小百合の判断
「なるほど・・・姑息な手か・・・」
康太は翌日、師匠である小百合の店に修業しに向かうついでにその時のことを報告していた。
魔術の修業をしながらとりあえず現状を報告するという意味もあるが経験豊富な小百合に意見を聞いておきたかったのだ。
実際に魔術師が姑息な手を使う場合どのような行動に出るのか、康太はほとんど知らないのである。
「はい、なので具体的にどんなことやってくるかとか対策練っておきたくて」
「ふん・・・ライリーベルのいうように直接手を出してくることは考えにくいな・・・となれば身内を人質にしたり一般人を使ってきたりお前にしか被害がかからないような場所にトラップを仕掛けてきたり・・・まぁ考えられるのはそんなところか」
「案外えげつないことしてきますね・・・地味に面倒くさいな・・・」
もしこれで自分だけの被害であればその犯人を突き止めればいいだけの話だったのだが身内、つまりは自分の家族にまで手を出されるというのは許容できない。
自分の家族は完全に無関係だ。もしこれで手を出されるようであれば自分がどのような対応を取るかははっきり言って分からない。
少なくともそれをやったものを徹底的に叩き潰すくらいのことはするだろう。それがどんな相手であれ。
「まぁ実際考えたところでお前にできることなど少ない。ある程度頭に入れておいていつも通り戦えるだけの準備はしておけ」
「・・・まぁそうですけど・・・師匠は以前こういう事なかったんですか?なんていうかこう陰湿というか裏で手を回すというか・・・」
康太の質問に小百合は口元に手を当てて唸り始める。記憶を漁っているのだろう、その眉間には強く皺が作られている。
「記憶にあるのは前の静岡での一件と・・・あとは私がまだ学生の頃の話だな。私の修業時代の話だ」
「・・・そう言えば師匠の修業時代ってあんまり聞いたことありませんけど具体的にはどんなことしてたんです?」
「ん・・・今のお前の生活をもっと厳しいものにしたら私の修業時代と大体一緒だ。昼間は学校に行って放課後は魔術の修業、長期の休みに入ったら魔術一辺倒になる日々だった」
小百合の師匠の話は何度か耳に挟んでいるが康太は具体的にイメージすることが全くできずにいた。
厳しいという事はすでに知っていたのだが実際にどのような存在なのかが全く分からないのだ。
少なくとも小百合より年上であるという事とかなり厳しい人であるという事、そしてこの店の元々の所有者だったことくらいだ。
その為、康太の頭の中で小百合の師匠の姿は悪鬼羅刹のような見た目からいかにも魔女っぽい老婆までその姿は変化している。
これを小百合に話したらどんな反応をされるだろうかと思いながらも康太はそれを話すことはできずにいた。
「当時私はお前と同じように修業していたが、ある時別の魔術師から因縁を付けられてな。一度は正面切って戦い勝利したがその後から妙な嫌がらせが続いてな」
「あー・・・実力じゃ勝てないから嫌がらせしようってそう言う事ですか」
「まぁそう言う事だ。それでさすがにそう言った嫌がらせに腹が立ってきてな。僅かに残った痕跡を解析して追跡して、その証拠と共にそいつを叩きのめしてやった。それも協会のど真ん中でな」
小百合を敵に回したものがどうなるのか、修業時代の頃からその片鱗があったという事でもある。
魔術師を倒すだけならいざ知れず、魔術師たちの集まる協会でそのような公開処刑をするというのはかなり恥ずかしい。
自分は小百合に勝てなかったからみみっちい嫌がらせをしていましたと声高に言わされるようなものだ。
そしてその場で叩きのめされたとなればその魔術師のプライドはズタズタだろう。昔からやることが極端だったのは変わらないらしい。
「ちなみにその魔術師って今何してるんです?」
「さあな?いちいちそんな小物のことを覚えているわけがないだろう?ただその後そいつは協会に顔を出さなくなったな。少なくとも私は見ていない」
「・・・なんていうか・・・師匠らしいっていうか・・・さすがというか・・・」
「ふふ・・・そう褒めてくれるな」
褒めているわけじゃないんだけどなぁと心の中で呟きながら康太は眉をひそめていた。
彼女の性格はわかりやすく、ある意味正直に生きている証拠でもあるのだが明らかにその傾向が攻撃に偏っている。
その為敵を作りやすいというのもあるのだが、恐らくそれは生来変わらないものなのだろう。
小百合の師匠はよくこんな危険人物を弟子にしようと思ったなと僅かに呆れてしまっていた。
「まぁとりあえずあれだ、もし相手が姑息な手を使って来たらそいつごと潰しつくすつもりでやれ。必要なら真理の力も借りるといい。それなりに手伝ってくれるだろう」
「・・・一応聞いておきますけど師匠が手伝ってくれたりは?」
「私がそんな小物のために動くと思うか?」
「まぁそうですよね・・・わかってました」
姑息な手を使うのは小物のやること。どうやら小百合はそういう考え方のようだった。
自分の気分が向いたときにしか動かない小百合だ、今回だって康太のために動いてくれるとは思っていなかった。
自分はこういう人を師匠にしたのだなと康太は僅かに涙を浮かべていた。