釣り餌
「それで?まさかそんな話をするためにここに来たのか?」
「いえ・・・一応今回の一件についての報告をしに来たんですけど・・・」
精霊術師の問題があったはずなのにいつの間にか魔術師の恋愛事情に対する話で盛り上がってしまった康太たちはしまったという顔をしていた。
本題を忘れて無駄話に興じるあたり康太たちがどれだけ危機感が無くなっているかという事がうかがえるが、少なくとも現状では康太たちにできることは準備以外にはないのだ。この反応も仕方のないことと言えるだろう。
「それで?確か手紙を昨日渡したんだったな。反応はどうだった?」
「一応今日は視線を感じなくなりました。たぶん今日あたり依頼者に確認しに行くんじゃないかと」
「学校の後に精霊術師を尾行することも考えたんですけど・・・そうなると最悪依頼者も敵に回しそうだったので・・・」
精霊術師が一体どこを待ち合わせ場所にしていたとしても後をつけることくらいならば康太と文でも可能だ。
後をつけて誰が今回のことを起こしているのかを確認するのも重要なことであると理解していたが一度に相手をするのが二人になるというのはそれだけで厄介な展開になってしまう。
精霊術師を一人相手にするか、それとも精霊術師を一人、魔術師を一人同時に相手取るか。どちらを選ぶかは考えるまでもない。
「確かに二人同時に相手をするより一人ずつ確実に仕留めたほうが楽ではあるな。相手が精霊術師でもそのあたりは油断できん。さすがにその程度の損得勘定はできるか」
「そりゃまぁ・・・普通に二人同時とか相手にできる気がしないですし・・・」
康太はまだ魔術師戦は一対一しか経験していないために多対一、あるいは多対多という状況での戦闘は未知の領域だ。はっきり言って面倒くさすぎるのくらいは理解できる。
なにせ気にしなければいけないのは目の前の敵だけではないのだ。近くにいる敵や隠れている敵、あるいはそれ以外にも気を配らなければならない。
以前文と協力して倒した魔術師たちを例にしてみればその大変さが理解できるだろう。
完全に不意打ちを受けるような形で倒したかつての魔術師も康太が一対一で戦っていたらまともに倒せたかは怪しいものだ。
しかも相手は自分より格上である可能性のある術師、そんな存在を同時に相手にするという時点で康太の勝ち目はすでにないと言って良いだろう。
「それで?文としてはどうなんだ?こいつに手を貸すつもりなのか?」
「私は今回直接的には協力はしません。康太の戦いを外部に漏らさないようにサポートに徹するつもりです」
「・・・なるほど、康太の実力を把握させないためか。精霊術師が背後の連中の捨石であるという読みだな?」
「はい。師匠にアドバイスを貰ってそうしたほうがいいと思いまして」
文の師匠、つまりはエアリスのことが話題に出たところで小百合の眉間にわずかに皺が作られる。
話題に出る事さえも嫌なのかと康太たちは若干辟易していたがそんなことは今はどうでもよかった。問題は小百合も件の精霊術師が斥候、あるいは捨石扱いされているということに気付いているという事である。
「師匠としては相手の精霊術師はどうするべきだと思います?叩き潰す以外の回答をお願いします」
「なんだ、前にも同じことを聞いた気がするが・・・まぁいい。叩き潰すのがダメなら懐柔してしまえばいい。格の違いを見せつけた後で少し優しく歩み寄ってやればすぐにすり寄ってくるだろうさ」
「結局のところ倒すことは倒すんですね・・・まぁわかってましたけど・・・でも優しく歩み寄るって具体的には?」
「相手が求めるものをこちらが用意してやればいいだけの話だ。幸いにしてこちらにはエアリスの弟子がいる。そして真理もいる。協会へのパイプも魔術師としての恩恵も受け放題だ」
「あー・・・恩恵を餌にしてこっちの勢力に引き込んでしまおうと、つまりはそう言う事ですか」
そう言う事だという小百合に康太は意外そうな目を向けていた。
なにせ康太の考えとしては小百合は叩き潰す以外の考えがないものだと思っていたからである。
相手を敵のまま放置するのではなく味方に引き入れようとする考えを見せるあたり小百合も何も考えていないというわけではなさそうだった。
その考えが常にできていれば多くの敵を作ることなどなかっただろう。つまりこの考えができるのは本当に極稀なのだ。その証拠に真理が目を丸くして小百合の方を見ている。
こういった敵を作らない采配をするのがいかに少ないかがよくわかる反応である。
「でもそんなに簡単に行きますかね?そもそもそんなおいしい話に食いつくような事俺なら警戒しますけど・・・」
「無論ただぶら下げられた餌なら誰だって警戒するだろう。状況を上手く利用して飴と鞭を使い分けろ。そのあたりの采配はお前の方が得意だろう」
実際にお前は文を自分の陣営に引き入れているだろうがと康太の隣で座っている文を指さす。確かに康太はいろいろあって敵だった文を自分の味方に引き入れている。
味方を増やすという意味でカリスマ性があると言えばいいのか、それとも敵に回すまでもないポンコツであるという事なのか、どちらがより正確な表現かは少々議論が必要だろうが敵を徹底的に増やし続ける小百合よりはましな対応ができるのは間違いないだろう。




