放たれる存在感
どれほどの時間が経過しただろうか。暖房もないこの部屋で、小百合はただ正座をし、待ち続けた。
そして白い息がその口元からゆっくりと空中に吐き出される中、彼女の耳には金属音が鳴り響き続けている。
そして、その音が止むと同時に、小百合はゆっくりと目を開けた。
何となくわかる。彼女には理解できた。仕事が終わったのだと。
精神統一をしているかのような姿勢で待っていたからか、小百合の感性は研ぎ澄まされ、石上の仕事が完全に終了したのだということを肌で、そして直感で感じ取っていた。
本来であればこれほどまで早く刀が出来上がることはない。
だが石上は、小百合の知り合いであると同時に魔術師でもある。
彼の刀の製作時間は、駄作で二時間ほど。本気の製作をすれば半日程度で済む。
本来の製作方法ではなく、彼独自、いや、彼の先代や、その前の代から脈々と受け継がれてきた魔術を応用した製作技術によるものだ。
通常の作り方ではないうえに、魔術によって強い熱と、魔術に込められた魔力に晒され、刀はわずかに怪しい輝きすら放つようになる。
だが当然、刀を打つというのはそれだけ体力が必要な仕事だ。彼もすでに何人もの弟子を取り、後を継がせるべく仕事を任せている。現に小百合がもつ刀のうちの一本はその弟子が打ったものだ。
そして、金属音が途切れて少しすると、先ほどと同じように足音が近づいてくる。
そして勢いよく襖が開かれると。汗をかき、わずかに息を上気させた石上が部屋の中に入ってきた。
「こっちがお前さんの刀だ。仕上げはいつも通りにやっておいた」
そこには小百合が普段持っている刀と寸分違わぬ刀があった。
ただ、まだ打ったばかりだからか鞘も鍔も柄もない。完全に抜身の状態の刀である。
小百合はゆっくりとその刀を手に取ると、品定めするようにゆっくりとその刀身を眺める。
「良い出来です。さすがですね」
「世辞はいらん。それで、こいつがお前の弟子の分だ」
そう言って石上はもう一本、刀を取り出して小百合の前に置いた。
先ほどの刀だって、決して手を抜いたわけではない。だがこうして二つを並べると、その出来の違いが小百合にも理解できた。
刀身がもつ輝きが違う、その存在感が違う、その美しさが違う。
石上がもつ技術のすべてを叩き込み、最高の一本に仕上げようとしたのがよくわかる一本だった。
もはや小百合が手に取り、品定めする必要もないほどに、その刀は自らの存在を周囲に示し続けていた。
「それで、これには一体何の字を刻む?お前の時は・・・確か『破』だったか」
小百合が智代から刀を受け取った時、その刀に刻まれていた文字は『破』の一文字だった。
今回小百合は、どの文字を刻むのか、あらかじめ決めていた。
自分から送り出すときに刻めるのはこの一文字だけだろうと、そう決めていた。
「えぇ、この字にしようと思います」
そう言って紙に書かれた一文字を見て、石上は目を細める。そして納得したように小さくうなずいた。
「なるほど、わかった。じゃあ、とりあえず最後の仕上げをしてくる。また時間がかかるから、少し待っていろ・・・柄と鍔と鞘は、どういう形にしたいとか、そういう注文はあるのか?」
柄と鍔と鞘は、刀を表すうえでも重要な部品だ。それぞれが織りなす形によって、趣が大きく変わってくる。
「そうですね・・・柄と・・・鍔・・・鞘・・・」
小百合は刻む一文字しか考えてこなかったため、そのあたりに関してははっきり言って完全に忘れてしまっていた。
どのような形や、どのようなデザインが良いのか、イメージが湧いていない。
小百合は、初めて会った時のことを思い出す。そして、真理の顔を思い浮かべ、小さく笑みを浮かべると、ゆっくりとうなずいた。
「では、山をイメージしたものをお願いできますか」
「山?山ねぇ・・・随分と抽象的な」
「すいません。ですが、それが私の持つイメージですので」
小百合が真理に抱くイメージ。それが山だった。
鍛えれば鍛えるほど、そして過ごせば過ごすほど、そのイメージは強くなっていった覚えがある。
石上がそのイメージを正確に理解できたかどうかは定かではない。だが、それでもその言葉の意味を正確に理解しようと頭を悩ませていた。
「可能な限りいいものを作らせてもらう。お前の方はいつものでいいんだろう?」
「えぇ、お願いします」
「わかった。じゃあ少し待ってろ」
討ちあがった二本の刀を持って、再び石上は部屋を出て行った。
今度戻ってくるのは、きっと二つの刀が完成した時だろう。
先ほどまでとは違い刀を打つ音も聞こえない、完全な静寂が訪れていた。
客間に聞こえるのは、時折吹く風によって、小屋の壁や扉がわずかに揺れる音、それ以外は完全に静寂だけだ。
自らの鼓動の音さえも聞こえそうなその静寂の中で、小百合はただ待ち続けた。
これほどまでに小百合が動かない一日というのも、実は珍しい。
それほど、この待つ時間というのが重要だった。