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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「一番に送るもの」
1513/1515

嫌いではないその音が

紅葉は落ちきり、雪すら積もるその道を歩くものが一人いた。


その人物が吐く息は白く、持つ荷物は多くはない。


そこは山道だった。とある山の、とある場所に続く道。


冷たい空気が、歩みを進めるたびに肌をなでる。風が吹くたびに、凍り付くような冷気が肌を刺す。


いったいなぜこんな場所にあの人はいるのだろうかと、そんなことを何度考えただろうか。この道を進む人物、藤堂小百合は白い息を再び吐きながらゆっくりと歩を進めていた。


その手に持っているのはカバン一つ。それもそこまで大きくはない。最低限のものしか入っていないことは誰の目にも理解できるほどだ。


地図を見ることもせず、小百合はその道が正しい道であると確信していた。この先にいる、この先にいると、小百合の勘が告げている。


最後にここを登ったのは一体いつのことだっただろうかと思い出しながら、小百合は一歩、また一歩と進んでいた。


周りには音はほとんど聞こえない。時折小動物が動いたのか、木の葉が揺れる音が聞こえる程度だ。

山の中は静かだ。街中の喧騒がまるで聞こえない。


店の中で聞こえてくる弟子の声も、今は聞こえない。小百合は今一人だった。


あいつらの声が聞こえないことがこんなに清々しいものだったとはなと、小百合は考えながらゆっくりと進み続ける。


誰にも汚されていない雪を踏みしめる音と、わずかに洩れる衣擦れ、そしてゆるやかに流れる風によって揺れる木の葉の声だけが小百合の周りにはあった。


街中の喧騒とは程遠い静寂の中、一歩、また一歩と目的地に近づくにつれ、ある音が聞こえてきていた。

甲高い音だ。金属と金属をぶつけあっている音だ。小百合はその音が嫌いではなかった。


響くように聞こえるその音が、山の尾根に反響して、不思議なやまびことなって小百合の耳に届いていた。


一歩進むたびに音が聞こえる。


一つ音が聞こえるたびに一歩進む。


そんなことをしていると、小百合の眼前には小屋が現れていた。いや、小屋というには少々大きい。一軒家といっても遜色ないレベルの大きさの建物だ。


この甲高い音は、この場所から聞こえてきている。


普通の人間ではたどり着くことが出来ない場所、魔術により、幾重にも結界が施され、人を寄せ付けないこの場所が、小百合の目的地だった。


白くなった息を吐きながら、小百合は建物の呼び鈴代わりの鐘を鳴らす。これもまた甲高い音がしながら建物と山の中に響き渡っていくと、先ほどまで一定の間隔でなり続けていた金属音が止んでいた。


そしてそれに代わって足音が聞こえてくる。その足音もまた、小百合にとっては懐かしいものだった。

勢いよく扉が開くと、そこにはタオルを頭に巻き、冬だというのに半そでの六十を過ぎた男性がそこにいた。


「早かったな」


「お久しぶりです。予定が早く片付きましたので、少々早めにお邪魔しました」


小百合らしからぬ敬語を、聞くものが聞けば驚いただろう。だが小百合にとってこの男性は敬語を使うだけの相手なのだ。


「上がって待ってろ。少し立て込んでいてな、片付いたら客間に行く」


「お気になさらず。それでは失礼します」


小百合には似合わないほどに完璧な礼儀作法をしながら、小百合はその建物の中に入っていく。


そして小百合が客間として存在している部屋に到着すると、再び先ほど聞こえていた金属音が響き始めていた。


等間隔で聞こえるその音。小百合は幼いころからこの音を聞いていた。


小百合は師匠である智代に、よくこの場所に連れてこられていた。そのたびに、あの男性に怒られ、同時に慰められたことを覚えている。


この場所は変わっていない。においも、建物そのものも、そして聞こえるこの音も。


小百合は客間である和室で、座布団を敷いた状態で正座をし、その音を聞き続けゆっくりと目を閉じていた。


金属の音だけが耳に届く。何度も何度も、染み込むように耳の中から体の奥へと浸透していく。


熱を帯びたその音が、冷えた体の中にゆっくりと熱をもたらしているのがわかる。


実際はそのようなことはないのに、この音を聞いていると体が熱くなってくるのは、おそらく条件反射か何かなのだろうと、小百合は苦笑していた。


そして、ずっと続くかと思われたその音が止む。


終わったのか、あるいは様子を見ているのか。ここから先は小百合にもわからない。どうなるかは、あの男性次第なのだ。


彼の名は石上悟。智代の古い友人で、小百合が幼いころからお世話になっている人物の一人だ。


智代と同じように、小百合は彼に頭が上がらなかった。子供のころから知っているのだから無理のない話だ。


そして、今もこうして世話になろうとしている。


仕事の話といってしまえばそこまでだが、それでも小百合は、彼にこの仕事を頼みたかった。


そして、彼の満足のいく仕事ができたのか、金属音はそこで終わり、再び足音が小百合のもとに近づいてくる。


襖が勢いよく開くと、半纏を着た石上がそこにいて、座布団の上に胡坐をかくと小さくため息をついた。


「ここにお前が来るのはいつぶりか」


小百合と同じようなことを石上も考えていたのだろう。その問いに、小百合は薄く笑みを浮かべる。


「三年ほどになります。あの時久しぶりに刀を壊しましたので」


そう言って小百合は、カバンの中から砕け散った刀を見せる。


そう、石上は小百合の刀を打つ、鍛冶師なのである。


「また・・・派手にやったな・・・鍔まで壊れてるのは実に久しぶりか」


「えぇ、今回は切り札の一つを使ったので」


砕け散った刀と、柄をもって石上はため息をつく。自分が作り出した刀がこうも粉々にされているのを見ると、少々心が痛んだ。


だがこんなことはいつものことだ。小百合に刀を打ってきて、何度も何度も壊されてきた。


そういう戦い方以外、この女にはできないのだということも理解していた。だからこそそれ以上のことは言わなかった。


「今回の依頼は、これの修復か」


「それもあります。ですが今回は、もう一本、新しい刀を打っていただけないかと」


「新しく?今持っているのでは不足か?まだ何本か予備があっただろう」


「はい、ですがその刀は私が使うものではありません」


自分が使うものではない、誰か別のものが使うもの。その言葉を聞いて石上は何となく察する。


「あぁ、なるほど。弟子に使わせるのか。ならある程度しっかりしたもののほうがいいのか?」


「・・・できうる限り、上等のものをお願いします」


上等のもの。その言葉がどういう意味を持っているのかを石上は知っている。そしてそれを行った小百合自身、理解していることだった。


「高いぞ?」


「承知しています」


「・・・どの程度の長さが必要だ?」


「私が普段使っている物と同じものを」


「・・・銘は刻むか?」


「一文字だけ、刻んでいただきたい文字があります」


必要な事柄を聞いて、石上は小百合が良いものを求める理由を理解したのか、小さくため息をつく。


「そうか、お前の弟子も、もうそんな時期か」


「はい。ようやく、ようやくです」


「・・・あいつのところからお前が巣立った時と同じ・・・ということだな?」


「はい、そういうことです」


口数は少なかった。だが石上はその言葉だけで、そして小百合の表情だけですべてを理解していた。


嬉しそうに薄く笑みを浮かべる小百合が、今どのような心境であるのか、弟子を持ったことのある石上にはよく理解できる。


「いろいろと、うわさは聞いている。協会内ではあまり良い噂とは言えないが・・・二番目の方は、かなり暴れているようだな」


「あれは良くも悪くも私に似てしまいました。まだまだ未熟者です」


恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに小百合は苦笑する。このような表情を、彼女の弟子達は見ることがなかっただろう。


それほどまでに、小百合の表情は穏やかだった。


「今回のは、一番弟子にか」


「はい。私の初めての弟子でした。私にはもったいないほどに優秀な弟子です」


普段ならば絶対に言わない言葉を、小百合は口にしていた。石上にだからこそ言える言葉だった。


おそらく身内相手にはこのようなことは言えないだろう。


鋭い瞳が映すその向こう側に、かつて幼いころから成長を続けてきた弟子の姿を思い浮かべ、小百合は小さく目を細めていた。


その様子を見て石上はため息をつく。


石上が最初に小百合に会ったのは、小百合がまだ小さいころだ。


智代の弟子となり、彼女の武器を作るとなった時に、最初の武器を作ったのが石上だった。


そして、小百合が成長し、智代に記念の武器を作るように依頼され、小百合にそれを作ったのも石上だった。


師から弟子へ受け継がれる。それを脈々と、確実に受け継いでいく。なんとも不思議な縁だった。


「いいものを作るとなると、時間がかかる。構わないな?」


「構いません」


「・・・一度戻っても構わんぞ」


「いいえ、こちらで待たせていただきます」


「・・・そうか。部屋は好きに使ってくれて構わん。体だけは冷やさんようにな」


正座の状態で全く姿勢を崩そうとしない小百合を目の端で見ながら、石上は壊れた刀を持って客間を退室していく。


足音が遠ざかっていく中、部屋の中に静寂が戻っていく中、小百合はその音を聞いていた。


そして瞼を閉じ、ゆっくりと息をしていた。


少しして、先ほどまで聞こえていた金属音が響き始める。


石上が仕事をし始めた証拠だった。


鉄を打ち、刀を鍛え上げる。何度も叩き、何度も熱し、何度も形を整えて、そうやって刀を作り上げていく。


客間にまで響くその音を、小百合はずっと聞いていた。耳の奥に響くその音を、小百合はずっと聞いていた。


正座を崩すことなく、姿勢を変えることなく、その音を聞くことこそが自分の仕事であるかのように、まっすぐと。


そして一つ、また一つと金属音が響く中、小百合は小さく笑みを浮かべていた。


この音が、小百合は嫌いではなかった。


活動報告にちょっとした裏話を投稿しました


若干ネタバレを含みます。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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