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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
六話「水と空の嘶き」
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送られてくる意思

「でも実際問題どんな提案すればこっちの陣営に入ってくれるだろうな?やっぱ術式を調べたりとかか?」


「まぁそれもあるだろうが・・・相手としては魔術師とつながりを持つというだけでもかなりの利点になる。特に他の精霊術師との関係を友好に、あるいは優位にするためにもな」


どういう意味なのかと康太が首をかしげていると説明が必要だと感じたのか真理が指を立てながら口を開く。


「康太君もテストの問題、あるいは解答を持っている友人がいたら仲良くしたいと思いますよね?それと同じ理屈ですよ。相手が高い場所にいれば自分もそこに引きあげてほしいと思う。だからこそその人とは仲良くなろうとする。単純な理由ですね」


「なるほど、そいつ経由で仲良くなったり自分も利益を得ようとしようとするわけですね。確かに単純だ」


ありとあらゆる利益というのは基本的にすべて平等に行き届かせることはできない。それが知識であろうと金銭であろうと技術であろうと、全ての人間に平等に行き渡らせることはできないのだ。


その為必ずと言って良い程にその利益を得るための競争が始まる。それは時として友好的であり攻撃的であり、なおかつ排他的なものであることが多い。


特に今回の場合はそれにあたるだろう。他人のコネを利用して自分は美味しい汁をすすろうとする。聞こえは悪いがやっていることはそれと同義なのだ。


だがここまで考えた時に康太はある事実を思いだす。確かに相手からしたら魔術師と交流を持てることは大きな利点かも知れないが、その魔術師が問題を抱えていた場合はどうなのだろうかという事である。


そう、今回の場合、いや康太の場合で言えばデブリス・クラリスこと小百合の弟子であるという事実がどこまでいっても付きまとうのだ。


魔術師と関係を持つメリットと、デブリス・クラリスの弟子と関係を持つことによって生じるデメリット、どちらの方が大きく、また優先されるべきものであるかは人によりけりだろうが、少なくとも康太はそんな面倒事を持ちこみかねない存在と仲良くしたいとは思えなかった。


「姉さん・・・もし姉さんが精霊術師の立場だったら俺と組みたいと思いますか?」


「・・・正直なことを言えば難しいですね。それだけの価値があるならまだしも康太君の現状の情報をまとめればマイナスなイメージしかないかと思われます」


「やっぱりそうですよね・・・っていうか俺自身の評価がマイナスしかないんですけど・・・」


今まで魔術師として活動してきてまだ数カ月しか経っていないというのに何度も面倒事に巻き込まれている。


小百合のせいだとしてもこれは少し多いような気がしてならないのだ。もしかしたら康太自身も面倒を巻き込む体質なのかもしれない。


「ですが康太君、そうやって面倒に巻き込まれるというのは相手からすればチャンスでもあるわけですよ。自分の名を上げるためには必然的に何か事件が必要ですからね」


「名を上げたいって・・・そんな精霊術師いるんですか?」


「中にはいますよ。精霊術師でありながらも努力を惜しまずに上を目指し続ける勤勉な野心家は。そう言う人間からすれば康太君のような人との関わりは貴重でしょうね」


なにせ私たちのような自然と面倒に巻き込まれていくようなタイプはなかなかいませんからと真理なりにフォローしようとしてくれているのだが、自分自身への自虐的な言葉になっているのは言うまでもない。


なんというか自分で自分のフォローをしているようで彼女としてもなかなか複雑な気分のようだ。その表情からも彼女の絶妙な心持を察することができる。


「でも実際にこの短期間で二件も事件を解決してるわけだからね。そう言う意味では話題の魔術師になりつつあるんじゃない?コネ的にも結構優良株でしょ?」


「・・・本音は?」


「可能な限り近づきたくない魔術師ランキング上位に入るでしょうね。少なくとも私なら近づかないわ」


「素直な感想ありがとよ・・・わかってたことだけどさ」


文のこういう言葉を選んだうえではっきりと意見を述べてくれるところは彼女の良いところでもある。


素直な意見が聞けるというのは嬉しいし何より有難い。その意見が人を傷つけることもあるのは当然のことだ。


客観的に見れば康太の巻き込まれてきた事件やその功績などは目を見張るものがあるだろうし何より素晴らしいものであるという事も理解できる。だがそれを主観的に見た時に自分がそこにいることを許容できる人間は非常に少ない。


誰だって面倒に巻き込まれたいとは思わないのだ。自ら危険の中に身を投じるような人間は相当なもの好きか先程真理が言ったような野心家か、ただのバカかの三択になってしまうだろう。


文の場合は師匠経由での半ば必然的な邂逅だった。そして彼女自身が成長するためにそれを選んだ。そう言う意味では彼女は物好きと野心家の中間くらいのカテゴリーである。


この同盟が彼女にどのような影響を及ぼし、どのような成長を促すのかは全く分からないが彼女の師匠であるエアリスは少なくとも現状を好ましく思っているようだ。


少なくとも未熟者二人が切磋琢磨して成長していくのは師匠としても一人の人としても好ましい状況であるのだろう。康太の師匠である小百合がどのように思っているのかはわからないが。


「まぁもしあんたの方があれだったら私経由で引き入れればいいんじゃない?師匠の所にある術式なら見放題だからさ」


「確かにな・・・毎度思うけどお前の持ってるコネが強すぎるよな。いろいろ優良物件だわ」


「あんたが同盟者ってだけで事故物件みたいなものだから気にしない方がいいわよ」


全く褒めていない言葉なのだろうが、文の表情も声音もそこまで嫌味で言っているようには受け止められなかった。どちらかというとちょっとした茶目っ気を含んでいるように思える。


なんというか本当にいい性格をしている奴だと康太は小さくため息をついていた。














翌日、康太たちが精霊術師が動くであろうと予測した日にそれぞれ緊張した面持ちで放課後を迎えていた。


なにせ先日はなかった視線が復活しているのだ。一日だけとはいえ先日にはなかった視線が再び戻ってきていることから康太は文の読みがほぼ正しかったという事を再認識していた。


文の予想では恐らく今日相手は動く。そしてその動きの内容によっては康太は戦闘を強いられるだろう。


何も準備をしていないわけではないのだ。いつでも準備はできている。文の工作さえすんでしまえば康太としては戦うだけの覚悟もすでに決まっていた。


そしてそれは文も同様だった。康太から視線が復活しているという事はすでにメールで聞いていた。その為どのように動くのか、何をするのかはすでに考えてあった。


その日はまた雨だった。梅雨時だから仕方ないかもしれないがこう雨が続くと多少陰鬱な気分になるのは仕方のないものだろう。


雨ともなれば夜の視界はさらに悪くなるかもしれない。そもそも外で戦うこと自体避けるべきだ。なにせ康太は今まで雨の中での戦闘というものを経験したことがない。


屋外での戦闘は何度かあるがどれも遮蔽物の多い場所だった。だがもし学校というフィールドで戦うことになった場合屋外においての遮蔽物はほとんどないに等しい。


なにせ学校の敷地内の屋外と言えば屋上やグラウンドといった開けた場所しかないのだ。


圧倒的に総合力で劣る康太としては遮蔽物の少ない場所での戦闘は可能な限り避けたいことに変わりはない。


相手がどのような属性を扱うとしても、どのような魔術を扱うとしても、この事に関しては絶対的条件でもあった。


そしてやはりというべきか、それとも当然というべきか、その日の昼食時にそれは確認できた。


康太が昼食を食べる前にトイレに行くためほんの少し席を外した後、康太の机の中に一つの手紙が入っていたのだ。


朝確認した時はこんなものは入っていなかった。つまり先ほどの一瞬にこれを仕込んだことになる。


「お、おい八篠なんだそれ?手紙か?」


「まさかラブレター!?ちょ!ちょっと開けてみてよ!」


当然、昼食時であったために青山と島村も一緒に昼食をとっていた。机に仕込むというやり方のせいでその手紙の存在を二人とも確認してしまったのだ。


「・・・それにしてはなんか封筒が雑じゃないか?茶封筒だぞ?」


「・・・確かに・・・まさか・・・まさかそっち系か・・・!?」


「と、とうとう八篠がそっちに目覚めてしまうの?」


「おいちょっと待て、とうとうってどういうことだこら!そっちのけは俺はないぞ!」


康太の机の中に入っていたのはデザイン性など全く考慮されていない事務的な茶封筒だった。


これを渡すような人間が女性であり、なおかつ恋文的な意味合いを含めて出したとは考えにくい。その為これを出したのは男性であるという風に二人は考えたようだった。


そしてその手紙の内容が何であろうと、メールなどの電子文章が一般的となっている現代においてわざわざ手書きの文章を送ってくるあたり意味深な何かを感じる。


これが件の精霊術師だったら確実に男だから結構シャレにならないのだが、それは今は置いておこう、少なくとも康太にそのような趣味はないのだ。


とりあえず友人二人も見ている中でその茶封筒の中身を空けると中には一枚の紙が入っていた。


例によってその紙は白紙、康太にも見えない例の細工のされた手紙であることは一見してすぐに理解できた。


「・・・あれ?何も書いてない・・・」


「なんだ悪戯か・・・てっきりそっち系の人間の誘いかと思ったのに」


「残念だったね八篠、次に期待しようよ」


「いや期待してねえから。俺そっちの趣味ないから。ていうかお前らなんだ、俺にそっちの道を歩んでほしいのか」


そういうわけじゃないけどと二人は笑いながら弁当をつつき始める。康太は白紙の紙を茶封筒の中に戻し、さりげなくカバンの中に放り込んでから同じように弁当に箸を伸ばし始めた。


これで状況は先に進んだ。少なくとも康太に対して相手がアクションを起こしたという意味ではすでにもう相手の腹も決まったようだ。


それがどのような意味を持つのか康太にだってわかる。要するに近いうちに戦うことになるという事だ。


それが今夜なのか明日なのかは手紙の中身を見てみないことにはわからない。一番手っ取り早いのは文にこの文章を読んでもらう事だろう。


携帯でこの白紙の紙の写真を撮ってそれを送ってもその文章を読むことができるのであれば話は早いのだが実際そんなことができるのかはわからない。


少なくとも康太が今思う事は二人にこの手紙のことを『ただの悪戯の手紙』以上の認識を持たれなかったという事だろうか。


もしこれでこの封筒の中身が新聞紙などの切り抜きで作られた脅迫状もどきだったらそれはそれで注目を引いてしまうだろう。最悪学校全体を巻き込んだ問題になることも考えられた。


相手が術師としてしっかりと隠匿方法を学んでくれていたのは僥倖だったと言える。逆に言えばこれだけのことができるだけの技術は持っているという事だ。


相手の力量を測るという意味ではこの手紙のやり取りも決して無駄ではない。とりあえず康太は文にこの手紙のことを教えることにした。








「なるほど、で、これがその手紙なわけね?」


「あぁ、てなわけでこれの解読を頼みたい」


康太と文はその日の部活を休みすぐさま下校していた。そして向かう先はそれぞれの家ではなく小百合の店だ。


半ばたまり場のようになっている感は否めないが魔術的な話をするのであればあの場所が一番適しているのも否めない。


康太はカバンの中に入れてあった茶封筒を文に渡す。中身は全くいじっていないためにその中に方陣術による文字が記されていたのであれば文はそれを見ることができるはずだ。


康太から渡された茶封筒を開いてその中身を確認すると、文は白紙の紙を開いて眉をひそめた。


「うわ・・・汚い字・・・よくこんなのを他人に出せたわね・・・」


「そんなにひどいのか?」


「私もそこまで褒められた字はしてないけど・・・これは特にひどいわね・・・ミミズがのたうち回ったみたいな字だわ」


表現がやや酷過ぎる気がしたが文がここまで言うという事はつまりはそう言う事だ。本当に汚いのだろう。


普段からして書く字が汚いのか、それとも方陣術で書くという事が苦手なのかはわからないがどちらにせよ文が顔をしかめるレベルで汚いという事は十分に理解できた。


「ちなみに文さんや・・・俺の字を評価するとしたらどれくらいでしょうか?」


「え?普通じゃないの?少なくとも他人に見せられるだけの字だとは思うわよ?」


文の言葉に康太は内心ほっとしていた。文は評価に関しては全く遠慮がない。つまり文がこのように評価したという事は自分の字は少なくとも他人に見せても恥ずかしくはない字という事だ。


字の綺麗さというのは人格を表すとまで言われる。いろいろ雑な康太だが字の汚さを指摘されるというのは地味に傷つくかもしれない。少なくとも文のこの評価は康太の心に多少の影響を及ぼしていた。


だが今は字の綺麗汚いは重要ではない。問題はその内容だ。


「それでそれにはなんて書いてあるんだ?」


「ちょっと待って、これ本当に汚くて読むのに苦労するのよ・・・えっと・・・今・・・夜、二十一時・・・校舎で待つ。逃げること・・・こと・・・・・・あぁこれ『な』か・・・逃げることなどないよう・・・に?・・・トゥトゥエル・バーツ・・・だって」


どれだけ汚い字で書かれていたのか、文が読もうとして苦労した時間がすべてを物語っていた。


恐らく汚すぎて、そして字を崩しすぎて読み解くのが大変だったのだろう。別に暗号化も何もされていないのにこれだけ読むのに苦労するあたりどれだけ汚かったのだろうかと康太も少し興味があった。


だが字の汚さよりも今気にするべきはその内容だ。トゥトゥエル・バーツ、それが今回の相手の術師名というわけだ。


名前からどのような術師かを予測できればよかったのだが、生憎とそもそも名前に意味が込められているのかもわからないような名前だ。誰がつけたのか少し興味があるがそのないようにも目を向けるべきである。


今夜校舎で待つ。手紙にはそう書かれていた。


つまり今夜戦おうという事でもある。戦うという言葉を使っていないあたりまだ交渉の余地が残っているかもしれないが康太はすでに戦うつもり満々だった。


「文からしたらこの文章はどうとれる?」


「油断させようとしてるのが見え見えね。戦うって言葉を使わずに交渉の余地があるように見せかけてる。私なら先手を打つわね。ていうかこんな字を送ってくるってだけで腹が立つわ」


「判断基準が字っていうのは何ともひどい気がするけど・・・まぁ俺もほぼ同意。こっちはやる気満々なんだ。可能なら先手を打ちたいよな」


字が汚いから戦うというのも妙な話だが、少なくとも康太も文も先に攻撃するつもり満々だ。なにせこれだけ威圧してきているのだ、こちらから手を出されても文句は言えない。


すでにこちらは警告を出しているのだ。その警告を無視している以上何をされても仕方のないというものである。


「でもこれを見る限りたぶん方陣術での細工はほとんどないはずよ。そう言う意味では状況はイーブンね」


「これ見ただけでわかるのか?普段から字が汚いとかそう言うわけじゃないのか?」


「そんなわけないでしょ?その気になればこのやり方で活版印刷みたいなことできるんだから。こういう文章で出るのは方陣術をいかにうまく使えるかってところだけよ。逆に言えばこれを綺麗に書けるってのは一種の証明でもあるわけね」


「・・・なるほど、私はこれだけ綺麗に文字を書けますよってことか」


普通に今まで書いてきた文字と違って方陣術の応用によって書かれた文字というものは本人の字の特徴を受け継ぐことはない。


なにせ手を使って書いているわけではないのだ。これはあくまで方陣術の技術を使って書かれているものであって本人の字の形は関係ない。


その為どの字体を使うか、どのような形にするか、どれだけの大きさで書くか、それぞれ使い分けができてなおかつ美しい字を使えるというのはそれだけ方陣術の技術が高いことを示しているのだ。


別に方陣術はそれがすべてではないが、一種の証明にはなる。


何より術師間でのやり取りの際にこういった汚い字を書くよりはきれいな字で書いた方が印象は良くなるだろう。


受け取る側も出す側も、気持ちよくやり取りするためには方陣術の文字は綺麗に書けるように練習しておいた方がいいかもしれないと思いながら康太は白紙にしか見えない紙を眺めていた。


誤字報告五件分、そしてブックマーク件数が900件超えたので三回分投稿


そういやすっかり忘れてましたが、九月二日で小説家になろうに投稿を初めて三周年になりました。


毎日投稿三年以上続けたことになりますね。なかなかに感慨深いです。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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