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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
六話「水と空の嘶き」
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ためになるアドバイス

翌日、あいにくの雨となったこの日康太と文は動き出していた。


動き出したといっても康太は基本的にいつも通り過ごしているだけだ。むしろ実際に動いているのは文の方である。


康太が視線を感じると同時に携帯を使って文に異変を知らせその都度周囲の索敵をするというのが康太たちの作戦だった。


そして文は索敵の魔術を発動しながらその人物を見つけていた。


索敵魔術を発動して見つけたその人物、その人物は確かに自分たちと同学年で確かに多量の魔力を保有していた。まず間違いなく術師だ。魔術師ではないことを考えれば精霊術師といったところか。


康太としては一般人ではなかったというのは嬉しくもあり残念でもあっただろうが今はそんなことはどうでもいい。


康太の周囲に精霊術師がいるというのが一番の問題だった。なぜどのような理由を持って康太をつけ狙っているのかは知らないが悪意があるのはまず間違いないだろう。その悪意の程度によっては対処するのも吝かではない。


休憩時間が終わるまで索敵を続けると康太とも文とも違うクラスに戻っていった。そのことを昼食時に報告すると康太は満足そうにうなずいていた。


場所は屋上に至る階段の途中だ。屋上が解放されていない以上ここにやってくる生徒は皆無に等しい。


さらに言えば文が結界を張っているためこの場にやってくる一般人はもはや完全にいないだろう。


「なるほどな・・・他のクラスの精霊術師ねぇ・・・男か女か?」


「魔力しか探知してなかったからそこまではわからないわよ。そのあたりはまたあとで確認するけどとりあえずクラスだけはわかったわ・・・アプローチかけてみる?」


「ん・・・どうすっかなぁ・・・探し出すのは決めてたけどその後どうするか全く考えてなかったわ・・・」


行き当たりばったりと言ってしまえばそこまでだが実際康太は見つけたところでどうするかあまり考えていなかったのだ。


対象が精霊術師であれば警戒しておいた方がいいだろうなくらいにしか思っておらず、まだ実害のない状況ではそこまで派手に動くのもどうかと考えていたのだ。


なにせ相手はまだ自分のことを観察しているだけなのだ。それで先に手を出すのではいろいろとまずい気がする。


小百合ではないが先に手を出すようなことは可能な限り避けたい。なにせ康太は未熟な魔術師だ。格上相手に戦いを仕掛けるようなことはしたくないのである。


好戦的ではない康太だからこそそのような裁定をしていると言ってもいいだろうが生粋の魔術師である文からすればやや楽観視しすぎているように感じてしまう。


「あんたがそれでもいいっていうなら私は何も言うつもりはないけどさ・・・何かしらアクションはかけておいた方がいいと思うわよ?個人に関しては私が特定しておくから」


「ん・・・助かる。じゃあ逆に聞くけど文としてはどうするべきだと思う?」


「私ならあんたの時みたいに手紙を用意しておくわね。呼び出しっていうよりはその前段階、所謂警告って感じね。これ以上付け回すようなら敵対行為とみなすみたいな感じで」


「あー・・・なるほどな・・・そういうのが書ければよかったんだけどな・・・」


康太はまだ方陣術を修得していないために魔術師同士がやり取りに使うような一般人には見えない極薄の方陣術の文字が書けないのだ。


その為そう言ったアプローチはほぼ無理に近い。文に書いてもらえばいいのだろうがそれはそれで申し訳ない気分になってしまう。


「なんなら書いておくけど?あんたもこのままずっと見られてるのっていやでしょ?」


「まぁそりゃな・・・少なくともいい気分ではないしちょっとびくびくしてるし・・・」


「どの口がビクビクなんていうんだか・・・まぁとりあえずこのことは小百合さんにも伝えておいた方がいいんじゃない?ある程度は話してあるんでしょ?」


「まぁな・・・師匠には逐一報告してるし・・・でも一貫して『敵になるなら倒せ』しか言わないしなぁ・・・」


「相変わらずというかなんというか、あの人はいつも通りね・・・」


弟子である身としては耳が痛い話だが小百合は基本的に思考が暴力的なのだ。


倒すか否かというところで思考が行われているためにそれ以外の回答が基本でてこない。どうすればいいですかと聞いた時点で回答を予想できる。さすがに毎回叩き潰せだけでは飽きてくるのか多少言葉を変えてはいるが大体が同じ意味合いのものばかりだ。


「なんならうちの師匠にも相談してみる?師匠ならそれなりにいい知恵を貸してくれるかもしれないし」


「あぁなるほどそりゃ妙案だ。エアリスさんならいい意見をくれそうだし・・・よし、今日の放課後そっちに行ってもいいか?」


「いいけど・・・そんな友達の家に行くような感覚で言わないでよ・・・とりあえず師匠に今日大丈夫か聞いてみるわ」


普段からして互いの修業場を行ったり来たりしているためにお互いの師匠に会う事や修業場に行くことに一切抵抗がない。


その為本当に友達の家に行くかのような気軽な感覚で出入りできるのだ。


もちろんエアリスや小百合も社会人であるためにいつもいるというわけではないが両者ともにそれぞれの弟子をとりあえずは温かく迎えている。


もっとも小百合の場合は熱烈な暴力的な対応を、エアリスの場合は熱烈に知的な対応をしてくるのは言うまでもない。


互いに見学するようになってこの二人が仲が悪い理由が何んとなくわかったような気がしているのは気のせいではないだろう。


その日の放課後、康太は文の修業場、つまりはエアリスの下にやってきていた。


自分がどうすればいいか、最低限のアドバイスが欲しくてやってきたのだ。話はある程度文から聞いていたのかエアリスは康太たちが到着すると紅茶を用意して待っていた。この時点で待遇がすでに小百合のそれとは対極にあるがそれは今は置いておくことにする。


「話はベルから聞いている・・・今回の件は少し厄介なことになっているようだね」


「はい・・・精霊術師が絡んでるのはわかってるんですけどどうしたものかと・・・」


今の状況、先輩の魔術師たちが自分のことを毛嫌いしている、というよりは邪魔に思っていることはすでに自明の理だ。


問題なのはその先輩魔術師に焚き付けられたのか自主的な行動なのか、康太の周りを精霊術師と思われる人物がつけまわしているという事だ。


エアリスは紅茶を二人の前に置きながら椅子に座りゆっくりと紅茶の匂いを嗅ぎ、一口飲んでから一息つく。この動作は彼女独特のものだ。なんというか優雅さを感じる。


小百合が湯呑に緑茶を注ぎすするのと比べると本当に別物だ。


「この状況で重要なのはその精霊術師よりもビー、君のことを敵視している魔術師だね。そもそもにおいてその精霊術師がただの斥候扱いされている可能性もある」


「斥候って・・・どういうことですか?」


「わかりやすくいえば威力偵察のようなものだ。君がどの程度の力を持っているかを測るための試金石と言い換えてもいい」


その言葉に康太は彼女が何を言いたいのかを理解した。つまり今回からんできている精霊術師はそもそも康太を排除することを目的としておらず、康太がどれほどの力を持っていてどのような魔術を使うのかを知るための捨て駒のようなものであるという可能性だ。


康太も文も気づくことのなかった可能性を簡単に話すというあたりエアリスの知力がうかがえる。さすがというほかない知的な回答に康太は紅茶を飲みながら感心してしまっていた。


この人が師匠だったらなと本当に思うばかりだ。


「じゃあやっぱり戦わない方がいいんですか?俺の使える魔術とか研究させるわけにはいかないし・・・」


「それは難しいだろうね。相手は君の偵察をするためにわざわざ精霊術師を向かわせている。これが魔術師だというのならまだ戦闘を回避することもできたんだろうが・・・」


「それって・・・どういう・・・?」


今回康太をつけまわしていた人物は一年生だった。一年で魔術師は康太と文だけ。これは魔術協会を介した確かな情報だ。


つまり一年生で魔力を持っているという時点で魔術師ではなく精霊術師ということになるのだ。


そして魔術師ならば戦いを回避する道があった。その理由は魔術師と精霊術師の関係に起因している。


「魔術師と魔術師は基本的に対等だ。師と弟子といった直接的な関係がなければそこに上下は存在しない。もちろん上下を自分でつけるのも互いに決めるのも勝手だが基本的には命令なんてできないだろう?明らかに不利な条件だったら突っぱねることだってできる・・・でも精霊術師は違う。彼らは自分たちが下だと認識してしまっているんだ」


それが正しいかどうかは別にしてねとエアリスは小さくため息をつく。その瞳をわずかに細めて複雑な表情をする。一体何を思っているのか、何を考えているのかその表情からはうかがい知れない。


「つまり・・・先輩たちからかなり無茶な要求されても断れない・・・ってことですか?」


「その可能性は大きいだろうね・・・今回のその動きを聞く限り、恐らく期限を設けられているはずだ。その間に君を倒すようにと」


「今観察してきてるのは、敵情視察みたいなものってことですか」


「そう・・・あくまで推論だがたぶん当たらずとも遠からずといったところじゃないかな?それがどんな理由や要求によって成り立っているのかまでは私も分からないが」


どんな理由かわからなくとも現状を分析するその能力、この辺りは小百合とエアリスの圧倒的な違いによるところが出ている。


小百合は問題が起きても解決してからその理由を考える。解決する前にその問題を考えても意味がないと思っている節があるのだ。


対してエアリスはその問題がどのような理由と原因を持って起きたかを考察する。それによって状況理解が早くなるし対応も取れるようになる。


わざわざ戦う必要がないことだってあるだろう。小百合と馬が合わないはずだと康太が考えていると文が紅茶を置いて口を開いた。


「じゃあ・・・今回私は傍観するよりもビーに協力したほうがいいんでしょうか?」


「それは自分で決めなさい。ビーと同盟を組んでいるのはほかならぬベル自身、他人に答えを求めるような事ではない・・・ただ、私がもしビーと組んでいたら彼の戦いが衆目に晒されないように細工をするだろうね」


衆目というのは一般人だけではなく、今回の件の背後にいるであろう康太を敵視している魔術師たちの事だ。


彼らの目的が康太の実力の把握だとしたら戦いを見られる時点でまずい。康太がどのような魔術師であるかを把握される可能性だってあるのだ。


それを把握されるわけにはいかない。康太がポンコツであるという事を悟られないためにはその戦いそのものを覆い隠す必要があるだろう。


「戦いを避ける事自体は難しいですかね?」


「難しいだろうね。相手はすでに戦いの準備に入っている。今戦いを止めようとすれば自分が準備できてないと思われて逆に強行される可能性もある。もうすでに賽は投げられていると思っていいだろう」


既に後戻りはできない。もう戦う以外に道はない。康太はその事実を重く受け止めていた。


「たぶんだが、相手は捨身のような形で戦いを挑んでくるだろう。今回の相手・・・精霊術師にとってまたとないチャンスを逃すまいと必死になってくるはずだ。そのことだけは頭に入れておきなさい」


ベルとの戦いとはまた違う意味で苦戦するだろうとエアリスは言いながら紅茶をゆっくりと飲み干していく。


文との戦いは康太もかなり苦戦した。その理由は単純、二人の実力が離れすぎていたからである。


康太の実力に対して文の実力が上過ぎたために康太はかなりの苦戦を強いられた。それは康太が未熟すぎた故である。


今回も相手の方が実力自体は上だろう。だが問題はそこではない。今回の相手は無我夢中で襲い掛かってくる。


後先考えないというのとはまた違うが、必死になって戦いを挑んでくる相手というのは基本的に何をするかわかったものではない。


窮鼠猫を噛むという言葉があるように命がけの状態ではどのような力を発揮するかわからないのだ。


「そんなに必死になるようなことがあるんですか?ベルは魔術師としての支援がどうのこうのって言ってましたけど・・・」


「話を聞いているなら話が早い。そうだな・・・どういえばわかりやすいだろうか」


魔術師の受けられる支援と言っても魔術師としての活動をあまりしない康太にとってはあまりイメージができないだろう。それを察したのかエアリスはどのように言えば康太にも理解できるだろうかと考え始めていた。


「実際魔術師が得られる支援というのは大きい。まずゲートで言えば時間も金も短縮できる。日本の端から端、場合によっては海外とだって行き来できる。それだけでもうかなりのものだということくらいわかるだろう?」


確かに日本の端から端までほぼ一瞬で行き来できるというのはかなりの利点だ。金額的にも時間的にもそれによって得られるものはかなり大きい。


今自分がどれだけの支援を当たり前のように受けることができているか、それを考えさせられる発言だった。


「なるほど・・・固定型のどこでもドアを自由に使えるようなものですもんね・・・確かにそれは欲しいわ・・・」


「その例えは正直どうかと思うが・・・まぁそう言う事・・・でもそれだけじゃない。私は個人的に所有しているが魔術協会はここにあるような魔導書をいくつも保管している。魔術師ならいつでもそれらを閲覧できるこれも大きな利点だね」


魔導書、つまりは魔術の術式を記した書物の事だ。魔術師としての五感が目覚めていれば康太もここにある魔導書から魔術の術式を閲覧することができるようになるだろう。


「精霊術師はできないんですか?」


「基本的には。もちろん許可を貰えば見ることくらいはできるだろうが・・・実際は難しいだろうね。そもそも精霊術師が魔術協会の支部に立ち寄ること自体が稀・・・そう言ったものを見ることもできない」


「・・・じゃあ精霊術師って師匠とか以外からはどうやって術式を知るんですか?」


魔術師ならば魔導書を見ることで自分の欲しい魔術を探して修得することができる。だが精霊術師はそれができないとなると実際に術を教わった師匠から以外に教わる術がないように思える。


もし師匠と扱える術の属性が違っていた場合覚えることができる魔術はほぼ皆無ということになりかねないような気がしてしまう。


「そう言った精霊術師も多いのが実情だよ。だから大抵の精霊術師は自らの師匠から教わるだけではなく同じ属性の精霊術師に頼み込んで教えてもらったり、あるいは自分で術を生み出したりしている」


「自分で術を・・・そんなことできるんですか?」


「可能だよ。もっともかなり効率も悪いし出力も弱いものばかりになるだろうがね。私たちが今使っている術だってもとをたどれば人が作り出したものだ。それをより効率良くしていったのが今の魔術だ。彼らは自ら生み出すことによって術式を増やす。だがその精度も効率も良いとは言えない。だがそうするほかないんだ」


康太は欲しい魔術があった場合小百合や真理に頼んでその術式を割り出してもらい覚えることができる。だが精霊術師たちは自分達でその術式を作る以外にないのだ。


その精度もその効率も、何代にもわたって効率化されてきた魔術のそれと違い粗悪なものばかり。


「もちろん術式を作ると言っても簡単なことではない。一つ間違えば大惨事を引き起こす。それも自分の命さえも危うくしてしまうようなものもある」


魔力を練る行為でさえ危険が伴うのが術者の常識だ。それを術式から作るとなればその危険度は魔力のそれとはケタが違う。


それを常に強いられているのが精霊術師という存在なのだ。危険に身を置いている康太もその片鱗をほんの少ししか理解できない。


「それがどれだけ大変なことなのか、どれだけ苦労を伴うものなのか君にも少しは理解できるだろう?術式一つ見るだけで彼らはすでに苦労と困難が付きまとう。それから解放されるのであれば死に物狂いにもなる」


君がすでに逃げられない状況にあることくらいわかるだろう?とエアリスは視線を落としてため息をつく。


戦いは可能ならしたくない。だがだからと言ってこの状況の打開策があるとも思えなかった。


「君がどのような答えを出すのかは知らない。ベルがどのように行動するかも特に指示はしない。君たちはすでに魔術師なのだ。自分で考えて自分で決めなさい」


それが一番難しいことだと理解したうえでエアリスはその言葉を二人に投げかけた。自分で考えた答えこそ、一番大事なものなのだとすでに二人の魔術師が理解しているのだと信じて。


誤字報告五件分、評価者人数105人突破で合計三回分投稿


反応が遅れに遅れました、申し訳ありません


これからもお楽しみいただければ幸いです

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