もしかしたらあらかじめ連絡か何かを入れておいたのかもしれないと思いながら小百合の後についていくと、いつの間にか小百合があのひび割れた仮面をつけていることに気付いた。
「お前も仮面をつけておけ、ここから先は魔術師の領域だ」
「は・・・はい・・・」
康太は言われた通り渡された無骨な仮面を身に着けそのまま小百合の後に続いていく。
そして教会の中にある扉の前に立つと、彼女の前に一人の男性が立ちふさがった。
そしてその手に紙きれを持たせると、男性はそれを見た後で小百合に道を譲って見せた。
一体今の動作に何の意味があるのだろうかと疑問だったが、男性は小さく何かを呟くと扉をゆっくりと開いて見せた。
そこには先程まで自分たちがいた空間とは全く違う光景が広がっている。先程までは一般家屋とそれほど違いはないように見えた構造をしていたのに、今目の前に広がっているのはレンガ造りのような明らかに一般建築とはかけ離れた構造をしているからだ。
しかも先程の教会の地下にしては妙に天井が高い。十メートルそこらはありそうな天井の高さに康太は強い違和感を覚えていた。
石造りの外壁にところどころに配置されている照明。さらにあちらこちらに存在する本棚の数々。そしていくつかの受付のような場所が設置されておりその奥には階段などが存在する。
天井にはいくつもの鎖でつながれたコンテナのような箱が複数存在し、照明として巨大なシャンデリアのようなものがいくつも取り付けられている。
ホテルなどのエントランスをイメージすると少しわかりやすいだろうか、だがそれらとは圧倒的に違う雰囲気がこの場所からは漂っていた。
周囲には何人か人がいる。その全員が仮面をつけていた。それぞれが自分の素性を明らかにしないようにしているのだろうが、それぞれの仮面には特色がありある程度個人の判別がつけられるようになっているようだった。
もしかしたらここが魔術師の領域なのだろうかと思っている中、小百合は特に気にした様子もなく先に進んでいく。
「あの・・・ここってどこなんですか?教会の地下にこんな空間・・・もしかして・・・」
「お前の予想通りだ。ここはさっきいた場所とは違う・・・簡単に言えばさっきの扉を境に私たちは別の空間に転移したんだ。」
転移したなどと言われても正直理解が追い付かないのだが、そのあたりは魔術だからという説明で納得するほかなかった。
瞬間移動というと少しわかりやすいだろうか。だがこんなものがあるとなると便利すぎるような気がするのだ。一瞬で別の場所に行くことができるなんて夢物語のような気がしてならない。
「・・・それも魔術の一つですか?」
「あぁそうだ・・・もっともそんなに便利なものではないがな・・・そのあたりは帰りにでも説明してやる」
便利なものではないという言葉に康太は若干疑問を覚えたが、その疑問を解消するよりも早くあることに気が付いた。