師匠の考え
「という事で明日いろいろと仕掛けるそうです。と言ってもちょっと調べるくらいに留めるつもりみたいですけど」
いつも通り小百合の店にやってきた康太はいつも通り修業をしながら今日あったことを小百合に報告していた。
練習用の槍を扱いながら軽快に攻撃していく姿は非常に様になっている。それに相対する小百合は飄々と木刀を振り回しながら康太の槍をすべて受け切っている。槍のリーチをものともせずに懐に入り打撃を与えていくのは互いの持つ技量差が圧倒的だからとしか言いようがない。
康太も近づかせないようにしているのだが小百合はそれを全く意に介さずに軽く打ち払いながら簡単に懐に潜って打撃を繰り出していく。これが真剣の類だったら康太はすでに何回も死んでいるだろう。
「ふむ・・・まぁあいつのことだ、そこまで無茶はしないだろう。何より今攻めても利点がない。もう少し泳がせておくべきだと考えるだろうな」
「泳がせておくって・・・平気なんですかね?相手が手を出してくるかもしれないのに」
「手を出してきたらしっかり思い知らせておけばいいだけだ。二度と手を出してこないように徹底的にな」
相手が手を出してこないのであれば傍観、もし手を出してくるのであれば叩き潰す。要するにそう言う事だ。
小百合の考えや行動はシンプルでわかりやすい。だからこそ読みを間違えることもないのだがその行動に追従しなければいけないのが弟子の辛いところである。
「師匠は精霊術師の人と戦ったことってありますか?あるんでしょうけど」
「質問しておいてなんだそれは・・・まぁ一応あるぞ。ひねりつぶしてやったがな」
「あぁやっぱりそうですよね・・・っと!」
小百合の繰り出す木刀をかろうじて躱しながら康太は体を反転させ槍を繰り出し小百合を退けようとする。
だが小百合もそう簡単には下がってはくれない。康太は槍に加え体全身を使って小百合から距離を取ろうとするが康太より何倍も技術のある小百合からそう易々と逃げられるはずもなく簡単に追い詰められてしまう。
「精霊術師というのは基本的に一つの属性しか使わない。だからその属性の攻略法がわかっている魔術師なら簡単に対応できる。だからこそ精霊術師が魔術師よりも下に見られているんだがな」
「あー・・・やっぱ・・・り!師匠も・・・そう言う考え、あるんですか!?」
小百合の猛攻を防ぎながら何とか会話を続けようとするが会話に集中しようと思えばその分槍が疎かになってしまう。この状態ではまともに会話するのは難しいかもしれない。いやまともに修業するのは難しいかもといったほうがいいだろう。
「私はそれほど見下すという考えはないな。強いやつは強いし弱いやつは弱い。魔術師でも精霊術師でもそれは変わらん。種類を分別するよりも個人を見極めたほうが楽だし確実だ」
お前もそう言う考えは身に着けておいて損はないぞと言いながら小百合は木刀を振い続けている。
もはや康太は小百合の話を聞くことをしないで木刀への対処で夢中になってしまっている。一瞬でも気を抜けば急所に木刀を振るってくるのだ。さすがにそれは回避したいために無我夢中で木刀を防ぎ続けていた。
「・・・話しているんだからちゃんと返事くらいせんか!」
「うぐぁ・・・!」
だがその木刀に対する防御一徹の構えが小百合の怒りを買ったらしい。いやただ単に話に相槌を打たなかったからという理由だろう。槍の防御の隙間を的確にすり抜けて脇腹に思いきり蹴りを当てて来た。
話をするのか修業をするのか正直どちらかにしてほしいと言いたいところだがわきに強い打撃を加えられたことで康太は悶絶してしまっている。
これが急所攻撃ではなかったという意味では小百合なりに手心を加えたと思うべきだろうか。
「こ・・・個人を見極めるって・・・言っても・・・そんなの対峙してみないとわからないじゃ・・・ないですか・・・!」
「そう言うのは大体経験を積めばわかるようになってくる。特に技量の高い術師だと同じ空間に居るだけで肌がピリピリ来るものだ。お前もいずれ分かるようになるだろう」
悶絶しながら何とか小百合と会話を続けようとするが小百合はそんな康太を蹴りあげて無理やり立たせる。
弟子に対する対応が雑すぎると思いながらも立ち上がると木刀の先端部が康太の喉元に添えられていた。
「あらかじめ言っておくが・・・もしその付け狙ってきている連中がお前に手を出したら、一人残らず制裁を加えろ。お前に手を出したことを後悔させてやれ」
「それは・・・俺一人でですか?」
「可能ならな・・・まぁ無理だろうからライリーベルに力を借りるなりしろ。だが真理に手を借りるのは許さん。私も手を貸さないからそのつもりでな」
子供の喧嘩に手を出すような無粋な真似はしないと小百合は薄く笑いながら再び木刀を構える。
やはりというかなんというか、小百合は小百合だ。どうあがいてもスパルタなこの性格は直らないらしい。
スパルタなのは望むところでもあるのだが、時々でいいからもう少し優しくしてくれてもいいのではないかと思えてしまう。
もっともそんな願いがかなわないことくらいは康太も十分以上に理解できていることだが。




