意気込み
放課後になる少し前、康太と文は仕込みを終えていた。
下駄箱に入れた手紙にはすでに文によって術師にしか見えない方陣術によって書かれた文章が刻まれている。
あれを読んだあとどのような反応をするのかは相手次第だ。このアクションがどのような結果を生むのかはまだ分からないが少し時間を空けるしかないだろう。
「さて・・・どうなるかね?」
「どうなるでしょうね?少なくとも無視はできないと思うわ。相手があんたみたいなポンコツでない限り」
「俺だったら間違いなく悪戯だと思ってすぐ捨てるな」
康太のように魔術的な視覚が備わっていないものからすれば下駄箱の中に入れておいた手紙の中身はただの白紙にしか見えない。
その為康太のようなタイプの術師にはこういった手は使えないものだ。もっとも高校になる寸前で魔術師になるようなものなど非常に珍しいのだが。
康太と文は校舎を一望できる屋上の上で学校の校舎の方を観察していた。すでに学業を終えた帰宅部の人間が順次帰宅していくのを眺めながら二人は部活をさぼりその様子を眺めている。
屋上への鍵は文によって開けられ、やってくる人物がいないように結界も張ってある。ここにいるのは自分たちだけ。それは他の魔術師にも、そしてもしかしたら件の精霊術師にも筒抜けかもしれない。
だがそれでいいのだ。ここに自分たちがいるという風に知らしめることが重要なのである。
手紙を渡したタイミングでそのような事をしていればこちらが待ち構えているというのを印象付けることができるだろう。
もっとも、相手があの手紙を見てどのような反応をするかはまだわからないが。
「どうするかね、えっと・・・なんだっけ?名前」
「倉敷和久・・・まぁ覚える必要があるかどうかはさておいて、私なら依頼主の所に報告に行くわね。あとをつけるのも手だけど・・・どうする?」
「どうするかなぁ・・・いちいち干渉しすぎるのもどうかと思うし・・・やる気があるなら向こうからアクションかけてくるだろうしな」
それまでは放置でいいだろと康太は一見楽観視しているような態度をとって見せる。
だが近くにいる文はその言葉の真の意図を理解していた。
康太のその目、すでに何かをあきらめているような目だ。何が起きても仕方がないと思っている目だ。
つい数時間前までは同級生を殺してしまったらどうしようと唸っていたのにもかかわらず、今の康太は何が起こっても動じないような瞳をしている。
何もしてこないならそれでよし。だが立ち向かってくるのであれば容赦しない。
康太はすでにそう言う類の覚悟が出来上がっているのだ。何時戦闘が起きても今の状態の康太なら問題なく対応できるだろう。
ある意味この状態が一番恐ろしいなと文は僅かに息を吐いていた。
「あんたの切り替えの早さがうらやましいわ・・・もし今日中に決着つけるつもりだったらどうするの?あんた装備とか持ってないでしょ?」
「んー・・・そうなったらそうだな・・・まぁ校舎を壊しながら考える。多少の足止めにはなるだろ」
「・・・壊した後直すのはどうするのよ」
「そう言うのは負けた奴が考える事なんだろ?」
負ける気はさらさらない。もちろん楽に勝てるとも思っていないが負ける気は毛頭ないようだった。
もちろん康太だって自分の未熟さは理解できている。だからこそ可能な限り安全策ばかりを選ぶだろう。
それでも負けることは考えない。それが小百合からの教えでもあった。
最初から負けることを考えているようでは本当に負ける。だからまずは勝つことだけを考える。その後のことは戦いが終わってから考えても遅くはない。
むしろ康太の場合負けた時の保険などと言っていてはそれこそ手段が狭まり敗北の要因となるだろう。
「それに文ならこの状況ですぐに動くか?俺なら絶対動かないけど」
「私も同意見よ。少なくとも今日は動かないでしょうね。動くなら・・・明後日ってところじゃないかしら。それで実際に戦うことになるのは明々後日」
「んん・・・それくらいなら十分に猶予があるな。もうちょっと仕込みもできそうだ」
「・・・言っておくけど、あんまり派手に壊すのはやめておきなさいよ?ただでさえあんたの魔術破壊に特化しすぎてるんだから」
「わかってるって・・・まぁ最低限気は使うよ」
気は使うが破壊しないとは言っていない。小百合から教えられた魔術は基本的に何かしらを破壊する魔術だ。分解も再現も蓄積も、モノや生き物を壊すには事欠かない魔術なのである。
康太が本気になって破壊活動に勤しめば一体どうなるか、文もあまり想像したいものではなかった。
「さて・・・そろそろ行くわよ。あんまり長居してると守衛さんに見つかるかもしれないし」
「それもそうだな・・・んじゃ帰って師匠に報告するか・・・ついでにいろいろと仕入れておかないとな」
「お願いだからやりすぎないでね」
「わかってるって。文さんの仰せのままに」
軽口をたたいているが康太の頭の中ではどのように戦うかのシミュレーションが何度も行われているのだろう。その表情は笑っていても目が笑っていない。
不安だ、その言葉を胸に秘めて文は康太の背中を見ながら小さくため息をついていた。




