狙われる相手
その日、結局休み時間に文がさりげなく監視しても康太の周りに特定の誰かがいるのを確認することはできなかった。少なくとも康太のことをずっと監視しているような存在は確認できなかったのである。
これで相手が以前の康太のように魔力を垂れ流しにしてくれていればよかったのだが、どうやら話はそう簡単ではないらしい。
「て訳よ・・・一応物理的に見た限りあんたのことをつけまわしてる奴はいないわ」
放課後、というより部活の時間に康太と文はお互い話をするべく休憩を装って購買部の近くにあるベンチに腰掛けて話をしていた。
久しぶりの晴れという事もあって皆熱心に部活動に勤しんでいるために二人のことを気にする者は少なかった。
「物理的にってことは・・・他にも何か手段があるのか?」
「前に使ってた魔力探知の魔術よ。あれを使えば誰が術師なのかを特定するのは比較的簡単だと思うわ。相手が魔力を空にしてたら使えない手だけどね」
文の持つ索敵魔術には魔力探知と言えるものが存在する。内包する魔力が一定以上になると感知することができるタイプの魔術で術師相手にはかなり有用な類のものだ。
その代り索敵範囲が狭いのが欠点だが学校という限られた空間であれば十分すぎる索敵を行えるだろう。
「あぁそうか・・・ってことは先輩魔術師の個人特定とかももう済ませてるのか?」
「そんなものもうとっくよ。教えてほしいなら教えるけど?」
「いやいいや。別に知ったところでどうなるわけでもないし」
自分のことを敵視している先輩魔術師の名前くらいは知っておいても損はないかと思えるのだが、康太は特に知りたいという欲求はないようだった。
魔術師として過ごす時間と普通の生徒として過ごす時間はしっかりと分けるのが康太の考えだ。日常にまで魔術関係のいさかいを持ちこみたくないというのも理由の一つだが康太のいうように知ったところでどうなるわけでもない。ある意味自己満足のそれに近いだろう。
別に知ったところで恨みを晴らしたいというわけでもないのだ。康太のことを邪魔だと思うのは半ば自然なことでもあるし康太自身納得できている。
だからと言ってそれを許容できるかどうかはまた別の話だが。
「意外ね、あんたの事だから知ったらすぐに仕返ししに行くのかと思ってた」
「あのな・・・仕返しも何も俺はまだ何もされてないんだぞ?物理的に何かしらされたのであればそれなりにやり返すけどまだ何も被害はないんだし放置でいいだろ」
それはつまりやられたら確実に報復するという事でもある。やはりこいつは小百合の、デブリス・クラリスの弟子だなと文は改めて実感していた。
魔術師になったからなのかそれとも小百合の弟子になったからなのか思考が微妙に物騒になってきているのだ。
この変化が気のせいであれば良いのだがと思いながら文は周囲を見渡している。
「ちなみに今その視線は感じてるわけ?」
「いや今はないな・・・やっぱ文といると警戒されるのかな?」
「まぁ私も一応魔術師だしね・・・今も魔術発動してるし・・・ある程度警戒されるのは仕方ないでしょうね・・・」
相手がどのようなことを考えているかはわからないが少なくとも康太を付け狙っている以上何かしらの魔術的なアクションを起こそうとしているとみて間違いないだろう。
まだ万が一一般人という可能性があるためにそのあたりは確認を急がなければいけないが相手が術師であるというのが康太と文の共通の認識だった。
それが正しいかどうかを確かめる意味でも文による魔術的索敵を行ったほうがいいだろう。これで万が一本当に一般人だったらいろいろと目も当てられない。
「明日魔術で索敵やってくれないか?相手が本当に術師なのかどうかも確認しておきたいし」
「いいけど・・・まぁあんたの近くにいる術師を探し出すことができればいいんだし・・・難しくはないだろうけど・・・」
「ないだろうけど・・・なんだ?なんか不安要素でもあるのか?」
「ん・・・相手も対策してるだろうし何よりそんなにあんたの近くにいるならこの前見た時に気付きそうなものだと思ってね・・・」
そう言えば文は今日の休み時間にしっかりと康太の周囲を観察していたんだったなと思い出す。
何時もその場にいたわけではないだろうが康太が視線を感じている時間も文はその周囲をさりげなく観察していた。
それなのに見つけることができなかったという事はそれなり以上に隠れるのが上手いか、あるいは文のことを認識したうえで康太のことを見続けていた可能性がある。
そこまで警戒している相手に対して魔術の索敵で発見できるかという不安があるのだ。
もちろんやって損のあることではないだろうが見つけたら見つけたでいろいろと面倒なことになりそうな気配がプンプンするのである。
「一応念押ししておくけど、今回に関してはもしあんたが戦闘することになっても基本私は傍観してるからね?」
「わかってるよ。今回標的にされてるのは俺だけだからな。探すの手伝ってくれてるだけで十分有難いって」
康太としては無理に巻き込むつもりはなかったようで文は僅かに安堵する。実際一緒に戦ってもよかったのだが戦う事が正式な話になった時自分は強制的に蚊帳の外にはじき出されてしまうだろう。
康太はあらかじめ一人で戦うくらいのつもりでいたほうがいい、そう考えたのだ。
もしかしたら他の魔術師による妨害だってあり得る。そうなった時康太が満足に戦えるだけの条件を整えるのが自分の役割だと文は割り切っていた。
「でもさ、実際もし今回あんたのことを追い回してるのがただの一般人だったらどうするわけ?」
「おい、ほぼその可能性はないって話になったんじゃなかったのかよ?」
「まぁ万が一くらいはありそうじゃない?で?実際どうなのよ」
「どうなのよって・・・それが女子ならうれしいわな、しかも可愛いならなおのことテンション上がるわ」
何て露骨なやつと文は呆れているがそれが男子として当たり前であるという事はなんとなくわかっているようだった。
そして康太が自分に対して嘘や見栄で返答を変えないというところもある意味好感が持てる。
ただもう少しだけオブラートに包んだ方がいいんじゃないかと思ってしまう。普通そんな露骨な反応をしたら女子だったら思い切り引くだろう。文は康太のことをそれなり以上に知っているからこそそこまで露骨に嫌な顔はしないが。
「もし追いかけてるのが男子だったら?」
「・・・それ一般人だったらの想定だよな?もしそうだったらダッシュで逃げ出すな・・・俺にそう言う趣味ないし」
「フフ・・・もしそうだったら手伝ってあげるわ」
「・・・それってどっちを?俺が逃げるのをだよな?」
「さてどっちかしらね」
おい止めてくれよ俺の貞操の危機かもしれないんだぞと本気で焦る康太を横目に文は楽しそうに笑っていた。
これだから康太をからかうのはやめられないのだと文は自然に笑みを浮かべている。思えば今までこうして男子と話すことはあまりなかった。
世間話程度はよくしていた、というより男子の方からいくらでも寄ってきた。
うぬぼれているわけではないが文は自分がそれなり以上に美人であるという事を自覚できていた。そしてそれが同性からの羨望と嫉妬の的になるという事も理解していた。
だからこそ学校などで過ごす際は極力敵を作らないように努めてきたのだ。それはつまり演技をするという事でもあり自分の本音を言わないという事でもある。
相手の都合や嗜好を観察しその相手に適した対応をするのが文なりの処世術だ。
そしてその対応はかなりうまくいっていた。男子も女子も文の見える場所では好意的に接してくれる。
さすがに自分のいないところで何を言われているかまではわからないが魔術師である以上ある程度交友関係を絞らなければいけないことも、そして深い付き合いになっても自分の本音を言うことができないことくらいはわかっていた。
魔術師である以上本当の自分は見せられない。親からそのように教えられ指導され今までずっとそれを続けてきた。だからこれからもずっとそれが続くと思っていただけに康太の存在は文にとって大きかった。
本当の自分、というより本音で話し合える存在というのは大きい。特に康太の場合演技をしなくてもいいのだ。
なにせ康太は自分を倒した相手であり同盟を組んでいる相手であり互いに修業し合う存在でもあるからだ。
まだこの四月にあったばかりの関係であるというのにその関わり合いの密度は相当以上のものになっている。
彼女にとってはこうしてふざけ合っている時も非常に楽しかった。演技をしなくてもいいというだけで随分と違うのだなと文は実感していた。
「まぁそうね・・・あんたがもしそっちの趣味の人に追いかけられたらちょっとくらい手助けしてあげるわ」
「ちょっとじゃなくて全力で支援しろよ。そんな事言ってるとお前がもしレズの人間に狙われても助けてやらねえぞ」
「そんなことあるわけ・・・ない・・・じゃ・・・」
ないと完全に言い切れないあたり今の世の業の深さがうかがえる。何も同性愛を否定するわけではないが文としてはそう言うのはノーセンキューなのだ。
だが実際そう言う趣味の人間は一定数以上いるものだ。万が一にも文がそう言った趣味の女性に狙われないとも限らないのである。
もし狙われても文なら逃げきれるかもしれないが何事も確実なものなど存在しない。もし万が一逃げられないような状況になったら。そこまで考えたところで文は言葉を詰まらせた。
「・・・わかったわ、あんたがゲイに追いかけられてたらしっかり助けてあげる。その代り私の事もちゃんと助けなさいよ?」
「オッケー任せろ。体を張って助けてやるよ・・・ただし警察沙汰は勘弁な」
心強いんだか情けないんだかわからないなと文は呆れてしまうがこういうやり取りも不思議と悪くはない。
本気でそう言う場面を想像したせいで僅かに冷や汗が滲んでいるがそれさえもいい経験だと思っていた。
康太はいいやつだ、文はそれを理解している。
だからこそ康太を失うわけにはいかない。そこまで深い仲というわけではないがこれでも大事な同盟相手だ。
少し自分の方でも本気で動かなければならないかもしれないなと文はよしと意気込んでいた。
「どうした?もう行くのか?」
「なんでもないわ。明日仕掛けるからもしなんかあったらすぐに連絡しなさい。こっちから相手を追い詰めてやろうじゃないの」
やられっぱなしは趣味じゃないのよと文は不敵に笑う。その笑みを心強く思いながら康太もまた笑っていた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです