思惑と攻防
康太の放った鉄の筒の効果を理解したのか、内部にいた精霊術師は周囲を覆っている水の水流を大きく変化させ始めた。
鉄筒がドーム半ばまで進行すると同時に水流を作り出しその進行を大きく妨げようとしていた。
おおきく流されたことで鉄筒はその進行方向から外れてしまうが属性対策用の道具を康太が一つしか用意していないということはあり得なかった。
ドームから離れながら二個三個とドームの直上へと投げ込むと同時に、相手は自分がこの場に留まっていればただの的になるのと同義であることに気付いたのかゆっくりと移動を開始していた。
せめて康太を触手の射程距離内にいれたいと考えているのだろう、ドーム上部の触手は残しながらも康太めがけて触手を伸ばしつつあった。
康太がすでに宙を歩くことができるというのは相手も把握しているようで空中からの攻撃を気にしながらも康太の姿を捉えるべくゆっくりと進攻していた。
先程までは中庭の方にいたのに対し、今はグラウンド近くまでやってきている。康太は常に触手が届くギリギリの場所を維持しながら水のドームに対して攻撃を続けていた。
時折再現の魔術により槍の投擲を含めながら触手の動きを阻害したり相手の意識を逸らせたりすることで攻撃を通しやすくしているのだがどうやら相手は随分と康太の姿に集中しているらしい。上からの攻撃はほとんど完璧に近い防御を行っていた。
好都合だと思いながら康太は位置を確認した後蓄積の魔術を発動した。
瞬間、水のドームの内側にある地面から無数の鉄球が宙に飛び出した。
上の方向に集中しすぎたトゥトゥエル・バーツはその攻撃をまともに受けてしまっていた。いつの間に康太が地面に鉄球を仕込んだのか、それはこの戦いが始まってすぐの事である。
これも水属性の魔術への対策の一つだ。水属性の防御魔術は確かに物理系の攻撃に対して有効だが、その分防御箇所が非常にわかりやすくなる。
相手が盾を構えている箇所が視覚化しやすいのだ。その為盾の裏側から攻撃すれば簡単に攻撃を通すことができる。
盾の裏側から攻撃するには相手の意識の外側から攻撃すればいい。攻撃が来るはずがないという場所に攻撃をすることによって相手の盾は無効化できるのだ。
康太はあらかじめ地面からの攻撃を行うために戦いが始まった時点で鉄球を地面に転がしておいたのだ。一カ所ではなくこのグラウンドの中、ある程度の距離をおいて定点的に配置してある。
一種の地雷のようなものだ。それを踏まないために、そして康太自身と康太の放つ攻撃によって上空に意識を向けさせるために上からの攻撃に徹した。
一見すればただの魔力の無駄遣いのように見えた空中歩行はただのデモンストレーションではなくきちんと意味のある行動だったのである。
再び攻撃を受けたことでまた負傷し集中を乱したのか、トゥトゥエル・バーツを覆っていた水のドームが大きく変形していく。
康太に向けて伸びていた触手はすでにその形を維持することができずに地面に落下してしまっている。
攻撃と防御、両方をこなせなくなった時点である程度既に結末は見えていた。
だがだからと言って詰めを甘くするほど康太は余裕がない。
相手が崩れかけている今こそ康太の勝機だ。康太はそう確信しながら自らの持つ水対策用の鉄筒を一斉にドームへと投げつける。
水による減速と魔術による加速を繰り返し、鉄球をはめている鉄の筒が中央にある空洞までたどり着くと康太は鉄球に込められた物理エネルギーを解放し弾き飛ばした。
その瞬間ドームを維持できなくなったのかそびえていた水の塊は瓦解し地面に流れていく。
そして大量の水が地面に流れていく中、康太はようやく地面に着地していた。
集中を乱したせいで術を維持することができなくなったらしく、自然と水のほとんどは消えていた。
もうこれ以上やるのは難しいかもしれないなと康太は先程までドームのあった場所に視線を送る。
その先には腕、腹部、そして足から血を流す精霊術師の姿があった。
あれだけの鉄球を至近距離から受けながらたった数発の被弾で済むあたり運がいいのだろうか。
そこまで考えて康太は自分の考えを即座に否定する。なにせ鉄球は彼の体にいくつも直撃していたのだ。その痕跡らしき痣が腕や顔にも残っている。
恐らく鉄球が炸裂する瞬間に水のドームの形状を変化させて自分と鉄球の間に割り込ませ盾にしたのだ。
どうしても間に合わなかった部分もあったようだが最小限の負傷にとどめておくことができている。
瞬間的な判断ができるあたり、恐らく相手はまだ折れていないだろう。まだ戦いは終わらなさそうだと康太は手に持っていた槍を構える。
一発二発程度では終わらない。恐らく完全な詰みの状態にしなければ相手は止まらない。
康太はある種の覚悟を固めると一気に突撃していった。
相手もそれに反応し水の触手を顕現するがやはり痛みのせいで集中力を欠いているのだろう、先程に比べると速度もなければ精度もない。
しかも足を負傷しているせいもあってまともに動くこともできないだろう。
康太は触手を回避すると一気に直進していく。
だが康太はその瞬間気付いた。周囲にある触手だけではなく、精霊術師の目の前にも少し大きめの球体が存在していることに。
嫌な予感がして康太は直進を止め再現の魔術を使いその頭上を飛び越えるとその球体から強烈な勢いで水が噴射される。その水は直進し中庭にあった草木のほとんどをなぎ倒していった。
水圧カッターというものが存在する。それは水の中に研磨剤を含めて高圧で水を吹きだすことでその圧力と摩擦により物体を切断するというものだ。
今康太に向けられた攻撃はまさに水圧による攻撃だ。しかも周囲にあった砂利などを含めることでなかなかえげつない威力を持っているのがうかがえる。あれだけは喰らってはいけないなと思いながら康太は一度身をひそめることにした。
だがさすがに簡単に逃がしてくれるはずもなくその手元から再び強烈な水圧が放たれる。恐らくあれがトゥトゥエル・バーツの最強の攻撃術なのだろう。攻防一体のバランスのとれたドームと触手の術が破られた今、そして足を負傷しまともに動けなくなった今これ以上防御していても仕方がないと守りを捨ててすべてを攻撃に絞り込みに来たのだ。
当たったら恐らくただでは済まない。だが相手だって必死に攻撃を仕掛けてきている。射撃系の攻撃では完全には避け切ることは難しいだろう。
康太は舌打ちしながら肉体強化と再現の魔術を発動する。
通常よりも速く、そして三次元的に動くことで的を絞らせないようにすると康太は即座に二階校舎の中へと突っ込んでいった。幸いにして相手がほとんど窓ガラスを割っていたために侵入自体は楽だったがさすがにあの攻撃の射程内に入るのは危険すぎると判断したのだ。
水圧カッターの射程距離は通常の工具で言えばほぼゼロ距離のみ。だがあの術はそれをさらに高圧で飛ばすことで恐らく十メートルから二十メートルほどは威力が保持されると考えていいだろう。
康太の持つ攻撃手段の中で射程距離が二十メートル以上ある攻撃はいくつか存在する。槍の投擲、ナイフの投擲、そして鉄球による無差別攻撃だ。
だがそのどれもが攻撃力が高すぎる上に自分の位置をさらけ出してしまう。今確かに康太は校舎に身を隠しているが相手を確実に倒すためにはしっかりと相手を視認しないと正確な射撃攻撃はできないだろう。
となるとどうしたものか。康太は少し考えてから大きくため息をつく。
できるならこの魔術は使いたくなかったんだけどなと思いながら康太は集中する。
そして身を乗り出すと康太はその魔術を発動した。
相手が康太の姿を確認するよりも早くそれは顕現した。精霊術師を丸ごと覆い込むドーム状の半透明な障壁。
そう、これは康太が小百合に教わった唯一の防御魔術である。
「警告しておく!それ以上攻撃するのをやめて降参しろ!そうじゃないと命の保証はしないぞ!」
「・・・何言ってんだ・・・!ここまでやって引き下がれるか!」
相手からすれば苦し紛れの交渉のように見えたのかもしれない。康太が作り出した障壁はあまりに薄く、少し殴っただけで壊れてしまいそうだったからだ。
康太は身を乗り出し狙ってくださいと言わんばかりに仁王立ちしている。すぐ近くに校舎の壁があるとはいえあの距離ならうまくやれば狙えるかもしれない。
トゥトゥエル・バーツはためらうことなく水圧による攻撃を放った。
手元から放たれた水は一直線に障壁に向かっていく。
当然障壁はその水を数秒は受け止めてくれた。だが数秒だけだ。その圧力に負け徐々にひびが入っていく。
康太はそれを見て明らかに動揺した様だった。すぐに動けるように身構えているようにさえ見える。
これで勝った。トゥトゥエル・バーツが勝利を確信した瞬間それは起こった。
亀裂の入っていた障壁がまるでガラス片の様に砕け散り、精霊術師の体めがけて襲い掛かったのである。
障壁は砕け散りながらその形を防壁から無数の刃へと変えてその体を切り刻む。
そう、康太の覚えた防御魔術は確かにその身を守ってくれるが、その効果は防御だけではなかった。
小百合の覚えている魔術はすべてが破壊に通じている。そしてこの防御魔術も決して例外ではないのだ。
確かにこの障壁魔術は防御魔術として役に立つ。だがその防御能力は決して高くはないのだ。
むしろこの魔術は防御の先にこそその真髄があった。
康太の覚えた魔術の名前は『炸裂障壁』文字通り一定以上の圧力を加えると破壊され炸裂する魔術だった。
炸裂するのは圧力を加えられた方向、つまり攻撃に対して防御と反撃を同時に行うような魔術なのだ。
障壁そのものが割れ砕け刃となって反撃する。その為自分の近くに展開するよりも相手の近くに発動したほうが真価を発揮する。
障壁の面積によってその消費魔力は大きくなるが、今回康太は精霊術師を覆い込むようにドーム状に障壁を展開した。
逃げ場はなく、完全に囲まれた状態で障壁の刃を受けた精霊術師は完全に戦闘不能状態になってしまっていた。
全身傷だらけだが出血量は少ない。恐らく水属性の治癒の術で出血を抑えているのだろうがその状態を維持できるのも時間の問題だろう。
康太は自分に向かっていた水の攻撃を校舎を盾にして難なく防ぐと再び地面に降り立っていた。
「・・・だから言っただろうが・・・命の保証はしないって」
「・・・この・・・!くそ・・・!」
まだ意識があるらしく精霊術師はもがいている。さすがにこれ以上はどうしようもない。相手は動くこともできないのだ。全身を切り刻まれ痛みで意識も朦朧としているだろう。もはやこれ以上戦うことはできないだろう。
康太の勝利という形で収まったこの戦いだが、康太としては何ともやりきれないものがあった。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです