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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
六話「水と空の嘶き」
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水への対策

「なんのつもりでここに来たのかは聞かないでおきましょう。先輩にも一応面子ってものがあるでしょうし・・・何よりあなたにそこまで興味もありませんし」


お前程度眼中にないと言われているようで先輩魔術師は癇に障っただろうが、文はそれでいいと思っていた。


どういう経緯があれど康太を敵に回すような動きをしているのだ。自分もこの人の敵に回るという立場を保った方がいい。


何より正面からやってこないで回りくどい手を使って、しかも精霊術師を使い捨て扱いするそのやり方が文は気に食わなかった。


「今すぐここを立ち去るならそれでよし・・・でもこのまま居座るというのならそれなりの対応をさせていただきます。どうするかは先輩次第ですよ」


「・・・君を敵に回したくはない・・・ここは引くことにしよう。だが君は随分と彼に過保護なのだな」


「同盟関係ですから当然です。まぁほっとけない一面があるのは認めますけど」


指摘されてはじめて気づいたが、確かに文は康太に対してやや過保護になっている気がした。


もっともそれは自分だけではない。康太の兄弟子である真理も同様だ。何故かはわからないが康太は構ってやらなければならないようなそんな気にさせる存在なのだ。


魔術師として未熟すぎるというのもあるのだろうがどうにも放っておけない。戦ってから康太のことをライバル視しているのは間違いないのにいつの間にか康太を守ることに何の違和感も感じていない。


妙なものだなと思いながら文は小さくため息をついていた。


「先輩、一つだけ忠告しておきます。ビーの敵にはならない方がいいですよ?あいつその気になったら結構えげつないですから」


「そのくらいは予想できている。なにせ彼はデブリス・クラリスの弟子だからな・・・むしろそれを理解しているからこそこうしている」


こうしている。それがつまり回りくどいことをしているという事であると理解するのに時間はかからなかった。


直接戦えば分が悪いだろうという事を見越してこのような偵察をしているのだろうが、その方法こそ康太の癇に障っているということに気付かないのだろうか。


康太は良くも悪くも単純だ。真っ直ぐに向ってくる相手であれば真っ直ぐ対応するし、逆にひねくれた方法で接触する者にはそれ相応の対応をする。


敵意をむき出しにしてくるような相手であれば当然敵意を隠さずに対応する。今回の精霊術師を前にしてそれは決定的になった。


小百合にも言えることかもしれない。そして真理にも同じようなことがいえるかもしれないが師匠と弟子はどこか似るのだろうか、誠実な対応をすればこの三人は基本的にそれなりに常識的な対応をする。


逆に言えば非常識的な対応をすれば一切の容赦も遠慮もなく非常識な対応に出るのだ。康太の場合魔術師としての常識がない分突拍子のない行動に出やすいのだがそのあたりは置いておいた方がいいだろう。


「君はいつまで彼の味方をしているつもりだ?君ほどの魔術師なら味方など引く手あまただろうに」


「引く手は数多かも知れませんね。でも私は信頼できる人間以外に背中を預けるつもりはありませんから。有能だろうと無能だろうと、信頼できない相手と一緒に居ようとは思いませんよ」


「・・・ブライトビーは信頼に足る魔術師であると?」


「えぇ、魔術師としても人間としても十分以上に信頼できる奴ですよ。ちょっと抜けてるところはありますけど」


文がはっきりと口にしたことで、二年の魔術師はやや複雑な感情を抱いているようだった。


実力の有無にかかわらず信頼できるものを味方にする。つまり自分たちは信頼するに値しない魔術師という事でもある。


警戒されているのは十分わかっていたがここまではっきり口に出されるとは思っていなかっただけに二年生の魔術師は文の評価をやや改めていた。


今までは純粋なエリートでただ単に実力があるだけの温室育ちだと思っていたのだが、この対応ができるあたりそうでもないらしい。


実戦において何が最も重要であるかを文は理解している。安心して背中を預けられる存在というのが一番尊く重要なものなのだ。


信頼できないものとは一緒に戦えない。戦うとしたらそれは敵同士としてだ。


少なくとも文は信頼できるものだけに自分の素顔と本名を明かすつもりだった。仮に相手がすでにそれを知っていたとしても。


「・・・では君たちの幸運を祈っている・・・せいぜい頑張ることだ」


二年生の魔術師はそう言い残して去って行った。索敵の魔術をかけても遠くへと向かっていくのが確認できた当たり本当に今回は引くようだ。


康太が勝とうが負けようが、彼にはまったく痛手がないから問題ないという事なのだろう。本来の目的は文を味方派閥に引き入れることだ。それがかなわなくなるようなことは極力避けるべきだと思ったのだろう。


その考えは正しいのだろうがここまであっさりと引かれると何か裏があるのではないかと思えてならなかった。


精霊術師を使って康太の実力を把握しようとする策は失敗に終わっている。同時に行っていた文を失望させて康太とのつながりを断つ作戦もすでに潰えた。


このままそのことを戦っている二人に告げれば戦いは終わるだろう。少なくともこれ以上被害が出ることは避けられる。


だが文はその戦いの様子を眺めていた。理由は至極単純なものだ、興味本位。康太がどのようにあの相手を倒すのか気になったのである。


後で文句を言われるかもしれないなと思いながら文は僅かに笑みを浮かべつつその様子を眺めていた。










文がそんな悠長なことを考えているとは知らず、康太は一生懸命に考えながら校舎の中を走り続けていた。


あの水の防壁を破るには一撃の強さだけでは破ることはほぼ不可能だ。それこそ音速を超えるくらいの速度を出すことができれば水ごと吹き飛ばすことができるのだろうが生憎とそれほどの物理エネルギーを保存している物体は手元にない。


相手が強力な水を作り出した場合、強い一撃以外で破る方法がほとんどないのだ。これが文や真理なら何とかしてあの防壁の内側にいる敵に対して攻撃ができるのだろうが生憎と康太にそんな簡単に攻撃ができる魔術はない。


だからこそ考えなければならなかった。


康太の持っている中で一番威力の高い武器は小型の鉄球が入ったお手玉などの類だ。一度に広範囲に攻撃を繰り出すことができる点だけで言えば再現の魔術よりも与えられるダメージ自体は大きいだろう。


問題はあの水の内側にどのようにしてそのお手玉を届けるのかという事だ。


水の防壁を作り出す関係からその中心には空洞が作られている。そこにトゥトゥエル・バーツがいるのだが、問題はその水の防壁が水流を作り出しているという点である。


元々分厚い水の防壁という事もあって恐らく銃弾もほぼ無力化してしまうだろう。もしかしたら砲撃でも防ぐことができるかもしれない。水の抵抗力というのはそれだけ強いものなのだ。


だが手がないわけではない。康太の手持ちの武器に魔術を加えれば上手くすれば相手の下に鉄球を届けることができるかもしれない。


問題は康太が順序良く攻撃を届かせることができるかという点と、相手の水の流れを正確に把握しなければならないという事だけだ。


康太はまず相手の水の防壁の大きさを確認することにした。


大きさにして直径約五メートル程、二階の高さに匹敵するその水のドームに康太は嫌気がさしていた。


そしてその内部には直径二メートルほどの空間がある。あの中にトゥトゥエル・バーツがいるのだろうが康太はここで一つ疑問に思う。空気はどのように取り入れているのだろうか。


周囲は完全に水で覆われてしまっている。なのにどのようにして空気をやり取りしているのだろうか。


相手の属性は水、つまり水属性以外の魔術は使えないはずだ。そうなると空気はどのように循環させているのだろうか。


あの状態、水のドームを作り出してから既に数分経過している。康太はそこまで空気の事や人間の酸素消費には詳しくないが延々と酸素を消費し続けるにも限界があるはずだ。


つまりあの防壁にはどこかしらに空気供給用の穴があるという事だ。それが一体どこなのか知るためにも康太は目を見開いてそれを確認しようと躍起になっていた。


校舎内にある物品に蓄積の魔術を施して簡易式の攻撃道具に変化させ水のドームに向けて放っていた。


箒や机、椅子、それらに物理的な力をかけた状態で放り投げて水のドームに直撃させると当然のように水の抵抗によって減速しその中の水流により外にはじき出されていった。


そして康太が三階にいるという事を理解したのか、水のドームから触手が伸び三階の窓を割りながら中へと侵入してきた。


本当に怪獣のようだなと思いながら康太は水の触手から逃げながら先程の水の流れをほぼ正確に把握していた。


真上を中心として円運動している。少なくとも不規則なランダムの水流ではないのは確かだ。これなら問題ないかもしれないと思いながらも康太は次にドームの足元部分を確認していた。


先程投げた物品の中にはドームに当たらずにそのまま地面に叩き付けられたものも存在している。その中に一つドームの下に潜り込んだものがあったのだ。


その道具が全く動いていないことから康太はその現象を正確に理解していた。


要するにあのドームはやや浮いているという事だ。地面の部分を浮かせることでそこから空気が供給されている。つまり地面からの低空攻撃ができればいいという事なのだがその隙間が一体どれくらいなのかはまだ判別できていない。


空気を取り入れるだけならそれこそ数十センチの空間だけで問題ないだろう。そうなってくると攻撃を当てるのはだいぶシビアになりそうだった。


だがとりあえず相手を攻撃する手は考え終えた。あとはそれを実行に移すだけである。


多少こちらの手の内も明かすことになるが致し方がない。それをやるだけの価値はある攻撃だ。


もしかしたら相手をかなり傷つけることになるかもしれないがそのあたりは仕方がない。すでにこちらは警告をしてやったのだ。それを無視している時点ですべて自己責任だ、康太が知ったことではない。


こちらを潰そうとしている以上自分が潰されても何も文句は言えないだろう。


前準備には時間がかかる。ついでに言えば一度相手の意識を別の所に逸らしておきたいところだ。


康太は近くにあったバケツを手に取ってそこに学校にあった道具で作った攻撃道具一式を詰め込んでいく。


前準備のために必要な工程の一つ。これにあとひと手間加えた後で投げて準備はほぼ終了になる。


後は手元の武器で何とかするだけだ。康太は深く息を吸って状況を整理しながら屋上へと向かおうとしていた。


文のように鍵開けで屋上に上がることはできないために相手から見えない位置に移動してから窓から屋上へと跳躍する。


今度鍵開けも覚えようと思いながら康太は屋上へと昇りバケツを手に持ってフェンスを乗り越えた。


康太はフェンスを乗り越えてその水のドームを確認していた。


長いあいだ放置していただけあってだいぶ大きくなってしまっているが、ある一定以上からその大きさが変わっていないように思えた。


考えてみれば当然だ、あの水のドームは相手の術によって形を保っている。操作するのにだって魔力が必要になる。トゥトゥエル・バーツの魔力がどれくらいあるのかはわからないが恐らく今はあのドームと触手を維持するので精いっぱいのはずだ。


逆に言えばあのドームを攻略できれば康太にも勝ちの目が出てくるということになる。


おおきく深呼吸してから康太は一気に跳躍する。一見すれば屋上から飛び降りるという無謀極まる行為だが康太は魔術師だ。再現の魔術によって空中に疑似的に足場を作り出すことで跳躍するだけの技術を身に着けている。


疑似的に足場を作り出しドームの直上まで移動すると康太はバケツの中に放り込んでおいた道具を一斉に下へと放り投げた。


そしてドームに直撃すると同時に、道具に蓄積していた物理エネルギーを解放させる。


瞬間、蓄積の魔術によって蓄えられていた力が解放され道具が一斉に水のドームに向けて突進を始める。


方向はバラバラだが、そのほとんどがドームに直撃し水しぶきを上げながらその中を直進していった。


だがドームの中ほどまで行ったところですぐに道具たちは減速し水の中を漂い始めてしまう。


そして徐々にその水流に飲まれドームの外側へと運ばれて行ってしまった。


ドームの中にいたトゥトゥエル・バーツは無駄なあがきだと笑っていたがその時ドームにある空間の中にぽろぽろと何かが落ちてくるのに気付いた。


雨のようにドームの直上から落ちてくるそれは地面に転がっていく。それが小さな鉄球であると気づくのに時間はかからなかった。


一体これは何だろうか


思考がそこまで進んだところで康太は蓄積の魔術を解放した。


ドームの内側まで入り込んだ鉄球は蓄積の魔術によって蓄えられた力を解放しその体に、ドームに直進していく。


康太がやったことは非常にシンプルだった。


バケツの中に仕込んだのは校舎の中にあった道具だけではない、康太がもともと持っていた鉄球も含まれていたのである。


周囲に突っ込んできた道具を確認してトゥトゥエル・バーツは万が一にもドームが破壊されないように水全体を回転させただろう。それによって道具たちは直進することなくとゆっくりとあさっての方向へと運ばれて行ってしまった。


普通にある水の場合、円運動をさせるとその中心へとゆっくり移動させられるだろうが、円運動し続け、しかも外側になにも壁がない場合、ゆっくりと外側に移動してしまう。


だが康太がまいた鉄球だけは違った。


バケツから落ちた鉄球は道具たちを蓄積の魔術で直進させる間も発動はさせず、そのままドームの中心めがけて落下させたのである。


ドームの回転は中心を起点にして延々と回り続けている。その為鉄球はほとんどドームの中心にある空洞めがけて落下していったのだ。


そして十分時間が経ったのを見計らって蓄積の魔術を解放させたのである。


真上から地面へと徐々に高度を落としながら地面へと向かう康太はその中の様子を確認していたが、水のドームはゆっくりとその形を崩していた。


恐らく鉄球の直撃を受けたせいで痛みにより集中を維持できなくなっているのだろう、もうすでに水のほとんどが自壊していっているように見えた。


そしてその水のドームが自壊していっているように見えたがその崩壊は最後まで見ることはできなかった。


何発かは被弾したようだが相手の集中を完全に阻害するには至らなかったようだ。これで状況を変えられれば康太としては楽だったのだがどうやらそう簡単にはいかないらしい。


相手の水のドームは不安定になりながらも回転を続けている。形が綺麗な半球ではなくなった分ムラがある上に回転の規則性も失われている。もはや同じ手は使えないだろう。


しかも上からの攻撃のせいもあって随分とドームの方に意識が向いているようだった。こちらからの動きを警戒しているのかドームから発生する水の触手がドームの上に集中し始めている。


康太はその様子を見て眉をひそめた後小さくため息をつく。


このまま地面に着地したのでは少々厄介だろうかと思いながら現在位置を確認すると康太はすぐに次の手段を考え始めていた。


と言ってもすでにやることは決まっている。問題なのはどのようにして相手をその策にはめるかという事である。


相手はかなり警戒している。その状態で策にはめるのは相当に難しいと思われる。自分の持っている装備の数々をかなり消費することになるだろうが背に腹は代えられない。


康太は高度を落としながら徐々に水のドームから距離を取り始めた。


そして対水属性用に用意しておいた装備をいくつかとりだす。それは康太が水属性の魔術師と戦うとことを前提として用意した装備の一つだった。


康太はそれを距離を取りながらドームの直上に投げると蓄積の魔術を解放してみせた。


新装備の構造は単純、鉄の筒の中には同じような筒がいくつもマトリョーシカのように挿入されている。この鉄の筒にはすべて蓄積の魔術が含まれているのだ。


そして一番小さな筒の中には一つ鉄球が込められている。銃弾の弾丸と薬莢のような形をしたそれは銃弾ほど生易しい軌道はしてくれない。


水の中に入ると同時に減速するその鉄の筒、減速したのを確認すると康太は中に含まれている小型の筒に込められた物理エネルギーを解放する。それと同時に再び急加速、そして減速を繰り返す。先端に込められた鉄球のおかげで進行方向は下を向き続ける。単純だが水の抵抗にあらがうにはこれが最も楽な方法だった。


誤字報告十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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