躊躇する理由
アドバイスもほどほどにもらった康太と文はとりあえずその日は相手に対する行動を決めるにとどまった。
行動内容は単純だ。一日は様子見を行うと同時に、相手の個人を特定、一日ずっとこちらを観察し続けるようであればそこで手紙を渡す。
その内容は簡単だ。『手を出さないのであればこちらから干渉するつもりはない。手を引くなら今だ』というものである。
要するに警告文だ。飽くまでこちらの準備はできているが手を出してくるのであれば容赦はしない。よく考えてから行動しろという事でもある。
これを渡したうえで相手に考えさせる。指示した先輩魔術師に渡すもよし、隠して自らの中に留めておくもよし、読んだうえでそれを無視するのもよし、また行動を変えるのもよし、相手にすべて任せることにしたのだ。
選択権は相手に譲る。すでにこちらに選択できるだけの段階は超えてしまっているのだ。
ならば相手にあえて選択権を与える形で待ち構えることにしたのである。そしてこうして手紙を渡すことによって精霊術師自体にこちらがすでにその存在を認識していることと、相手のことを最低限気遣っているという事を印象付けることができる。
こちらは戦いたくはない。ニュアンス的にはそこまで強くはないがそう言った意味もこの手紙には込められているのだ。
「んで、特定はできたのか?」
いつも通り昼食時、康太は文と一緒に屋上にやってきていた。連日話をしていると多少怪しまれるかもしれないがこういう時に親戚設定が効いてくる。何を話していても親戚同士の面倒な話くらいにしか思われないのは本当に楽だった。
「一応ね。一年一組倉敷和久、所属してる部活はバスケ部。運動神経そこそこで身長はあんたよりちょっと大きいくらいらしいわ」
「バスケ部なのにその身長で行けるのか・・・?まぁそう言うやつもいるか」
バスケやバレーというのは基本的に背の高さがそのままアドバンテージになるスポーツだ。もちろん背の高さがすべてとまではいわないが背が高いに越したことはないタイプの競技である。
康太の身長は百七十前半。それより少し高いという事は百七十半ばといったところだろうか、バスケをやるには少々物足りない身長と言えるかもしれない。
「バスケ部ってことは俊敏性は高そうだよなぁ・・・足の速さは・・・勝ってると思いたいな」
「足とかそう言う事より魔術がどうかを競いなさいよ・・・あんただっていろいろ魔術覚えて来てるんだしさ」
「いやそうだけど・・・まだ普通の魔術師以下だからなぁ・・・そこで比べると確実に負けるし・・・」
「俯かないの、ほらしゃんとする!」
康太の実力はまだまだ未熟というにふさわしいものでいっぱしの術師と比べると見劣りするところが多い。
だからこそ魔術だけではなく他の部分で戦う必要があるのだ。その為にいろいろと技術を学んでいるわけで、総合的に見れば落ちこぼれもいいところである。
「ちなみに相手がどんな術を使うとかそう言うのはわかったりは・・・?」
「わかるわけないでしょ、精霊術師っていうのは基本的に協会にも近寄らないんだから情報が少ないのよ。さっきのだって私が聞きまわって調べたことなんだからね」
「あざっす!本当にありがとうございます!」
「はいはい・・・で、実際どう?何とかなりそうなわけ?」
康太は文と一緒に各属性に対する対策をいくつか考えてきている。ある程度主要の属性に対する対抗策は考えてきたつもりだ。そしてそれを実行できるだけの準備もすでに終えた。時間はかかったがそれだけの価値はある準備だったと思っている。
だが一つだけ問題があった。
「まぁそれはいいんだけどさ・・・その・・・」
「なによ?なんか問題でもあるわけ?」
「そりゃな・・・一応相手は同級生だろ?さすがに殺しちゃいそうで怖い・・・」
そう、唯一存在する問題は相手を殺さずにそれを実行できるかという点だけなのだ。
相手が精霊術師であるとは言えど同じ学校に通う同級生なのだ。万が一にも殺すわけにはいかない。
そう考えた時に康太の行う手段は殺傷能力が高すぎるのである。下手すれば相手を死に追いやることができるレベルの攻撃力を康太はすでに有しているのだ。
そのあたりはさすが小百合の弟子というべきか、破壊ということに関しては康太はすでに平均以上の魔術を修得している。
「相手だってバカじゃないわ、最低限の防御はするでしょ。あんたの場合手加減して勝てるような実力はないんだからひとまずそのあたりの事は置いておきなさい。もし本当にやばくなりそうだったら私がフォローするから」
「うん、頼む。俺この歳で前科もちにはなりたくないからさ・・・」
魔術師になったところで人殺しが簡単にできるだけの技術を手にしたところで康太は人を殺してみたいなどと考えたことはなかった。
戦いの技術を修得し、小百合や真理との修業で得たのははっきりと体に走る『痛み』である。
その痛みは康太の体の中をしっかりと蝕んでいく。その痛みがどのようなものか、そしてそれを他人に与えることがどのような意味を持つのか康太はすでに理解している。
だからこそ超えてはいけないラインがあるのは理解しているし、殺人が最もしてはいけないことであることも分かっている。
手加減というよりは萎縮といったほうが正確だろう。今回の康太の一番の懸念は相手が同級生であるという点だ。
以前文と戦ったときは相手を簡単に殺せるだけの力を有していなかった。だが今はすでに持っているのだ。その違いが康太の気持ちをほんの少しだけ鈍らせているのである。
「そういやあんたバスケ部とかはダメだったわけ?球技全般が苦手って言ってたけどさ、ラケットよりは使いやすいんじゃないの?」
「なんだいきなり・・・ずっと止まってドリブルするだけならできるぞ。ただ動きながらとなると・・・」
唐突にスポーツの話に文が話題を変えたのは康太の気を少しでも紛らわせるためであるという事は彼自身理解できていた。
マイナスの考えに浸りすぎるとメンタルだけではなく体にも影響を及ぼす。文なりに康太のことを気遣っているという事がうかがえる。
「何で止まった状態でドリブルができるのに動きながらができないのよ。あんなの簡単じゃない」
「いやあのな、足を動かすだろ?移動方向にボールをこう、叩き付けるだろ?そうするとどうしても動きにくいんだよ。テクニカルな動きができないんだよ」
「・・・まぁ言いたいことはわかるわ。腕の動きと体全体の動きがかみ合わないわけね」
康太の分かりにくい説明も文は大まかに理解したのか、目を細めながら康太の全身を観察する。
運動神経は決して悪くないはずなのに球技のセンスがない。そう言う人間は確かにいる。康太がその部類なのだ。
球技のセンスがない人間は大抵距離感がなかったりするものだが、康太の場合は体の一部を常に別の動きを意識させた状態で行動するという事が苦手なのだろう。
ラケットを振るにせよ、ボールを扱うにせよ、通常人間が普段しない動きだ。だがここで文は一つ疑問が浮かぶ。
「でもあんた槍とかは普通に扱えてるじゃない。あれだって体の動きと連動させてるわけでしょ?」
「槍の動きはわかりやすいじゃんか、基本的な型はあるけど結局は臨機応変に動けばいいんだから。相手の攻撃を防いだり避けたりして攻撃仕返せばいいだけだろ?」
「・・・ボールだって扱いながら攻防するだけじゃないの?サッカーとかはどうなの?」
「ありゃだめだ。転びそうになる」
康太は恐らく球技という項目そのものに苦手意識を覚えているのだろう。スポーツで言うイップスというものに近いかもしれない。
イップスは特定の相手に対して苦手意識を持つと唐突に運動能力が低下したり集中力が阻害されたりするマイナス効果を及ぼす現象だが、康太の場合特定の相手ではなく球技という動作そのものに苦手意識を覚えている可能性がある。
何時頃からその苦手意識を持っていたのかはわからないが、球技というだけでその身体能力が低下し集中が保てなくなるほどには強い苦手意識を有していることになる。
これだと球技全般を康太に期待するのは無理かもしれない。
「じゃあバレーボールは?あれなんかは基本的に飛んでくるボールを弾いて相手のコートに戻すだけよ?」
厳密にはもっと細かなルールがあるが、大まかなバレーボールの説明はあながち間違ってはいない。
相手が打ったボールを自分の陣地に落とさないように相手の陣地に叩き付ける。それがバレーボールの基本的なルールだ。
「あれは結構いい感じだったんだけどな・・・足でボール蹴ってもオッケーだし何より体のどこに当たってもいいし・・・けど力を籠めすぎるんだよ」
「・・・あぁなるほど、レシーブがまともにできないわけね」
バレーボールというのは基本的にボールをある程度の高さにあげることが必須となるスポーツだ。
力任せにボールを弾き飛ばすのではなく、適度にその衝撃を受け止めてボールを上空にあげる技術が必要になる。
康太の場合球技に対する苦手意識のせいでボールがはるかかなたに飛んで行ってしまうのだろう。
なんというか本当に残念なやつだなと文は気の毒そうに康太を眺めていた。
「今のところ球技は全滅みたいね・・・サッカーバスケバレーテニス・・・あんたにでもできるような球技があれば良いんだけどね」
「いやもう球技は諦めてるからいいよ。俺はこれからも陸上一筋で行くから。走ったり跳んだりするのはそれなりに得意だし」
「その歳で球技系スポーツをあきらめるってのはどうなのよ・・・何かしらできることはあると思うんだけどなぁ・・・」
文も球技系スポーツ全てを網羅しているわけではないためにあまり助言はできないが何かしら康太にでもできるようなスポーツがあるような気がするのだ。
いつまでも対戦形式を知らずに走っているだけというのは少々気の毒に思えてしまう。
「じゃあドッジボールは?あれなんて避けたり投げたりするだけでしょ?」
「あー・・・確かに小学校の頃はよくやってたな。中学以降全くやってないからどうなってるかはわかんないけど」
「すぐに当てられたりしてた?それともボールが明後日の方向に行ったりしてた?」
「いやドッジボールはそれなりに上手かった記憶があるな。というかとにかく避けまくってた覚えがある。緊急回避が上手くてな」
どちらかというとボールを扱う技術というよりボールから逃げる動きの方が得意だったようで、投げることはなくとも最後まで残るタイプというありがちな遊び方をしていたようだ。
それも決して間違いではないために文としては大きな声でそれを否定することはできない。だがドッジボールをこの歳で本気で楽しむというのはなかなか難しい。
なにせドッジボール部などという部活も存在しないのだ。仲間内で適当に集まって遊ぶくらいにしか楽しみの場はないだろう。あるいは社会人サークルなどに混ぜてもらうしかない。康太が球技で楽しむという事は非常にハードルが高いなと文はため息をついていた。
誤字報告五件分受けたので二回分投稿
最近誤字が多い気がする今日この頃。ちょっと頑張ってチェックしました
これからもお楽しみいただければ幸いです




